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プロローグ


 卓上に並べられているのは豪華な晩食だった。純白で輝く陶器の皿には、湯気の上がる焼鳥(グリルチキン)が均等に切り揃えられている。

 その両脇には海の幸と彩り豊かな野菜のサラダ、香り立つ汁物(スープ)が置かれ、黄金の杯の形をした容器には果物がふんだんに盛ってある。


 普段なら味噌汁と焼き魚などの主食に白米を食べている者にとってその洒落た食事は馴染みがなく、歓喜どころかちょっと後込みしてしまう。

 しかし腹の虫がそんな私に対して、「早く食事を摂取しろ」とご機嫌斜めな態度をとっているのも事実だ。


「うぐぐぐ」


 私は銀髪を乱し、側頭部に生えた角先を両手で掴みながら唸り声を上げる。

 今も怪しく光っているであろう赤色の目を細めていると、椅子のすぐ脇に立っていた側仕え(メイド)がこちらを覗き込んできた。


 「いかがなさいましたか?」と眉を下げて不安がる彼女に心労をかけまいと、私は精一杯の愛想で微笑んでみせてから、皿の横に揃えられていたフォークを手に取る。


 焼き色の淡い肉を一枚突き刺して口へ運ぶと、それは生気味(レア)で程よい弾力感に甘くとろけるような舌触りだ。


 ――美味しいっ!?

