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36 玄武と青龍

話ついでに、レナが「包帯変えましょ」と中断していた作業場──となりつつある、レナのベッド──の辺りを探ると、私のベッドの縁へと座る。

右手を差し出すと、ゆっくりと包帯が捲られた。これは、昨日もしてもらったことなので、少し緊張はするが怖くは無い。

この包帯の下の惨状は自覚しているので、それを應李(おうり)に見られることの方が気後れした。


「應李、少し部屋を出ても良いわよ。血の匂い、キツイでしょ」

「うるせえ。オレは大丈夫だ。早くすませろ」


そう言いつつも、袖で鼻を押さえた應李の表情は普段より辛そうに見えた。不思議に思い、レナの顔を見つめると合点がいったようで、囁かれる。


「妖怪の中には、血が苦手な子もいるの。應李は、苦手というより、変化(へんげ)が解けるから嫌いみたい」

「変化が?」

「そう。元の姿が獣に近い妖怪であればあるほど、血の匂いは弱点になるの。だから、あんまり怪我しちゃ駄目よ。女の子なんだから」

「うん」


私を心配してくれるレナには悪いが、この先も怪我をしないという約束は出来そうになかった。

傷口へ薬を塗り、新しい包帯へと替え終わる頃、レナがそう言えばと口にする。

いつの間にか、窓が開かれ部屋の換気がされていた。道理で、爽やかな外の香りがしていたわけだ。


「ミコ、撃たれたのによく無傷でいられたわね」

「あ、うん。この首飾りが助けてくれたのかもって。それに、朱雀(すざく)が庇ってくれたから」

「そう。運が良かったわね」

「……そうだね。私、運が良かった」


頭を撫でられると、あの時に救ってくれた朱雀、それから知識と衣食住を与えてくれたナハトちゃんとネリのことを思い出す。


(あ)


「私、恩返ししたい人がいる」

「何だいきなり」


窓の傍にもたれかかっていた應李が、私の手元を見て歩み寄って来た。もう、血の匂いはしないようだ。


「それって男?ミコにはもう良い人がいるの?」


レナに見当違いな事を言われ、慌てて否定する。訝しげなレナには悪いが、私にはそういった相手はいない。

この世界では、私くらいの年齢でそういう相手がいるのが当たり前なのだろうか。


「違う違う!いや、男……なのかな?さっき話したおじいちゃんと、その……孫……?の女の子と一緒に暮らしてたんだけど……色々とお世話になったから、もう一度会って、恩返しがしたい」

「なんで疑問形なんだよ」

「いや、ちょっとややこしい事情があって」

「へえ。じゃあそのために旅をするの?」

「多分。そういうことに、なるのかなあ」


そうだった。私は早くこの役目を終えてナハトちゃんとネリと再会して、恩返しがしたいという夢があったのだ。大事なことなのに、忘れていたなんて。どうやら記憶喪失の影響で、困ったことに忘れっぽいのかもしれない。


「とにかく、得体の知れないお前を白虎(びゃっこ)に合わせる訳にはいかない。却下だ」

「そっか……。そうだよね、ごめん」

「おい、そんな顔すんなよ。オレが悪いみたいだろ」

「應李が悪いんじゃない。ミコ、落ち込まないで。私もできる限り手伝ってあげるから」

「本当?」

「本当。だって面白いもの」


私の前髪をさらりと撫でたレナが元気づけてくれる。希望を込めて確認すると、面白いからと即答された。

ああ、レナもネリと似たタイプの人間なのか。

この世界で出会う女性は、かなり(したた)かな人が多い。

私もいつか、そうなれたらいいのに。


「お前が手助けってどうすんだ?」

「さあ。何も考えてないわ」

「あっさり適当なことバラすなよ」

「だってここで嘘なんかついても意味が無いでしょう。白虎を紹介してくれない、朱雀が行方知らずって言うなら、他をあたるしかないじゃない」

「おい、お前」

「確か武晋(ぶしん)には玄武(げんぶ)が居たはずよ」


應李が焦ったように遮るが、レナは知らぬそぶりで無視して玄武という四神を挙げる。北州と言えば、寒い地方だったはずだ。

朱雀は鳥のような妖怪で、白虎はその名の通り大きな白い虎だった。

玄武。文字と響きからはどんな妖怪なのか想像もつかない。


「玄武?その人なら話してくれる?」

「──いや、アイツは長い事姿を見せてない。白虎よりも長寿だけど、誰にも会わないことで有名だぞ。眷属(けんぞく)もコロコロ変えるし、オレだって会ったことが無い。無理だろ」

「なぁんだ、残念。武晋は温泉が多いって聞くから、ミコの旅ついでに日頃の疲れを癒しに着いていきたかったのに」

「レナ、もしかしてそっちが本音?」

「あらやだ、半分は冗談よ」


(じゃあ半分はそっちが本音なんだ)


