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砂漠の基地

北へ進むテリルたち。しかしその前に横たわる大渓谷。もはや車や徒歩では渡れない。テリルは砂漠の真ん中に向かうよう指示します。虫も多いその地に、何があるのか。

山をいくつも超えたところで、巨大な渓谷が行く手を阻んでいた。


橋はない。迂回するにもルートがわからなかった。何よりも虫たちの数が増えていたのだ。もうこれ以上は進めない。


「お手上げだな、こりゃ」


ガニスは深く落ち込む渓谷を見て、そうつぶやいた。車どころか、徒歩でも渡れそうにない。ずっと下流に下って行って、緩やかな流れになったら、いかだかなんかを作って渡るしかない。そうなるとせっかく手に入れたジープは乗り捨てなければならない。船でも見つけられればいいのだが、あいにくそうウマいことにはならないだろう。


「南東に下る。それしか安全な道はない。川の緩やかなところで渡る」


ガニスはそう言ってジープを走らせようとした。


「その判断は尊重する。ガニス中尉。ただ、われわれは今。差し迫った問題として、このジープの燃料のことを抜きに判断を下すのは性急だと思うのだが」

「大佐、それはこいつの腹具合ってことですよね。あと150キロも走れば、こいつも動かなくなる。そう言ってんですよね」

「そのとおりだ」

「なおのことこの川の下流に行かなけりゃならないってことじゃないですか。もう、にっちもさっちもいかないんだったら」


「これで越えられないんだったら、飛べばいいのに」


ずっと黙っていたテリルが口を開いた。だが、飛んでいくとはどういうことだ?ここらに営業している空港でもあるのか?まったくガキは嫌だ。ガニスはそう思った。


「おとぎ話じゃないんだからな。そんなにうまい話はねえんだよ」


ガニスが毒づく。


「おとぎ話って、何だ、ガニス?」

「ちっ、知らねーよ」


「おとぎ話って、昔の人が考えた童話って言うファンタジーで、偉い人が夜寝るときにいろんなお話をさせたの」


レイナが助け舟を出した。ガニスに説明させると、きっととんでもないことを言い出すに決まってる。


「いちいち寝るときに?」

「そうよ。昔の人は電灯もテレビも本も、とにかく娯楽がなかったから、長い夜を過ごすために、そういうことを考えたのよ」

「テレビ?本?」


「そこか」レイナは困った。そんなものはもうないのだ。ないものを、どう説明しろと。


ほーらみろ、と、ガニスはしたり顔をした。


「データヲ オクリマス」

「サンキュー、アトラス。ふーん。テレビかー」


「わかってんの?」

「うん。だけど本の方がイマイチわからない。なんでデータベースがあるのに、紙の束なんかを大事にするんだ?」

「それは人間の歴史なんだよ」

「どういう意味?」

「人間だけが世界を文字であらわしたの。過去も現在も、未来も。夢や創造も。それを誰もが見れる形にしたのが本」

「欠点だらけなのに?」

「欠点?」


レイナは戸惑っていた。この子は本を知らない。あたしだって軍の図書室にそう何度も通ったわけじゃないが、少なくともいろいろな本は読んだ。それは歴史書、哲学、医学、科学技術、そして小説やコミックまで。どれも素晴らしかった。文化、というのはこれなんだと思った。それがこの子には欠点に映るらしい。


「データ量が質量に比べて少なすぎる。小指ほどのチップに、いったいどれくらいの情報が詰め込まれるのか。文字を知らないと解読できない。解読できたとしても、長い年月がかかる。あとは、燃えやすい」

「それは本だから」

「極めてノスタルジックな考えだな。懐古主義、とでもいうか。すでに量子レベルの演算媒体がアナログを席巻して何年経つのだ。人間は最終的に過去に逃げ込むのだ」

「違うわ。情緒、がある。そんな冷たい世界じゃない、人間にゆとりをもたらすもの。寂しさや悲しさ、楽しさや喜び。疑似体験して心の振幅を大きくするの。そうすればもっと豊かな人生が」

