49 白虎と青龍
「人目につく場所は嫌だって言うから、少し歩くぞ」
白虎さんが待つという場所へ向かう。
道中、たまたま遭遇した邑長さんがメルルを呼んでしばらく舜くんと待つことになった。
少しでも離れるのが嫌なのか渋っていたが、直ぐに終わらせればいいからと言うとメルルは嫌々邑長さんについて行った。
失礼なことをしていないだろうか。そんな心配は杞憂だったようで、暫く舜くんと会話して待っていると、にこにことした邑長さんと服を着替えたメルルが建物から出てくる。
さすがに慧国であの姿は悪目立ちをするだろうからと、長い袖の服をくれたようだ。
青龍らしい青くてさらさらとした生地は見るからに高級そうだが、邑長さんがくれるというのでいただくことになった。メルル本人は、袖が気になるようで鬱陶しそうにしているが、こればかりは我慢してもらうしかない。素材が良いからか、どんな服でもばっちりと着こなせている。
思った通り感想を伝えると上機嫌になったので、メルルの扱いやすさはむしろ有り難さすら感じた。
そんなこんなでメルルの身支度を整えながらも瀧邑の入口、滝の下へと辿り着いた。
「おう、舜!そっちはまた新入りか?」
「ああ。ちょっと野暮用で出たいんだ。鉢合わせじゃないよな」
「大丈夫だ。向こうからくる奴はいない」
今日も朝早い時間から役目をこなしていたグウシさんが、小舟を留める為の切り株に座って休んでいるところだった。常にグウシさんが見張っているわけにもいかないので、この邑の選ばれた人妖がかわりばんこで門番をこなしているのだ。ちょうど次の誰かを待っている時らしく、舜くんが声をかけても気にした素振りは無い。
ジョクロウに施された目隠しのような術は、術者でなければ完全には見抜くことは出来ないらしい。術自体が複数人で幾重にも分けてかけられたものなので、そもそも見抜かせる気も無い。舜くん曰く、誰が裏切っても対処出来るようにするための処置だと言っていた。確かに素性の分からない人妖の集まりらしい考え方だ。
とどのつまり、ジョクロウは舟同士で行き来する為、こちらから出る時は入ってくる人と鉢合わせにならないように注意しなければならない。グウシさんは門番の役割を持っている為、術を透かして見ることができるらしい。これは門番にだけ伝えられる秘術のようなものなので、あまり詳しくは教えてもらえなかった。グウシさんも、前任者から抽象的にしか教わらなかったらしい。なんでも、知らなくても良い事だと。
グウシさん自身がそれでも毎日役割をこなせているので、そう必要なことでもないのかもしれない。
余った小舟は、ジョクロウに来た時と同じような小さな舟だった。
一番に乗り込んだ舜くんが手を差し伸べてくれる。それに有難く甘えて乗り込むと、舟が揺れた。
久しぶりの感覚だ。舟の揺れに耐えきれず外側へと乗り出した体を支えられる。
「あっ」
「大丈夫?」
「大丈夫か?」
舜くんとメルルだった。
メルルは初めから舟に乗るつもりは無いのか、舟の横、水面に当然のように浮いている。舟に捕まろうとして失敗した右手をメルルがしっかりと握ってくれている。
舜くんは縄を片手に私の腰を支えてくれていた。
二人とも、凄い速度だった。
「ありがとう……」
どちらに対して感謝を伝えるか迷ったが、一度にまとめて伝えると、黄色い瞳と水色の瞳が一瞬火花を散らしたような錯覚が見えた。
なんだか空気が重く感じる。ごめんね、と再度二人に告げると二人同時に首を振られる。
「ありがとうで良いって。でも、この先もちょっと揺れるから気を付けろよ」
「いつでも僕がいるから大丈夫」
優しく舜くんが微笑んで離れた。私が座ったのを見届けると、メルルは渋々手を離して小舟のスピードに合わせてゆっくりと歩き出す。
なんだか変な組み合わせになってしまった。
結局、白虎さんが待つという隠れ家のような目的の場所までに私たちの間に会話という会話はそれ以降ひとつも無かった。
小舟を小川のそばの木の根に縄で縛り、かなり木々の生い茂った森へと足を踏み入れる。