がっくりと肩をおろした私に、應李が可哀想なものを見る目を送ってくる。何も言い返す気力も湧かない。

レナはあちこちを巡るのが好きなようだ。家出を思いつきで何度も決行するフットワークの軽さといい、羨ましい。


「ねぇ、四神ってことはもう一人いるんだよね?その一人は何処にいるの?」

「───青龍(せいりゅう)は、駄目だ。お前は絶対に探すな」

「どうして?」


部屋の雰囲気ががらりと変わったのがわかった。笑顔だったレナの唇はきつく結ばれ、應李の目には怯えにも近いものが見える。

四神のうちの一人、あんなに迫力のある白虎と仲が良い應李ですらも怯える四神とは、一体どんな人なのだろう。

青い龍。玄武よりもその姿は想像し易い。けれど玄武の話の時とは比べ物にならない程の緊張が伝わってきて、私の声も震えてしまった。


「アイツは、疫病神なんだ。ミコ、その名前がついたお前は必ず会えば殺される。今は封印されてるって噂だけど、絶対探すな。見付けても目を合わせずに逃げろ」

「ミコが駄目なの?目を合わせちゃ駄目って?」

「私も、噂でしか聞いたことが無いけれど。国を滅ぼしかけた青龍の話は聞いたことがあるわ。今よりずっと前から四神として生きている妖怪よ。四、五百年くらい前にどこかの国の王に殺されかけて封印されたって」

「そうだ。アレは、手が付けられなかった。白虎もまだ未熟だったから、どうにも出来なくて」

「白虎が?」

「四神は不老だから、四神の座につかなければ老いる。だからそれまでは普通の妖怪と同じく成長するんだよ。まあ、人間の短い寿命とは比べ物にならねぇけど」


念を押すように、兎にも角にも青龍という四神だけは駄目だと言われる。どうやら嫌われものの四神らしい。

そう聞くと、なんだか寂しい気もするが、よその国のレナまで知っている悪名ともなると、きっと深い理由があるのだろう。


(昔の神子(みこ)が、なにかしたのかな)


ミコという名がきっかけとなるならば、神子しか思いつくことがない。

目を合わせてはいけないというのも、気になった。それが青龍の能力の一つなのだろうか。


「青龍が封印された場所は、應李なら分かる?」

「知らない。誰も知らない。アイツは特に白虎と折り合いが悪かったから、白虎が口にした事も無い。朱雀は産まれたばかりのヒヨっ子だから、知ってるわけねぇし」

「そうなんだ……」


避けようにも、封印された場所がわからなければ、どうしようもない。そう考えているのが分かったのか、レナが苦笑する。


(しゅん)くんなら、知ってるかな」

「お前も諦めろって。舜が教える訳ないだろ」


あの優しい少年を思い出すと、ほんわりと気が和らいだ。物知りで、先生となってくれる舜くんなら教えてくれるかとも思ったが、どうやら無駄らしい。

封印が行われたのは遠い昔のことで、それこそナハトちゃんのような長寿の妖怪しか知らないらしい。

ナハトちゃんは長い眠りについていたことも考慮すると、知っている確率の方が低い。

ようやく見い出せた希望が、崩れていくのを感じるとどうしても脱力してしまった。

ベッドの上なのをいいことにそのまま横になると、「だらしないわよ」とレナから小言が飛んでくる。そう言いながらも、頭を撫でるのだからレナも矛盾した人だ。


(レナは人を撫でるの、癖なのかな)


目覚めてから今のいままで、何度撫でられたか数えきれない。優しい顔や時には憐れむようにレナは私を撫でた。本人は気付いていないのかもしれないが、彼女は手持ち無沙汰になると私をよく撫でる。

今も沈黙が落ちた空気をなんとかしたいのか、わしゃわしゃと髪が乱れるくらい撫で回される。

人肌に安心する私が拒絶しないのも、一因なのだろうけれど。


「まあ、気を付けてればいいのよ。とりあえず根気強く應李を口説きなさい。女に弱いから、きっとそのうち白虎や朱雀を紹介してくれるわよ」

「口説くとか言うな!おい、お前も近付くなよ」

「まだ何もしてないよ」

「まだァ!?お前何するつもりだったんだ!!」


グッジョブ。なにやら既視感のあるポーズでそう言うレナの肩を、應李が真っ赤な顔のまま鷲掴んだ。

女性が苦手という割には、レナにはそんな態度を見せていない。


何もしていないのに應李に距離を取られて少しショックだ。拗ねたような声が出て、自分でもびっくりする。


やたらと大袈裟なリアクションをして自分の体を抱いた應李の頭をレナが小突いた。


「應李は女の子が苦手って言うけど、どうしてレナには照れたりしないの?」

「はァ!?コイツが女に見えるのかよ。こんな恐ろしい女が他にも居たら教えて欲しいね」

「私のような淑女は應李にはもったいないものね」

「オレはコイツを女だと思ったこと一度もない。そんな気持ち悪ィこと二度と言うなよ、ミコ」

「ご、ごめんね」


思わず謝ると、應李が安心したようにふんぞり返る。

ベッドが軋み、レナが立ち上がった。こちらからは見えないレナの顔を見た應李の顔から血の気が引いていく。

青白い顔になった應李の耳を、レナがきっちりと握り締めていた。振り返ったその顔には血管が浮き出ているのに、どこまでも優しい笑顔だ。


「ゥギャァアアア!」

「おほほほほ」


口元を優雅に隠したレナが、應李の耳を有り得ない角度へ折り曲げたところで、見ていられなくなり目を背ける。

應李には申し訳ないが、これで少しでも協力してくれる気が起きてくれればと祈ることしか、今の私には出来なかった。

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