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魔王な私の世界録  作者: ヴァルキリァ
第二章 ①
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女心と秋の空3


 浴室に続く扉が開いて、さっぱりした様子のアルビレオが出てきた。

 ハーティに肩を叩かれたので、私は押し黙るしか選択肢が無くなってしまう。


 アルビレオはというと、部屋の高い天井を見上げている。


「浴場もだけど、豪華な作りだよな。お前、トリっていったっけ、何者なんだよ」


「こらこら、アル。何者でもいいんだよ」


 ハーティが誤魔化そうとしたところで気付いた。


 彼の息子に対する態度が嫌なんだ。


 ――家族なのに本当のことを言わないのはなぜ。子供が大切じゃないの?

 ――それともそれが我が子への優しさというものなのかな。……親のいない私には、きっとその真意は分からない。

 様々な感情が沸き上がって気持ちに収まりがつかなくなってくる。


「私が魔王だから!」

 気付いたらそう口走っていた。場の空気が凍り付くのが感じられる。


 目を見開くハーティから顔を逸らすと、心の中でごめんと呟く。罪悪感と達成感がせめぎ合う、そんな自分が嫌になった。


「ぷっ」

 静まる室内でアルビレオが笑い出すと重い空気が一瞬で変わった。


「――ははは、冗談きついな。お前みたいなチビが魔王な訳がないだろ。もしかして奴の娘とか? それなら納得だけど」


「ふざけるな、魔王は、私だ!」


「はぁ、冗談だろ?」


 おどけて手を広げていた彼は、私の顔を見て周囲の反応を見てからまたこちらに視線を移した。

 ベイルが冷静な口調で「事実です」と告げると、アルビレオの表情が強張る。


「……親父、まさか知ってたのか」


 アルビレオが顔を歪ませると、「このままでは親子関係が破綻するんじゃないか」と恐ろしくなった。


 ――どうにかしなきゃ!

 私は大きく息を吸い込んだ。


「ウハハハッ! 貴様もこのお人好しの親父のように騙して従わせようと思ったがもうよいわっ!」

 私は悪役になる決意を固めた。ちなみにその参考は悪臣トイルサムネスだ。


 顔を歪ませながら可能な限りの大声を発したので、ラヴィナが驚いた顔をしてこちらを見る。

 私はその隣にいたベイルと視線を合わせた。


「ベイル、奴を捕らえよ!」

 次にハーティを指すと、ベイルが一瞬で黒豹に変化して彼に飛びかかる。

 アルビレオが焦った様子でそちらへ向かおうとするので、そうはさせまいと叫んだ。


「待て、勇者よ!」

 彼は予想通りにその動きを停止させた。その間にハーティを捕らえたベイルは、人型に戻ってからから彼を押さえつけている。


「親父をどうするつもりだ!」


「賭けをしようではないか。貴様の親父は人質だ」

 二人の方へ手を向けると、アルビレオは眉をピクリと上げた。私は煽るような口調を続ける。


「勇者よ、貴様は魔法が使えるな。ならば一撃で私を倒してみよ。まぁ、不可能だろうがな!」


 アルビレオは歯を食いしばって、怖い顔でこちらを睨み付けているだけだ。こちらは目を細めて嘲笑をつくる。


「ふん、勇者というのは名ばかりの腰抜けのようだな」


「――魔王、必ずお前を滅ぼしてやる!」


 彼はどうやら本気になってくれたようである。

 しかしこれはゲームのラスボスみたいな展開だなと思った。

 上手くいくかはそれこそ賭けだったが、これで私がやられたふりでもすればハーティもアルビレオを連れて故郷に帰れる。

 事後処理はラヴィナとベイルが適当にやってくれるといいんだけど……。


 そんなことを考えていると、アルビレオが天井へ右手を振り上げながら聞き取れないほどの早口で言葉を紡ぎ始めた。

 彼の周りに風が吹き荒れて、糸のように金の髪が舞う。すると右手に黄色い光の粒が集合し、その空間に巨大な炎の玉が出現した。


 その燃え盛る炎は、こちらから距離があるというのにまるで日に焼けるような熱さを感じさせている。


 ――まさか、それを投げてくるつもりじゃないよね!?

