暑くて、熱い夏休みがやってきた(歓喜)6
んで、現在俺は帰宅してる最中なわけで。
あの後卓也に頼んで着ていた上の制服を借り、下は部室にたまたま置いてあったジャージをという何とも不格好なスタイルになってしまったのだ。
着替え終わった俺を見た花田さんが「彼シャツ……最高……」とか言って世紀末覇者みたいに天に拳を突き出し(ついでに鼻から真っ赤な欲望垂れ流しで)そのまま動かなくなったけど、どうでもいいか。
ちゃんと姫華先輩から制服を取り戻したし、卓也に着たものを全て返した。
そして俺が着ていた女子生徒の制服は綾先輩がかっさらい、顔を埋めて一心不乱に嗅いでいた。
正直ツッコム余裕もなく疲れた俺はそれには触れず、体を左右に揺らしながら、家に向かって重たい足を前に進める。
もうこれ以上は無理だ。早く帰ろう。
そして俺を唯一受け止めてくれる布団に身を預けよう。
心の安らぐアパートに着いた俺は鍵を取り出して鍵を開けた。
「……ふぅー」
俺はゆっくりと扉を閉めてから深呼吸をする。
おそらく眼精疲労のせいだ。そうに違いない。
そうでないと俺の部屋はいつから異世界と繋がっていたのかと神様に聞きに行くために、一度トラックに轢かれなけばならない。
もう一度扉を開け、その先にある布団の上で座る女騎士と目が合うと、もう一度扉を閉め──
「何をしてるんだい廉君」
女騎士は扉の隙間から手を出し、俺の腕を捉える。
「いやーちょっと部屋を間違えちゃったみたいで」
「安心するんだ、ここは君の部屋だ。だから早く上がりたまえ」
「俺の部屋に女騎士なんて置いてないです。ちょっと帰る家を探してくるんで離してください」
「ならば私は君の後ろについてって、終始『ご主人様! どうかこのようなプレイはお許しを!』と言いながらついて行くぞ」
「恐ろしいことしないでくださいよ」
渋々室内に入る。
しかしビキニアーマーではないけど、中々露出の多いから綾先輩を直視出来ない。
「それで、どうやって入ったんですか」
「大家さんにちゃんと頼んで入れてもらったぞ」
またか大家さん。
綾先輩が俺の彼女っていう誤解も解けてないからしょうがないけど。
でもまぁ、ここまでは予想の範疇だ。
一番気になっているのはこの服の出どころ。
「ところでその衣装はどこで手に入れたんですか? そんな服持ってないですよね」
「これか? これは舞から借りたぞ」
水原先輩何やってるんですか!? こんなの渡したらどうんなことが起きるか分かって──あ、だめだ。これをコスプレ用に持ってきてたってことは、綾先輩に渡す時水原先輩は正常な思考してない。
「とりあえず廉君が帰ってきたんだ。えーっとたしかこういう時は……」
何やら行動を始めた。
まずは紐を用意して、器用に自分の両手両足を縛り、布団上で寝転がる。
しかし何がしたいのか分からない俺は奇妙なものを見る目で様子をうかがっていると、準備が出来たらしい綾先輩が俺をキッと睨みつける。
「くっ! ヤれ!」
「そんな性欲にまみれた女騎士を女騎士とは認めません」
「なんだと!? これが様式美だと花田さんと舞から聞いたんだが」
「せめて一回反抗してくださいよ」
スッと綾先輩は起き上がり、なにやら考えごとを始める。
「……普通ならどうするんだ?」
「え? いやまぁ……『くっ! 殺せ!』って言うんですけど」
「それで?」
「それで……まぁ女騎士の誇りを汚すように──」
言いかける前に俺はすぐさま口を閉じた。
綾先輩を盗み見るとにたりと笑っている。
「廉君は詳しいな。きっと廉君も”読んだこと”あるってことだな」
「いやー、ただネットで調べるとネタでそういうのが出てくるだけで」
平静を装っても声が上ずってしまっているので、隠し切れない。
「それでも知ってるんだからその後の展開は分かってるんだろ?」
「ソンナコトナイデスヨー」
もうここから逃げたい。逃げてお家帰りたい。
あ、今ここが俺のお家だった。
「まぁいい……一応舞から借りておいた女騎士もの(全年齢)の内容の通りにことを進めようか。最近の漫画はかなりきわどい描写が多いが、廉君と私の関係なら問題にないから気にする必要はないな」
廉は逃げ出した。
しかし回り込まれてしまった。
どうして両手両足縛られてるのに俺よりも先制で動けるんですか。
「捕まえた!」
縛られた腕の中に俺を通し、がっちりと抱き付く。
「ほら廉君。君のしたいようにすればいい。廉君が今したいことはなんだ?」
「今すぐここから逃げたいです」
「そうか……つまり脱げばいいんだな」
誰かこの人に言葉のキャッチボールの仕方教えてくれませんか。
「でもこれでは脱ぎづらいな。廉君ちょっと失礼」
そういって俺は押され、布団上に倒れた。
すぐに上体を起こすが、一瞬にして自分で縛った紐を解き、鎧もすぐに脱ぐという早業を見せつけられた。
鎧を脱いだことでタンクトップとホットパンツの姿となった綾先輩。
もうそこには女騎士はいない。いるのはただの淫獣。
「さぁ、これで準備オーケーだ。子供が出来てもいいように準備しているから安心したまえ」
「最初の時点で準備オーケーじゃないのにそこまで準備出来てるわけないでしょ!」
「別に君の心の準備などいらない。君はただこの紙に名前を書いてハンコを押せばいい」
どこから出したんですかその婚姻届け!
