素直で、ヤンデレな幼馴染は天然です(安堵)5
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「はぁ、どうしたものか」
誰かに聞いてもらいたいわけでもないのに、ふと呟く。
沙耶未と綾先輩が友好的なのはよかった。
それに他の人達とも仲が良いのはとても嬉しい。
別に俺は沙耶未を嫌っているわけでも、関わりたくないわけでもない。
出来るならば昔のように喋って、遊んで、たまにどうでもいいことで喧嘩して、また仲直りして、笑っていけたらいいなと思っている。
だけど、俺への恋愛感情を持っているのであれば、早々に捨ててほしいな。
それのせいでまた傷つけてしまうかもしれないから。
綾先輩だってそうだ。
俺は付き合うつもりなんてないんだからスパッと諦めて、次の恋に進めばいいのに。
どうして俺なんかに執着するのか。
「どうにかして綾先輩と沙耶未に諦めてもらわないとな」
また心の声が口から出ていってしまった。
赤の他人なら俺を不審者と思ってもおかしくはない。
これ以上口に出さないように早く帰え━━ん? 何か鳴ったような気が。
スマホを取り出すと、メールが一件届いていた。
送り主は綾先輩?
なんだろう。何か伝え忘れか?
『まだそんなこと言うんだね』
飾り気のない短い文が余計に恐ろしく、一瞬呼吸の仕方を忘れ、血の気が引く。
さらには後方から気配がする。
出来ればしたくないのだが、もしかしたら気のせいかもしれない。
ゆっくりと後ろを振り向く。
黒い髪を垂らした女性が電柱から顔をのぞかせ、無表情でこちらを見ている。
怖くなった俺は勢いよく走り出す。
時間にして数十秒だっただろう。
もう大丈夫だろうと俺は立ち止まり、息を整えてからまた振り向く。
「ひっ!」
先ほどと同じよな体勢で、息を荒げた様子もない女性が電柱からこちらを無表情で窺っている。
振り返らずに走り、自分の部屋に飛び込もうと考えたが、玄関の覗き穴の向こう側で立っているような気がするので、観念して声をかけよう。
俺は電柱に近づく。
「あの、綾先輩。なんでここに? 家に帰ったはずじゃ」
ようやく電柱の陰から体を出す綾先輩。
「沙耶未に教えてもらった瞳の復習をしてたら、また心がざわついてな」
道理で目が濁ってるわけだ。
「いい加減戻ってください。沙耶未の言ってたことは昔のことで、今はそんな濁った目は特別好きなわけではないですから。いつもの綾先輩の方が俺は好きですよ」
「そうなのか!?」
嬉しそうに目を輝かせ始める綾先輩。
いつもの綾先輩に戻ってよかった。
この後面倒くさい絡まれ方をされるであろうが、これ以上綾先輩の中の病みを加速させるわけにはいかない。
「そうかそうか。廉君は私が大好きなのかー。愛しているのかー。結婚したいのかー」
そこまでは言っていないです。
「期待に答えなければな。おお! ちょうどいい。あんなところ今朝行こうとした狭い道が」
「行きませんからね」
やっぱり「好き」と言ったのは愚策だったかな。
「なんだ。残念だ」
「残念がらないでください。まったく」
帰り道とは逆に向かって歩き始めると、綾先輩はきょとんとしている。
「どこに行くんだ? 君の家は━━」
「綾先輩の家に決まってるじゃないですか。勝手に来たとはいえ、一人で帰らせるわけにはいきません」
「廉君……オプションで手を繋いでいいか?」
「いいわけないでしょ。あとオプションとか言うのやめてください。誤解を生みます」
「な、なぜだ! お金か。お金を払えばいいのか!?」
さらなる誤解しか生まねぇ。
「いいから行きますよ」
これ以上の対応は俺の疲労が溜まる一方だ。
「待ってくれ廉君。ちょっとした冗談じゃないか」
俺の横にぴったりとついて歩く綾先輩。
当然のように肩がつきそうなほどまで近寄ってくる。
「もう少し離れて歩いてくれませんか」
「これぐらいはおまけしてくれ」
俺はため息を吐き、自然な動きで車道側に移動した。
「君は本当に紳士的だな。わざわざ車道側に立つなんて。そんな些細なことなど気づかれないかもしれないのに」
「……男ですから」
と、照れ隠しで答えるが、綾先輩は嬉しそうに微笑んでいる。
「そいうところが君の良いところで、大好きなところだ」
さらに追撃をされ、俺の顔は真っ赤になっているのだろう。
恥ずかしさで綾先輩の目が見れない。
「そして、沙耶未もそんなところを好きになったのだろう」
綾先輩が沙耶未の名前を口にした瞬間、俺の心がチクリと痛む。
「綾先輩はどうして沙耶未と仲良くなれたんですか? 俺が言うのも変ですけど、同じ人を好きになってるのに。普通は睨み合う関係じゃ」
「私が仲良くなりたい。それじゃあダメなのか?」
その発言から偽善や皮肉を感じられない。
「俺は一人しかいないです。だから━━」
