第1話
「あれ? ここどこ?」
私は、見晴らしのいい草原を見渡す。
右を見れば森が少し遠くに広がって見える。
左を見ればはるか先に山脈らしきものがかすかに霞んで見えるが、見渡す限り草原が広がる。
正面も後ろも同じく草原が広がっている。
「たしか終電に乗っていたわよね…」
寝起きの頭で、眠る前のことを思い出そうと頭をひねる。
服装は記憶の通りブラウスにタイトスカート、ジャケットを羽織っている。
靴も記憶通りかかとのないローファーを吐いているし、鞄も記憶のままのショルダーバックだ。
残業で終電に乗ったのは思い出した、電車の中でスマホを弄っていて…そうだ怪しいサイトをクリックしたところまで、そこからは意識が途切れてる。
何の気なしに最後の記憶で弄っていたサイトを見ようとスマホを取り出すが、電波は届いていないようだ。
サイトだけでも確認しとこうとブラウザを開くと、見覚えのない画面が表示されていた。
『ご応募ありがとうございました!
説明にあった通りここは新しい世界! 貴女がいた世界とは異なる異世界です。
これからは何のしがらみも無く自由な人生を謳歌してください。
ちなみに、元の世界には戻れませんのでご了承くださいね。
"ステータス"というキーワードで貴女の今の状態が確認できますので参考にしてくださいね。
知力が低いと確認できないのですが、貴女ならきっと大丈夫なはず!
魔法もある世界ですから、大暴れするもよし研究に没頭するもよし、貴女のやりたいようにやっちゃってくださいね。
そうそう、ステータスの参考値としてこの国の兵士の応募基準を乗せておきますね。
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LV20
HP:500
MP:200
体力/知力/精神力/耐久力/精神力/耐久力/俊敏性
上記ステータス値平均50
スキル:2つ以上
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一般人はこの半分ぐらいが目安ですので、参考にしてくださいね。
魔法はスキルがあれば使い方は感覚でわかるはずです、わからなければ頑張って調べてくださいね。
それでは、良い異世界ライフを!!』
「なにこれ? ふざけてるの?」
あまりの記載内容に呆気にとられてしまう。
この内容を信じるならここは異世界で、元の世界には戻れないらしい。
鵜呑みにするには常識を忘れ去る必要がありそうだが、この内容をもとに考えることにデメリットはなさそうだ。
逆に完全に無視してしまうと、今後の対応の指針が定まらないし身を守る術もない状況では命の危険さえあり得る。
とりあえずわかりやすいところで"ステータス"とやらを確認することにしてみる。
「ステータス…」
こんな姿元の会社の人間には見せられないな、と恥ずかしさをごまかしながら呟いてみる。
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クレイシ ミヤビ
転移者
人間
職業:勇者
LV:1
HP:2000
MP:3500
体力:320
知力:690
精神力:580
耐久力:410
俊敏性:570
幸運:100
スキル:
言語理解
剣術LV8
槍術LV7
魔力操作LV10
全属性魔法LV10
肉体強化LV9
気配察知LV10
隠蔽LV10
毒耐性LV10
精神耐性LV10
空間操作LV9
鑑定:LV10
女神の加護
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「なんか出た…さっきのと比較すればいいのか…
なんかおかしくないか? 兵士よりもLVが低いのにステータスは高いのは勇者だからか?」
一応現代に生きる若者として、ゲームはそれなりにやってきたことがここにきて役に立ったな。
まさかゲームをやっていてよかったと思う日が来るなど想像もしなかったが。
あとは、魔法か…。
感覚でわかるって、あまりにも適当な説明だがステータスを見る限り使えるはずだと思う。
しかし、日差しが強いのか影もないせいでやたらと暑い。
ちょっと森まで行って木陰でゆっくり確認作業としましょうかと。
軽く駆け出したら、思った以上にスピードが出そうになって慌てて止まる。
「なにこれ…私の身体どうなっちゃったの?」
兵士を遥かに超えるステータスのせいか、おかげかイメージと実際の動きに大きな差が出ている様だ。
このあたりもいろいろ確認が必要だなと、改めて森に向かって駆けだす。
軽く1キロ以上は離れていたと思ったが1分もかからずに森にに到着した。
まったく息も乱れず、疲労もない。
なんとなく、このまま人前に出るといろいろやらかしそうな気がするので、まじめに確認作業を行うことにする。
木陰で日差しはさえぎられるが、まずは水と食料の確保が最優先だ。
残念ながら周りに川や池などは見当たらない。
