ギャルで、オタクな女先輩は意外と純情(納得)2
変わって次の日。
こうして朝早くから待ち合わせをしているのだけど、支度を簡単にすませてしまったために三十分前に着いてしまっている。
わざわざ最寄りから数駅先で待ち合わせなんて。
勉強だけなら近くの図書館でもいいのにな。
「も、守谷。おまたせ」
聞き慣れた声が俺を呼ぶ。
声のする方には水原先輩が立っていた。
しかし、水原先輩の服装に違和感が。
涼しげなヒールに、白のハーフパンツ。ピンクのタンクトップの上から半袖のデニムジャケット。
頭には小さな帽子麦わらの帽子をちょこんと乗せていた。
「どうしたの? そんなにジロジロ見て。もしかして、変な格好だった?」
変です。
今日は完全なオフ。わざわざこんな服装を選ぶ必要はないんですよ?
何が言いたいかといえば、クマチャンジャーはどうしたんですか!?
前回はクマチャンブルー、前々回はクマチャンレッドだったから、カレー大好きなイエローか紅一点のピンク。
はたまたはミステリアスな雰囲気を醸し出すブラックか、意表を突いてのパープルが来ると思ってたのに。
「いえ、なんでもないです。似合ってますよ」
「褒められてるのになんか全然嬉しくない」
「気にしないでください。さ、行きましょうよ。あそこのファミレスで勉強を見てくれるんですよね?」
「そうだけど……ま、いっか」
近くのファミレスに入店する俺達。
夏休みとはいえ、平日の朝だからか空席が目立つ。
奥の席を陣取ると、店員にドリンクバーとついでに朝食としてサンドイッチを注文した。
水原先輩は途中でつまめるようにとフライドポテトを頼む。
ドリンクバーで飲み物をくみ、課題に取り掛かる準備を終えたところで注文の品がやってきた。
「さぁ始めるわよ。わからないところがあったら教えてあげるわよ」
「はい! お願いします!」
深々とお辞儀して早速スタート。
「水原先輩、ここってどう解くんですか?」
「これはここをこうして」
水原先輩は自分の課題を進めながら、俺の質問に嫌な顔一つせず丁寧に教えてくれる。
むしろ喜んでいるようにも見えた。
お互い時折飲み物に口をつけ、俺はサンドイッチをかじりながら。
水原先輩は人差し指と親指でフライドポテトをつまみ、ケチャップにつけて食す。
「そういえば、松本先生とはどこまで進めるって約束したの?」
「ここからここまでです」
「うっわ、数学苦手って言ってる生徒にこれは鬼畜ね」
たまに横に外れる会話を交えながら、穏やかに時は進む。
なんだかこうしてしっかりと会話したのが久しぶりな気がする。
水原先輩が生徒会から解放されてから、たかが数日というのに。
「手が止まってるわよ。そんなにも松本先生のアイアンクローを食らいたいなんて。真島と同じでドMなの?」
「違いますよ! って、真島先輩の性癖知ってたんですか?」
「そりゃあんなにも嬉しそうに姫華に躾されてたら誰だってそう思うでしょ。といっても、姫華の言う子豚はたくさんいるだろうけど」
恍惚とした表情で横たわる人の山の頂上で、蔑むような目つきで笑う姫華先輩の姿が目に浮かぶ。
一体全校生徒の何パーセントが姫華先輩の子豚なのだろうか?
気になりはするが、いざその数値を知った時正気でいられる自信がないので、すぐにそんな疑問をかき消した。
「俺は子豚にはなりたくないですね」
「安心しなよ。姫華もあんたのことすごく気に入ってるみたいだし」
「気に入ってるのにあのドSっぷりはどうかと思いますよ」
「まぁ、可愛がられてるんだから子豚よりかはマシよ」
「それはそうですけど」
おもむろにコーラをあおる。
姫華先輩の話をしたからか、水原先輩と出会ったあの出来事を思い出した。
「そういえば、あの二人はどうしてるんですか?」
「あの二人?」
「ほら、諸星先輩と宮本先輩ですよ」
かつて俺をおとしめ、脅迫してきた二人。
水原先輩も彼女達と行動をしていたが、実際は薄汚い二人とは違い、根は優しい人だった。
そのため水原先輩は生徒会の監視下に置かれることになるのだけど、他二人は謹慎処分を受けた。
結局そのあとは一度も俺に近づくことはなく、学年が違うため見かけることもなかった。
「守谷知らないんだ」
「知らないとは?」
「あの二人、退学になったの」
「退学!? いつですか?」
「謹慎処分が終わってすぐ。退学になったと言っても、居づらくなって自主退学したんだけどね」
そうだったのか。
しかしそれも仕方ないこと。
なるべく謹慎処分の理由については不明瞭にされたはずだが、生徒の中には不明瞭な部分を暴きたくなる人物が出てくる。
結局あの二人が謹慎処分中に全ての生徒が全容を知ったわけではないが、彼女達の大まかな悪事が知れ渡っていた。
当然俺の耳にもそれは噂話として届いていた。
「まさかそんなことが。水原先輩は今でも連絡を?」
その問いに水原先輩はすぐに首を横に振った。
「まったく。元々あの二人は苦手だったし」
かつての友人に対して辛らつだな。
でも水原先輩の性格を知っている今の俺もならあの二人とそりが合わなさそうだし……でも待てよ。ならなんであの二人と一緒に?
