飛んで火に入る夏の虫3
困惑して男の方を向くと、彼にまじまじと見られている。
「ふん。不死身のくせに、本当に自害しようとするとはな。それとも演技だったかな」
私がその意味を理解できずにキョロキョロと視線を動かしていると、男は気が抜けたといわんばかりに肩を落とした。
「まさか知らなかったのか? ……まぁ俺も、この『聖剣』で果たして魔王を倒せるのか疑問だが」
彼は剣の柄を叩くと、あっけらかんといった態度で言葉を続ける。
「俺の名はグレイト・ハーティド・レティド。お前たちが探している勇者は俺さ」
その発言を聞いた私は口をポカンと開けてしまう。
周囲も驚いた顔をしていたが、唯一そうしなかったのはラヴィナである。なんと、彼女は勇者の男に土下座を始めたのだ。
「勇者様、どうか魔王様を殺めないでください。トリ様は魔族領地、いいえアバイドワールに必要な御方なのです」
どうして彼女は、私なんかの為にそこまでしてくれるのか。でもその優しい気持ちが嬉しくて、胸の奥までむずむずとする。感動して震えていると、勇者と名乗った男の低い声が聞こえてきた。
「なぜそんなことが言い切れる」
不安になってラヴィナを見ると、顔を上げた彼女の表情は真剣なものである。
「奴隷だった両親は、見に覚えのない罪で処刑されました。人族はここで不当な扱いを受けても当然なのです。ですがトリ様は違う。上手く伝えられませんが、そう感じるのです。……こんな私を友だと言ってくれる、優しい御方です」
ラヴィナも私のことを友達と感じてくれていたのだと気付くと、今まで感じたことのない幸福感に包まれた。
勇者はしばらく黙っていたが、剣を鞘に戻してから彼女へ片手を差し伸べる。
「立ってくれ。頭を下げられるのは性にあわん」
「勇者様、感謝します」
「勘違いするな。勇者は魔王を倒すために存在しているんだぞ」
彼は殺気を込めたような強い視線をこちらへ向けてきたが、すぐに顔を反らした。
「見逃すのは今回だけだ。次はない」
今回だけという言葉は引っ掛かるが、どうやら殺されずに済むらしい。
しかし、命拾いしたと胸を撫で下ろしたのもつかの間だった。
今度はシャーが突然その場に倒れ込んだ。彼の背後にはトイルサムネスが、赤く血塗られた槍を手にしている。
「ふはははっ、気をきかせたはずの人払いが仇となるとは不覚であったな、フロイデ殿! 貴殿は甘いのです。本当にこんな小娘に王が勤まるとお思いなのか!?」
まるで魔王のように高笑いを上げる彼は、もはや今までのトイルサムネスではない。
一方、無抵抗で攻撃を受けてしまったのか、シャーはくぐもった声を漏らした後から動かなくなっていた。
「――次は貴様だ!」
突如、トイルサムネスはこちらめがけて跳躍してくる。それに反応仕切れなかった私は避けることも出来ずにその突撃を受けた。そうして跳ね飛んだ体は転がって、勇者の足元へとたどり着く。
「さぁ、勇者よ。同胞が傷つかないうちに、魔王にとどめをさすのだ」
汚い嘲笑と共にラヴィナの悲鳴が響いた。
――ラヴィナが人質にされている。そう頭では分かっているのに体に力が入らない。
私はどうなってもいいから彼女を助けて欲しいと哀れみの視線を勇者へ向けた。
「断る」
しかし、淡々と答えた勇者と、それに痺れを切らしたと言わんばかりの怒号が響く。
「人族なんぞ簡単に捻り殺せるのだぞ!」
そして友の二度目の悲鳴の悲鳴を耳にして、私は完全に目が醒めた。
――勇者もトイルサムネスも最低のクソ野郎だッ!
そう思ったら体が熱くなってきて、私はギザギザした歯を食い縛る。
「……もういい」
私は静かに立ち上がった。トイルサムネスがラヴィナの首を掴んでいるのが視界に入ると、体の中心から何かが溢れ出てくる感覚がする。
――初めての感覚。この禍々しい気持ちは何だ。
「やめろトイルサムネス! ラヴィナを離せ!」
「ふん、小娘の命令なんぞに従うと思うのか」
高らかに笑いながら、初老はラヴィナから手を離すとゆっくり床に手を付き、そのまま頭を下げ始めた。解放されたラヴィナがよろよろと力無く腰を下ろすのですぐに駆け寄る。
「ラヴィナ!」
「トリ様、トイルサムネスは一体どうしたのですか」
その問いの答えは私にも分からない。牽制で「従え」と命じてみたが、まさか素直に応じてくれるとは思わなかった。
初老は未だに頭を上げず、絨毯に額をつけた格好のままだ。その体が小刻みに震えているのは、抵抗しているからだろうか。
勇者が額に汗を滲ませながら呟く。
「……従属の力か。前魔王も持っていた能力とは聞いていたが」
魔王の私よりそれに詳しいのはなぜなのか。さっきラヴィナを助けなかったことも相まって、非常に腹立たしい。
「――勇者よそこに、ひざまずけっ!」
試しにそう言ってみたが、彼は涼しい顔で私を見ただけだった。すごく悔しい。
そうしていると、倒れ込んでいたシャーがもそもそと起き上がってきた。
「さっさとその不届き者どもを拘束せんか、愚か者」
頭を押さえながらそう呟いた彼に驚いて声を上げる。
「シャー。あなた生きてたの!?」
「これしきの事で死んでたまるものですか。あと、私をシャーと呼ぶな」
――良かった……。
それが声になる前に私は力が抜けてしまう。
最後にラヴィナの「トリ様」という声が耳に入ると、視界は暗闇に包まれた。




