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砂礫の都市 ユリシーズ

レナード大佐率いる部隊は砂礫の中の都市、ユリシーズに向かっていた。都市の中核エネルギー、『コア』を届けるため。多くの兵を失っていた。だが任務は果たされなければならない。虫に襲われた。防戦も虚しくまた一人、虫に喰われた。ちきしょう、どうすればいいんだ。そのとき、不思議な人間?がわれわれを救ったのだ。いったい誰だ?考える暇もなくさらに虫は襲ってくる。いそげ、あの街まで。走れっ。

 すべてを疑っても、考えている自分の存在だけは疑えない。それだけは確かである。すべては自分が考えることから始まる

                            ―― デカルト




大空の海 (いにしえ)の人々 船が降り 雲は消える


碧き瞳 輝くもの 二つに割れた月 歌う屍人たち


崩れた大地 壊れた時計 直せる者は 死界の旅人





砂礫の続く丘を、一歩一歩踏みしめて登る。しばらくしたら、休もう。


滅びゆく星が、テリルの眼下に広がっている。





「動くなっ」


ガニスは叫んだ。しかし間に合わない。ひとりが甲虫に喰われた。人の叫びが赤茶けた大地にこだまする。


「レイナが危ない、榴散弾を」

「さっきみんな使っちまった」

「ちきしょうっ、ここまでかよ」

「待て、早まるなガニスっ」


ガニスと呼ばれた男は、銃身の短いショットガンを構え、走り出す。


「大佐っ、俺が出ます」

「待て、ユア。もう間に合わない」


大地が震える。地中から大きな虫がはい出てくる。一匹?いや何匹も。ようやくの餌にありつけるのだ。身も心も震えているかのようだ。



この星とともに、この星の神は死んだ。あらたに支配者となったのは、不条理という怪物。


虫はあらゆるものを食い尽くした。文明を、人を、心を。しかしそれは、滅びゆく星の命を、どうにか繋いでいる者たちの姿でもあった。最後の星の守護者は、残されたものを食らう、虫。


「最後の一発だ。ありがたく食らいやがれっ」

ガニスのショットガンが火を噴く。しかし硬い甲虫の背には傷ひとつつかない。レイナに駆け寄り、抱きとめる。まだ息がある。まだ息があったとして、何になるのだろう。もう、ふたりは喰われるのだ。


ガニスは最後に取っておいたグレネードのピンをはじいた。


「粉々になりゃ、食えねーだろ。ざまーみろ」


薄笑いを浮かべた。


「すまん、レイナ」


グレネードから嫌なにおいが噴き出す。


「なげろっ」


「え?」

「右だっ」


あわててグレネードを投げる。ちょうど甲虫の顎に当たった。


「ふせろっ」


パン、と乾いた音がした。ドロドロとした液体が甲虫から流れている。続いて爆発。甲虫は吹っ飛んでひっくり返った。足をばたつかせていたが、やがて動かなくなった。


また、パリパリっと乾いた音がした。この音は知ってる。ミグザというオートマチック・ガンだ。


こげ茶色のフードを被った、背の小さな人間が戦っている。ミグザは口径こそ小さいが、信じられないほど高威力な弾丸を使い、連射速度は高速だ。だから普通の人間(ヒューマン)には扱えない。


この世界には支配者の虫、ほかにノーマンと呼ばれる機械でできたヒューマノイドと、この星でもっとも弱いヒューマンとがいる。


ここら辺にいる甲虫は死んだか逃げたかしたらしい。静けさが辺りを支配していた。


「うっ」


レイナが息を吹き返したようだ。大佐とユアが駆けよってくる。


「大丈夫か」

「ああ、俺とレイナは無事だ。しかしレインが喰われちまった」

「しょうがない。運がなかった」

「運がないのは俺たちも一緒だがな」

「そうだな。早いか遅いか、だったな」

「う、ゲホッ」

「しっかりしろ。すぐに街だ」


「すぐに行くぞ。グズグズしておれん」

大佐と呼ばれた男が声をかける。


「ユア、手伝ってくれ」

「ああ、レイナ、歩けるか」

「大丈夫。かすり傷だ」

「応急だが手当はしてある。出血はしてねえからこのまま行くぜ」


「まって、さっきの人は?」

レイナがまわりを見ながら言った。誰もいない。どこにいったんだ?


