45 美貌
今にも射殺すのではないかという程鋭い視線で應李を睨んでいたメルルだったが、私が時折声をかけると、信じられない程優しい笑みをこちらへと返してくれる。
目が溶けそうだ。
應李にカッターのような能力で髪を切るのは無謀だと止められ、ぶすくれたメルルに、髪をきちんと整えようと提案をすると受け入れられた。
毎度私を通さないと應李と会話という会話が成り立たないので多少面倒だが、なんとか應李がそれらしい髪型にしてくれるというので、葉っぱをハサミへと変え、メルルの髪を普通の髪型に切り整えてくれた應李には拍手を送りたかった。
長い前髪が邪魔をして見えていなかったが、この世のものとは思えないほど、メルルは美しい顔をしていた。
単純に顔のパーツの位置も整っていて、睫毛に縁どられた両目は、瞬きをするだけでこちらはため息を零しそうになる。
顔の中心で真っ直ぐ通った鼻筋に、薄目の唇は吐息を漏らすだけでどんな美女も裸足で逃げ出すだろうと言うほどの色気があった。
普段の無表情や気だるげな顔も良いが、私が名を呼んだ時に綻ばせる笑顔が何より一番心臓に悪い。
この世界の人々は皆総じて顔の造形が良いのだと思っていたけれど、青龍だけは別格らしい。
應李でさえも、その素顔を初めて見た時は少し見惚れていた。
ユーゴさんが一番綺麗な人だと思っていたが、黙っていれば青龍がこの世界で一番美しいのは間違いない。
「見えてる?」
「うん。まあ、軽くなった」
「それだけかよ!?オレの技術に感謝しろよな!?」
「は?」
「ごめんなさいすいません」
私の目を借りてると言っていたメルルに向き合って問いかける。すると私の顔を覗き込んだメルルは後頭部の辺りや前髪をさっと触れただけで大して気にした素振りもない。
應李は相変わらず感情豊かだが、何となくメルルとのやり取りのボーダーラインが分かってきたようで三人での会話も少しずつぎこちなさが無くなってきた。
「オマエって焼いたら食えるの?」
「いや……ほんと……すいませ……」
少しぼうっとしているうちに、丸っこく縮まって涙を流す應李の頭を鷲掴みにしたメルルが目に入る。慌てて離して!と言い聞かせると渋々地面へと丸狸が叩き付けられた。
「ぁぅっ!」
「あぁっ、應李……」
「こんな肉塊より僕の方が……」
なにやら上の方からぐずぐずと聞こえるが、應李に怪我が無いかを確認する。應李は震えた体を摩っていたが、私が大丈夫?と問いかけると虚勢を張る。が、私の向こう側のメルルと目が合ったようで「アリガトゥ……」と随分片言で感謝された。
「えーと、メルルが変化出来るのは分かったけど」
「ミコ、こっち向いて」
「どうやって帰ればいいのかな」
「出口なんかねぇし」
「ミコ」
「そうだよね。うん。どこにも逃げられな」
「ミコ、こっち」
ぐるんと、顎を掴んできたメルルの御尊顔と直面する。固まった私に鼻先が付くほど近付いて名を呼んでくるメルルの剥き出しの胸元を慌てて突き飛ばすと、ふらつくことも無く名残惜しそうに離れる。
意識してメルルを視界に入れないように。泣きべそをかいていた應李と相談していたのだけれど、それが特に気に食わないらしいメルルに強制的に顔を合わせられてしまった。
心臓に悪い。
「び、びっくりした……!」
「何が?」
「メルルの顔が、……」
「僕の顔が何?変?もっといじる?」
「い、いい!そのままでいい!」
「そう」
なんというか、美術品に品定めされるような視線を向けられると改まってしまう。むず痒いような緊張するような複雑な心境に陥ってしまうのであまり変化した青龍の顔は見ていられない。
かっこいいとも可愛いとも違う。そんな生半可な次元の美貌では無い。
メルル曰く、こちらの方がほとんど元の顔だと言うのできっと今までも引く手あまただったろう。そう考えて、メルルの性格を考えるに、やっぱり有り得ないなと首を振った。
無い、絶対に無いだろう。
「メルル、何かな?」
「ミコが目を合わせてくれないと教えてあげない」
「えっ」
「何か知ってるのか?メル────」
「お前に僕の名前を呼ぶ許可を与えたつもりは無い、二度と呼ぶな」
「ひょ、ひょい……」
私が何を言っても楽しいらしく尻尾を椅子のように折り曲げてそこに座り込んでいたメルルが、急に悪戯な顔をする。思わず上げた目線がそれを捉えて、もしや出口を知っているのかと希望が見えてくる。