「良くてどちらかとしか付き合えないな。そして廉君の隣を奪うために私と沙耶未が争うと。まぁ今の君は付き合う気は無いみたいだが」
俺の言いたいことを全て言われてしまい、視線を地面に落とす。
「分かってるなら諦めてくださいよ。どこまでいっても俺の気持ちは変わりません」
「……廉君。私が初めて君に告白した日のことを覚えているか?」
「綾先輩に襲われたあの日ですね」
「そうだ。私と君がもう少しで結ばれそうだったあの日だ」
わざわざ訂正したよこの人。
「それで、その日がどうしたんですか? 一体なんの関係が」
「ここで改めて言わせてもらおう」
綾先輩は少しだけ走り、スカートを翻して振り返ると、胸を張って声を張り上げる。
「『だからどうした? 私が好きになっちゃいけない理由になっていない』」
真っ直ぐに言われた言葉。
あの日でも言われたが、前回よりもその言葉が俺の内側に入り込んだ気がした。
「これは沙耶未も同じだ。好きになる権利はその人のものなんだから」
それはそうだけど、でも綾先輩は知らないんだ。
その結果の苦痛がどれだけのものかを。
「やはり一人で帰るよ。また明日。廉君」
手を振ってから、足早に俺から離れていく。
俺はそれを追いかけることもせず、ボーッと立ち尽くしていた。
綾先輩の後ろ姿が見えなくなってようやく自分の帰り道に戻る。
家に着いても、頭の中は綾先輩と沙耶未のことでいっぱいだ。
食事中も、スマホをいじってても、布団の中でも。
二人を傷つけたくない。
振られる恐怖は俺が一番知っている。
『あなた最低よ! 二度と私に話しかけないで!』
「違う!」
昔の記憶が蘇り、咄嗟に布団から跳び起きて否定する。
握り拳を作り、記憶が頭から消え去るように何度も何度も額に強く打つ。
今は俺も理由をつけて納得させるように断っているけど、いつか彼女のようにひどいことを言ってしまうかもしれない。
そんなことはあってはいけない。
「やっぱり。なんとかしないと」
布団にこもり、頭の中で対策を考え続けた結果、眠れた頃には十二時を過ぎていた。
そして迎える次の日の朝。
登校途中に綾先輩と合流する。
「おはよう廉君」
「おはようございます。昨日はちゃんと帰れましたか?」
「大丈夫だったよ。気にしてくれてありがとう。これ、お弁当」
「あ、ありがとうございます」
これからしようとしていることを考えると、このお弁当を貰うのは気がひけるな。
しかし受け取らなければ、綾先輩が俺の罪悪感を引っ張り出してくるから受け取らないわけにもいかない。
弁当箱を受け取り、鞄にしまった。
「今日含めて授業はあと三日ですね」
「そうだな。だが、前にも言った通り生徒会は夏休みでも登校する日があるから気をつけるように」
「ははっ。分かってますよ」
俺は昨日考えた作戦を実行することに。
「夏休みといえば、いろんな部活の大会が始まりますね」
「野球部、サッカー部、柔道部は全国クラスだ。期待は大きいだろうな」
「そうですね。サッカー部の真島先輩も気合入ってるみたいで、俺のクラスの女子も噂してました。誰よりも真剣にサッカーしてる姿がカッコいいって」
これが俺の作戦。他の人の話題を持ち上げて、少しでも綾先輩の気持ちを傾かせる。
前に「俺以外考えられないと」とメールで送られてきたが、この方法しか思いつかなかった。
「ふーん……そうか」
だが綾先輩対応が素っ気ない。
くっ、やはり真島先輩じゃダメか。
でも綾先輩を対等に見ている数少ない人物だから、ある意味俺に近いと思うんだけど。
仕方ない次だ。
「あぁ! そういえば。柔道部の山本先輩が以前俺のバイト先に来たんですよ。その時梅干しと塩飴もらって。いやー、ずるいですよね。見た目男らしいのに、優しいなんて」
「そうだな。たしかに山本先輩はとてもいい人だ」
少しだけ笑みを見せるが、なびいた様子はない。
仕方ない。次は犬井先輩を━━と言いたいが、あの人は男が好きだし、綾先輩とはライバル関係だから言っても無駄だな。
なら……
「それとアニメ研究会。大会はないですけど、近々イベントに参加するみたいですよ」
「そうなのか? 是非ともそのイベントに行ってみたいな」
「詳しくは卓也から聞かないといけないですけど。でも心配なんですよねー。卓也って顔が整ってて、しかも優しいからイベント参加者に詰め寄られそうで。この前なんかも階段から落ちそうだった女子生徒を体を張って守りましたからね」
卓也に託す。
二次元しか愛せないが、俺を好きになるよりかは良いだろう。
仮に付き合えなかったとしても、卓也なら優しく振ってくれるはずだ。
だが、綾先輩からの反応がない。
「綾先輩?」
「廉君。ちょっと用事を思い出した。先に学校に行っているよ」
そう言って綾先輩は走っていった。
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