次世代変形型三次元バーコード
この世に存在するすべての物には意味がある。
一見、なんの変哲もない物でさえ長い時間を掛けて進化してきた「形」がある。そして「形」には必ず意味がある――。
毎日当然のように目にするパソコンのモニター。昔は存在すらしなかったものが人の手によって生み出され、進化を続け、今では薄型の液晶モニターとして目の前に存在している。
――緑色一色しか映らなかった昔のモニターが懐かしい。緑一色だ。
進化し尽くしたと思われるものですら、未来の人間から見れば進化途上なのだろう。
ここに一本の線がある――。
線は線でしかないが、長さや太さが異なったり、数が増えることにより、見た目だけでは分からない膨大な情報源へと変化する。
それがバーコードだ。
「ピッ、390円になります」
コンビニで好物のソースクリームコロッケパンを二つ買ってお金を支払った。
普段からよく目にする一次元バーコード。これも今では二次元バーコードへと進化途上にある。
まさに次元をも越える目まぐるしい進化に、ルパンさんもビックリだろう。
「で、先輩は何が言いたいんですか?」
企画会議室に呼びつけた後輩が、私が買ってきたソースクリームコロッケパンを袋から出し、当然のように口へと運んだ。
「つまり、この世に存在するすべての物は進化の途上にあり、情報の結晶なんだ。そして、それはいつしか次元をも越える可能性を秘めている――」
「うお、これ、むっちゃくちゃ旨いッスね、先輩パネー」
……話を聞いていたのかコンチキショー。それに、パネーってなんだ、パネーって。
日本語も日々進化しているのは事実だ。その進化に最近ではついていけない感が否めない。
「昨日、会社からの帰りに大雨に打たれたんだ」
パンを頬張る後輩を前に話を続ける。狭い会議室には二人しかいない。飲食は本来禁止なのだが、誰もそんな社内ルールを守っていない。
「え、あの大雨の中を帰ったんですか?」
「ああ」
「ちょっと待っていれば止んだのに。天気予報とかスマホで見ないんスか?」
「見るさ、それぐらい」
バカにするなと言いたい。ギガ数は少ないが、雨雲レーダーくらいはスマホで見れるさ――。
「見れるが、今月はもう残業しちゃいけないから急いで帰らざるをえなかったのだ」
「うお、真面目」
誉められたと思っておこう。……テヘペロ。
「あーあ! だから先輩の靴、今日になっても湿ってるんすね」
「――あ? う、おう!」
なんで普段はボーッとしているくせに、そんなところにだけ聡いのかっ――。朝から私の靴下は湿った靴のせいでシットリしている。靴下で靴は乾かせない。
「そろそろその靴、買い替えたらどうですか?」
「俺の話はどうでもいいだろ」
残ったもう一つのソースクリームコロッケパンを袋から出し、かぶりついた。やはり旨い。どの総菜パンよりも……旨い!