鞄には半分ほど残った水のペットボトルがあるが、とても足りないだろう。
いくらでも水の湧き出る魔法の水筒でもあれば…とどうでもいいことを考えているとひらめいた。
魔法で水が作れんるんじゃないかと。
水を出す感覚というのが今ひとつわからないが、蛇口をひねって水を出すようなイメージで手を前に伸ばしてみる。
「ウォーター」
何となく頭に浮かんだ言葉をつぶやくと、手のひらから水が流れ出す。
「おぉ~!」
思わず声が漏れ出る。生まれてはじめて魔法を使ったのだ、何とも言えない感覚である。
そして、この世界が異世界であることがこれで確定してしまった。
元の世界で魔法などといえば、夢見がちなのか精神を病んでいると思われるレベルのものだ。
戻れないらしいし、くよくよ悩んでも仕方がないので頭を切り替える。
思考の切り替えも、社会人としては必要なスキルだと訓練した成果がここでも生きる。
いまだ手のひらから垂れ流されている水をペットボトルに注ぎ、その後直接飲んでみる。
人肌の温かさだが、飲料水としては十分なものだ。
生水ではお腹を壊すというから、少しだけにして様子を見ることにする。
「次は食料だな…」
食糧については森に入れば木の実などが手に入るかと当てにしている。
問題は食用かどうかだが、それについても鑑定スキルが使えるのではと期待している。
(そっか、さっきの水も鑑定すればいいんだ)
ペットボトルに向かって「鑑定」と呟いてみる。
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ペットボトル
異世界の入れ物、主に飲料水を入れるために利用する。
容量は500ミリリットル
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(いやいや、そうじゃないでしょ)
思わず心の中で突っ込む。
もう一度、今度は中の水に向かって鑑定する。
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飲料水
異世界の飲料水と、魔法によって生成された飲料水の混合物
飲用可
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(おぉー、すごいな鑑定)
元々入っていた水との混合物って、かなり精度も高そうだ。
飲用可って出たのも助かる。これで毒は避けられそうだ。
(あれ? 毒耐性ってのもあったわよね? )
ひょっとしてこのスキルがあれば、気にせず飲み食いできるってことかも。
わざわざ好き好んで毒を食べる必要もないし、身を守る保険程度に考えておきましょう。
その時、森の奥の方で何かが動いた気がした。
何この感覚? これが気配察知ってやつなのかな?
何かやばい奴でなければいいけど、今は何も武器を持ってないし襲われたらやばいかもね。
木の実よりも先に身を守る手段の確認の方が優先順位は高そうね。
(こんなことならもっとまじめにゲームしとけばよかったわ)
話のタネ程度にしかやってこなかったことを反省するが、今更なのでどうしようもない。
たしかこういうのって人型のモンスターかスライムが最初に出てくるのがセオリーだったわよね。
あんまりスプラッターなのは気が進まないけど、贅沢言ってる場合ではないのも確かなのよね。
それに食用になりそうな獣だったら、なんとかしたいわよね。
多分このステータスなら素手でもそこそこはやれると思うけど、不潔なものに触りたくないという思いが強い。
武器もないとなれば魔法で何とかするしかないかと考える。
火を森の中で使うなんて自殺行為よね。後は、水と風、土、光、闇ってなんなのこの属性ってやつは?
頭に浮かぶ魔法の説明が中途半端過ぎていらいらする。
少し集中して魔法の詳細を理解しようと意識すると、属性の内容が理解できてくる。
(これってどういう仕組みなんだろう? 思考インターフェイスなんて元の世界でもなかったわよね)
関係ないことが頭に浮かぶのを振りはらい、魔法の知識に集中する。
10分程経過しただろうか、大体魔法については理解できた。
この学習方法は恐ろしく効率がいい、わからない点がすぐにフォローされるし、覚えようとしなくても記憶に焼き付いたように忘れることがない。
(ああ、これがもとの世界で実現できたら億万長者だったわね…)
(でも大体は理解できた、温度操作、液体操作、気体操作、固体操作っていうほうが本質的なのに、火水風土って名前は余計に混乱させる元よね)
(さっきはウォーターっていったけど、名前は何でもいいみたいね。
歴史的なものと、学術的な整理のために便宜的に付けた名前がそのまま使われているだけで、本来は何でもいいってことね。
でもこれって、わざわざ何か言わないとだめなのかしら? 単なるタイミング程度の言葉なら意識するだけと変わらない気がするんだけど?