「ふふっ、覚悟するんだ廉君」
四つん這いで俺にジリジリと寄ってくる。
俺は後ろに下がるが手を滑らせ布団越しの床に頭を打つ。
チャンスとばかりに綾先輩が覆い被さってくる。
そして俺の両手をがっちり掴むと、舌舐めずりしてから唇を突き出す。
振りほどけない俺は顔を必死に背ける。
自分ができる抵抗をすると綾先輩はふくれっ面に。
仕返しとばかりに首筋、顎、頬と口付けし、隙間がなくなるほど体を密着させてきた。
優しく撫でるような口付けにゾクゾクとし、綾先輩の柔らかい場所を余すことなく体がしっかりと受け止めているせいで、色々と反応してしまう。
最後の仕上げとばかりに桜色の唇が俺の唇に……
「守谷君、東雲さん。大家だけど、カレー作り過ぎちゃったからよかったら食べてくれないかしら?」
困ったような笑みで入室してきた大家さんに、俺と綾先輩は同時に反応した。
そしてお互いに視線がぶつかると、大家さんは頬を紅潮させ、カレーの入った鍋を持ってあたふたし始める。
「ご、ごめんなさい! 私ったらノックもしないで勝手に入っちゃって。そ、そうよね。恋人だもんね。そういう雰囲気になってもおかしくないわね。あ、別にそういうことしちゃダメって言わないから! 最近の子はそういうこと早いって聞くし。でも、ちゃんとゴムは用意しないとダメよ! カレーは置いておくからまた明日ね守谷君!」
口を挟む余裕がないほどの早口で言い終えると、鍋を置いて足速と去っていた。
「……よし、大家さんの許可も出た。これで声が出てしまっても安心だな!」
「全然安心じゃないですよ! 大家さんも戻ってきてください! お願いします! これは誤解ですからああああぁぁぁぁ!」
「はぁ……」
家に帰ってきたあたしは今日持ってきたコスプレ衣装を片付けてからベットの上に体を投げた。
「また夢中になっちゃった」
今日のことを振り返る。
守谷の女装姿があまりにも似合っていたせいでコスプレ魂に火がついてしまった。
今になって恥ずかしさが押し寄せてくる。
守谷に胸を揉まれた。その感触もたしかに覚えてる。
……でもそんな恥ずかしさも、守谷に嫌われてしまったのではないかという懸念にかき消された。
私の欲望のまま、無理矢理着替えさせようとしてしまった。
目に見えて守谷は嫌がってたのに私は……
ズキッと心が痛む。
守谷に嫌われると思うだけで、なんでこんなにも苦しいんだろう。
仮にこれが卓也君だったとしても、ここまで苦しくも悲しくも思わない。
なのになんで守谷だけは。
守谷はあたしの後輩で、友達だけなのに。そう、ただの友達……
また心が鋭く痛み、苦しくなった。
「守谷……」
彼の名前をつぶやくと苦しさが和らぐ。
最近はちょっと時間が空けば守谷のことを考えてしまう。
今日だって花田さんとコスプレの約束はしていたけど、ついでに守谷に会えるんじゃないかって期待してた。
……ううん、きっとそうじゃない。
本当は守谷に会いたくて学校に行ったんだ。
松本先生の監視下から離れたあたしに生徒会にいる必要なんてない。
つまりそれは生徒会との関わりがなくなったということ。
当然守谷との繋がりも薄くなる。
それは嫌だけど、もう無関係になった私が生徒会に出入りする理由がない。
「生徒会のみんなはいいなぁ……」
羨ましい気持ちをつい口にしてしまう。
きっとあたしがいない間も姫華は守谷をいじって、小毬は守谷の膝の上でお菓子食べて、雫は呆れた様子を浮かべながらもなんやかんやで守谷に世話焼いて、そして綾はいつものように守谷にじゃれて……
今までの生徒会でのみんなと守谷のやりとりが鮮明に蘇る。
そして同時に、心の奥に何かモヤモヤした感情が芽生えた。
「あたしだって、もっと守谷と……」
モヤモヤした感情は膨れ上がり、それを抑えるために無意識に近くに置いてあった熊のぬいぐるみを抱きしめた。
ふと、視線は棚に大切に飾っているフィギュアを捉えた。
あれは守谷と初めて出かけた時にくれたもの。
あの時はこんな親しい関係になるなんて思いもしなかった。
……違うか。親しい関係になりたいと願うなんて思いもしなかった。
「守谷……守谷……」
目の前ぬいぐるみを守谷の姿と重ねる。
そして力一杯ぬいぐるみを抱きしめた。
もう頭の中は守谷でいっぱい。
「守谷、今何してるんだろう」
たったそんなことでもあたしは気になってしょうがなかった。
「ぜぇ! ……ぜぇ! ……あ、危なかった。近くにあった昨日の脱ぎっぱなしの服でなんとか隙を作れたけど、綾先輩がさらに興奮した時はさすがに俺もダメだと思った。たまたま洗濯物が溜まっててよかった」
肩で息をしながら俺の使用済みの衣類やタオルに埋もれた綾先輩を見下ろす。
なんて幸せそうな顔で気絶してるんだ。
「さっさと元次さんに引き取ってもらおう」
スマホを取り、元次さんに電話する俺であった。
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