想原の回廊
物語を描きたいなと思って描いてみました。
読むのは好きなのですが、創り出すのがこれほど難しいとは・・・。
コツン、コツンと水路に反響するのに合わせて、足元に水紋が広がっていく。
それは絶え間なく続いていき、黒くくすんだ壁に吸い込まれるように消えていった。
足音の他にピチャン、ピチャンと規則的なリズムが絡まり、それらが重なる度に少女には笑みが浮かんだ。
水面の向こう側から、大理石の天井に掘られた、神話に出てくるようなヒトや獣が、淡々とした目で見据えている。
監視されているような、何とも言えない不安と溢れそうになる好奇心が、身体の中を駆け巡り、震わせ、やがて水面までも揺らしているようだった。
時の流れが淀んだ少女だけの細長い空間は、果てしなく続き、先は見えない。
柱のスキマからは光の筋が反射して、陽だまりの陽炎を生み出していた。
スキマの向こうには、蒼空と翠がかった廃墟が見えた。
苔むした石で出来ているそれらは、十字架のような形をしていたり、人形に見えたりするものもあった。
「いつまで・・・」
息を吐くのと同時にぽつんと呟かれた言葉は、誰にも届くことなく、虚しさだけを後に残した。
誰に聞かせたいわけでもなく、彼女自身に問いかけるつもりでもなかったのだろう。
ああ、これだから・・・と嘆きたかっただけなのか、あるいは、自らを慰めたかっただけなのか。
問いかけるモノさえいない。
言葉とは裏腹に強い光を目に宿した少女は、今日もまた回廊を歩み続けている。
波面へ溶けゆく彼女の軌跡を知る術は無い。
彼女の行く末を見届けるのは陽だまりのみ。
彼女の目的は、彼女自身も知るはずがない。――――知るはずがなかった。
「もういいよ」
“誰か”が喋った、否、話しかけてきた。
何故“誰か”なのか。
視線を彷徨わせた先にいたのが、ヒトの形をした人だったからだ。
スキマの向こう側、他のに比べて比較的大きい石像の上に立っている。
かつては時計塔として使われていたようだった。
13時を指して、針は止まっていた。
「おいでよ」
人は、ニヒルな笑みを浮かべていた。
(・・・ああ、君は私を嘲るのか。私という存在を認識するだけでなく、存在することに対して否定までしてくれるのか。)
イケイだ。
何よりも異形だ。
天井に掘られた名前すら分からないモノ達よりもはるかに。群を抜いて。
群?
いつの間に彼らは仲間を作っていたのだろうか。
それも競い合って。
優れたモノを見出して。
人を見つめて立ち止まっていた少女の足が、再び軌跡を紡ぎはじめた。
軌跡が弧を描きはじめた。
波紋の周期がはやくなる。
柱の向こうは、草原。
水面を揺らすものがいなくなった。
少女の心はひどく揺れている。
揺さぶられている。
ヒトの形をした人によって。
いつぶりかに歩む草原は、所々ぬかるんでいたり、でこぼこしたりしていた。
歩きにくい。
石像に着くころには、少女は肩で息をしていた。
「見つかったね」
声が遠く上から降ってきた。
逆光となって、姿を視界にとらえることが出来ない。
どうしてここまで来てしまったのか。
覚悟していたのではなかったのか。
覚悟?何の?
さあ知らない。
石の割れ目に手をかけて、登りはじめた。
「痛つっ」
少女の血は赤かった。
指から零れ落ちた血雫がポツリと蘚苔を赤黒く染めた。
「急いで」
時が、動き始めたらしい。
人の少し焦った声が聞えた。
少女は登った。
登って、傷ついて。
下を見なかったし、堕ちなかった。
「はい」
少女に差し出されたのは手。
「どうするかは君次第」
選択を迫られたようだ。
過去さえも洗濯できていないのに。
ここまで来たんだ。
どうにでもなろう。
手を握り返した。
温かい。
視界が歪んだ。
彼女の頬に塩水の軌跡ができた。
成り行きではあるが、少女は望んでいたのかもしれない。
彼女が紡いできた軌跡を。
これから繋げる軌跡を。
奇跡を。
最近見た夢の世界が綺麗だったので、そこを舞台にしています。
初投稿なので、誤字脱字、読みにくい点など多いとは思いますが、温かい目でよろしくお願いします。