わからない事は試してみた方が早いか)
さっき水を出したウォーターを無言で試してみる。
手を伸ばし手のひらを外に向けて、心の中で水出ろって考える。
すると手のひらからさっきと同じように水が出てきた。
『無詠唱スキルを習得しました!』
なにか頭の中に声が響く。どうやら無詠唱スキルとやらを覚えたらしい。
ステータスを確認すると"無詠唱"がスキル欄に増えていた。
どうやらスキルは増えていくものらしい。
(正直ちょっと恥ずかしかったんだよね、いい大人が「ウォーター!」とか叫んでるのは痛いと思ってしまうのは、
元の世界の感覚なのかな? こっちでやってる人がいたら間違いなく笑っちゃうわよね…)
これで恥ずかしい思いもせずに魔法が使えることが分かったので、思いつくままいろいろと試していく。
温度変化で、絶対零度の実現や、石が解ける程度の局所的な高温の発生、ウォータージェットだったかの研磨剤入りの高圧水による切断、
気体操作で濃度の変更や、別の気体の生成。固体操作では、石の創造と変形、金属や輝石の創造など、出来そうなことを思いつくままにすべて魔法で実現させていった。
とにかく楽しい! 考えたことが簡単に実現できるのだ、魔法で遊ぶのなら1日中遊んでいられる気がする。
(やばいな魔法って、もうこれだけで働かずに暮らしていけそうな気がする…)
足元には固体魔法で創造した宝石がゴロゴロと転がっている。
大きさもまちまちだが、大きいもので大人の顔ぐらいのサイズはある。
元の世界に持っていけば、これだけで一生働かずに贅沢ができるほどの価値は最低限あるだろう。
(ちょっと調子に乗りすぎたかな…こんなにたくさん持って歩けないよねぇ)
何時でも作れるのと、このまま放置して人目に付くリスクを考えてすべて焼却してしまった。
ちょっともったいない気がするが、身動きが取れなくなる方が危険だし、誰かに見つかってもいろいろ面倒になりそうだ。
さすがに小腹が減ってきたので、森の奥に進むことにする。
途中で目についたものを手当たりしだいに鑑定していくのも忘れない。
1回り大きくしたようなリンゴのような果実を見つけたときは、小躍りしそうになった。
鑑定結果も食用とあるので、躊躇うことなくかぶりつく。
「美味しっ!」
ほのかな酸味と、口いっぱいに広がる果汁の甘さで幸せな気持ちになる。
腰を落ち着け、3つほど食べ終わるとお腹も良い感じに膨れてきた。
あと3つほどもいで鞄に入れると、さらに奥に向かって進んでいく。
目的は、少し前に感じた何かの気配の確認だ。
敵対する生物がいるかどうかは、今後の為にも確認は必須である。
それに生き物を実際に殺せるかどうかも確認しておく必要がある。
元の世界では、冷酷や冷淡など結構ひどいことも言われたが、さすがに生き物を殺した経験はない。
生き物を殺すという生理的な嫌悪感に耐えられるかは、今後の生活においても確認しておくに越したことはない。
何となく感じる気配に向かってどんどん森の奥に進んでいく。
やがて、木々の隙間からこちらを覗き見る人型の生物を見つけた。
すぐに鑑定をかけると、"ゴブリン"とでた。
ステータスは私の10分の1もない程度の貧弱なものだった。
薄汚い緑っぽい肌で、小学生ぐらいの身長。
絶対に洗濯したことなどないであろう汚れ切った腰巻を巻いて、棍棒のような棒切れを持っている。
(あれに触るなんて絶対に嫌! そばによるのも臭そうだし…魔法でやっちゃおうか)
切れば色々飛び散って大変なことになりそうだから、そっと息の根を止めちゃいましょう。
ゴブリンを指さし、その周りの酸素濃度を0に近づける。
すぐにその場に倒れ込み痙攣しだすゴブリン。
やがてその動きを止めて静寂が訪れる。どうやら無事に退治できたようだ。
心配していた嫌悪感も感じない、ゴブリンが不潔過ぎたからかもしれないが…。
鑑定によると魔石があるらしいが、あれに触れるなんて絶対に無理!
多分はした金にしかならないだろうし、放置することに決めた。
『おめでとうございます、レベルアップしました!』
無詠唱スキルを得たときと同じような声が頭の中に響く。
どうやらゴブリンを倒したことでレベルが上がったらしい。
こんなに簡単に上がるものなのかという疑問も残るが、強くなる分には問題ないと割り切ることにする。
まずは、どの程度成長したのかを確認すべきだ。
「ステータス」
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クレイシ ミヤビ
転移者
人間
職業:勇者
LV:1 → 2
HP:2000 → 3000
MP:3500 → 5000
体力:320 → 400
知力:690 → 750
精神力:580 → 620
耐久力:410 → 500
俊敏性:570 → 620
幸運:100
スキル:
言語理解
剣術LV8
槍術LV7
魔力操作LV10
全属性魔法LV10
肉体強化LV9
気配察知LV10
隠蔽LV10
毒耐性LV10
精神耐性LV10
空間操作LV9
鑑定:LV10
無詠唱
女神の加護
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(…なんか爆上がりな気がする…)
あのサイトの説明を信じるなら、すでに人間を辞めつつあるような数値になっている。
確か兵士の応募平均が50とか書いてたわよね、すでに10倍以上はあるんだけど大丈夫よね…
(どうしよう、町を探して静かに暮らそうかと思ってたけど、このステータスだと一般人に紛れ込むのは無理がありそうだわ…
でもお風呂には入りたいし美味しいものも食べたい、このまま森でアウトドアな生活って私には無理よね…
よし、いっぱい手加減しておけば大丈夫…なはず、それでいこう!)
気を取り直して、周りを確認する。
あのゴブリンは一匹だけだったのか、他にもいる前提で考えておく方が安全と思い周囲の気配を確認する。
(…いた…結構数がいるみたいね…)
さらに森の奥の方で、それなりの数の気配を感じとる。
似たような気配なのでゴブリンが集団で暮らしていたりするのだろうか?