いわゆるけもの道というやつで、人が通っているような痕跡は見当たらない。枝や草木が伸びすぎて通れないような場所は舜くんが法術で、時折メルルが妖力を使って通りやすくしてくれたおかげで大した苦労もなく、大きな岩のある場所へと辿り着いた。
少し開けた場所に、人の何倍もある大きさの丸い岩石が座っている。
生き物の気配は無く、森の中にしてはしんとしていた。
「ここが、約束の場所?」
「ああ」
メルルは一言も発しなかった。興味が無いのか、そばの木陰に座り込んでしまう。
まあ、着いてきてくれたので咎めることはしない。邑に置いてきてなにか騒動を起こされる方が心配だ。
「白虎」
舜くんがそう呼ぶと、風が吹いて目を開けられない程の強風が辺りを包む。顔を覆って見上げると、次の瞬間には大きな岩の上に、白虎さんが立っていた。
私たちを見下ろす瞳は、あの時より柔らかい。
「これが、白虎さん……?」
「そうだ、白虎。この子がユウ……ミコだ」
妖怪というよりも、普通の動物の姿に近かった。白い虎という姿は変わらないが、初めて見たあの時よりも体が小さく普通の虎くらいだろうか。それでも口から覗く牙は鋭く、揺れる尻尾はふんわりと毛がたっている。
(威嚇、されてるのかな)
緊張してあとずさると、舜くんが笑って「大丈夫だ」と手招きした。
恐る恐る近寄る。
一吼えした白虎が高く舞って飛び降りてくる。まるでサーカスのような優雅な動きに思わず見惚れた。
目が離せずにいると、目の前へきた白虎さんが顔を逸らす。機嫌を損ねてしまったのだろうか。
申し訳なくなって謝ろうとすると、のっそりとした動きで白虎さんの方から近付いてきてくれた。
立った状態だと見下ろしてしまう形になるので、しゃがんで目線を合わせる。
その口元には、見慣れた金色が咥えられていた。
しゃらんと、音が鳴る。
「首飾り……!」
「そう。應李から預かってたらしい」
「あ、ありがとうございます!これ……凄く大切なもので、ずっとずっと心配だったからっ」
感激してそのふわふわの毛並みに触れそうになって、慌てて固まる。私に首飾りを渡してくれた白虎さんは、変な顔をして固まっていた。ゆっくりと後ずさり、舜くんの横に並ぶ。舜くんが似たような顔で白虎さんを見ていた。
「もしかしてこのために?」
「いや、應李が渡す予定だったんだけど、婆さんにかなり絞られてさ。飯抜きは嫌だって言うから俺みたいに使いっ走りで罪を償ってるところなんだよ」
「なるほど……」
應李が何かをしでかすのはしょっちゅうあるそうで、その度にお仕置の内容は変わるらしく、この間のご飯を抜かれるという内容に抗議をした應李に邑長さんが提案したのが邑の外へのお使いらしい。面倒くさがりの應李はお使いついでに遊び歩いてくることの方が多いから、むしろご褒美なんだけどなあと舜くんが笑うので私も釣られてしまった。
話を聞いただけで何となくこれまでの経緯が想像出来る。白虎さんは手厳しい性格なのか鼻を鳴らして不機嫌そうにしていた。
受け取った首飾りを丁重に撫で、その重みを実感する。間違いない、この感覚は本物だ。
麒麟の眼と呼ばれた大きな宝石のような妖玉と紫のナハトちゃんの妖玉。どちらからも気配を感じる。本物には、どことなく息遣いを感じた。
首にかけ、落としてしまわぬように服の下へとしまい込む。
「白虎に会いたいって言ってたんだろ?俺は何を話したいのか知らないけど。應李の代わりに通訳してやるよ」
「舜くん、そんなことも出来るの?」
「まあ。なんとなく、な?」
濁して頭をかく舜くんの体は白く光っている。法術にはそんな使い方もあるのだろうか。ますます興味が湧いてきた。
私にも法術の元となる素質はあるとナハトちゃんは言ってくれていた。私も法術を使いこなせるようになれば直接白虎さんと会話出来るのかもしれない。
「舜くん、私に法術を教えてください」
「……急にどうしたんだ」
「法術がもし使えたら、白虎さんと直接会話出来るんだよね?」
「まあ、ユウの努力次第だな」
「私頑張るよ!厳しくしてください、舜先生!」
久しぶりのあだ名で呼ぶと舜くんは擽ったそうに微笑む。
