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魔王な私の世界録  作者: ヴァルキリァ
第一章 ②
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善悪は友による2


 それはかっちりとした黒い軍服を着こなしている男である。

 年頃は二十代前半ぐらいだろうか。すらりと伸びた手足、細身なのにしっかりとした体格、切れ長で淡黄色の瞳が野獣のような鋭さを見せている。

 シャーが彼の方へ手を向けながら「彼は傭兵です」と紹介する。男はヒールブーツを鳴らして頭を下げた。


(わたくし)はベイル・ジャレントと申します。魔王様を警護する任を受けて参上致しました。御会いできて光栄で御座います」


 彼が優雅な動作で頭を上げると、襟足の長い黒髪がさっと揺れる。

 ベイルの華麗な雰囲気に魅了されて、「へぇ」と感嘆の声を漏らす。続いて、思考が「この人に守護されるならいいかも」という安易な思考にたどり着いた。


「この男は、政務に関して忠実で実に優秀ですぞ」

 シャーに視線を移すと普段見せないような爽やかな笑みを湛えている。


 ――シャーが他人を誉めながら笑ってる!?

 そう動揺していると、ベイルが一歩前へと足を踏み出した。


「以後、私的な場合を除いて、私は魔王様の御側を離れません」


「え?」


 シャーはフフフと静かに笑い声を上げ、「しっかりと監視を頼みますよ」と廊下へ踵を返して行く。そのまま姿が消えると、その真意を理解した私は肩を落とす。


 ハーティが「聖剣を返せ」とか叫んでいたけど、正直それどころではない。浮き足立った気分は完全に消沈だ。

 落胆しているとラヴィナが肩をポンポンと叩いてきた。

 慰めてくれるのか。そう顔を綻ばせると、彼女はそんな私の耳元でそっと(ささや)いた。


「トリ様の側仕いは私だけですよね?」


「え、今なんて……」


「――トリ様を御守りするならハーティ様も居られますし」


「俺っ!?」

 ラヴィナが珍しく大声を出すと、ハーティが自分の名が上がったことに驚いて仰け反った。


 そんな彼を、ベイルはまじまじと観察している。


「魔王様、この者も下男で御座いますか?」


「誰が下男っ! ……いや、そのようなものです」


 ハーティはそう言うと怖い顔でこちらへ強い視線を投げてくる。

 どうして私が睨まれなきゃいけないのか。

 そんなことを考えた私の隣では、ラヴィナが何かぶつぶつと呟いている。


「ベイル様は殿方ですし、やはり側でお仕えする役目は(わたくし)が……」


 殺気立っているハーティと彼女、首を傾げたベイルに挟まれながら、もうこれ以上何も起こりませんようにと天に祈った。



 ++++++


 食事所で昼食を終えた私は、ラヴィナを待つ間にベイルと少しでも親睦を深めようと話を切り出した。


「ベイルさんって出身はどちらですか?」


 彼は微動だにせず、椅子に腰掛けた私の隣に佇んでいた。ラヴィナもそうだが、就寝以外いつも側にいる彼らは食事などをどうしているのだろう。


 ベイルが無言なので質問を変えてみる。


「ベイルさんって人族なんですか?」


 私やシャーのように角や尻尾などが生えていない彼の見た目は、人と変わりないように見える。その黒髪に馴染みがあるからそう思うのかも知れないが……。 


「何故。皆、種族などを気にするのでしょうか」


 ベイルがどこか遠い目をしながらボソリと呟くので、世間話のつもりだったがいけないことを聞いただろうかと不安になる。

 しかし、よくよく考えてみると種族などに(こだわ)っているのは馬鹿げたことだ。


「私もそう思います。特に魔族って人を見下していたりするでしょう。それが理解できなくて。ラヴィナだって人族だけど私は大好きだから」


 その時、噂をすればなんとやらで、食器を片付けに行っていたラヴィナが戻ってきた。

 微笑む彼女の後ろに続くのは、気怠そうに「なんで俺が」と呟くハーティである。


 彼は革製の防具の上から、なんとフリルの付いたメイド用の純白エプロンを着けている。

 そのあり得ない姿に思わずブッと吹き出した。


「何、その格好っ」


「こ、これは仕方がないだろ! 汚れるから着ろってラヴィナがっ!」


 恥ずかしいのか顔を赤らめた彼の様子に笑いがおさまらない。


「だっ、笑うな! ぶっ飛ばすぞ」


 ハーティは耳まで赤くして足を踏み鳴らす。その反応は三十路越えた男の行動とは思えない。


「ごめんごめん」


「それで謝罪のつもりかよ。誰の食った皿洗ってやったと思ってる」


「ぶっ!!」


 ――魔王の食器を、一生懸命洗っている勇者なんて考えられない!