「豊かな人生って、この荒涼とした大地に生きることか?」

「ばか」


レイナは泣きだした。そうだろう、考えてもみよ。ここに情緒があるか。振幅させる心があるか。虫に怯え、機械の暗殺者に怯え、そして飢えに怯える。もはや地獄ではないか。生まれたことを悔いていないものはいない世界。それでもなぜ人は子を産み続けるのだ?死の世界しか待ってはいないのに。


「ごめん」


みなが驚いた。テリルが謝ったのだ。今までそんなことはなかったのに。


「レイナを泣かせるつもりはなかった。馬鹿にするつもりもなかった。ただ現実と照合したとき、矛盾は解消できなかった。疑問しか残らない。いったい何がしたかったのだ。情緒を持つ人間が、情緒を抹殺するなんて、いったいそんな無駄なことを、何故しなければならなかったんだ?そういうつもりでレイナに言ったんだ。傷つけるつもりではない。だが傷つけた。この矛盾がさらにあたしを混乱させる」


「人間はいきなりいっぺんに情報が伝わってきても処理しきれないんだ」


今までずっと黙っていた大佐が口を開いた。


「情報は多いほうがいい。正確に世界を知るためだ。しかし人間の脳はそれに耐えられないのだ。脳は常に情報の取捨選択を行っている。大事だと思うことだけ認識するのだ」


「不便だな。それでは単一的な方向性しか見いだせない」

「そうだ。だから人間の思考は偏るのだ。普遍的な見方はできない。だから書物があり、思考を重ねるのだ」

「自ら考えるために本があると」

「そういうことだ」


テリルはしばらく考えていた。みなも黙っていた。不思議な沈黙が続いた。


「止めろ」


テリルがいきなり言った。


「なんだよ。まだ文句があんのかよ」


ガニスがうんざりした顔で言った。燃料がほぼ底をついているのだ。何の解決策もないまま、また徒歩になる。みんな疲れていた。


「その山には向かうな。右に折れて砂漠に出ろ」

「なんでそんなとこに」

「北へ行くためだ」

「ちっ」


ガニスはジープの方向を変えた。砂漠に向かい、走る。


「どうしたの、ガニス。いやに素直じゃない?」


レイナが冷やかし半分に言った。


「何の解決策も見いだせないんだぜ、俺たちは。仕方ねえじゃねえか」


しばらく走るといよいよガス欠に近づいてきた。砂漠のど真ん中でガス欠とは笑わせる。夜にはうじゃうじゃと虫がはい出てくるだろう。そこを歩いて行かなきゃならないのだ。


「もうすぐそこだ」


テリルは何もない砂漠を指さして言う。岩山を背にして荒涼とした砂漠が続いている。他に何も見えない。


「いい加減にしろ。何もねえだろが」

「そこだ。あった」


ジープを停めて見回したが、砂だけで何もない。


「これだ」


砂を少しかき分けると、金属製のマンホールの蓋のようなものが出て来た。


「なんかの入り口か?ああ?ロックがかかってる。ぶっ壊せるかな」

「まて。アトラス、頼む」

「カイジョシマス」


マンホールの蓋が開いた。鉄の梯子がずっと下まで続いている。ガニスが降りる。トーチを落としてから降りるようだ。


降りてこいというガニスの合図があった。全員降りる。


地下のようだ。ところどころ電気が点灯している。低周波の音が聞こえる。発電システムが生きているのだ。


「誰かいるのかも知れねえな」


ガニスはショットガンを構えながら言った。こういう場所ならショットガンの方がいい。


かなり大きな施設だ。


「空軍の基地だ、これは」


大佐が言った。


「止まれ。人がいる」


テリルが銃を構えた。遮蔽物ごと吹き飛ぶような弾丸が入っている。撃たれたらひとたまりもねえな、とガニスは思った。


「そこに誰かいるのか?」


通路の奥にバリケードのようなものが積み重ねてある。確かに人がいる。おまけに武器もあるようだ。マガジンを装填する音やセーフティーを解除する音が聞こえる。40ミリグレネードの装填音も聞こえた。冗談じゃない。ここじゃ最高の兵器だ。そんなもんを撃たれたら逃げ場所がない。まあ、ガニスのライフルにもランチャーはついているが。