想像しただけで不潔そうね…近づいて臭いが服に移ったりしたら最悪よね。
放っておくのもひとつの手だが、あんな不潔な生き物が同じ森に居ると考えただけで鳥肌が立つ。
結構な数がいるから、さっきみたいに死体を放置したら臭いが大変なことになるかもしれないよね。
後片付けのことを考えたら、吹き飛ばすのがいいかもしれないわね。
確かトルネードって竜巻のことよね? あれってスーパーセルに伴う下降気流と上昇気流がどうのとかは何となく覚えてるけど…
何となくの知識でも魔法が使えるかの確認ってことでやってみようか。
大体あのあたりから気配が感じられるから、その上空にスーパーセルを生み出してみるっと。
積乱雲のすごく発達したモノらしいから、もっと大きくしてみようかしら。
上空には真夏の入道雲を極悪にしたような、薄黒く巨大な雲が遥か上空まで積み重なるようにそびえたち、
その内側では稲妻が無数に光り輝いている。
(ちょっとやり過ぎたかも…このまま放置すればトルネードは発生するだろうけど、私まで巻き込まれたら本末転倒だわ)
本能的に危機を察知した私は、慌てて来た道を駆け森の出口に向かう。
ステータスに応じたとんでもないスピードで、森を抜けた私はさらに1キロほど離れてから振り返ってみた。
(あ、これまずいやつだ…)
上空には森を覆わんばかりに発達したスーパーセルが、徐々に高度を下げ襲い掛かろうとしているかのような緊張感に包まれている。
この後はゲリラ豪雨からのハリケーン、最悪森が消滅するかも知れない…
(うん、見なかったことにしよう! )
私はそのまま森から距離を取るように振り返ることなく歩き出した。
『『おめでとうございます、レベルアップしました!』』・・・・
ミヤビの頭の中に例の声が連続して鳴り響くが、ステータスを見るとへこみそうなのでなかったことにしておく。
ドラムを叩くような豪雨の音や、周囲が真っ白になるほどの轟雷、その後の森が吹き飛ばされるかのような地響きなどがあったような気がするが、
異世界に来て初日の私には、異世界って怖いところだなぁという感想を持っただけだった。
「リンゴを取っておいて正解よね、さすが私!」
日も傾きだし、ちょうどいい木陰を見つけた私は休憩がてらそこに腰をおろす。
急な天候不良? からずいぶん時間もたち、お腹が空いてきたので鞄からリンゴのような果実を取り出して頬張る。
(さて、これからどっちに向かいましょうか? )
当然土地勘などあるわけもなく、このまま進んでも街があるかどうかはわからない。
はるか向こうに山脈が見えるが、そこまで歩きたくはない。
相変わらず見渡す限りの草原で、道らしきものも見当たらない。
元の世界ならグー〇ルマップですぐにわかったのだが、もちろんこの世界にそんなものはない。
気配察知で探ってみても付近には誰もいないことしかわからない。
食糧も心もとないので、せめて食糧は追加で確保しておきたい。
(それにしても、いったいなんでこんな何もないところに出現することになったんだろう?
このまま誰にも会わず、食糧も尽きて飢え死になんて事になれば、良い異世界ライフとやらもあったもんではないわよね)
(ひょっとすると動かないで待っていたら、何かイベントが有ったのかもしれないわね…)
急な天候不良? で慌てて離れたが、それが失敗だった可能性が高い気がする。
(でも、それも何の根拠もないのよね…)
あくまでも可能性の話で、なんら裏付けがあるわけではない。
(ここで悩んでても仕方ないわよね、いったん戻りますか)
悩むぐらいならさっさと決断した方が良いと、戻ることに決める。
決めたら早速元の方向に向かって駆けだした。
すでに天候は回復したようで、台風一過のような晴天が広がっている。
(やっぱり結果は気になるし、リンゴが残ってたら食料も確保できるよね)
戻る正当な理由を考え、モチベーションを上げていく。
さらに加速すると服が破れそうになり、慌てて減速する。
(服が破れる速さって何なの? 私もう人間辞めてるのかな…)
数時間かけて歩いた距離をものの数分で駆け戻って来たが、自分の能力に不安になる。
それでも力はないよりある方がいいはず、と思い直して森があったあたりを確認しに行く。
森はすぐにわかった。
いや森だった場所がわかったという方が正確だな…。
森だった場所は、まばらに残った木々とその周辺に散乱する倒木が沼のようになった地面に浮いているかのように見えた。
暴風で引き抜かれた木々、そこに襲った豪雨、ものの数時間で見る影もなくなった森に呆然とする。
(やっぱり天災って怖いわね…)
完全に人ごとのように考えるが、正直なところ森が荒れたことよりもリンゴが手に入らないだろうことの方がショックが大きい。
(ちょっとこのぬかるみの中は歩きたくはないわね)
森の中は泥水で覆われ、どの程度の深さか想像もつかない。
根ごと引き抜かれているので最悪数メートルの穴が開いているはずだ。
身体能力的には問題ないのだろうが、服や靴が汚れるのは嫌だ。
ぬかるみを避け、森の外周に沿って周りを確認していく。
少し歩くと森の反対側に建造物らしきものが見えた。
木々が茂っていた時は見えなかったが、大半の木が引き抜かれなくなったため視界が通るようになったのだろう。
(なるほどね、あのままゴブリンの団体と戦ってればもっと奥まで行くことになって、あの建物に気が付けたってことね)
やはり出現場所は作為的なものがあったことに逆に安心する。
少なくとも、こっちの世界に放り出して後は放置という訳ではない為だ。
今後もなにか仕掛けがあるかもしれないが、衣食住が確保できれば大概のことはこの身体能力と魔法でなんとかなるだろう。
とにかく目的地は決まった。
少し遠回りしたし、森も少し? 荒らしてしまったが、些細な事と思うことにする。
日が暮れる前には街に入りたかったので、不審にみられない程度の速度で駆け出す。
しかし、この世界では珍しいブラウスにタイトスカートで走る姿はかなり目立ったようだ。
街に近づくにつれ人を見かけるようになったが、その全員が此方をびっくりしたような顔で見てくる。
(結構見られてるわね…服装からしてこの世界とはずいぶん違うみたいだから仕方ないか)
街の入り口には大きな門があり、今は大きく開かれて人々が往来している。
門の脇には番人のように2人の槍を持った男が立っていた。
そちらに近づきつつ様子を見ていると、新規に町に入る場合は手続きが必要なようだ。
一度手続きをすれば以降はフリーパスに見える。
(そういえばこちらの世界の言葉がわかるわね。スキルのおかげかしら? でも言葉が通じるようで助かったわ)
門番らしい男に近づき話かけてみる。
「こんにちは、街に入りたいのだけど手続きをお願いできるかしら?」
「珍しい格好だな、どこから来たんだ? 手続きには身分証明が必要だから出してくれるか」
「身分証明は持ってないのよ、どうすればいい?」
「怪しい奴だな、その年で身分証明がないなどどうやって暮らしてきたんだ?
