65 世界を思い通りに
背の高い佯狂さんに着いていくのはなかなかに骨が折れた。どこへ向かっているのかは分からないが、私はここへ来るまで籠の中だったので、城の道順が分からない。レナも当然知らないので、黙って着いていくことしか出来なかった。
どうしてこんなに足が早いのか、俯いて目で追っているうちに気がついたのだけれど、佯狂さんはとても背が高い。それは見れば分かる。その腰の高さが原因のようだった。足が長いので、その分歩幅が広いのだ。
私の数歩が佯狂さんの一歩だった。
意識の無い善を背負って黙って進む佯狂さんに、息が上がるのでもう少しゆっくり歩いて欲しいとは言えない。
引き摺ってしまう裾を何とか摘んで駆け足で進むと、広場のような場所に出た。
沢山の人が行き交っている。
柱の背に身を隠した佯狂さんが、声を潜めて隠れろという仕草をした。
私とレナも顔を合わせて頷く。
「……後宮に、善の隠し部屋がある。そこに逃げ込むぞ」
「人に見られたらまずいのね?」
「ああ」
レナがそう確認すると、汗を流した佯狂さんが肯定した。佯狂さんも体が痛いはずだ。片腕しか使えないままだし、安静にするべきだ。
けれどそこへ辿り着くまでは気が抜けないのだと念を押されてしまった。
(後宮って、どこだろう)
聞き覚えの無い単語だった。
えーちゃんに聞けば分かるのだろうか。
《後宮とは、王が家庭生活を営む宮殿です。主に王后やその子息。また王后以下の多数の女性や宦官の生活の場です》
(え……?)
驚いた。普通、えーちゃんが現れる時は必ず時が止まって別の次元のような場所に連れて行かれた。
だが目の前の佯狂さんとレナは動いたままだし、奥に居る城の人々も止まってはいなかった。
《プレイヤー。戦闘お疲れ様でした。干渉ができないイベントでしたので、移動パートにて接触しています》
(そうなんだ。これは、話せばみんなに聞こえる?)
《はい。こちらのイベントはスキップが出来ませんので、こうしてプレイヤーにのみ干渉しています。なにか、気になることがあればお聞きください》
(ありがとう。後宮って、大奥みたいな場所ってこと?)
《おおよそは。ハーレムにも似ています》
「ハーレム!?」
「おいっ」
驚いて声に出すと、慌てた佯狂さんに口を塞がれた。大きい手で、鼻と口ごと塞がれると息の通り道がまるっきり奪われてしまった。
人々の視線がこちらを向く。
口を覆われたまま柱の奥の方へと引きずられ、佯狂さんが動かない手を巻き付けた槍に手をかけた。
(何をするつもり?)
先程の戦闘を見ていれば、とんでもない強さだと分かる。善を柱の側へ座らせると佯狂さんが飛び出そうとする。
その手を、レナが止めた。
「なんのつもりだ」
「ミコ、腕のそれ貸してくれる?」
「あ……はい。どうぞ」
佯狂さんを無視してレナが話しかけてくる。言われた通りに腕輪を外して手渡すと、にっこりと笑ってレナが佯狂さんの手を離した。
その手には、くっきりとレナの手形が残っている。
「大丈夫よ。人目につかずに行けるようにしたわ」
「おい、何だこの臭いは」
「あら鼻が利くのね。じゃあ少し顔を覆った方がいいかも。この術は人間にも使えるものだから、妖怪なら辛いでしょう?」
「妖怪じゃない」
「そういうことにしておくわ」
訝しみながらも、腕で顔を覆っていた佯狂さんが、出会った時と同じように顔を覆う。
頭巾はどうやら耳の対策らしい。飛び出してはいないが、飛び出しかけたのかもしれない。
善の衣服の端をちぎって何かを丸めた佯狂さんが、人々のいる方向へとそれを指で弾き飛ばした。
かんかんという甲高い音が鳴るが、誰もそれを気にした素振りも無い。
「まさか、本当か……?」
「妖怪にはそれぞれ抜きん出た才能があるのよ」
「……ふん。行くぞ」
動かない善の手を取って、佯狂さんが立ち上がった。
柱にはべったりと血がこびりついているが、レナがこれも大丈夫だと言う。そのついでに左手へと、貸していた腕輪が返された。「肌身離さず持っていなさい」と命じられる。
あくまで侍女の立場なのでしっかりと頷くといい子ねと褒められた。
立場を偽ってはいるが、微笑みは変わらない。それに安心していると、佯狂さんが手招きした。
「莫愁に頼んだ仕事だ。あいつならこれに気付けるのか?」
「ええ。世界を思い通りに出来る力だもの」
「……それならいい。ついてこい」
点々と続く血の跡と、柱を見て佯狂さんが問いかけた。レナは堂々とそう告げる。
そんな能力聞いたことが無い。
(人に気付かれない術……?白虎さんの妖玉が?)