「おい、俺たちは敵じゃない。虫でもなけりゃ、ノーマンでもねえぞ。それでもやるってんならこっちも容赦しねえぞ」

「敵対する者に対して効果のない呼びかけをするのはどうしてだ?」


テリルが不思議そうにガニスに聞いた。


「お約束なんだよ。人間同士の、いわばコミュニケーションって言うヤツだ」

「取れてないぞ。向こうは攻撃する気だ。あと2メートルで対人地雷がある。それにかかったら一斉に撃ってくる」

「そいつはワイヤーか?赤外線か?」

「両方だ」

「気の小さいやつらだ」

「アトラスがここまでたくさんの罠を解除してきた。お前の言う通り、気が小さいのかも知れない。人間の数はおよそ60」

「およそって、正確にわからないのか?おまえとしたことが」

「かなり小さな生き物もいる」

「虫か」

「いや、哺乳類だ。抱えられる位の」

「いくついる?」

「7個だ」


ガニスは大佐を振り返り、状況の判断を仰いだ。


「そうだな。赤ん坊がいるということか。攻撃するのはやめた方がいいな」

「ですが大佐、このままでは」

「そうだな。話し合う、べきだな」

「話が通じますかね」

「やってみるさ」


レナード大佐は両手をあげて正面に立った。


「わたしは元空軍情報将校のレナードだ。今は独立自由軍第408大隊の大佐をしている。話の出来るものはいないか?」


しばらくの間が開いた。相談しているのだろう。テリルがガニスに囁いた。


「やつら火炎放射器のノズルに点火した。話し合う気はないようだぞ」

「そうでも、ちゃんとしたプロセスは踏まないといけないの。人間なんだからな」

「プロセスを踏んでる途中で殺されるが」

「そういう悪い子はあとで懲らしめます」

「なら、今やれ」


テリルはガニスがぶら下げていたグレネードをひったくると、奥に投げ込んでしまった。


「何てことしやがるっ」


バン、という鋭い音がまばゆい光を伴って狭い通路を満たした。大佐は伏せている。今まで目の前にいたテリルと、その後ろにいたアトラスが消えていた。


「があっ」「やめろ」「やめてくれ」


叫び声が聞こえてくる。


「やめろ、テリル、殺すな」


ガニスが必死に叫ぶ。やがて静かになり、あたりに静寂と暗闇が訪れた。


「まったくどれだけ殺しゃあいいんだよ、クソったれ」


罠を解除しながらガニスは奥へと進む。トーチをつけると、床に何人かが転がっていた。5人ほど手を頭の後ろに組み膝まづかされている。ヒューマノイドを生で見て、戦意のある奴なんかいないだろう。まあ、ヒューマノイドの捕虜になったこともないだろうが。


「失礼な奴だな、誰も殺してなんかいないぞ」


みな素手で倒されている。さっきのは爆発型の破片グレネードではなく、フラッシュバンタイプの閃光グレネードだ。目と耳、そして方向感覚がマヒしている。


「お前ら話はできるのか?ここのボスは誰だ?」


ガニスが一番年かさの男に言った。


「う、わたしがここのリーダーだ。元空軍少佐、ウォルケン、第203戦略高空師団だ」

「ボースト将軍の隷下だな」

「知っているのか?」


大佐が質問をはじめた。ひょっとして大佐はここに来たか、関わったことがあるのかも知れない。


「将軍は?」

「何年も前に殺された」

「誰に殺されたのだ」

「われわれの仲間、だ」

「理由は?」

「外に出ようとしたからだ」


ガニスと大佐は目を合わせた。おそらくここにいてはじり貧となる。都市がまだ残っているなら、そこに行こうとしたに違いない。それを潔しとしないものが将軍を殺してしまったのだろう。


