会うは別れの始め3
気付いた時には闇の中で、そこを自然と歩いていた。
ふと、目の前に懐かしい小さな影が見えて、彼女の名を呼んだ。
――スィフィ……。
でもそれは声にならなかった。彼女は私を見付けると、二ッと微笑みを浮かべた。その顔が何かを訴えかけている。
すぐにその意志が分かってしまった。彼女は世界を作り直す気なのだ。
でも、そんなことをすれば……。リフィアが言った言葉通りなら、スィフィが消えてしまうかもしれない。
「やめて」と叫びたかったが、やはりそれも声にはならなかった。
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目覚めると、私は立っていた。見慣れた日本の風景の中で佇んでいた。
それは私が竜巻に飲まれる前の場所と同じだったのだ。体も人間だった頃と同じ姿に戻っている。
もしかして全て夢だったのかと呆然とした。徐々に涙が滲んでくる。
「夢なんかじゃない!!」
私は髪を振り乱して駆け出す。亜麻色のそれが風で乱れても、目に入っても気にせず足を動かした。
「――スィフィ! ラヴィナ! ベイル! アルビレオ! タンジェリーン!」
そう叫んで、遠に傾き始めている夕日の中で小道を駆ける。その淡い光を受けながら、ひたすら全力疾走し続けた。
「――ハーティーッ!」
すれ違う人々が不審な顔でこちらを見ているが、そんなことはどうでもいい。
そのまま雑木林へ入ると、木の根に足を取られて地面に倒れ込んだ。腕や膝を打ち付けたが、そんなことすらも気にならない。即座に身を起こした。
――世界は、アバイドワールはどうなってしまったのか。消えてしまったのか、私だけ生き残ってしまったのか、どうして。どうして、私だけ……。
複雑な感情が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
「うわああああ!」
溢れだすと止まらなかった。声を上げてひたすら泣いた。
頬を強く擦っていると、チクリと痛みが走った。手元をみると、人差し指にはめていた指輪が日の光を受けて輝いている。
「私の世界はここじゃないのっ! アバイドワールに、みんなの元に帰りたい!」
両手を握り締めて、必死に懇願した。すると指輪が、それに答えるように淡く光り始める。
――トリ。
その時、微かに私を呼ぶ声がしたような気がして、辺りに視線を這わした。
「ハーティ!?」
咄嗟にその名を叫んだが、声は静かに消えていく。空耳だったのだろうか……。
「トリ、上だ!」
確かにハーティの声でそう聞こえて、空を仰いだ。しかし、木々の葉に阻まれてよく見えない。
急いで雑木林から出ると、上空に赤竜が浮いているのがようやく視界に入る。
「タンジェリーン!」
大きく両手を振ると、赤竜は長い尻尾を地面に垂らした。
「狭イ、降りられぬのダ。掴まレ」
「うん!」
私は尻尾にしがみつく。すると大きなブラックホールのような渦が空に現れて、それに吸い込まれた。
私たちが出現したのは、薄暗く何もない空間だった。赤竜がゆっくり下降すると、私の足も闇の底についた。すぐさま頭に触れると角が、お尻を見ると尻尾が動いている。
「トリ!」
ハーティが赤竜の首もとから飛び降りると、竜も少年の姿に戻った。私は彼らに抱き付く。
「ハーティ。アバイドワールは、みんなはどこ?」
「あの天空城があった場所は消えたみたいだ。俺らの世界はあるっちゃあるんだが……」
ハーティが言葉を濁したので首を傾げる。彼は眉を寄せながら頭を掻いた。
「今は時間が止まった状態なんだと。――なぁ?」
ハーティが暗闇の中へ声をかけると、そこに一つの光玉が現れる。その白い輝きは大きくなったり小さくなったり、まるで生き物が呼吸しているようだ。
《――はい。あなた方の世界は神の子が再生を試みた段階で静止させております》
「それって、どういうことなの」
頭の中に直接響く見知らぬ声に、思わずそう聞き返した。
《――アバイドワールは巨大な箱庭。いいえ、庭と呼ぶ程の簡易なものでは無く、今後も発展が期待できる世界です。この宇宙の軸になる可能性も大いに期待できると我々は考えます》
壮大な話にゴクリと息を飲む。声は続く。
《――しかし、すでに世界を管理する神々では、無条件で他世界を存続させる事ができません。そこで、我々は幾つかの条件を提示します》