うっかり二人で会話を進めていた私達が気に入らなかったのか、白虎さんが舜くんの足元に軽く頭突きした。
「ええっ!?」
あの四神に頭突きなんてされて無事なのかと心配するが、かなり手加減してくれていたようで舜くんはなんともない様子だ。
これがメルルだったら足が吹っ飛んでいたのではないだろうか。ふと横目にメルルの様子を伺うと、こくりこくりと頭が揺れていた。また眠っているようだ。
「ああ、悪い。話だったよな」
機嫌の悪そうな白虎さんを待たせるのは失礼に値する。舜くんと話しているとついうっかり話が脱線してしまうので、気を引き締めなければいけないと頬を叩くと、驚かれてしまった。
「──何のために、俺に会いに来た?」
舜くんの纏う空気が変わった。風向きが変わる。
白虎さんの言葉を代わりに伝えてくれているのだとわかった。
真剣な表情に、私も真摯に向き合わなければいけないと自覚する。
「……分かりません」
「は?」
「ん?」
「ああ、いや。白虎が驚いてる。そうだよな?」
「ガオ」
舜くんの言葉に、白虎さんが何度も頷く。
四神の前で嘘をつくのはあまり宜しくない事だと身に染みているので素直に答えたのだが、あまりに率直過ぎたらしい。戸惑った様子の舜くんに、自分の失態に遅れて気がつく。
「あ、えっと。会いたかったです!あの時のお礼も伝えたかったし、聞きたいことも沢山あるし」
「うん」
「私は、……きっと神子です。自覚はまだ無いけれど、王にふさわしい人を見つけて、四神の皆さんに天蓬山に来て欲しいんです」
「それが意味することが分かるのか?」
「……あまり深くは分かりません。何も、常識だって分からずに始まったことだったから。でも、私は悪い王にはこの国を任せたくない」
「悪い王?」
「前に、妖怪狩りに出会いました。多分、あのうちの一人が王なんだと思います。確証は無いけど、でも、あんな人がいたら妖怪たちは幸せになれないかもしれない。人間だって、いずれそうなるかもしれない。ジョクロウだけじゃ、賄えなくなる。だから、彼よりも、もっと王に相応しい人を見つけて、四神の皆さんに認めて欲しいんです」
「……青龍は納得してるのか?」
思いのままに伝えると、舜くんと白虎さんは暫く無言で見つめっていた。どんな答えが返ってくるのだろうと緊張していると、不意をつかれる。
私の後ろに向けられた視線は厳しいものだった。
振り返ると、腕組みをしたメルルが変化を解いていた。長い角と尻尾が上を向いており、いかにも臨戦態勢だ。
いつの間にか、起きて会話を聞いていたようだ。
分かりやすく怒りを剥き出しにした青龍がそこには立っていた。
「ミコに、僕は逆らわない」
「へえ、意外だな。お前が一番に逆らうのかと思った」
「白虎、貴様あの時の白虎だな」
「……代替わりはしてないぜ。お前がのうのうと居眠りしている間に延は死にかけた。やがて慧国も王を無くしたままじゃあ死ぬだろうよ。今あの時の精算をするつもりか?」
「お前が望むなら」
まるで四神同士のように、会話が進む。舜くんはこんなにも迫力のあるメルルに怯む様子も無く、白虎さんの言葉を伝えていた。
肌を刺す感覚には覚えがあった。これは、誰かが誰かを殺めようとする時の空気だ。
間違いない、白虎さんとメルルは争いを始めようとしている。
「なあ、青龍。神子に捨てられたのがそんなに悲しかったのか?」
「……ッ!黙れ黙れ黙れッ!ミコは僕を捨てたりなんかしてないッ!」
激昂したメルルが、瞳孔を開いて喚き散らした。ビリビリと揺らす感覚は、膨れ上がったメルルの妖力だ。これは、確実にメルルの逆鱗に触れた。白虎さんはメルルの弱点を知っている。
体格の大きくなった白虎さんは、舜くんの前に出て毛を逆撫でた。威嚇するように吠えている。
メルルの周りには、小さな苦無のような武器が幾つも浮いていた。その切っ先は全て舜くん達の方向を向いている。
(駄目、四神同士が争うなんて)
ふと、目のあった舜くんが片目を瞑った。
合図だ。
──青龍は危険な四神だって、分かってるのか?