「いまは、急いで移動だ」


200メートル先の黒い小山から何か這い出して来るのが見えた。虫だ。小さい虫。しかし無数にいる。数分で喰われつくす数。


金属の板でできた壁が見えた。街だ。監視塔から信号が送られる。


「早くっ。追いつかれるぞ」


大佐が叫んだ。


監視塔から何か撃ち込まれた。榴散弾だ。虫に撃っている。だが、数が多すぎる。


バリケードの一部が開く。なんとか飛び込んだ。

虫はこの金属の壁を乗り越えられない。絶えず高周波を流しているのだ。虫は高周波に弱い。飛ぶやつもこっちには来れない。


「ちきしょう、死ぬとこだったぜ」


ユアが地面に唾を吐く。


「そういうな。レインが浮かばれない」


ガニスは死の恐怖からやっと立ち直ることができた。


「お前らはどこから来た?」

10人以上の兵士がライフルを構えている。


「アグゼリアから来た。まだ、あれば、だが」

「連絡があった。昨日、落ちた」

「コアを持ってきてくれたのか?」

「ああ。これだ」


ユアが背負っていた大きなバッグに、それは入っていた。


「どこも傷ついちゃいねえよ。これで何年かは生き延びられる」


ガニスはそう言うとタバコに火をつけた。あと3本か。しけてやんな。


「感謝する。ゆっくり休め。案内してやれ。指揮官は?」

中心の、ライフルを持っていない男が言った。


「わたしがこいつらを指揮しているレナード大佐だ。あなたは?」

「野口だ。この都市、『ユリシーズ』の副指令で中佐だ。司令官のハインツ少将がお待ちだ」

「行こう」

「シュルツ。そいつを受け取れ。落とすなよ。街が吹き飛ぶ」

「は」


兵はかすかにふるえていた。


「大丈夫だよ。『コア()』はそう柔じゃねえ」


ユアが笑いながら渡す。


野口中佐が振り向いて言った。

「おまけだ」

何かをガニスに投げた。


「ありがてえ」タバコ、だった。


案内する兵士にガニスは聞いた。


「もう、どのあたりまで来ている?」

「それは軍の機密事項だ。だが、おまえらの働きは、それを超えるな。1200キロに迫っているらしい」

「のろまと言っても60時間で来るな。2日半か」


ノーマンが来る。情け容赦のない殺人マシーンの軍団。本来奴らは虫を殲滅するために作られたヒューマノイドなのだ。虫に対抗しうる合金の装甲をまとった殺虫兵器。狡猾な虫に対処するため優れたAIを搭載し、完全独立させた指令センターから集中管理を行う。あらゆる干渉を受けずその任務を全うさせるべく生み出された人類の希望。そうなるはずだった。


しかし指令センターのコンピュータ『アクシズ』は、この星の本当の敵を見出した。

人類こそこの星の資源を食い散らかし、地殻を変動させ、気候を変えた。それこそ真の敵。『アクシズ』はそう判断したのだ。


「逃げるなら今のうちだ」

「今更どこへって、話だ」

ガニスはタバコをふかしながら笑った。


この星にどのくらいまともな都市があるのか。相互に連絡は取れる。まだこの星が繁栄していたころの、プラネットシステムという人工衛星のおかげだ。旧式なおかげで『アクシズ』からの干渉が届かないのだ。しかしそれも次第に弱くなってきた。ひとつひとつ欠落し始めているのだ。夕べもひとつ、落ちていた。流れ星となって大気圏で燃え尽きるのだ。


3000キロ離れた西にガリアサイトという巨大な都市がある。半月前から連絡は途絶えた。人工衛星の欠落のせいなのか、都市そのものが滅んだのか、行ってみなくてはわからない。


