外伝~勇者と魔王~
グレイト・ハーティド・レティド、それが俺の名だ。三十路も半ばを越えた歳だが、勇者を生業としている。
その最大の役目は魔王を滅ぼすことだ。
捕らえられたと見せかけて城内に侵入し、運良く標的も見付けた。……はずなのに奴は未だに生きている。
力不足が否めないのは、自分でも重々承知していた。
聖剣が手元に無いという言い訳からではない。その在処などはいとも簡単に見付けられるし、実は手元に出現させることも不可能ではないのだ。
俺は無精髭を指でなぞる。これは考えごとをしている時の癖だ。
「……にしても、うるせぇな」
深夜の城外には湿った風が吹き、荒れた雲を連れて来ている。
ガタガタと揺れる窓枠とガラス面を叩く雨音ですっかり目が冴えてしまった。
ここは魔王の部屋と廊下を挟んで向かい側にある物置き場だ。
小窓が一つあるだけの狭い室内には、様々な日用品が乱雑に積まれている。
その中に無理やり突っ込まれた寝台用の古敷物に、俺は横たわっていた。
旅では野宿も当たり前なので、毛布もある寝床というのは快適なものだなとしみじみと感じる。
「……」
やってきたのはどうやら嵐だけではない。施錠の出来ない扉から、何者かが侵入してくる気配を感じて目を閉じた。
その時、眩しい雷光が射して体に響くような轟音がする。
音に驚いたのか侵入者が「ぎっや!!」と叫びながら脇に衝突してきた。
しかし、俺は動じなかった。完全に寝入ったふりをする。
しばらくその者はじっとしていたが、毛布がもぞもぞと動かされるのを感じて俺はたまらず目を開けた。
「おいこら、どういうつもりだ!」
「ひぃっ」
可愛げの欠片もない叫び声を上げて侵入者、魔王は体を震わせた。
「し、しつれい」
尚も、毛布を捲って中に入ろうとする彼女に俺は「やめろ」と威嚇する。
「や、やだなぁ~……ここは私の寝床です、うん」
こいつ、若干情緒不安定だし、行動の意味も分からない。俺をからかいにでも来たのかと思うと腹が立ってくる。
再び、轟音と共に光が部屋を照らすと魔王はもうすっかり俺の毛布を奪い取ってくるまっていた。
こいつはどこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだと思いながら、それを無言ではぎ取る。
また調子のいいことでも言ってくるかと身構えたが、魔王は丸まった体勢のままで動かなかった。
よく見ると尻尾が腹の方へ巻き付いて震えている。鼻をすする音がして俺は気付いた。
「まさか、泣いているのか」
魔王は頭を上げると、「がみなり~ごわい~」と言って盛大に号泣を始める。
――俺は戸惑った。
こいつは本当に魔王なのか……いや、それは違いないのだが。
「部屋に、帰れ!」
「びどいよ~バーディ~」
飛びついてこようとする彼女の頭を押さえ付ける。頼むからその涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で迫ってこないでくれ。
「怖いんだったら、ラヴィナでも呼べばいいだろう」
「ラヴィナ、の、部屋、遠い」
抱きつくのを諦めた魔王は、シュンと尻尾と頭を下げる。
「お前は子供か!」と心中で思ったが、口には出さなかった。
彼女が小声で言う。
「ここに置いてやってください」
「……嫌だ」
「お願いします!」
濡れた大きな瞳で見上げられたが、ぐっとこない。残念。
「お気の毒ですが……」
俺がそう言った刹那、雷光がその唸りと共に部屋へなだれ込んだ。
「ぎゃあああ」
相変わらずの悲鳴で叫ぶと、魔王は俺の陣地を占拠する。
「もう勝手に転がってろ。俺が出て行く」
「ソレ、意味ナイ!」
俺が身を翻すと魔王は、あろうことか背中にすがってきた。
ぐりぐりと顔を押し付けてくるので、もう服は洗うしかないなと俺は顎を撫でた。
――俺がこの娘を滅ぼせないのは何故なのか。
静かに思考を巡らせて、たどり着いた答えは『好奇心』だった。
俺はこの変わり者に純粋な興味がある。
「はぁ、しょーがねぇな」
「きゃああありがとうごっざいます!」
魔王は心底嬉しそうな黄色い声を上げて、跳び跳ねた。
先ほど興味があると答えたが、やっぱりこいつ気持ち悪い。後なんか怖い。
「ではでは」
魔王は敷物の上で毛布にくるまると、その中から顔を覗かせてじっと俺を見つめてくる。
「いやいや、一緒には寝ないからな」
「!?」
「そんな顔されても無理だろ、普通に考えて」
「!?」
「ちっ、もうこれで我慢しろよ」
俺は丸まった魔王の隣に腰を下ろす。かなり疲れたと長い息をはいた。
「寝ないの?」
「起きてる。一応、側には居てやるよ」
魔王は「わーい」と小さく歓声を上げて、完全に毛布内に隠れた。
気まずい沈黙に耐えられず、俺は口を開く。
「そんなに雷が怖いもんかねぇ」
「……怖い」
彼女はそのままの格好で小さな声を出す。毛布の塊が話しているみたいで可笑しい。
「子供の……」
「そうそう、お前は子供かって」
俺が笑うと『魔王毛布』はもそっと体を動かした。
「違う。子供の頃の話」
「はぁ?」
「小さい頃、森に置き去りにされて、その時に雷が駄目になったの」
「……」
震えている魔王の声に、俺は何も答えられない。
「お母さんが居なくなって、その代わりみたいに嵐が来て、一日中その中にいたの。凄く、怖かった」
「なんでそんな事になったんだ」
「私が悪い子だからとか、神様が意地悪してるとか、いっぱい考えたけど答えは分からなかった。それ以来お母さんには会ってない」
いつにもなく弱気な態度を見せる背に、そっと手を置く。
「……私、いらない子だったかなぁ」
しずしずと鳴き始めた彼女を慰めようと背をさする。
そうしていると寝入ったのか、スーっと静かな呼吸が聞こえ始めた。触れていた手をそっと離す。
「いらない子供なんていないさ。トリさんよ」
よもや魔王らしくもないただの少女は、雷に怯えて泣き喚く。
本来、虐げているはずの者に命をかけ、嫌みな臣を労いながら周囲に気を配っている。
そして、勇者にまで直向きに心を開く。それは無知故の産物かもかも知れないが、悪い気はしない。
俺は、魔王を殺す必要性を感じなくなっている自分に気付いて頭を抱える。
「なんてこった」
これからどうしたらいいのか朝までずっと考えたが、ついに答えは出なかった。
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