ひとまずこちらの建物までついてこい」
「ついて行けば街に入れるのね?」
「怪しい奴じゃなければな、俺達は街の治安を守る義務がある。
不審者は追放するか投獄するかのどちらかだがな」
「ふーん、どうやって怪しいかどうか確認するつもり?」
「簡単だ、建物にあるオーブに触れればわかるのさ。
犯罪者や悪人を判別するための魔道具だから、誤魔化しは聞かないぞ」
「なるほど、判断基準が明確なのは良いことね、じゃあお願いするわ」
「こっちだ、ついて来い」
建物は門番たちの詰め所の様だった。質素なテーブルと椅子がおかれただけの殺風景な部屋であった。
「ちょっと待ってろ」
門番は椅子をすすめると、部屋の奥に向かう。例の魔道具とやらを取りに行くのだろう。
はじめて見る魔道具にワクワクしながら待っていると、門番はすぐに戻って来た。
「これに直接触れてみろ」
まるで占いの水晶玉のような透明な玉を机の上に置きながら指示してくる。
「どっちの手でもいいのよね?」
「ああ、問題ない」
念のため利き手と逆の左手で玉に触れてみる。
ひんやりとしたガラスのような触感を感じるだけで何もおこらない。
「ふむ、ここまで反応がないのは珍しいな。だが問題ないようだな」
「これって普通は何か反応するものなの?」
「そうだなちょっと見てみるか?」
そういって門番が玉に触れると、酷くうっすらと玉が光った。
「犯罪者でなくても大抵この程度は光るものなんだが、あんたはまったく反応がなかったからな。
聖女のような清く正しい人ってことになるんだよ」
「私が聖女? おもしろい冗談ね」
「まあ、悪人でない事がわかれば俺の仕事的には充分だ。
身分証がないなら作成する必要があるが、金は持ってるのか?」
「そうね、ちょっと待ってて」
当然この世界の通貨など持っているわけがない。
森で訓練したときに宝石も作ったのを思い出し、スカートのポケットに手を突っ込み見えないようにして宝石を作り出す。
「これって換金できない?」
出来立てほやほやの宝石、適当に作った親指大のサファイヤを門番に見せる。
「これは…ちょっとここでは買い取れんな、そんな大金はここに置いてないからな」
「そうなんだ、じゃあこっちはどう?」
慌ててもっと小ぶりの宝石をさもポケットから取り出したように作り出す。
「これなら、なんとか大丈夫かもしれんが、もっとちゃんとした店で鑑定すればもっと高価になるかもしれんぞ?」
「いいのいいの、親切な門番さんにお釣りはあげるわ。だから身分証明を作ってもらえる?」
「釣りはいらないって、もらい過ぎだ。仕事柄そんな大金を受け取るわけにはいかん」
「じゃあ、その分で色々街のことを教えて頂戴。こんな大きな町ははじめてだから色々教えてもらえると助かるわ」
「その程度なら金など貰わんでも普通に説明するぞ」
「ふふ、わかったわ。別に賄賂ってつもりもないし無理やり渡すのも違うと思うから、お釣りは任せるわ
それに、それがいくらぐらいなのかあんまりわからないから」
「どういうことだ? 自分の持ち物の価値がわからないなんて意味が解らんぞ」
「自分で買った訳じゃないから知らないだけよ」
「ああ、プレゼントされたってことか」
「ええ、そんな感じよ」
そして名前を告げ、身分書を発行してもらう。
この街はドルアーノというらしい、身分証には発行した街の名前と本人の氏名しか書かれていない。
これが身分書として通用することに驚く。
「これが身分証だ、無くすなよ。
それとこれが釣りだ。ここにある金全部だが、正直少しもらい過ぎな気がする」
「お金を全部渡して大丈夫なの? 少し返しても構わないわよ」
「いや、だから今でももらい過ぎなのに返してもらったりできない。
それに後で換金に行くから、一時的に金がなくても問題ないだろう」
「ふうん、それでいいなら構わないわ。
それからちょっと教えてほしんだけど、オススメの宿とか食事のできるところとか、あと買い物する場所とか」
「ああ、それぐらいなら構わんよ」
門番は親切に色々とオススメの場所を教えてくれた。
宿はピンキリらしく、酷いところは雑魚寝で食事もないらしい。屋根があるだけましというレベルだそうだ。
高級なところは貴族が利用するらしく、揉め事を避けるなら利用しない方が良いとのこと。
この街の貴族はあまり評判が良くないらしく、極力近づかない方がいいらしい。
そしてオススメとして教えてもらったのが「金木犀の宿」と呼ばれている宿屋で、値段はそれなりだが女一人でも安全で料理も美味しいらしい。
その宿の周辺は食事ができる店が集まっているらしく、詳しいことは宿で聞く方が確実とのこと。
門から真っ直ぐに伸びた道路の左側が基本的に商業地域となっていて、右側が住宅街らしい。
