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悪魔の子

砂嵐が迫っている。すべてを覆いつくすように。シェルターを見つけたが、そこには何があるのか。

人間が死ぬのは、いつも早すぎるか、遅すぎるかのどちらかである


                 ――サルトル




砂嵐だった。目の前が見えない。レナード大佐がシェルターを見つけた。


シャッターの壊れかかった半円のドーム。先の大戦で使われた市民用の核シェルターだった。

虫がいないか慎重に確かめる。放棄されてから時間はどのくらいたったのか、崩れ具合から10年以上前だと予想される。


「虫はいないようよ」


レイナが荷物を降ろす。


「今日はここで休もう」


ガニスが疲れたように言った。もうみんな疲れていた。元気なのはテリルだけらしい。


「ちょっとあっち見てくる」


テリルは飛び出していった。アトラスも一緒だ。


「あんまり遠くへ行っちゃだめよ」

「レイナ、それじゃ母親みたいだぜ」

「失礼ね、未婚の女つかまえて」


「そこに誰かいるのか?」


レナード大佐が静かに言った。驚かさない配慮だろう。ガニスとレイナはそれぞれ武器を構える。


返事はなかったが、がさりと動くものがある。虫?いや確かめたはずだ。やつらには独特な音波を出す。センサーが反応し、虫の居場所がある程度わかる。もっとも、地中にいる虫はわからないが。


もそもそと出てきたのは子供だった。10歳前後の子供だ。やせていた。


「こっちへおいで。食べ物があるよ」


大佐が声をかけると、子供はよろよろと近づいてくる。どうしてこんなところに?家族は?ほかの大人は?