 今度は息が出来ないほどに笑いすぎて悶えてしまう。駄目だ、涙まで出ちゃう。


「テ、テメェ、そこに直れ!」


 堪忍袋の尾が切れたといわんばかりに、ハーティが袖を捲り上げながら鬼気として迫ってきた。すかさず、困惑した様子で立っていたベイルの後ろに隠れる。


「ごめんって。片付けてくれてありがとう」


 背から少し顔を出して感謝の言葉を述べると、ハーティは落ち着きを取り戻してくれた。

 ただ、「よろしい」と口にした彼は恐ろしいほどに真顔だったので、からかうのも大概にしようと心に決めた。



 ぞろぞろと自室へ戻ると、いち早く入室したハーティがしかめっ面を始めた。


「何か、煙臭くないか?」


 そう言われれば、確かに焦げ臭さが充満している。外で何か焼いているのだろうか、室内は少し煙たい。

 私が鼻の前で手をパタパタとしていると、隣にいたベイルが口を開く。


「……そん、なに」

「ベイルさん、どうかしましたか?」


 彼の顔を見上げると驚くほどに血の気が無く、真っ青である。


「体調が悪いんですか? とりあえず座ってください」


 無言で直立するベイルに椅子を勧めたが、彼は硬直したようにピクリとも動かない。

 私が焦り出すと、一気にベイルへと視線が集まった。


「動けないなら、俺が運んでやろうか?」

 ハーティが柄にもないことを言いながら詰め寄ると、ベイルはいっそう顔を青ざめてしゃがみ込んだ。


 これは本当に重病だと、ラヴィナと顔を見合わせる。するとベイルは低い唸り声を上げて上半身を抱え始めた。

 その肌が黒い毛並みで覆われると、瞬く間に手足が人では無くなっていく。


「えっ?」


 そんな惚けた声が出た時には、彼がしゃがみ込んでいたところに全長で二メートルぐらいの大きな黒豹が姿を現していた。

 獣は獰猛な目付きでこちらを威嚇しながら鳴き声を(とどろ)かせる。


「ベイル……さん?」

 同時に黒豹が動いた。瞬間的に、鋭い爪の前足でこちらに襲いかかるとそのまま強い力で押し倒してきたのだ。


「トリ様!」

 いつの間に後退したのか、部屋の隅でハーティに抱えられた格好のラヴィナが叫んでいるのが目の端で見えた。


 ――おいおいハーティさんよ。選択としては間違っていないが、なぜラヴィナだけ連れて逃げているんだ。


 バタバタと足を動かしてみたが、獣は一向に離れる気配を見せない。爪が肩に食い込むような感覚があるが、実は全く痛みを感じない……だんだん虚しい気持ちになってくる。

 ハーティに助けを求めようと視線を送ったが、助けに向かおうとするラヴィナを押さえるので手一杯のようだ。

 しかし、彼の口が何やらパクパクと動いている。


 ――「(が ん ば れ !)」――。


 ――頑張れじゃない、早く助けろっ!


 ラヴィナを押さえていない方の手でガッツポーズを取っているので、後で絶対酷い目に合わせてやると誓った。


 業を煮やした黒豹が首に噛み付こうとするのを必死で体を動かして避ける。

 唾液でヌラリと光る犬歯が今にも食い込みそうなのを見て、いくら不死でも首がもげて死んでしまうのではないかと恐怖で目を瞑った。


 そうすると急に体が軽くなり、驚いて目を開く。もしや死んだかと思ったが、体の上に獣の姿がない。


「――トリ様!」

 ラヴィナの声にハッとして辺りを見回すと、露台(バルコニー)の扉前で黒豹とハーティがもみ合っている。


「……」

 私は無言のまま、部屋の隅で膝を付いていたラヴィナの方へと移動した。


「トリ様、ご無事ですか!?」

 彼女はその栗色の瞳に溢れんばかりの涙を浮かべている。本当に優しい友だと感激した。


「ああ、ハーティ様がっ」

 ラヴィナが叫ぶので、そちらを見ると今度はハーティの上に黒豹が乗る形となっている。


「がんばれっ!」

 私は彼に精一杯の声援を送ってあげた。


「くそ、なめるなっ!」


 ハーティは獣の腹を蹴り上げると、その縛から逃れた。

 彼は素早く立ち上がると、体制を崩した黒豹の横腹に突撃する。体当たりされて弾き飛ばされた獣は壁に衝突し、ようやくその動きを止めた。

「何がどうなってんだよ」

 肩で息をするハーティが眉を寄せたので、黒豹へ目をやると獣はいつの間にか人型に戻っている。


 私たちが様子を窺っていると、のそりとベイルは起き上がった。

 ハーティがラヴィナを庇うような形で身構えたが、当人は何が起こったのか分からないといったように首を傾げている。

 そしてベイルはこちらの様子を見た後、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら部屋を出て行ってしまったのだった。

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