気休め程度にと渡されたものだが、とんでもない威力を持っていたものらしい。
確かに、四神の妖玉であれば、相当力のあるものだろう。
これのせいで佯狂さんはすぐに城に帰れなくなったと言っていた。それだけ影響力のある物なのだろう。それも、妖怪だけでは無く人にまで及ぶものだとは、思いもよらなかった。
すれ違う人々は、和洋折衷と言った雰囲気で、男女や年齢に関わらず服装が鮮やかな点を除けば、統一性が無かった。善は中華っぽいような裾の長い服を着ていたが、あの眼鏡の人や佯狂さんはどちらかと言えば洋服に近い。長い廊下の端で掃除をしている恐らく侍女達は、着物に近い簡素な服装だった。
天井も高ければ、廊下ひとつとっても途方も無く長い。所々に瓶や花が飾られていたが、ここを毎日掃除するのは骨が折れるだろうと同情してしまった。
裾が汚れないように、歳の近そうな女の子は脇の辺りの布を紐で括っている。
(えーちゃん)
《はい。なんでしょう》
(どうして延は服装がバラバラなの?)
《延と孔朱は外との繋がりが強い国です。延は閉鎖的になりましたが、その伝統が続いているのでしょう。キャラクターに聞いてみてはいかがですか?》
いまいちピンとは来なかった。それぞれが好きな服装を出来るという事だろうか。
ここまでバラバラなのはジョクロウくらいだったのでなおさら不思議だ。
「佯狂さん」
「なんだ」
「どうして皆さん服の雰囲気が違うんですか?」
「善が……延王が堅苦しいしきたりは取り止めだと言って元々あった決まり事なんかを全部辞めたらしい。流石に左丞相あたりはおつむが固いからな、あちら側についた奴らは未だに延の服を着ている。それ以外は生まれ故郷の服を着ていたり、まちまちだ」
「つまり色んな場所から人をかき集めてるのね?なんのために?」
「おい、そんなこと言う訳……」
佯狂さんが口を閉じた。
困惑したように背中の善を見やり、首を振る。
(善と延王を言い間違えたのかな?)
延王の話なのに、善と言い間違えていた事が引っかかった。
「善はよく他国に忍び込む。そこで才能がありそうなやつを見つければ連れ帰ってくるんだ。俺も、そうだった」
「そうなの。出身はどこ?」
「武晋。……」
佯狂さんが感情の無い声でそう呟いた。
武晋と言えば、北の国だ。寒い地方の出身なのにとても日に焼けているんだなと見当違いなことを考えていたら、佯狂さんが足を止めた。
かぶりを振って頬を叩くと、振り返る。
ぎらぎらとしたその目に睨まれると、足がすくんだ。
「何をした!?」
「あら、残念。もう解けたの」
それを聞いて、佯狂さんの視線が私の手元に向く。咄嗟に袖で隠すと、その手が伸びてきた。
「それか!?おいミコ、それを寄越せ」
「えっ!?」
「駄目よ。譲っては行けません」
その指先を、重たい扇子の先でレナが叩き落とす。舌打ちをした佯狂さんの気配は、妖怪のそれに近かった。
「佯狂さん、多分これを持てばまたあれが……」
嘘だ。確信は無い。けれどレナが背後で絶対に譲るなと首を振るのでそう答えるしか無かった。
悔しそうに顔を歪ませる佯狂さんには、申し訳なくなる。
「何なんだお前らは!」
「火國の客人でしょう?」
そうしてレナが答えると、佯狂さんの固い足音が大きくなった。




