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魔王な私の世界録  作者: ヴァルキリァ
第一章 ①
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飛んで火に入る夏の虫1


「――魔王の次は勇者って、これどこのファンタジーゲームなのっ!?」


 黒塗りの丸机に突っ伏しながら、私は苦悶の声を漏らした。

 勇者といえば、魔王を滅ぼす存在と相場が決まっている。望んでもいないのにこんな世界で、魔王になったから死ぬなんて理不尽な話だ。

 しかし、だからといってシャーが言うような「即斬首」なんて非人道的なことも出来ない。


 昨夜からほとんど眠れずに朝を迎えていた。考えれば考えるほど、深みにはまってしまっている。

 机から顔を上げて、試しに頬を思い切りつねってみる。

 全く痛みを感じなかったので、夢なら早く覚めればいいのにと切実に願う。


 私の腰掛けた椅子の隣では、普段通りに笑みを湛える側仕え(メイド)が立っている。

 そんなラヴィナに、いちるの望みをかけて問いかけてみた。


「アバイドワールって、魔王と勇者が手を取り合って仲良くするところだったりして……」


「いいえ、それは無いですね」


「もういやっ!」

 苦笑した彼女に即答されて頭を抱えた。再び机に突っ伏していると、頭上からラヴィナの力強い声が降ってくる。


「悲観するのは早いかも知れません」

「どうして?」


「魔王様というのは特殊な力を有していると伺っています。ただではやられませんわ」


 ――それ、やられることに変わりないよ……。

 机に額をつけたままトホホと呟くと、背中に手が触れているような暖かな温もりを感じる。


「いざとなれば(わたくし)が命に変えてお護り致します。非力な小娘ですが、盾代わりにはなりますから」


「あり、がとう」

 顔を上げると、ラヴィナが真剣な表情でこちらを見ていた。

 出会ってからほどないというのに、彼女は特に取り柄の無い私を大切にしてくれる。その優しさに感動して声が震えた。


「しかし、トリ様。幽閉されているという方は本当に伝承の勇者様なのでしょうか」

「え?」


「勇者というのは古いお話にはよく登場しますが、実在するかは分からない存在です。ですが、ここ一年ほどでしょうか。とある噂が(ささや)かれ始めたのですわ」

「噂?」


「はい。『勇者様が現れた。魔王を倒しに行くようだ』というものです」


「それじゃあ、捕まった人が本物かどうか分からないってこと?」


 そう問いかけるとラヴィナが大きく頷いたので、いくらか冷静さを取り戻した。

 だがもしも捕まっている男が本物の勇者で、魔王を殺しに来たなら恐ろしい事である。


「うーん」

 それならいっそのこと直接地下室へ行って確かたらいいのではないか。

 我ながら良い案を閃いたと椅子から立ち上がって片腕を振り上げる。


「男に会いに行こう!」

 そう宣言をすると、ラヴィナは目をパチパチと瞬かせた。



 ++++++


 吸い込む空気は湿気を帯び、呼吸をする度に鈍い臭いが鼻につく。

 その地下室の内部には、おそらく拷問具と呼ばれるだろう、錆び付いた鉄道具が所狭しと置かれていた。部屋の中央部には鉄格子で囲われた牢のような檻が佇んでいる。


 その中に、椅子に座ったまま縛られた男がいた。


 彼は想像していた若い勇者の姿と違って、がたいの良い偉丈夫である。肩の下まで伸びた金髪にまばらに生えた顎髭、どうみても壮齢だ。

 男は痣や傷だらけで息も荒い様子なのにその青い双眸(そうぼう)が怖いぐらいの覇気を放っていて思わず一歩後ずさる。

 重い静寂の中で先に口を開いたのは彼の方だった。


「次はなんだ?」


 その低い唸り声に硬直していた体がビクリと反応する。無意識で止まっていた呼吸を再開させると、檻に近付き鉄格子に手をついた。


 冷たい鉄戸は鍵がかかっていないようで簡単に開いた。私はそっと檻の中に足を踏み入れ、そのまま男に近付く。

 大きく裂けた上着が赤黒く変色している。よく見ると脇腹に傷があり、そこから出血しているようだ。


「うわっ」

  慌てて辺りを見渡すが、当然ながら清潔そうな布などは見当たらない。

 何か無いかと考えると、脳内にあるイメージが湧いてきた。それは漫画とかでよくある、止血するために服を破っている場面である。


 すぐさまワンピースタイプの簡易ドレスの裾を強い力で引っ張ってみるが、無駄に丈夫な生地が伸びただけだった。


「や、破れないっ!?」


 どうしよう、どうしようと軽く混乱(パニック)状態になった私は、再び着衣の裾に手をかけた。

 もうどうにでもなれという思いでそれを脱ぐと、シャツとドロワーズ姿になる。

 「突如現れた女がきてれつな行動を始めた」と男はきっと思ったのであろう。眉を寄せた彼の傷口に服を強くあてがった。


 リアルな生傷と服が血を吸って重たくなる感覚に、引き付けを起こしそうになっては(こら)える。おまけに生臭さでだんだんと気が遠くなり始めたので、正気を保とうと首を横に振った。


 次に縄を解いて男を解放する。それでも彼の敵意は変わらないようで、こちらを睨み付ける目を緩めない。


 ――誰がこんな酷いことをしたのだろう。

 昨日、トイルサムネスが「自白がどうの」とか言っていたが、彼が拷問のようなことをしたのか……。


 私が俯くと男は小さくため息をついた。

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