 どう考えてもこれは誤算である。いくら不死身の魔王とはいえ、バリアー的な(シールド)が出るわけでもあるまい。

 こんなの灼熱の炎に焼き尽くされて、消し炭になるのが目に見えている。


 煽ったのはこちらだから完全に自業自得だが、室内戦闘でそれは反則ではないか。

 ちょっと間違えたらみんなで全滅するぐらい立派な炎玉(えんぎょく)に、私は大量の冷や汗を流した。


「ちょっ、待っ」

 アルビレオの「覚悟しろ!」という怒声にきつく目を閉じた。暗闇の中で何人かの悲鳴が響き渡る。



「トリ!」

 ハーティの一声で私は目を開いた。


 そこはまるで火災現場の有様である。強い熱風で私の髪と簡易着衣(ドレス)の裾も舞い上がり、燻った煙に巻かれていた。

 その中に彼の背中があって、胸の中に言い知れぬ感情が込み上がってくる。


 赤黒い炎は、ハーティが天高く掲げている聖剣にどんどん吸い込まれていた。

 その火が完全に消失すると、部屋は何事もなかったかのように静まり返っている。


 アルビレオは魔王が焼失しているどころか、人質だったはずの父親が目の前に現れて驚いた様子を見せた。

 私もよく状況が理解できないが、ハーティに助けられたことだけは分かる。


「すまない、アルビレオ。魔王を、トリを殺さないでくれ!」


 ハーティは声を上げて叫ぶ、そして先ほど聞いた過去の話を語り始めた。

 それは、私と出会った時のこと。自分の心情の変化に葛藤したことなど、多くのことを包み隠さず全て話して頭を深々と下げる。


「勇者に憧れていたお前には、どうしても言えなかった。でも、だからって黙って出てくるんじゃなかったよ。本当に後悔してるんだ」


 父親が頭を下げ続けるのをアルビレオはただ静かに聞いている……と思った時には、彼はもうハーティに殴りかかっていた。

 一撃を受けたハーティはフラリと体制を崩したが、それでも彼は息子から視線を外さない。


「ごめんな、アルビレオ」


「父親の情けない面なんて見たくない。一人で抱え込みやがってバカじゃねぇの」


 ふんと顔を逸らしたアルビレオの目も潤んでいたように見えた。


 ――これでめでたしめでたし、なのだろうか。

 私はふっと体の緊張を解く。そこで部屋が大変なことになっていると気付いた。


 ガラス窓は割れてるし、絨毯はもちろん、寝台(ベッド)も半分ほど焦げて無くなっている。

 棚も引き出しが飛び出したり、見事にひっくり返っている物もあるので、後でシャーになんて説明しよう。

 一人で頭を悩ませているとハーティがすぐ隣にやってきた。


「お前、無茶しすぎだぞ」

 そのまま、頭をクシャっと撫でられる。恥ずかしいような嬉しいような、複雑な気持ちになった。


 ベイルの方を見ると、彼はこちらへ移動してから私の前で床に膝を付く。

「素晴らしい暴君でした。ウリ様は演技がお上手なのですね」


 今度はラヴィナがやって来て私の腕をポカポカと叩き始める。


(わたくし)はひやひやと致しましたよ。もうこんな危険なことはしないでください!」


「ごめん、ラヴィナ」


 そこでまたハーティへ顔を向けると、彼は歯を見せてニコリと笑う。私は、また何ともいえない感情に支配されて息が苦しくなった。


 ベイルはさっと立ち上がってハーティを睨み付け、それに続くようにラヴィナも彼に詰め寄る。


「な、なんだよ。お前ら」


「ハーティ様。(わたくし)のトリ様ですのよ」


「いいえ、お間違えのないように。私の主様ですので」


 二人は突然どうしたというのか。こんな私を慕ってくれるのは嬉しいが、少々恥ずかしい。

 そんなことを思う私を後目に、ラヴィナとベイルが言い争いを始める。


「私のトリ様です。誰にも差し上げませんわ!」


「私は、勅命を頂いてお側にいるのです。そもそも、ラヴィナさんは女性でしょう。人族ですし……」


「ちょっと、貴方がそれを言うんですの!」


 そろそろ止めた方がいいだろうか。口を開く前に、ハーティが二人に向かって親指を立てた。


「いやいや、お二人さん。トリは俺のもんだぜ」

 彼に目配せされて顔が熱くなる。いつもの仕返しなのか知らないが、おちょくられるのは好きではない。


「「――お前は既婚者だろう!!」」

 ラヴィナとベイルが怖い顔で見事に同じことを口に出すと、私は完全に気迫負けした。


 そそくさとその場を退散すると、部屋の角端に不機嫌そうに立っていたアルビレオに近付いて頭を下げる。


「いろいろとすみませんでした」


「納得はしてないけど、もういい。っていうか、お前らそうとう変わってるな」


「えへへ」


「いや、誉めてない」


「もし良かったら、今度魔法を教えてください」


「今度なんてない。僕は故郷へ帰る」


「……そうですか」


 それは残念だ。肩を落とすと、彼はそこをポンッと軽く叩いてきた。


「頑張れよな」


「えっ?」


「――お前なら、きっと世界を変えられるぜ」


 そんな恥ずかしい台詞を格好いい感じで言い残すと、彼はハーティのところへ行ってしまう。

 一人残された私は、ちょっと背中が痒くなって身を捩った。

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