「違うんだ、テリルよ。こいつらはこいつらなりに」


ガニスは慌ててテリルに言い訳をしようとした。


「うん?どうしたガニス。これは共食いなんだろ?虫だってよくやっている。人間というのは何にでも理屈をつけなきゃならないからな」

「じゃあ、見逃してやるのか?」

「別に悪意はないからな」


「おまえらこそ何なんだ。ヒューマノイドの手先なのか?」


ウォルケン元少佐が言った。


「そうだな、なんていうのかな。友達じゃねえし、捕虜みたいなもんかな?」


ガニスが言葉に詰まっている。レイナが笑いながら進み出てくる。


「家族よ」


「家族?不思議だな。ヒューマノイドが家族とは」

「ヒューマノイドじゃないぞ。アトラスはバイオノイドだ」


余計なテリルの一言で場が凍った。


「あの、みなさん、平気なんで、すか」


「大丈夫よ、ほら」


レイナが銃床でアトラスの腹部を突いた。普通の人間なら倒れ、もがくほどだ。


「ヤメテクダサイ イタクハナイデスガ ハンゲキシテシマイマス」


そこにいた全員が唖然とした。バイオノイド。死の配達者。見たものはすべて殺される。たった一体のバイオノイドが都市一つを滅ぼした、など普通の出来事なのだ。


「あなたたちはなんなんですか?」


ウォルケンが聞き返した。


「家族だって言ってんじゃねえか」

「よせ、ガニス。いきなりじゃわからないわ」

「そうだな。レイナの言う通りだ。こんな状況、にわかに信じられんだろう」

「ち、まったくめんどうくせえ。え?どうした、おまえら?」


全員が白目をむいている。ガタガタと震えるものもいる。何かの病気なのか?


「がはっ」


ウォルケンが手を床につけた。肩で息をしている。


「わ、わかった。そういうことか。そうだな。家族か。そうかもしれん。もう少し、あんたらが早く来てくれれば」


「それはあんたたちの運よ。それでもまだ運はある。このままここで静かに審判のときを待ちなさい」


テリルが言った。全員がうなだれていた。いや、拝んでいるようだった。


「何をしたんだ、テリル」


ガニスが詰め寄ると、テリルは透明で崇高な輝きを目の奥に貯めながら振り返り言った。


「聞きたいのか?お前も神の啓示を」


「いや、あー、いいです」


ガニスはすごすごと退散した。大佐とレイナは少し笑っていた。



この基地には未発射の核ミサイル24基と航空機があった。ミサイルには用はないが、大型の輸送機がある。そしてストライカーがあった。装甲車だ。


輸送機は大佐が操縦できる。ストライカーと物資を積むと、ハッチを開けさせる。おどろいたことに格納庫は岩山の斜面をくりぬいてできている。C-130と呼ばれる輸送機がゆっくりと砂漠の滑走路に誘導される。


見送りに機内の中まで来ていたウォルケンが名残惜しそうに大佐に握手する。


「いや、本当にお名残り惜しいです。もうダメかと思っていましたが、われわれにはまだ希望があるんだと」


そばで聞いていたテリルが顔を曇らせていきなり言った。


「お前たちに希望はない。ただ、死、あるのみだ。審判の日まで、静かに待つといい」


「おい、こいつらは助かるんじゃねえのか?」

「ガニス、何を言っている?どうしてこいつらが生きられるのだ」

「な、なにもやってねえだろ。酷いことなんてこれっぽっちも」

「死人が何人もいる。将軍も側近もそれを襲った者も。いままでここに訪れたものさえも」

「だからって」

「まだあそこには人を何万回も殺せるものが残っている。自分たちで何かしなければ、誰も何もしてくれはしない」


ガニスはわかった気がした。ただそこにある悪意。


「おい、ウォルケン、いいか、よく聞け。死にたくなかったらあの核ミサイルを何とかするんだ。核弾頭を捨ててもいい。とにかく無力化しろ。こいつが言う、審判の日に、あいつが残っていたら、おしまいなんだ」


ウォルケンはガクガクと首をふった。すべてを理解したようだ。


C-130輸送機が砂漠をゆっくりと飛び立つ。


北へ向かって。







輸送機が飛び立った。このまま北へ向かう。しかし途中、ガリアサイトがある。何万人も住む巨大都市だ。そこは無事なのか?新たな展開がある。

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