会うは別れの始め1
ついに私たちは天空城へ辿り着いた。その外観は城というよりは宮殿に近い形である。
顔を上げると首がつらくなりそうなほどに巨大な城門の前で、ハーティが口を開く。
「行こう」
彼は力強い眼差しを向けてくる。私は静かに頷く。
二人で白石作りの橋を渡り、そのまま城の扉へ向かおうとした時だった。
《――グレイト……》
頭の中にハーティを呼ぶ声がして私が首を傾げると、隣にいた彼が焦り始めた。
「カリーナッ!」
声を荒げたハーティに続いて、その気配がする背後を振り返る。
そこには『ミーティアさん』がいた。
いや、とてもよく似ているが髪と瞳の色が違う。彼にカリーナと呼ばれたところをみると彼女は別人だろう。
彼女は両手を広げてハーティを見つめている。彼の焦り具合やその容姿から、カリーナとはきっと亡くなった奥さんだと直感した。
《――グレイト》
「来いってことか……」
ハーティは苦渋の表情を浮かべなから、ただ彼女を見ている。
私は急激に息苦しくなった。どうしたらいいのか判断がつかない。
「……」
ハーティは視線を落とすと、無言で首を横に振った。そして、私の手を掴む。
「城へ向かうぞ、トリ」
「いいの?」
「ああ、死んだ者を追って逝く趣味はねぇよ。――カリーナ、またいつかそっちで会おう!」
ハーティが手を上げると、カリーナは美しく微笑んでから霧となって消えてしまった。
「よし。ちゃっちゃとスィフィを見付けて、みんなで帰ろうぜっ」
その眩しい笑顔を見て、なんとも言い難い感情に支配される。もしかしたら、ハーティがどこかへ行ってしまうのではないかと、漠然とした不安に支配されていたのだ。
彼に引かれた暖かい手の温もりに導かれながら涙を堪えて歩み出した。
指輪を付けた指を強く握ると聖剣も一緒に光り出し、そこに妖精のような影が現れる。
《――天上へ導きたる、その鍵と共に……》
そうすると城の扉はゆっくりと開く。私たちはその中へ足を踏み入れた。
思ったよりも明かりが少ない室内には、装飾品などは一切見当たらない。広い空間の中央に、長い螺旋階段があるだけだ。
「なんだ。階段だけか? ……しかし、高いな」
それを見上げると、ずっと遥か上まで渦巻き状に続いている。
「とにかく、上ろうぜ」
「うん」
一段目に足を掛けると、上に引っ張られるような感覚がした。妙な感覚に戸惑う間もなく、気付くと違う部屋に立っている。
「嘘っ!?」
そこは白壁の長方形の広い部屋だ。天井から壁の半分はガラス張りになっており、変な空の風景の中に浮かんでいるような感覚がする。
しかし、どこにも扉らしき出入口が見付けられない。
「えっと、あの像はなんだろう?」
漆黒に塗られた床を進んでそれに近寄る。床と対になるように真っ白い女性の彫像がずらりと一列に並んでいた。
彫像は全て同じ容姿の女性だ。その背に大きな翼が生えている。その悲壮感漂う表情に見入っていると、背後から気配を感じた。
振り返ると、白い布のような衣服を纏った一人の少女が立っている。彼女は焦った様子で近付いて来た。
「お前ら何者だ」
少女はこちらを見て「はぁ?」と悲鳴を上げる。そんな彼女をまじまじと視界におさめると同じような声を出してしまった。
銀の髪に赤い瞳である少女の顔は、人間だった頃の私と瓜二つだったのだ。
「お前は誰だ!?」
「あなた誰なの!?」
私たちは口を揃えてそう言い放った。焦った様子の少女は深呼吸をしながら言う。
「僕の名前はβ。……ああ、角に尻尾って言えば。お前がオリジナルの『ルリ』だな」
その名を呼ばれて、今度は私の方が戸惑う。少女、βは悲しそうな笑みを浮かべた。
「そうか、来たのか。かあさ……リフィアが会いたがっていたよ」
「――お母さんには会えないの!? 刑死ってどういうことっ!?」
「そんなの本人に聞いた方が早いよ。着いておいで」
部屋を見回した。出入口は見当たらないのにと、戸惑う私に気付いたβは言う。
「ここは異次元空間なんだ。扉の出入口は無いよ」
βが部屋の右端へ行くので、私たちは顔を見合わせてからそちらへ移動する。すると今度も違う場所へ飛ばされた。
小さな円形の扉がある壁の前だ。辺りを見渡すが、廊下もすぐに行き止まりになっているようである。
「リフィアは今、この中にいるんだ。ここに入れるのは僕たち『創造物』だけなんだ。そっちのおじさんは無理だけど、君は大丈夫だから」
βが扉に触れるとその姿が消えた。私が迷っていると、ハーティが背を押してくれる。
「俺はここで待ってるから行ってこい」
「うん、行ってくる……」
そっと扉に触れる。先ほどと同様に、一瞬で見知らぬ部屋へ到達した。
室内は四角形。家具などは一切見当たらないのに、ただ部屋の一番奥に宝箱のような木箱が一つ置いてあるだけだ。
そして中央にβが立っている。彼女足下に、手足を鎖で繋がれた女性が座っていた。
「ルリ、こっちへいらっしゃい」