ジョクロウにて、メルルが席を外した瞬間、舜くんが私にそう尋ねた。
「うん。私がミコって名前じゃなければ、間違いなく殺されてたと思う」
正しくは、もう殺されている、だけど。
今は殺されずに済んだ分岐点の先なので、とりあえずは大丈夫だと思う。
苦笑すると、舜くんは意外そうな表情をしていた。私が首を傾げると、もっと自覚が無いのかと思っていたと告げられる。
「犬や猫感覚で四神を連れているなら、額でも叩いてやろうかと思ってた」
「えっ!?」
「冗談。でも、青龍が誰かを殺す可能性を理解しているなら。尚更、もっときちんと躾をした方がいい」
私が額を隠すと、その手の上に、狐の形をした舜くんの指先が触れる。まるで狐の先っちょが話しているように、ふざけて指先を開いたり閉じたりした舜くんに戸惑っていると、その狐が鼻先にちょんと当てられた。
「青龍は四神だ。神子には逆らえない。名を知っているな?いざとなったら言霊を使って首輪をしろ」
「首輪……?」
どうしてメルルの名前を知っているのだと気付いたのだろう。狐の形を崩してしまった舜くんが、私の首に触れた。
「白虎からの伝言だ。青龍をけしかけるから、神子が制御して見せろって。その時がきたら俺が合図をしてやる。巻き込まれて死ぬ前に成果を見せれば協力してくれるってさ」
「ほ、本当!?……待って、死ぬ前に?」
「白虎と青龍は死ぬほど仲が悪い四神だ。鉢合わせさせるなら都合が良い。神子の度胸を試したいんだとよ」
「え、えええそんな度胸なんて」
「大丈夫、ユウならなんとかなるって。俺がついてるから」
「でも……」
「名だ。口に出さなくたっていい。妖怪は名を知られていれば拘束できる。後は青龍の力に負けないくらい強い意志でねじ伏せろ」
(どうしてメルルの名前を知ってるって分かったの?)
そう告げた舜くんに何も言えずにいるうちに、邑長さんとメルルが戻ってきた。
距離の近い私と舜くんの間に体を無理やりねじ込むと、私の腕を引いてメルルが明後日の方向へと突き進んでしまう。笑った舜くんが、こっちだぞと正しい方向へと進んでしまうので、慌ててメルルの手を引いてそのあとを追った。
不安になる度に触れていた胸元には、未だ首飾りは戻ってきていない。
死ぬかもしれない。でも、成功すれば白虎さんが協力してくれる。
一か八か、やるしかないらしい。
(メルル!)
名を口に出すのは憚られた。その代わりに、心の中で強く念じると、ぴんと私とメルルの間に糸が現れる。
つんと、メルルが首に絡まった糸の先を辿った視線に射抜かれる。
ぎろりと殺意の籠った目が、私を睨んだ。
いつもの優しいメルルの表情では無い。
「……ッ」
「殺意に飲まれたか」
舜くんがそう吐き捨てて、刀を握る。
いざと言う時のために、私も首飾りを握り締めた。僅かに熱い。青龍はもしかすると、白虎さんだけでは無く私と舜くんまでも、手にかけるつもりなのかもしれない。首飾りが熱を持つということは、そういう事だ。
(駄目だ、出会った時みたいに我を忘れかけてる)
メルルの髪は伸び、爪先が鋭く尖っていた。本来白いはずの目の部分は暗く染まってきている。
手を上げた青龍が、白虎さんに向かって手を伸ばした。
空中に浮いていた苦無たちが勢い良く向かっていく。
もう、無我夢中だった。
メルル!メルル!メルル!
「ま、待て!止まって!ストップ!おすわり!伏せ!」
止めるための言葉を無我夢中で叫んだ。
その途端、白虎さんの目の前に、白い壁が立ちはだかる。
舜くんの法術だった。
(止まって、お願い……!)
私の叫びに共鳴するように、糸が太くなり、光を増した。
ぴんと張った糸が、一気に青龍の首に巻き付き、締め上げた。
それは全身に広がり、言葉通りにメルルを地面へとねじ伏せる。
メルルの周りの地面がクレーターのようにへこむほど、強い力で強制的に倒したらしい。
驚いている私の前で、糸に縛り上げられて抵抗力を失ったメルルが、気絶していた。
「え……」
苦無は既のところで水しぶきを上げ、ただの水となって地面へと降ってくる。
辺りが水を反射してきらきらと輝いている様子は、綺麗だがあまりの出来事に頭が追いつかない。
「おお、お見事。ユウ、よく頑張ったな」
いつの間にか近寄ってきていた舜くんに、頭を撫でられる。
気が抜けて尻もちをつくと、白虎さんが濡れた体を震わせて一吼えした。