子供たちが数人走っていく。


「ここには何人いるんだ?」

「それも機密だがね。まあ、1ブロックざっと2万人。うち、兵士は7000人。それが8ブロックに分かれて住んでいる」

「16万か。多いな」

「かつかつさ。だがアンタたちのおかげでなんとか生き延びられる」

「ノーマンが来るまでだがな」


資材倉庫のようなところだったが、空気も汚れていないし暖房もある程度効いている。凍えることはないだろう。粗末なベッドがいくつかあった。


「そこで休んでください。すぐに軍務医が来ます。食料はそこの棚にあるのでお好きなだけ。では」

敬礼し、去って行った。


「お好きなだけか」


レーションが10個ほどあった。これがここの現実なんだろう。


レイナをベッドに寝かせる。ユアが水を持ってきた。むせ込みながらも、一気に飲んだようだ。

ここでは水は貴重だ。身に染みてわかっている。生まれて来た時から。


「あいつはいったい、何だったんだろう」


砂礫の中に立っていた、あのこげ茶色の人。いや、そもそも人だったのか。2本目のタバコの火をつけたとき、ガニスはふと考えていた。


指令室の中で緊張した面持ちの野口中佐がレナード大佐を紹介している。


「ハインツ少将だ。よく来てくれた。礼を言う」

「いえ。任務を全う出来て満足です」

「兵をだいぶ失ったとか」

「ここに来る前に80名の兵はほとんど。さっきもひとり失いました」

「すまなかった」

「みな任務のために死んだ、勇気ある兵です」

「記録しておこう。全員の名を」

「光栄です、閣下」


地図が映し出された。広範囲な地図だ。


「ノーマンが来る。あと60時間ほどだ。防戦の準備は整っているが、問題は、虫だ」

「つまりEMPをお使いになると」

「そうだ。ノーマンどもを倒せるのは電磁パルス兵器しかない」

「しかしそれだと街の防壁の高周波パネルに影響が。虫が襲ってきます」

「そうだ。だが復旧まで耐えねばならん」

「時間はどのくらい?」

「およそ24時間」

「絶望的、ですね」


2時間で防壁を突破され、住人はすべて喰い尽くされる。甘く見積もってもそのぐらいが関の山だ。


「君たちには選択肢がある。残ってわれわれとともに戦うのもよし。脱出して3000キロ先のガリアサイトに逃げても文句は言わん」

「ガリアサイトがまだあれば、ですが」


「他の隊員とも相談し、決めてもよろしいですか?」

「まかせる。だが、これは希望なき作戦ではない。われわれは必ず生き残る。すでに志願兵による作戦もできている」


大佐は嫌な予感がした。志願兵。それはまさに特攻を意味する。


「もしやERBをお使いに、なる?」


ニュートロン爆弾。小型で人の背に背負える大きさ。放射線強化型核爆弾、中性子爆弾ともいう。


「われわれはフェルミ粒子弾と呼んでいるがね」


呼び方などどうでもいい。強烈な放射線を1キロにわたりまき散らす戦術核兵器。たしかに無数の虫には効果的だ。なにより効果範囲が限定的であるため、都市への被害は少ない。防衛線を志願者が守れば、恐らく虫の侵入は防げる。


「しかし1回の作戦では虫の後続に太刀打ちできません。2派、3派と来たら」

「そういう配置にするのだ」


周辺に3重以上の防壁、いや人間の壁。中性子爆弾を背負った人間が200人以上、配置されるのか?


「われわれも、何かお手伝いができないか、考えてみます」

「すまん。お願いする」


敬礼をしてレナードはさがった。狂気だ。狂気が支配している。しかし生き残るための狂気だ。誰が責められる?200人以上に背負わされるERB。どこにそれだけの数があるのだ。あるとしたらそれだけで狂っている。人類は滅亡の前から狂っていたのだ。


「ユア伍長、レイナ軍曹の容態は?」

「急に軍らしくなりましたね。軽傷とのことです。ショックが大きかったせいで神経が一時麻痺したようですが、回復しているそうです」

「郷に入っては、だ。ガニス中尉は?」

「寝てます」

「相変わらずだな。起こしてくれ。これからのわれわれの行動を決めねばならん」


ガニスは眠っていなかった。倉庫でいいものを見つけた。AR-18と呼ばれる中型のライフルを見つけたのだ。ランチャーがついている。これにショットガンを組み込めば、かなりの火力になる。