手前から奥に向かうほどに高級なものになっていくそうだ。
そして道路の突き当りにこの街の領主の貴族の屋敷があるらしいが、そこにはなるべく近寄らない方がいいとくぎを刺された。
「そういえばさっきとんでもない嵐が突然発生して、街にも一部被害が出ているらしい。
大丈夫とは思うが、宿に泊まれなさそうなら戻ってくれば別の所に案内するよ」
「あ、ありがとう、何かあればまた相談しに来るわ」
話が嫌な方向に替わりだしたので、早々に話を切り上げると詰め所を出て教えてもらった宿に向かう。
振り返ると門番は此方に手を振ってくれていたので、笑顔で手を振り返した。
(すごくいい人だったわね、賄賂を受け取らない役人なんて存在するのね)
大通りを歩くと街の住人なのか、簡素なデザインのあまり良い生地ではなさそうな服を着た人々が行き交う。
(デザインとか生地とかはあまりいいものではなさそうね、文化レベルが低いのかしら?
それに、何か臭うのよね…。まさかお風呂に入ってないとかだったら最悪だわ…)
この街での暮らしに不安がよぎるが、今は気にしても仕方がないとさっさと宿を探すことにする。
街は碁盤の目のように奇麗に区画整備されている。
おかげで迷うことなく目的の宿につくことができた。
宿が「金木犀の宿」と呼ばれる理由は直ぐにわかった。宿の敷地内には金木犀がたくさん植えられていてとてもいい香りがするのだ。
(確か秋に咲くはずだけど、今は秋ってことなのかな? 基本的な事がわからないから色々不便よね)
宿の入り口の扉を開けるとすぐに受付があった。
受付には二十歳前後だろうか若い娘が座っていた。
「いらっしゃい、おひとり様ですか?」
とても可愛らしい声と笑顔で聞いてくる。
「ええ、ひとりよ。部屋は空いてるかしら?」
「はい、大丈夫ですよ。何泊かされますか?」
「そうね…これでどのぐらい泊まれるかしら?」
門番からもらったお釣りの半分ほどを受付の台の上に広げる。
「ええっ! こんなにあれば1年は泊まれますよ」
「そうなの? じゃあとりあえずひと月でお願いするわ」
「朝食と夕食はお付けしましょうか?」
「そうね、お願いするわ。それとお風呂は付いてるのかしら?」
「お風呂付の部屋もありますよ、少し値段が上がってしまいますがよろしいですか?」
「ええ、ぜひお願いするわ。先払いでいい?」
「はい、そうしていただけると助かります。お風呂付の部屋は一泊銀貨2枚、ひと月だと金貨6枚になります。
お食事はひと月の連泊であればサービスしていますので、金貨6枚頂きますね」
娘は広げたお金から金貨を6枚取ると、残りをまとめて手渡してくれた。
「ではお部屋にご案内しますが、その前に身分書を提示いただけますか」
「ええ、構わないわ」
身分証を渡すと娘は一度奥に入り、なにやら見たことのない道具に身分証をかざしている。
「はい、こちらに登録しました。この身分証が鍵となりますから無くさないようお願いしますね。
ではご案内します」
娘について行くと3階の奥の部屋に案内された。
部屋の扉には野球のボールほどの大きさの玉を半分に割ったようなものが取り付けられており、そこに身分書をかざすと鍵が開くらしい。
(ふうん、なんかホテルのカードキーみたいねって、そのままか)
思ったよりも進んだ技術に驚くが、さも当然という顔で部屋に入る。
「お風呂の使い方だけお伝えしておきますね」
娘は風呂場に向かい、設備の説明を始める。
どうやらお湯を出したり、風呂場を掃除するのはすべて魔道具と呼ばれるもので行うらしい。
魔法が使えるなら直接魔道具に魔力を込めるだけでよく、魔法が使えない場合は魔石を使えば動作するらしい。
ただし、魔石は別途費用がかかるとのことだった。
「一度試してもいいかしら?」
「はい、大丈夫ですよ。軽く魔力を流すイメージらしいですよ、私は魔法が使えないのでよくわかりませんが」
言われた通り少しづつゆっくりと魔力を込めてみると、お湯が勢いよく流れ出はじめる。
「すごい! こんな勢いでお湯が出るのはじめて見たわ。お客様はすごい魔法使いでいらっしゃるんですね!」
娘は尊敬のこもった眼を向けてくる。
「使い方は大体わかったわ。何かわからないことがあればまた教えて頂戴」
「はい! 何でも聞いてくださいね。ではごゆっくり」
娘は私に頼られたのがうれしかったのか、飛び跳ねんばかりに喜んでいて部屋を出て扉を閉めるまでずっと笑顔だった。
「ふう、やっと落ち着けるわ」
ひとりになると、ベッドに腰掛け楽な姿勢を取る。
(早速お風呂に入りたいけど着替えがないのよね…めんどくさいけど先に買い物を済ませちゃおうか)