「水原先輩はなんであの二人と友達だったんですか?」
ちょっとした好奇心だった。
しかし水原先輩が伏し目がちに手を止める姿に悲しさを感じ、軽率な質問をした自分を呪いたくなる。
「わ、忘れてください! 別に言いたくなければ──」
「ううん、別にいいよ」
口ではそう言うが、表情は無理をしているようにしか見えない。
「無理してませんか?」
「少し。でも、守谷には聞いてほしい」
先ほどとは違いまっすぐと向けられる目には決意を感じる。
「あたし見た目こんなだけど、この格好になったのも去年から。この高校に入ってすぐは地味な格好をしてたの」
おもむろにスマホを取り出し俺に渡す。
それを受け取り画面を確認すると、俺と同じ学校の制服の眼鏡をかけたおさげの可愛い女の子が写っていた。
何かの集合写真からなのか、周りに人の体やピースした手が写り込んでいる。
「誰ですか? こんな清純の代名詞で中学生の頃の俺だったら間違いなく好きになっているような可愛い人は」
「だからそれがあたしなの!」
「えぇっ!?」
画像の女の子と茹でたタコのように真っ赤な水原先輩を忙しなく交互に見る。
た、たしかに水原先輩の面影がある。
「もしかして、わざとやってる?」
「なんのことですか?」
「なんのことって……もういい。話が進まないから」
理不尽に呆れられてしまった。
「前のあたしはもちろんアニメや漫画が大好きだった。でも、キラキラしている女子高生の姿に憧れがあって、そんな自分が恥ずかしく思うこともあったの。そんな時、無理矢理あの二人にカラオケに連れてかれたの。他校の男子と遊ぶための人数合わせでね」
遠い昔のように懐かしむ水原先輩。
俺はただじっと耳を傾ける。
「最初は戸惑ったけど一人の男子があたしに構ってくれて、『ああ、キラキラのこの人達と同じ世界にいるんだ』って思っちゃってね。優しくされたあたしはついでに彼のことを好きになったの。それからは頑張って見た目をギャルっぽくしてさ。オタクの自分を捨てて、彼に告白したの。そしたらなんて言われたと思う? 『勘違いして。馬鹿じゃねぇの? 根が地味なお前なんか相手にするわけないじゃん』だって。好きなもの全部捨てて、結局フラれて。おまけにキラキラだと思っていた世界は陰口と偽りの友情だらけの汚い世界。こうしてギャルにもオタクにもなりきれないあたしの完成ってわけ」
笑い話にしたいのか、ヘラヘラと笑っている。
でも水原先輩の本音が痛いほど伝わってきた。
とても苦しくて、悲しくて、当時どうすることも出来なくなってしまっていたのだろう。
「おかしいよね」
「全然おかしくないですよ」
俺は水原先輩の言葉を否定した。
「とても苦しかったんですよね。辛かったですよね。でももう大丈夫なんですよ。ギャルの水原先輩もオタクの水原先輩も受け止めてくれる人がたくさんいます。もちろん俺もその一人ですから」
「守、谷……」
目を潤ませるが、堪えた水原先輩はおしぼりで顔を拭き、ニッと笑った。
「あんがとね」
その笑顔に思わず俺もはにかんだ。
「さて、そろそろこんでくる時間だし、移動しよっか」
「そうですね。あ、ここは俺が払いますから」
水原先輩よりも早くレシートを掻っ攫う。
「いいの?」
「いいんですよ。勉強教えてもらうお礼なんですから」
「じゃ、お言葉に甘えとく」
机を片付けレジに向かう俺達。
レジで会計を済ませようと財布の中身を確認していると、カランコロンとお客が入店する音が聞こえる。
「水原先輩、行きましょうか……水原先輩? どうし━━」
立ち止まったまま動かない水原先輩の顔を覗き込むと、顔面を蒼白にし、怯えきった目をしていた。
「あれれ? もしかして舞ちゃん?」
先ほど入店してきた大学生ぐらいの男性数人の中から水原先輩に声をかける人物が。
「久しぶりだね。俺のこと覚えてる?」
「う……うん」
弱々しく答えると、視線を合わせないように顔を背け、体を震わせる。
こんな水原先輩見たことがない。
それにこの人は一体。
「え? 舞いんの?」
男性をかき分け俺達の前に現れた女性二人。
その二人を見た瞬間、嫌悪感や不快感に襲われた。
見たことがあるとかないとかそんなレベルではなく、忘れたくても忘れられない二人の顔。
「綺羅々……秋葉……」
相変わらずケバい厚化粧に見てるだけで気分が悪い。
「げっ、奴隷君もいるよ」
「どうも」
ようやく俺に気がついたようだ。
「ねぇ、舞ちゃん。このあと暇? 俺達と一緒に遊ばない?」
俺に気がついているのに男は平然と無視して水原先輩を誘う。
一方の水原先輩は怯えて動くことが出来ない様子。
「あ、あたしは……」
「ね? いいでしょ?」
汚い手が水原先輩に届く前に俺が横入りして遮る。
「すいませんが、俺と水原先輩はこのあと用事があるので」
目に見えて不機嫌な顔をされる。
しかし俺は一歩も引かない。
「達哉君、もうほっとこうよー」
「そうそう。こんな奴居ても面白くないよー」
「……仕方ない。じゃ、またね。今度はゆっくり話そうか」
男は連れと一緒に店員の案内を受け、席へと向かう。
俺はすぐに水原先輩の手を引いて退店した。