 味わったことのない旨味に脳が驚きを隠せない。自分の意思に反して、尾てい骨から生えているトカゲのような尻尾が左右に揺れた。


 いつもの事ながら、夕食が高級料理店(レストラン)のそれだ。いや、高級料理店の食事なんて、16歳の私には味わうどころか実物を生で見たこともないのだけれど……。


「美味しゅうございますか? トリ様」

 一人で頷いているとまた声をかけられた。


 先ほどから側にいる優雅な女性の名はラヴィナという。彼女は肩下まで伸ばした栗色の髪を耳に掛けながら、嬉しそうに微笑む。

 その笑顔を見ていると少し癒されたが、一つだけ引っ掛かったのは彼女が発した『トリ』という名前だ。


「ラヴィナ。何度も言うようだけど、私の名前は南島(なんとう)羽里(うり)だよ」


「はい、ナントゥリ様。トゥリ様とは発音し難いのでトリ様とお呼びしております」


「だから……」


「もちろん、本当でしたら敬意を持って『魔王様』とお呼びするところですが」


 そう呼ばれて眉間を押さえた。ご機嫌で振られていた尻尾を力なく垂らすと思い出したくないのに、唐突に記憶が蘇ってくる。



 私は、日本在住の趣味が読書とアプリゲームという平凡な高校生だ。

 それが容姿ともども変貌してしまったのは、学校からの帰宅途中に何故か竜巻に吸い込まれたせいだ。


 気付いた時には多種族が混在する世界『アバイドワール』へ降り立っていた。

 人間の容姿でない自分。それだけでも衝撃的なことなのに、魔族だという奇抜な者たちに囲まれて恐怖に怯える間もなく『魔王』に就任させられてしまった。


 この魔王城で暮らし始めて一週間ほどが経つが理解がぜんぜん追いついていない。

 日本で異世界へのトリップや異種族転生などの空想小説(ファンタジーノベル)を読んだことがあるが、まさか自分の身にこんなことが起こるなんて……。


 そこまで考えた時、静かな室内に戸を叩く音が響いて私は一気に現実へと引き戻された。


 金の装飾で施された両開きの扉が開かれると、そこには二人の男が立っている。

 こちらに来てからずっと顔を見合わせている臣下たちだ。


「お食事中に失礼致します」


 最初にそう言って(こうべ)を垂れたのは、目元が黒ずんだ初老である。

 ただし初老といってもそれは上半身だけで、下半身は濃緑色をした蛇の胴というかなりグロテスクな姿をしている。

 トイルサムネスという名の彼は、やたらと私に愛想をふり撒いてくるので容姿ともども苦手だ。


「まだ食事をとっていらしたのか? もたもたと時間をかけて召し上がるあたり、姿は変わっても『乏しい人族』といったところですな」


 トイルサムネスに続いて、息巻きながら腰まである白髪を揺らしたのはシャーデン・フロイデ。

 身体は人だが、山羊のような灰色の大角が頭部に生えているという容姿だ。彼はいつも威嚇(いかく)するように毒付いてくるので、私は勝手に『シャー』と名付けている。


 この二人の臣下は、私が異世界から来たということを知っているようである。しかし、その事実が誰にどこまで知れ渡っているかは分からない。


「しかしながら、魔王様は相も変わらず奴隷風情の下等族と戯れておられる様ですな。魔族の下女を側につけて差し上げたのにお気に召さないとは流石でございます」


 私はシャーの言葉にむっとした。言い返したかったが、これ以上の小言が続いても嫌なので黙っておくことにする。

 魔族というのは人族を見下しているとラヴィナから聞いた。

 彼らの「自分たちが最も優れているのだ」という意識は、シャーだけではなく城に仕える者たちの態度からも見てとれていた。


「まぁまぁ、よいではありませんか。魔王様はお心が広くていらっしゃるのですよ」


 重苦しい空気を変えようとしたのか、トイルサムネスが仲裁に入るように前方へ這ってきた。その姿に似合わず爛々と瞳を輝かせながら言葉を続ける。


「そんなことより、事件ですぞ。勇者と思われる男を捕らえたのでございます!」


「へあ?」

 興奮した様子でそう言った初老とは裏腹に、私は間抜けな声を漏らしてしまう。


 「勇者を捕らえた」という聞き慣れない言葉に戸惑っていると、シャーが不適な笑みを浮かべたのが分かった。


「男は地下室に幽閉しておりますが、処遇の方はどう致しましょうか」


「どうと言われましても……」


「では、恐れながら進言を致しましょう。卑しい人族の分際で、許可無く魔族領地(ヴァーミリオン)に侵入することは罪に値します。重罪人は斬首が妥当かと」


 斬首などと恐ろしいことを当然のように口走るシャーの横暴な態度に、私はゴクリと息を飲む。喉が渇ききっていたのですぐさま水の入ったグラスに手を伸ばした。


「フロイデ殿、そう焦らずともよいではありませんか。――魔王様。処断は少々お待ち頂きたく存じます。只今、彼奴(きゃつ)めに自白をさせているところです」


 トイルサムネスがやはりその姿に似合わず、うきうきとした様子でこちらを見つめてくる。

 その視線に私が苦笑いを返すと、シャーが呆れたようにため息をついた。


「いつ牙を剥くかも分からぬ状況で悠長な。それに加えて、トイルサムネス殿は卑俗な趣味をお持ちの様だ」


 卑俗な趣味とは一体なんだろうか。聞きたいような聞きたくないような。私が複雑な思いを抱いていると、シャーが腕を組んだ。


「ま、明日までは待ちましょう。それまではトイルサムネス殿のお好きなように。魔王様もそれでよろしいですね」


「は、はい。シャーデンさんにお任せします」


「よろしい。ですが、魔王様におかれましては、(わたくし)をシャーデンと気安く呼ばないで頂きたい」


 そう言って彼は口元を緩ませたが、目は笑っていない。禍々しい気迫に私はそっと視線を逸らした。


「それでは、我々はこれで失礼致します」


 トイルサムネスは礼をして、床を這いながらそそくさと退散して行く。シャーの方はこちらを見ようともせずに続くように退室した。


 私は大きく息をはいてから食卓へと視線を移す。もう美味しい食事を喜ぶような意欲もなくなってしまった。


「お下げしましょうか」


「……お願いします」

 気を使ってくれた様子のラヴィナに頷いてから、自室に戻ろうと重い腰を上げた。

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