腰を下ろしたがすぐに立ち上がると、買い物に向かうと気合いを入れる。
部屋を出て受付に近くの服屋を教えてもらい、買い物に出かける。
道行く人の服装を見ていると、自分の服が浮いていることが良くわかった、
女性はロングスカートが基本でたまにパンツ姿の女性もいるが、足を出すような格好していない。
ひざ丈のタイトスカートなので、ひざから下の足は見えてしまっている。
じろじろと見てくる男もいるので、急ぎ服屋に向かう。
教えてもらった服屋は徒歩2分ほどの所にあった。
宿屋の娘も良く利用するらしく、手頃な値段のものも取り扱っており品ぞろえが豊富らしい。
「いらっしゃいませ」
店に入ると若い店員がこちらに近づいてくる。
服は一人でじっくり見たい方だが、この世界の常識がわからない今は店員が来てくれるのはありがたい。
「普段使いの服を数着、下着も合わせて買いたいのだが、適当に見繕ってくれるか?」
「はい畏まりました。今着られている服はかなり独創的なデザインですが、その様なものをお選びした方がよろしいですか?」
「いや、私ぐらいの独身女性が着るようなものを数着見繕ってくれればいい」
「わかりました、少しお待ちいただけますか」
そういうと店員は、私の背丈や体形を確認するように見た後店内の服を見繕いに行った。
(さすがにひとつひとつ手作りのようだな。ユ〇クロのようにサイズ違いが並んでいたりはしないな)
「お待たせしました、こちらがお客様のサイズに合うと思います。
好みもありますので、色々なものを持ってきました」
そういう店員の手には、10着ほどの上下さまざまな服があった。
スカートだけでなくパンツも持ってきてくれたのは助かる。スカートでは全力で走るのに邪魔になるからパンツも1つは欲しいと思っていたのだ。
「後は下着ですがこちらになります」
店員が指した奥の棚に、女性用らしいものが並んでいた。
細かなサイズ指定などはないようで、大中小程度のものらしい。
下着も10着ほど選んでもらい、先の服もまとめて購入することにした。
あと部屋で楽に過ごせそうな服も2着ほど追加で購入した。
まとめ買いということで負けてもらえ、金貨3枚を支払った。
ひと月分の風呂付の部屋が金貨6枚だったので、そこそこの金額のような気がする。
実際には一般女性が着るにはかなり高価な良い品だったのだが、そのあたりの違いにはミヤビは気が付かなかった。
それに魔法で作った宝石で得たお金なので元手はタダ同然であるから、使うのにためらいはない。
それなりの荷物になったが、宿も近いので持って帰ることにする。
なにより早くお風呂に入りたい。終電から異世界転移なので丸1日以上お風呂に入っていない。
しかも日中は森や草原でそれなりに汗もかいているので体中が気持ち悪い。
両手に大きな荷物を抱え宿に向かって歩く途中で、見知らぬ男から声をかけられる。
「そこの色っぽい格好した姉ちゃん、俺に付き合えよ。
そんな格好してるぐらいだ、男に構ってほしんだろ?」
軽薄そうな若い男がにやにやとこっちを見ている。
相手をするのも煩わしいと無視して通り過ぎようとするが、男が伸ばした手に当たり服が辺りに散らばってしまう。
「おいおい、知らん顔とはつれないなぁ。
ボコボコにして持って帰ったっていいんだぜ、おとなしくしてろ」
男は荷物のことなど気にもせず、犯罪を隠そうともしないで脅してくる。
「拾え」
私は男に命令するが、男はにやにやとするばかりで動こうとはしない。
あたりにも人が集まってくるが、誰も手助けしようとはしない。
「もう一度だけ言う、拾え」
「はあ? なんで俺が拾わなきゃなんねえんだよ! それより良い事しようぜ!」
男は私を捕まえようとこちらに飛びかかって来た。
(焼き切れろ)
男の両足に向かい魔法を使う。
男はこちらに向かう勢いのまま、すべるように上半身が地面に向けて落下する。
男の膝上で両足は切断されており、その断面は黒く焼け焦げていた。
「うわぁっぁぁ~!!」
男が叫び声をあげ、周りの連中もあまりの凄惨な光景に息をのむのがわかる。
そんな中私は散らばった服を拾い集め、何事もなかったように宿に向かおうとした。
「ちょっと、待ちなよあんた!」
周りに集まった連中の一人が声を上げ呼び止める。
「何か用?」
「あんたがやったんだろこれ? 衛兵が来るまでそこを動くんじゃない」
「はあ? そこの男が私の服をばらまいたから文句言っただけよ。その後こっちに飛びかかってくるのかと思ったらそんな姿になったおかげで無事で済んだわ。
なんかそういう芸みたいなもんじゃないの? 私は知らないし関係もないわ。
そもそも、私が何かをしたって証拠でもあるの? いいがかりなら容赦しないわよ」