大佐が差し出した水のボトルを勢いよく飲む。そしてクッキーを食べ始める。


「お前、ここに住んでんのか?他の人間は?」


ガニスが矢継ぎ早にたずねる。子供は黙々と食べているだけだ。


「ちっ、厄介なものを」

「そういうな、ガニス。一生懸命生きていたんだ。よく生きていたな、えらいぞ」


レイナが子供の頭をなでている。


「なんだか楽しそうだけど、そいつから離れてくれない?」


テリルとアトラスがいつの間にか入り口に立っていた。銃を構えている。


「なんの真似だ?テリル。おまえさんが今狙ってるのはこのガキか?こいつは驚いた。お前は俺たちも何も見境なく殺すと言っていたが、まさかこんなガキまでとは」

「いいから離れろ」

「まてよ、落ち着け。いったいこのガキがなんだというんだ。納得できねえぞ」

「離れないならお前ごと殺すまでだ」


「ガニス。離れたまえ」


大佐が言った。


「しかし大佐」

「命令だ、中尉」

「どうして?こんな子供を殺すの?なんで」

「やめないか、軍曹」


テリルは慎重に狙いを定めているようだ。こんな子供を撃つなんて、どうかしている。やはりこいつは狂っているんだ。いや、みんな狂っているんだ。


「テリル、やめねえなら俺が相手だ」

「かまわない。手間が省ける」

「なんの手間だ」

「お前のくだらない言葉や行動に、いちいち反応してやらなくて済む」

「なんだと」

「中尉、命令だ。下がれ」


こんな状況とはいえ、軍隊の指揮は厳格だ。だから今まで生き残ってきたのだ。


「クソっ、なんだってんだ。大佐、俺は納得」


最後までいう間にテリルのミグザが火を噴いた。タン、と軽い音がして、子供は倒れた。


「マジ撃ちゃあがった。信じられねえ。てめえそれでも人間かよ」

「まて、ガニス。そう怒鳴るな」


大佐が子供の側によると、子供から得体のしれないものが出ていた。それがテリルに撃たれたのだ。


「本体はこの下にいるぞ。テルミットで焼く。その子供を連れて出ろ」


テリルが言うと同時に皆が走り出す。大佐が子供を抱えている。


ボン、と鈍い音がしてドームの中に炎が満ちる。何かが地中から這い出して、うねうねとのたうち回りながら、やがて死んだ。大きな虫だ。地中にいる虫は感知できないのだ。


「アトラス、これ、取れるか?」

「ヤッテミマス。ノウニ ハイッテナケレバ」


アトラスが処置を始めた。見るにおぞましい光景だった。尻から切り裂いていく。


「セキズイニ キセイ サレテイル」

「取れるか?」

「ヤキキリマス」

「おいおい、大丈夫か?」

「じゃあ、お前がやるか?」


人だか虫だかの焼けるにおいが漂った。やがて子供の体に食いついていた虫の一部だったものが取り出される。アトラスは器用に傷を縫っていく。俺もこうして縫われたのかと、ガニスはぞっとした。


「人に寄生して、人をおびき寄せる。安心させたところを襲う」

「胸糞わりい虫だ」

「お前と大佐が真っ先に喰われるところだったな」


テリルはニコリともしないで言った。


子供は気を失ったままだが、ここには置いていけない。砂嵐も収まる気配がない。


「こっちにいいものがある」


テリルがなにか見つけてきたようだ。皆が砂から目をかばいながらついていく。建物があった。崩れていない。しっかりした建物だ。鉄でできたドアがある。


「鍵がかかっている。外せるか?」

「アトラス、焼き切れ」


バイオノイドがドアのカギを焼き切る。ドアが嫌な音を立てて開く。中は真っ暗だ。


「ガニス、照明を」


大佐が指示をだすと、ガニスは小さなトーチを取り出し火をつける。電気的な火花が散り、中の様子を揺らしながら照らす。廊下が続いているようだ。皆が中に入る。いつでも撃てるように銃を構えながら進む。