「グループリーダーも言ってましたよ。「三年前から同じ靴だ」って」
「フヘ?」
パンを頬張ったままだから変な返事をしてしまった。慌てて飲み込む。
「――グループリーダーがそう言ってたのか!」
「はい」
グループリーダーは私と違って有能で人望も厚い。私よりも年下なのがいささか腹が立つのだが、学歴が違うので仕方ない。
自分ですら何年前に買った靴だか覚えていないのに……。
「さすがはリーダーだ。部下の細かいところまでよく覚えてくれている」
感心する。いい上司に巡り合えたものだ。
「そういうのではないと思います」
……だろうな。
興味をもって見てくれているのではないだろう。呆れているんだろうなあ。ヨレヨレの革靴。
さらに今日は湿っている……踵も潰れている。
「買い替えようかなあ……」
「その方がいいっスよ。女の人って意外と男のそういうだらしないところを見てますから」
「……」
まるで私がだらしない男だと言われているみたいで腹立たしい……。
「話を戻すが、昨日、その雨に打たれていて気付いたんだ」
「なににですか」
「雲の形って無限にあるが、あれは誰かに向けられた次世代変形型三次元バーコードじゃないのかと」
「うわあ……。先輩らしいややこしい気付きですね」
ややこしいってなんや――。
……まあ、いい。最近の若者が口の聞き方を知らないのにはもう慣れている。
「地球に住んでいるのは人間だけとは限らない。ひょっとすると地球には大きな意思があり、気象を操作して地表の雲の形状を巧みに操り、対話をしているかもしれないだろ」
「誰とですか」
「木星と」
「……」
ちょっと遠すぎただろうか。まあ、そこはどうでもいい。
「そこでだ、三次元バーコードリーダーなんか存在しないから、その代わりに普通のバーコードリーダーをたくさん借りてきてだなあ、屋上に並べて読み取ってみてほしいんだ」
――雲の形にどんな情報が秘められているかを――。
「……ひょっとして、僕、なにか悪いことでもしましたか?」
――俺よりも先にソースクリームパンを食った――。とは言わない。
「いや、そんな悪意はない。これは我が社の発展に寄与する重大な調査さ」
「……グループリーダーはなんと?」
「「是非やってみて」とおっしゃっていた」
嘘だがな。
「……」
「いいか、新しい発見こそが新しい進化へと繋がるんだ。なんの変鉄もないと思っている雲の動きや形に、誰も気づかない地球から宇宙へのメッセージが込められている可能性があるだろ」
「ないです」
「あるです」
「ない!」
「ある!」
上司の命令くらい素直に聞きやがれ。
「――とにかく、これは業務命令だ。バーコードリーダーを会社の屋上に設置し、空に向かって雲をスキャンして報告しろ。きっと、何かが分かるはずだ」
「……分かりました」
立ち上がると少々乱暴に会議室の扉を閉めて出ていってしまった。
――一時間後、同会議室――。
「先輩、空に浮かぶ次世代変形型三次元バーコードの解析ができましたよ」
「ええ! もう?」
早過ぎないか?
「はい。よくよく考えたらスマホが二次元バーコードリーダーになるので、さっき屋上に上がってスキャンしてみました」
――写メ撮っただけかよ!
「そしたらなんと!」
「なんと?」
もったいぶるなよ。どうせ大した発見なんかないだろ。
「明日は雨ってことが分かりました~」
な・る・ほ・ど。
それは確かに理にかなっている――。
「なんと、そんなことが分かったのか! ハッハッハ、すごいぞ、世紀の大発見だ! 雲の形にそれほどの情報データーが隠されているとはなあ。明日は傘を持って通勤すれば濡れることはない」
「その通りです!」
「よし、じゃあ、さっそくグループリーダーに報告だ」
「もうしました」
「え」
顔が青ざめる。なに勝手なことやっちゃってんの。
――バタン! 勢いよく会議室の扉が開くと、
「あなたたち! 仕事もせずになにを遊んでるの! 会社は幼稚園じゃないのよ!」
「「うお!」」
――カンカンに怒っている――。いつものように、いや、いつも以上に怒っている。
だが今日は屈したりはしない。新しい発想で仕事をしろと命令しているのは、他の誰でもない、グループリーダーなのだから――。
「次世代変形型三次元バーコードの研究と解析と開発の実験です。ちなみに……」
――カシャッ
怒るグループリーダーの顔をスマホで撮影してやった。
「ふむふむ、この三次元バーコードにも無限のデーターと可能性があるはずです。怒っているのが容易に判断できます」
「プーップップッ」
後輩が笑うと、つられて笑ってしまった。
……カンカンに怒って説教されると思ったのだが、
「――ちょ、ちょっと。いきなり撮らないでよ」
少し顔を赤くして髪を手櫛で整え始める。
あれ、今日のグループリーダー……ちょっと可愛い。
――次世代変形型三次元バーコード。
どうやら無限の可能性がありそうだ――。