「い、いや、あんたがやったんじゃなければ良いんだ」
「だいたいあんたたち私がその馬鹿に絡まれても知らん顔だったじゃない。
ここじゃ女に暴言を吐いて襲い掛かるのは当たり前なの? みんな止めるどころか声もかけてこなかったじゃない。
あんたたちもそいつの仲間なんじゃないの?」
「そんなことはない、こいつはこの辺りの鼻つまみ者で誰も関わり合いになりたくなかっただけだ」
「関わりたくないけど、私が襲われるのを見物してたってこと? いい趣味してるわね。
助けもせず一緒に見物してたら仲間も同じことよ。
衛兵が来るまで待ってたら、このことを全部私の感じた通りに伝えるから覚悟しておくことね」
「い、いやそんなつもりではなくてだな、なんとか助けたいとは思ってたんだ…」
「はぁ? あんたたちが何を思ってるかなんてどうでもいいし興味もない。
結果がすべてよ、こいつが私に襲い掛かってきたことと、あんたたちがそれを周りでニヤニヤ見てたってことがね」
「ニヤニヤなどしてないっ!」
「そんなの私がどう思ったかだけで、あんたの顔がどうだったかなんてどうでもいいのよ。
女性が襲われているのを助けもせずに、周りで見ていただけで他に助けも呼ぼうとしなかったのは事実よね」
「そういわれると、返す言葉もないな…」
「しかもこいつがなんか倒れたら、私に罪を擦りつけようとしたわよね」
「そ、それはあの状況ではあんたがいちばん疑わしいじゃないか…」
「へぇ、疑わしいだけで犯罪者扱いしたわよね。あんた一体何様なの?
返事によったら、こいつの仲間としてきっちり証言してあげるから覚悟しなさい」
「わ、わかった、あんたはそいつに襲われただけで、突然そいつが倒れただけ。
わしらは、あんたを助けることも出来ずに周りにいただけの力のない一般人だ」
「で、こいつはどうするの?
初対面で襲い掛かるような犯罪者なんか、わたしは興味ないから。
普段からこんなことしてるんなら自業自得だし、天罰でもあたったんじゃないの?」
「そうだな、天罰が下ったとでも考えることにするよ。お嬢さん引き留めて悪かった。
あと、こいつから守ってやれなくてすまなかった」
「ふん、分かってくれればいいわ。それに暴力には普通は弱いことも理解しているつもりだから、今日のことは水に流すわ」
「ありがとう、気を付けてな」
(危なかったわね、無詠唱だからばれないとは思ったけど強気で押せば何とかなるものね。
そもそもあの屑が余計な事をしなければ何も起こらなかったのよ)
風呂に入りたくて急いでいたところを邪魔され、普段以上にイラついてしまったようだ。
軽く気絶させるだけで済んだはずなのだが、やり過ぎてしまったような気もする。
(まあいいわ、あんな馬鹿のことをこれ以上考えても時間のムダね。それより早くお風呂お風呂)
宿に戻り部屋に入るとすぐに風呂に湯を溜めじはじめる。
下着と部屋着を取り出し他の服を片付けると、やっと念願の風呂の時間だ。
のんびりと湯船につかり疲れを癒す至高の時間が過ぎていく。
長湯をして風呂をとことん楽しんだ。
元の世界の自室のユニットバスと違い、手足を十分に伸ばせる広さがあるここのお風呂は格別だった。
シャンプーやリンスといったものがないので、後で受付の娘にでも聞いてみようと思う。
風呂から上がり、部屋日に着替えてだらしなくベットの寝転がる。
そろそろ夕食の時間だろう、今日は自室に運んでもらうように頼んでおいたからもうすぐやってくるだろう。
そしてこれからのことについて考える。
まずは衣食住の確保が最優先と、なるべく考えないようにしていたがそろそろまじめに考えておく必要がある。
それにステータスにあった「勇者」の記載。
物語の中なら勇者もあこがれの存在で済むだろうが、現実に自分が勇者といわれてもピンとこない。
それに勇者といえば竜退治や、魔王討伐のような事がすぐに思い浮かぶ。
凄い身体能力を得たが好き好んでそんな戦いをやりたいとは思わない。
それに女子としてあまり不潔な場所や相手には近づきたくない。
たしか「何のしがらみも無く自由な異世界生活を!」みたいなことが書いてあったし、
「勇者」なんて文字は見なかったことにしようと決める。
魔法は楽しいし、何より今のところの唯一の収入の手段でもある。
まずは色々と魔法を試してみようと決めた。
夕食はパンと肉とスープだった。食べれないほどまずいという訳ではないが、美味しいかと聞かれたら微妙と答える程度の味だった。
明日は、食べ歩きもしてみようと心の予定表にメモしておく。
その後は特にすることもないので、早めに休むことにした。
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