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魔王な私の世界録  作者: ヴァルキリァ
第四章 ②
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会うは別れの始め3


 気付いた時には闇の中で、そこを自然と歩いていた。

 ふと、目の前に懐かしい小さな影が見えて、彼女の名を呼んだ。


 ――スィフィ……。


 でもそれは声にならなかった。彼女は私を見付けると、二ッと微笑みを浮かべた。その顔が何かを訴えかけている。


 すぐにその意志が分かってしまった。彼女は世界を作り直す気なのだ。

 でも、そんなことをすれば……。リフィアが言った言葉通りなら、スィフィが消えてしまうかもしれない。

 「やめて」と叫びたかったが、やはりそれも声にはならなかった。



 ++++++


 目覚めると、私は立っていた。見慣れた日本の風景の中で佇んでいた。

 それは私が竜巻に飲まれる前の場所と同じだったのだ。体も人間だった頃と同じ姿に戻っている。


 もしかして全て夢だったのかと呆然とした。徐々に涙が滲んでくる。


「夢なんかじゃない!!」

 私は髪を振り乱して駆け出す。亜麻色のそれが風で乱れても、目に入っても気にせず足を動かした。


「――スィフィ! ラヴィナ! ベイル! アルビレオ! タンジェリーン!」


 そう叫んで、遠に傾き始めている夕日の中で小道を駆ける。その淡い光を受けながら、ひたすら全力疾走し続けた。


「――ハーティーッ!」


 すれ違う人々が不審な顔でこちらを見ているが、そんなことはどうでもいい。


 そのまま雑木林へ入ると、木の根に足を取られて地面に倒れ込んだ。腕や膝を打ち付けたが、そんなことすらも気にならない。即座に身を起こした。



 ――世界は、アバイドワールはどうなってしまったのか。消えてしまったのか、私だけ生き残ってしまったのか、どうして。どうして、私だけ……。

 複雑な感情が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。


「うわああああ!」


 溢れだすと止まらなかった。声を上げてひたすら泣いた。

 頬を強く擦っていると、チクリと痛みが走った。手元をみると、人差し指にはめていた指輪が日の光を受けて輝いている。


「私の世界はここじゃないのっ! アバイドワールに、みんなの元に帰りたい!」


 両手を握り締めて、必死に懇願した。すると指輪が、それに答えるように淡く光り始める。


 ――トリ。

 その時、微かに私を呼ぶ声がしたような気がして、辺りに視線を這わした。


「ハーティ!?」

 咄嗟にその名を叫んだが、声は静かに消えていく。空耳だったのだろうか……。


「トリ、上だ!」

 確かにハーティの声でそう聞こえて、空を仰いだ。しかし、木々の葉に阻まれてよく見えない。


 急いで雑木林から出ると、上空に赤竜が浮いているのがようやく視界に入る。


「タンジェリーン!」

 大きく両手を振ると、赤竜は長い尻尾を地面に垂らした。


「狭イ、降りられぬのダ。掴まレ」


「うん!」

 私は尻尾にしがみつく。すると大きなブラックホールのような渦が空に現れて、それに吸い込まれた。




 私たちが出現したのは、薄暗く何もない空間だった。赤竜がゆっくり下降すると、私の足も闇の底についた。すぐさま頭に触れると角が、お尻を見ると尻尾が動いている。


「トリ!」

 ハーティが赤竜の首もとから飛び降りると、竜も少年の姿に戻った。私は彼らに抱き付く。


「ハーティ。アバイドワールは、みんなはどこ?」


「あの天空城があった場所は消えたみたいだ。俺らの世界はあるっちゃあるんだが……」


 ハーティが言葉を濁したので首を傾げる。彼は眉を寄せながら頭を掻いた。


「今は時間が止まった状態なんだと。――なぁ?」


 ハーティが暗闇の中へ声をかけると、そこに一つの光玉が現れる。その白い輝きは大きくなったり小さくなったり、まるで生き物が呼吸しているようだ。


《――はい。あなた方の世界は神の子(スィフィ)が再生を試みた段階で静止させております》


「それって、どういうことなの」

 頭の中に直接響く見知らぬ声に、思わずそう聞き返した。


《――アバイドワールは巨大な箱庭。いいえ、庭と呼ぶ程の簡易なものでは無く、今後も発展が期待できる世界です。この宇宙の軸になる可能性も大いに期待できると我々は考えます》


 壮大な話にゴクリと息を飲む。声は続く。


《――しかし、すでに世界を管理する神々では、無条件で他世界を存続させる事ができません。そこで、我々は幾つかの条件を提示します》


「それは何ですか」


《――まず一つ、聖剣と聖なる指輪をこちらに献上する事。二つ、アバイドワール世界を管理する役目を持つ神を配する事。三つ、世界が再生されたあかつきには、南島羽里(なんとううり)は日本へと戻る事。以上です》