「まあまあだな」

「まったく武器オタクだな」

「なんだレイナ、もういいのか?」

「そんなもんとなりでガチャガチャやられたら、眠れるもんも眠れん」

「すまねえな」

「ところでどうする?ここはヤバそうだぞ」

レイナは金髪の美しい髪をかき上げ、深刻な顔をして言った。


「まあな。しかしどこにも行く当てもないし、ここで踏ん張ってみるかな。タバコもあるし」

「お前らしいな。まあいい。お前がそういうなら、あたしも考えるのをよすわ」

「すまん」

「ばか」


「もう話はまとまっているみたいだな」

「レナード大佐」


ふたりは敬礼をした。どんな時でも、これは軍なのだ。大佐の後ろにユアがいる。


「最悪の状況で、最悪の選択を迫られた。ま、諸君にはなんてことないのだろうが、ね」

「お言葉ですが、大佐こそ楽しんでおられるかと」

「馬鹿を言うな。虫に食われるか、中性子で溶かされるか、どのみち生きていられることはない。あとは荒涼とした世界に逃げるだけだ」

「われわれだけならしばらくは逃げて生き延びれるかと」

「そうだな。その相談に来た。お前らの意見を聞きたい」


「自分は戻りたいです」


ユア伍長が言った。


「アグゼリアは落ちたそうだぞ。聞かなかったのか?」

「でも、戻りたい。妻や娘がいるんです」


大佐はため息をついた。


「そうか。では戻りたまえ。ユア伍長、許可する。アグゼリアに戻りたまえ。いままで、ありがとう」


「大佐、みんな、ありがとう。ただし、仕事が終わってからだ」

「何言ってる」

「ここをかたづけたら、さ」

「おまえ」


EMPは3基のミサイルにそれぞれ搭載される。高層、中層、低層の各層で爆発を起こすと強烈な電磁波が段階的に発生する。ほとんどの電子機器が焼けてしまうだろう。


「ノーマンを片付けたとしても、虫が襲ってくる。数はわからん。いや無数だ。こいつを志願兵が叩く。ERBを背負った自爆兵器だ」

「気違いだな」

「だが大勢の住民を救える」

「俺たちに何ができる?」


大佐はおおざっぱな地図を広げた。


「隙間を埋める。ERBで殲滅した虫だが、生き残るやつも出てくる。そいつらを叩く」

「この4人で?周囲何キロあるんだ?」

「もちろんわれわれだけではない。だが、作戦に使える優秀な兵は少ない。移動しながら的確に殲滅しなければならないからだ。使用する兵器は改良型スティンガー。射程2000メートル、ERB弾を使用する」

「無茶言うな。核兵器撃ちながら移動するなんて、気違いのやることだ」

「もとからこの戦いは狂っている。ローバーを2台借りた」


ロケットランチャーに核弾頭を詰め、ジープもどきを走らせて、湧いてくる虫を殺す。作戦なのか?これは。救いのない悪あがきにしか思えない。


「それでも何千人かは助かる可能性がある」

「何千、か」


少ないが、ゼロよりましか。だがそいつらが、いつまで生き残っていられるんだろうな。


「だが、ノーマンたちは本当に全滅できんのか?」


ガニスは懸念を抱いた。過去に二度ほどEMPによる防衛を経験している。一度目はたしかに殲滅したが、二度目は2割が稼働していた。耐性をつけてきているんじゃないか?


「AIは人間より賢いんだ。対策も立ててきてるだろう」

「それには考えがあるらしい。フェーズドアレイシステムが、指向性のエネルギー攻撃を行う。EMPに耐性を持つシステムも、複合攻撃には無力なはずだ」

「そうなればいいいな、という話だな」

「まったくだ」


大佐とガニスが笑っている。ユアとレイナはきょとんとしている。


「とりあえず、虫だな」

「ガニス中尉とレイナ軍曹はローバー2、わたしとユアがローバー1だ。行けるか、レイナ?」

「問題ありません、大佐」

「よし。武器は明日受け取り、装備を確認、点検する。それまでゆっくり休め」

「はっ」

三人は大佐に敬礼をした。


心のない機械兵と、虫との殺し合い。虫に心はあるのだろうか。機械のようなものなのか?感情はないのだろうか。そもそも機械に感情はないって、誰が言ったんだ?何でこんなことになったんだ。なぜ機械は人間に逆らった?


ガニスが何本目かのタバコを吸う。40ミリのランチャーがついたライフルを磨く。


武器を扱ってるときは禁煙なんだよな。ガニスは士官学校で何度も言われたことを、思い出していた。



割れた月が、倉庫の窓から昇ってくるのが見えた。





攻め寄せるノーマン。殺戮のヒューマノイド。そして虫。防衛は人的犠牲を前提にした防御作戦。うまくいくのか?勝利の可能性は、あるのか。

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