幼名を呼ばれたので、彼女の側へそっと近付いた。
女は細身で、手足も長く、大地に積もった雪のように白い肌をしている。生地の薄いドレスを身に纏い、その背には大きな翼が生えている。
そして床についた長い銀の髪が、流れる川のように繊細な輝きを放っていた。
「お母さん?」
私が小声で呟くと、彼女は表情を曇らせた。
「……私の名はリフィア。貴女の母と名乗るには不適切でしょう」
それに対しては何も返せず、黙って首を横に振る。彼女は指の長い両手を重ねて膝の上に乗せた。
「謝罪をすれば許される事ではありません。ですが、もう一度、愛し子に会えるとは。再会というのは嬉しいものですね」
意外にも私は冷静だった。母親のリフィアがそうだからか、涙も浮かばない。
というよりは彼女が到底、普通の人には見えなくて、この美しい母から産まれたという実感が湧かなかったのだ。
「――お母さん、ごめんなさい。実はあなたに会いに来た訳ではないんです。スィフィを探しに来ました。彼女はどこにいますか」
「……そうですか。この状態では貴女の望みを叶えることは出来そうにありませんね」
彼女は鎖を見てから、睫毛を伏せて宝石のような瞳を隠した。
「しかし、何も出来ないという訳ではありません。知っている事ならいくらでもお話を聞かせましょう」
自分のこと、父親のこと、リフィア自身のこと、聞きたい話は山ほどあったが、それを胸の底へ押し込める。今はそんなことよりスィフィが大事だ。
「スィフィは何者なんですか? 眠らされているとネルバは言っていました。いるとしたら何処ですか?」
「あの子は、天主様と私の娘です。双子にも会ったのですね。ネルバとニーケルは天主様の創造品です」
――天主様。ネルバも言っていたが何者なのだろう。私はその疑問を素直に質問することにした。
「天主様というのは?」
「天主様、名をグリーディネス様といいます。彼は選ばれし世界の創造神です。……そしてこの身を縛るものでもある」
「あの、スィフィの居場所に心当たりはありませんか?」
リフィアは静かに首を横に振った。その居場所が分からなければ、助け出せないと不安が煽られてくる。
「グリーディネスが世界の創造神というのは、どういう意味ですか」
「彼はその力で『世界』を作り出す事が可能なのです」
βがピクリと眉を上げる。そんな彼女を横目に考えを巡らせる。
――グリーディネス。
その神という男にスィフィは捕らえられているのか。そもそも彼女はなぜ湖の側にいたのだろう。
そんなことを考えていると、私は妙な感覚に襲われた。先ほどから感じるこの異様な雰囲気はなんだろう。
「……ルリ、貴女がもっと早く来てくれたら私は報われたでしょうね」
そう言って彼女は冷たい床に手を付いた。その髪が重なって表情は分からない。βが側に寄って彼女の肩を抱く。
《――かあさま》
その時、頭に小さな声が聞こえた。聞き覚えがある。それは……。
「どうかしましたか?」
リフィアが首を傾げると、部屋の奥にあった木箱が揺れる。
ずっと気になっていた。何も家具が無いのにそれだけが存在感を放っている。
「あの木箱の中身は何ですか?」
「……今の私に必要なものです」
呟いたリフィアの暗い表情が、その中身を悟られないように振る舞っているようにも思える。
「見せて貰えますか」
私が木箱へ近寄ろうとすると、βがすかさず私の肩を押した。
「おい、母さんが苦しんでるだろ。お前はもう帰れ」
「いいのですよ、β」
リフィアが微笑む。その笑みは悲しみを湛えている。それを見て、瞬間的に記憶の一部を思い出した。
私を森へ引き連れていた母親がこんな悲しい表情をしていたことを――……。
「ルリ、ごめんなさい。力になれなくて」
リフィアが手をこちらへ向けた。長い鎖が床に落ちて鳴る。
それを見ると自然と涙が溢れてきて、何かの暗示に掛かったように彼女の腕の中に身を捧げた。
「貴女を置いて行った時、本当は側に居たかったのよ」
そう言ってリフィアは、その暖かい手で頭を撫でてくれる。
私は穏やかな安息感を得た。緩やかな眠気に誘われて目を閉じる。
《――かあさま》
しかし、その頭に響いた声で私は弾くようにリフィアから身を離した。母を呼ぶその声は確かにスィフィのものに違いない。
「スィフィは何処にいるんですか」
「……」
リフィアは悲壮そうにはしているが、涙は一滴も見せていない。その名を呼ぶと、木箱がまた大きく揺れた。
「その中なんだね!」
木箱に近付こうとするとβが腕を広げて進路を塞いでくる。
「それは母さんのものだ。近寄るなっ」
「どいて!」
私はβを突き飛ばした。考えていたよりも彼女は脆く、バタリとその場に転がる。
「――α、γ!」
βが叫ぶと、『長身の大人姿の私』と『小柄な幼女姿の私』が出現した。
「オリジナルを捕まえろ!」
βのかけ声で一斉に飛び掛かられる。長身の私が体の上に被さると押さえつけられて、そのまま羽交い締めにされてしまった。




