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魔王な私の世界録  作者: ヴァルキリァ
第一章 ①
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飛んで火に入る夏の虫2


 男を支えて扉から顔を覗かせた私を見て、室外で待機していたラヴィナが小さく悲鳴を上げた。半裸の主やら憔悴している男やら色んな意味で驚いたのだろう。


 そんな彼女と二人がかりで普段から誰も足を踏み入れないという空き部屋へ、男を移動させることに成功した。


 その部屋は広い上に小さい露台(バルコニー)までついている立派な造りだが、室内は埃を被った鉄の鎧や年季の入った古い剣などが飾ってあり、長く放置されてきたという印象を受けた。


 窓に付いたカーテンの隅でラヴィナが持ってきてくれた服に着替えてから、椅子に腰掛けた男とその手当てをしている彼女を見た。

 ラヴィナと話をしている男は少しだけ警戒を緩めた様だ。


 側へ近寄ると、二人の会話が耳に入ってくる。


「……お前は魔族には見えないが?」


「生まれも育ちも魔族領地(ヴァーミリオン)ですが、わたくしは人族ですよ」


「では、奴隷か。無理やり働かされているんだろう?」


「――ラヴィナは友達です!」


 男の『奴隷』という言葉に反論したくて声を上げると、ラヴィナはふふっと顔を綻ばせる。


(わたくし)はトリ様の側仕いです。無理やり奉仕させられているのではないですわ」


 男が無言でラヴィナの顔を見てから、こちらへと視線を向けてきた。


「メイド兼、友達です」

 フンと鼻を鳴らすと、男は理解不能といわんばかりに首を横に振る。

 たとえ彼がこの関係を理解できなくても、ラヴィナはこちらで出来た大切な友達だと胸を張って言えるのだ。


 私が息巻いている中で、男が急に神妙な面持ちになる。


「で、お前たちは俺をどうする気だ」


 ラヴィナが不安げな視線を投げてきた。私はそこで初めて彼をどうすべきか考え始める。はっきり言って、人を拷問にかけて苦しめたあげく殺すなんて出来ない。


「治療が終わったらすぐに城から逃げた方がいいですよ」


「……武装も無しでは無理だ。俺の剣を返してくれ、そうしたらすぐに出ていく」

「剣?」


「白鞘に入った銀色の剣だ。柄に白と黒の宝石が一つずつ付いている。これぐらいの大きさだ」


 男は肩幅ほどに手を広げて見せる。私は辺りを見回してから、右側の壁に寄りかかるようにあった短い剣を指した。


「他のじゃ駄目なんですか?」


「大切な物なんだ。置いては帰れない」


 男が暗い表情を浮かべたと思った瞬間、部屋の扉が何者かによって開け放たれた。驚いてそちらを見ると、そこにはいつもにも増しておっかない顔のシャーが仁王立ちしている。

「魔王様は、その罪人を逃がすと仰っておいでか?」

 彼の背後からはトイルサムネスが、手に白鞘の剣を持ちながら這ってくるところだ。


 そこで今度は男が「魔王ッ」と強く叫び、一瞬で椅子から飛び退いた。椅子が倒れる音と共に、彼は壁際の短い剣を手にするとその先をこちらに向ける。


 男の様子を見たシャーが「さっさと殺してしまえ」と叫んだ。このままではまずいと私は必死に声を上げる。


「駄目、シャー。落ち着いて!」


 シャーが驚愕した様な表情を浮かべたが、とりあえず彼のことは無視することにしてトイルサムネスへと視線を移す。

 彼が手にしている物は、どうやら男が先ほど口にした剣のようである。


「トイルサムネスさん、その剣を彼に返してあげてください」


 初老は意外にも私の要求をすんなりと承諾して、それを差し出すために移動した。


 男の方はしばらく何かを考える素振りを見せたが、乱暴な手つきでトイルサムネスから剣を奪い取り、短い剣を床に投げ捨てた。

 そして何を思ったのか素早動きで白鞘から剣を抜き、ラヴィナに掴みかかったのだ。


「この娘の命が惜しければ、魔王は自害せよ!」


 信じられないことに、男は捕らえた彼女の首元に銀色の刃をあてがう。


「どうしてそんなことをするの!?」


「うるさい、言う通りにしろ」


 さっさと逃げればいいものを、どうしてラヴィナを傷付けるようなことをするのか。私には男の考えが理解できない。


「早くしろ!」


 ――ええい、うるさい!!

 男がまくし立てるように怒鳴ると、心の中で何かが弾けた。絨毯の上に捨てられていた短い剣を、震える手で拾い上げる。

 恐怖で怯えているのではない。私は怒っている。憤慨しすぎて視界も歪むほどだ。


「自害? ええ、自殺すればいいんでしょうが!? もう嫌だこんな世界、神様がいたら恨んでやるっ」


 自暴自棄に陥りながら、剣先を思い切り腹部に突き立てる。

 もしかしたらこれで日本へ戻れるかもしれないという(わず)かな希望をかけていた。


 手から刃物が滑り落ちるのと同時に、体はゆっくりと崩れ落ちた。


 倒れ込んだ床の絨毯がなんともいえないソフトな肌触りで、毛足の長いそれに頬を埋める。

 「激痛だとアドレナリンとかが出て痛みを感じないんだな」と乏しい知識で似非分析が出来るほどに私は冷静だった。


 ――って、いやいや。普通こういうのって意識が遠退くとか、痛みに悶えるとかあるはず……。

 静まる部屋の中で一人寝転がっているこの状態を、私はだんだんと恥ずかしく感じ始めた。


「みっともないですぞ」


「なんで!?」


 シャーがコホンと咳払いをしたタイミングで私は急いで体を起こす。

 そっと腹部を見ると剣を刺した証拠に服が破れている。しかし、血どころか傷も見当たらない。

 確かに鋭いものが刺さった感覚がしたような気がするのに。そう思っていると、いつ解放されていたのかラヴィナが体当たりするように抱き付いてきた。

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