「おい、待て。三つ目の条件は飲み込めない!」

 ハーティが条件の最後を聞いて叫んだ。しかし、声は彼を無視して続く。


《――南島羽里は貴重な存在。我々には必要なのです》


「馬鹿なことを言うな。トリは俺にも必要だ。みんなにも、アバイドワールにも」


「ハーティ……」

 私は拳を固く握る。


《――それは、彼女自身が決める事です。どうされますか?》


「分かりました。条件を全て飲みます。だからスィフィもちゃんと存在させてあげてください」


「待テ、トゥリ。――(しん)ヨ、我が身を捧げようゾ。我はどうなっても構わヌ、トゥリを諦めて貰えぬカ」


「俺もだ。俺も消されてもいい。だからトリを連れて行かないでくれ、頼む!」


「二人ともやめて、私が戻ればいい話だから」


 その時、光玉の輝きが大きくなって、あまりの眩しさに目を覆った。手を離すとそこに目の細い、着物を着た中性的な人物が立っている。


「ワタクシは日本の外交を担う、(おぼろ)と申す者。――南島羽里、我々はずっと見ていましたよ」

 朧と名乗った人物は、袖で口元を隠すような動作をする。


「リフィアは自愛をする余りに他者が見えず、己の欲望と共に世界を混沌に導きました。――しかし、神というものは、今まで自分本意の世界を作っては滅ぼしてきた。言わば彼女と同じなのです。ワタクシ達は、この事例を教訓とせねばならない」


「……」

 私は興奮して上を向いていた尻尾を下げると、押し黙った。朧は片手をこちらへ差し出してくる。


「そのためにも、協力者が欲しいのです。共に世界をより良く、導きましょう」


 差し出された手を取るために踏み出そうとしたが、腕を掴まれていて動けない。振り返ると、怖い顔をしたハーティがいる。


「トリ、行くな。お前の居なくなった世界なんて俺はいらない!」

 彼が叫ぶと、続くように声が降ってきた。


「かあさま、行っちゃだめ!」

 これはスィフィの声だ。彼女の悲しむ顔は見たくない。


「トリ様、戻ってきて……」

 ラヴィナの声は震えている。今すぐ彼女を抱き締めたい。


「ウリ様を失った世界なんて最低です」

 強いベイルの言葉、でもそれはさすがに言い過ぎだ。


「トリ、魔法教えてやるから帰って来い」

 ぶっきらぼうなアルビレオの声、かなり魅力的な提案である。


「我にもトゥリは必要ダ」

 最後にタンジェリーンが声を上げる。


「みんな……ありがとう」

 呟いて掴まれていた腕を振り払った。そのまま、私は朧の元へ駆け寄る。その手に指輪を渡した。


「ごめんなさい。日本へは行けません。――私、自分はずっといなくなってもいい存在なんだと思ってた。でも、そんな私を必要としてくれる仲間がいる。自分のためじゃなく、みんなのために帰らなきゃいけないって分かったの」


 そう言い終えると、真横を聖剣が浮かびながら飛んで行く。朧は指輪と聖剣を手に笑みを湛えたまま、スーっと、どこかへ消えてしまった。


「トリ!」

 ハーティの声と共に背中に抱き付かれた。手に触れられてそちらを見ると、タンジェリーンが今まで見たこともないような穏やかな笑顔を浮かべていた。


 私が微笑みを返すと、目の前に突然ラヴィナが現れる。驚く間も与えられず、強く抱き締められた。

 すると続いて右からベイルが、左からアルビレオが現れて、わきを固められる。


「ラヴィナ、ベイル、アル!?」

 次は足に何かしがみついてくる。下を見るとスィフィが頬擦りしていた。


「スィフィー」

 頭を撫でてあげたいけど身動きがとれない。


「ちょっ、苦じいよぉ」

 それでも嬉しくて涙が溢れた。


 ――ああ、私の世界はここだ。この場所にあるんだ。

 そう思った時。暗闇が晴れて、底が無くなった。文字通り、空間が消えて青空と白い雲が広がっている。


「ぎゃあああ」


 遥か下方に緑の大地が現れて叫んだ。みんなもそれぞれに悲鳴を上げる。

 雲の間を抜けて落下していると、タンジェリーンが赤竜化して背中で受け止めてくれた。


 赤竜が天を滑空して行く。

 もう私の胸に不安の影はなかった。溢れんばかりの希望で一杯なのである。

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