「それは何ですか」
《――まず一つ、聖剣と聖なる指輪をこちらに献上する事。二つ、アバイドワール世界を管理する役目を持つ神を配する事。三つ、世界が再生されたあかつきには、南島羽里は日本へと戻る事。以上です》
「おい、待て。三つ目の条件は飲み込めない!」
ハーティが条件の最後を聞いて叫んだ。しかし、声は彼を無視して続く。
《――南島羽里は貴重な存在。我々には必要なのです》
「馬鹿なことを言うな。トリは俺にも必要だ。みんなにも、アバイドワールにも」
「ハーティ……」
私は拳を固く握る。
《――それは、彼女自身が決める事です。どうされますか?》
「分かりました。条件を全て飲みます。だからスィフィもちゃんと存在させてあげてください」
「待テ、トゥリ。――神ヨ、我が身を捧げようゾ。我はどうなっても構わヌ、トゥリを諦めて貰えぬカ」
「俺もだ。俺も消されてもいい。だからトリを連れて行かないでくれ、頼む!」
「二人ともやめて、私が戻ればいい話だから」
その時、光玉の輝きが大きくなって、あまりの眩しさに目を覆った。手を離すとそこに目の細い、着物を着た中性的な人物が立っている。
「ワタクシは日本の外交を担う、朧と申す者。――南島羽里、我々はずっと見ていましたよ」
朧と名乗った人物は、袖で口元を隠すような動作をする。
「リフィアは自愛をする余りに他者が見えず、己の欲望と共に世界を混沌に導きました。――しかし、神というものは、今まで自分本意の世界を作っては滅ぼしてきた。言わば彼女と同じなのです。ワタクシ達は、この事例を教訓とせねばならない」
「……」
私は興奮して上を向いていた尻尾を下げると、押し黙った。朧は片手をこちらへ差し出してくる。
「そのためにも、協力者が欲しいのです。共に世界をより良く、導きましょう」
差し出された手を取るために踏み出そうとしたが、腕を掴まれていて動けない。振り返ると、怖い顔をしたハーティがいる。
「トリ、行くな。お前の居なくなった世界なんて俺はいらない!」
彼が叫ぶと、続くように声が降ってきた。
「かあさま、行っちゃだめ!」
これはスィフィの声だ。彼女の悲しむ顔は見たくない。
「トリ様、戻ってきて……」
ラヴィナの声は震えている。今すぐ彼女を抱き締めたい。
「ウリ様を失った世界なんて最低です」
強いベイルの言葉、でもそれはさすがに言い過ぎだ。
「トリ、魔法教えてやるから帰って来い」
ぶっきらぼうなアルビレオの声、かなり魅力的な提案である。
「我にもトゥリは必要ダ」
最後にタンジェリーンが声を上げる。
「みんな……ありがとう」
呟いて掴まれていた腕を振り払った。そのまま、私は朧の元へ駆け寄る。その手に指輪を渡した。
「ごめんなさい。日本へは行けません。――私、自分はずっといなくなってもいい存在なんだと思ってた。でも、そんな私を必要としてくれる仲間がいる。自分のためじゃなく、みんなのために帰らなきゃいけないって分かったの」
そう言い終えると、真横を聖剣が浮かびながら飛んで行く。朧は指輪と聖剣を手に笑みを湛えたまま、スーっと、どこかへ消えてしまった。
「トリ!」
ハーティの声と共に背中に抱き付かれた。手に触れられてそちらを見ると、タンジェリーンが今まで見たこともないような穏やかな笑顔を浮かべていた。
私が微笑みを返すと、目の前に突然ラヴィナが現れる。驚く間も与えられず、強く抱き締められた。
すると続いて右からベイルが、左からアルビレオが現れて、わきを固められる。
「ラヴィナ、ベイル、アル!?」
次は足に何かしがみついてくる。下を見るとスィフィが頬擦りしていた。
「スィフィー」
頭を撫でてあげたいけど身動きがとれない。
「ちょっ、苦じいよぉ」
それでも嬉しくて涙が溢れた。
――ああ、私の世界はここだ。この場所にあるんだ。
そう思った時。暗闇が晴れて、底が無くなった。文字通り、空間が消えて青空と白い雲が広がっている。
「ぎゃあああ」
遥か下方に緑の大地が現れて叫んだ。みんなもそれぞれに悲鳴を上げる。
雲の間を抜けて落下していると、タンジェリーンが赤竜化して背中で受け止めてくれた。
赤竜が天を滑空して行く。
もう私の胸に不安の影はなかった。溢れんばかりの希望で一杯なのである。