「部屋のようだ」


ガニスが皆に言う。ドアは開いているようだ。ゴトっと音がしてドアが開く。ガサガサっという音がした。何かいる。トーチをかざすと、人間が何人もいた。


「テリル、こいつらも寄生されてんのか?」

「いや、こいつらはただの人間だ」


中には男女合わせて20人くらいいた。


「お前らはここで暮らしているのか?」


ガニスが聞くと、一番年かさの多そうに見える男が答えた。


「俺たちは西から来た。最初は何千もいた。いまは百に満たない。ここのほかにも仲間がいる。隣の部屋だが、そいつらは病気にかかっている。もう持たん」

「見て来よう」

「やめておけ、ガニス。うつされたらことだ」


大佐が言った。


「アトラスに見に行かせる」

「頼む」


テリルに大佐が頭を下げた。アトラスが隣の部屋に行く。やがて戻ってくるとテリルに報告した。それは現状ではどうしよもないことだった。


「チョウチフス ペスト コレラ。アラユル デンセンビョウ」


ガニスはうなだれた。もう助からねえな、と。


「この中に医者はいる?」


テリルは聞いた。一番年かさが答えた。


「ワシントンで医者をやっていた。だが薬がなければどうしようもない」

「薬なら、ある」


テリルは外に出ていく。ガニスが後を追う。


「お前はついてくるな」

「なんでだよ。見られちゃいけねえもんでもあんのか?」

「そうだ。見られては困る」

「そういわれたらなおさら見たくなるじゃねえか」

「お前はどうしようもないな」

「生まれつきでね」

「まあいい」

「そうこなきゃ、な」


テリルについていく。しばらく歩くとピタッと止まる。

やがて低い音が空から聞こえてくる。見えてきた。大型のドローンだ。前に見たことがある。世界中でも、数機しかないはずだ。やがてそれは着陸した。


「ここで待ってろ。近づくな。攻撃されるぞ」


テリルはドローンのハッチを開け、中から大きな箱を取り出した。それぞれ3箱あった。やがてドローンは再び上空へと消えていった。


「これを持て」

「へいへい」


ガニスとアトラスが箱を持った。テリルは相変わらず手ぶらだ。


「まったく」


しかしそれ以上ガニスには何も言えない。テリルが薬をくれたのだ。見ず知らずの人間に、だ。こいつはいったい何なのだろう。


建物に戻るとガニスは軽いめまいを覚えた。すぐに収まったが、いい気分ではなかった。


「どうだった?」


レイナが聞くと、ガニスは不思議そうな顔をして答えた。


「ああ?何が」

「何って、外よ」

「外?外に何かあるのか?」

「いま、テリルと行ってきたでしょう?」

「なんの話だ。俺はここから一歩も動いちゃねえぞ」

「じゃあ、その箱はなによ」

「あ、ん?なんだこりゃあ」


テリルが笑ってる。


「とにかく薬が手に入ったようだ。こっちは携帯食料か。水もある」


大佐が驚いて言う。


「こりゃたまげた。どっから出したんだ、テリル?」

「秘密だ」

「またそんな。教えろよ」

「ことわる」

「ちっ」


大佐はようやく理解した。そして思い出した。もう一人いた。テリルと同じ子供が。



大戦。世界が世界を相手に無秩序に戦った。核ミサイルが飛び交い、人類のほとんどが死に絶えた。こんなことになった原因がある。


その子は最初、小さな国に生まれた。奇跡の子として信仰深き人々によって大切に育てられた。やがて成長するにつけ奇跡を次々と起こした。小さな国は大きな国へと発展していった。人々は欲を膨らませ、やがて信仰を捨てた。それでも子供は奇跡を起こし続けた。


最初の前兆は小さなものだった。隣人同士がいがみ合い始めたのだ。やがてそれは大きなものへと変わっていく。国同士がいがみ合い始めたのだ。原因を探るものがいた。そうしてその原因は、その子供にあると。奇跡を起こす代わりに人々の心を変質させていくのだ。


気がついたときは遅かった。世界は破滅に向かっていた。子供はある日、いなくなった。子供の名は『ゾアラ』。のちに悪魔の子と言われる。


大佐は思い出した。機械の都市『クロック』。そこにある『クロノスの塔』。そこに『ゾアラ』がいることを。


空爆作戦が始まろうとしていた。レナードはまだ空軍の少尉として作戦に参加していた。

目標は『クロック』。核爆弾を数百個、爆撃機に積んでいた。『クロック』の上空に来た時、パイロットは正気を失った。爆撃機は思い思いの方向へ飛び去った。連絡偵察機に乗っていたレナードは無事だった。ジャミングで電波を遮断していたからだ。爆撃は失敗に終わったどころか、世界中に核爆弾をばらまく羽目になった。そうして人類はまた、減っていった。


大佐は確信した。テリルはゾアラを殺しに行くのだ。神の子が、悪魔の子を。そうとしか考えられない。


「ちがう。大佐は間違っている」


テリルが言った。


「じゃあ、なんでそこに行く?」

「取り戻しに行くんだ」

「なにを?」

「あたし自身だ」

「きみはそこにいるじゃないか」

「そうだ。だがもう一人、あたしがいる。ゾアラだ」

「きみとゾアラが一緒?」

「ちがう。ゾアラの中にあたしがいる。それを取り戻さないと、皆、死ぬだろう」

「どうしてだ?なぜ、取り戻さないと、皆が死ぬのだ」

「それこそが希望だからだ」


大佐はわからなかった。だが、行かなければならないことは理解した。何ができるのかはわからないが、自分の命を懸けてでも、やらなければならないと思った。


建物の避難民たちはトラックとジープを持っていた。ジープをもらった。シェルターにいた子供は避難民に預けた。大人になるまで生きていられるのだろうか。


北への旅が始まった。


「テリル」

「なんだ、ガニス」

「おまえ、俺からなんか記憶を消さなかったか」

「どうしてそう思う?」

「なんか記憶があいまいなんだよ」

「気のせいだ」

「そうかな」

「そうさ」


大佐は笑っていた。





機械都市にいる悪魔の子とは。テリルの旅は続く。

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