應李も同じように思ったようで詰め寄ろうとした所を呆気なく、冷たい声と鋭利な水とで拒絶され項垂れた。ほっぺをつままれた應李の顔の青白いこと。茶色い狸の顔でも、かなり青ざめているのだとわかる。
メルルの手に軽く触れると、應李が開放される。
名を握られるのは妖怪にとっては相当不愉快なことらしい。自分の認めた相手以外に呼ばせる事も青龍にとっては耐え難いことのようだ。
これ以上可哀想な目に遭わないように私が應李を抱え上げると應李は今度は拒否しなかった。どうやら恥よりも命の方を取ったらしい。
「……」
「メルル、駄目って言ったでしょ」
「ミコ以外には呼ばれたくないから」
「じゃあ應李はなんて呼べばいい?もし邑に行ったら他の人たちから呼んでもらうための呼び名が必要でしょ?」
「呼ばれなくても別にいいけど。どうしても必要ならミコがつけて。かりそめでもミコのくれた名が欲しい」
また難しい注文をされた。私は殊更名付けが苦手だと言うのに。
うーんと唸っていると、メルルが胸元の應李の額をつついて遊び始めた。
一応言いつけは守ってくれるらしく、怪我を負うような触れ方では無いが、力加減をしていても應李はかなり精神的に参ってきているように見える。
早く決めなければ應李が死ぬんじゃないかという不安が過った。
(メルルの名前……)
無言でメルルの顔を改めて見てみる。
なるべく平常心を装うが、私を視野に入れたメルルにそっと微笑まれると、内臓がこそばゆいような変な気持ちになった。
印象的な瞳が綺麗だが、邑に行くには完全に人の振りをしてもらわなければならないだろう。せめて、四神だとはバレない程度の妖怪に扮してもらわなければ。
「目……」
「ん?呼んだ?」
「ううん、呼んでない。ふふ、メルルは何でも反応してくれるんだね」
以前レナが、私がいちいち反応するのでそれが可愛いと言ってくれたことがあった。その時はよく理解できなかったが、メルルがそれに近い気がする。私は無知だからこそ何に対しても興味を持ったり初めて見る反応が出来る。メルルは神子という誰かにしか興味が無いからこそ、全ての興味や感情がその誰かにしか向いていない。それが小さな子供のようで確かに愛らしい。
首を傾げたメルルはよく理解していないようだったが、私が楽しそうならそれで良いと目を瞑った。
水を操る四神。瞳はきらきらと後ろで陽の光を揺蕩わせている湖のそれと一緒だ。
(綺麗)
「メルルの目は綺麗だね。この目は盗まれた目に似てる?」
「そう。なるべく似せたけど、本物の方がミコはもっと好きだと思う。早く見せてあげたいのに」
ちゅるんと瞳の中で煌めく光も妖力で補っただけの偽物だという。とても精巧なそれが本物では無いとは信じられない。
「青龍は水を使う妖怪だけど、メルルのそれは空みたいだね」
「──そう?」
「そう。変かな?」
「ううん。ミコの言うことに間違いなんて無い」
「そっか。最初はそのまま水みたいだなって思ったんだけど、ずっと前に川に落ちた時のことを思い出して」
「落ちた?」
「そう。私がここに生まれ落ちた時のこと」
神子だとは未だ言う勇気が湧かず、適当に誤魔化してしまった。メルルは気にした様子もなく、私の話に聞き入っている。應李もその時の様子に合点がいったようで頷いている。
「どんどん水の底に沈んでいく時に、水面が凄く綺麗で空みたいだなって思ったの。今思うと、自分が死にかけてる時に平和なこと考えちゃってたなぁとは思うんだけど」
沈んでいく瞬間は確かに絶望していた。
突然お前はもう死んでいるだの王を選ぶ役目やらを告げられて、あんな場所から突き落とされて。結局死ぬのかと諦めていたあの時に見た揺れる水面が今でも忘れられない。
まるでメルルの瞳のように美しいのに、手を伸ばしても届かないほどに遠かった。
私を見ているようで見ていないメルルの瞳は、そんな水面に似ている。
「だから、空からとってクウはどう?くーちゃんとか」
「いい名前」
即答だった。そういえば、この世界では漢字が無いのだから音読みや訓読みの概念だって無いだろうに。
私の頭を撫でながら、泣きそうな顔でメルルはクウで良いとまた呟いた。




