素直で、ヤンデレな幼馴染は天然です(安堵)4
弁当箱を開けて箸を取る。
いつも通り色鮮やかで綺麗に盛り付けられたおかず。
肉が詰まったピーマンを一口で頬張る。
期待を裏切らない味付け。空腹というスパイスもあってさらに美味い。
「廉はなんでこんな時間にご飯食べてるの?」
俺の行動を不思議に思っている沙耶未。
「食いそびれたからだよ」
「そうなんだー」
適当に答えると沙耶未は納得したようだ。
「てか、どうして沙耶未がここにいるんだ」
「それは私が呼んだからだ。廉君と別れてから彼女と話したら意気投合してな。もっと話がしたくて、松本先生に頼んだ」
嘘だろ。今朝見た感じだと対立する未来しか見えなかったぞ。
「うひもひっふひひはっふぁ。ふぁははほほはへははひははふほは」
「喋るのか齧るのかどっちかにしろ。全然聞き取れない」
注意すると、沙耶未はしばし動きを止めて考え込む。その姿を皆が一斉に注目し、どうするのかを静かに待った。
数秒後、生徒会室にクッキーのサクサクした音が微かに響く。
「……んぐっ。ふー、おいしかった。あ、もう一枚貰っていいですか?」
「おかわりしようとするな! 話せよ!」
痺れを切らし、お盆に乗ったクッキーに手を伸ばそうとする沙耶未にツッコむ。
動きをピタリと止めた沙耶未は俺の言葉にショックを受けているのか、顔を俺に向けて呆然としていた。
「ク……クッキー、もう食べちゃ、ダメなの?」
え、いや、ちょっと、なんで目尻に涙を溜めて今にも泣きそうになってるの?
クッキーをもう食べるなって意味じゃなくて、先に説明をしてくれって意味であって。
「まだこんなにたくさんあるのに」
ポロポロと涙がこぼれ始める。
それを見た綾先輩と姫華先輩が宥め、小毬先輩がクッキーを差し出し、水原先輩と雫がキッと俺を睨む。
どうやら分が悪い。
「俺が悪かった! クッキー食べていいぞ! だから泣き止んでくれ」
「ひっぐ……えふっ! えふっ!……ぐすっ」
どうしよう泣き止んでくれない。
普段俺の味方になってくれるはずの二人の目がどんどん冷たくなってるよ。
考えるんだ。考えるんだ俺! 泣き止む方法を……そうだ! 昨日の飴が鞄にまだ残っているはずだ。
鞄から取り出し、沙耶未の前に袋ごと置いた。
「ほら沙耶未! 飴! 飴があるぞ! 全部やる!」
「本当!? ありがとう廉!」
ようやく泣き止んだ沙耶未が袋に手を突っ込み、赤色の飴玉を掴む。
小袋から飴玉を取り出してすぐに口に含むと、幸せそうな顔で味わい始めた。
とにかくこれで一安心。さっきまで冷ややかな視線を向けていた二人も、沙耶未の綻ばせた顔につられて微笑んでいる。
話を続けさせる空気でもないようだ。
俺は静かに弁当を食べて、沙耶未が満足するまで待つことに。
それから数十分後。
談笑を挟みながらクッキーを頬張り、沙耶未は紅茶を飲み干す。
「ごちそうさまでした!」
ようやく満足してくれたか。
こっちは沙耶未を泣かせたこともあって話に混ざりづらくて、一人寂しく箸を進めることしか出来なくて辛かったぞ。
「それで、話の続きなんだけど」
「話の続き? 今朝の子猫の話?」
多分それはそっちの談笑で上がった話題だろ。
「違う。綾先輩に呼ばれた話だ」
「ああ! ウチもびっくりしたよ。まさかここまで話が合うとは。好きなものも同じだからすぐ仲良くなっちゃった」
「ふふっ。私も夢中になってしまって遅刻しそうだったよ」
仲良くなってくれたのはこちらとしてはありがたい。
敵対してたら俺に被害があるからな。
それにここまで仲良くなっているんだ。どちらかが俺を諦めてくれたのだろう。
そうでなければ一応恋敵なんだし、少なくともどこかよそよそしい雰囲気があるはずだ。
それにしても綾先輩と沙耶未に共通した話題とは一体。
沙耶未の好きそうなものだったらいくつか思いつくが、綾先輩は思いつかないな。
意外な一面も持っているし、俺が知らないだけなのかも。
「そうなの。それでなんのお話をしてたのかしら」
ちょうどよく姫華先輩が話しを振ってくれた。
二人は口をそろえてこう言う。
「「廉(君)の好きなところ!」」
今までの俺の希望的観測が崩れる音が聞こえた。
水原先輩はコーヒーカップも持ったまま固まってしまい、雫は説明を要求するように俺へ視線を向ける。
この何ともいえない空気へと変える原因を作った張本人である姫華先輩はというと、今日一の満面の笑みをこぼしていた。
ずっと異様に気分良さそうだったのはこれを予想していたのか。
そして小毬先輩はまだ残っているクッキーを食べていた。
いつも思うけど、小毬先輩って大体無反応でお菓子食べてるよね。ちょっとぐらい俺の心配とかないんですかね。
「例えばどんなところ?」
姫華先輩! それ以上話を進めないで!
「私はやはり廉君の行動そのものだな。『男として』行動する廉君はとても素敵だ。お姫様抱っこで無理矢理保健室に連れていかれたあの日は一生忘れられないな」
「やっぱり! さすが廉! ウチも小学生の時の遠足で怪我して廉に助けられたの! その時の廉はかっこよかったなー。わざわざ私をおんぶしてくれたの!」
本人の目の前でそういうのはお願いだからやめて!
数日前にすでに経験してるけど本当にやめて!
「廉。ちょっと来て」
今度は俺が雫に呼ばれてみんなから少し離れた場所で背を向けてこっそりと話し始める。
「廉。これはどういうことかしら?」
雫さん。笑顔なのに背後から般若のお面が見えるんですけど。
分かりますよ。
ただでさえ従姉妹がストーカーをしてて面倒なのに、さらにストーキングの対象である俺に幼馴染がいて、俺のことが好きだと明言してたら大変面倒臭いですよね。
「俺だってどうしてこうなったのか聞きたいくらいだよ」
「綾ちゃんだけでも大変なのに。あの子は無害なんでしょうね」
「……はは」
笑ってごまかすと、切れ味のある鋭い目つきで雫は凄んできた。
「そうだ。沙耶未に教えてほしいことが」
「なになに?」
俺達をよそに、綾先輩と沙耶未の間で別の会話が始まっているようだ。
会話の内容が代わってくれて安心した。でもたった今別の案件で胃に穴が開きそうです。
「無害……なのよね?」
「む、無害だよ。ちょっと、恐怖を覚えるくらい」
「それのどこが無害なのよ」
声のトーンを落としてさらに詰め寄る雫。
それなのに俺は「やっぱり凄んだ姿は松本先生に瓜二つだな! ずっと凄んでれば、二人が入れ替わってもばれないな!」と少しでも心を落ち着かせようとアホみたいなことを考えていた。
「それならまずは廉を考えて」
「ふむふむ」
「それから隣に女性がいると思って」
「ほうほう」
綾先輩と沙耶未はまだ話している。
「もしかして、昨日怯えてたのってあの子と関係あるの?」
雫と一緒にチラッとソファに座っている沙耶未を盗み見た。
目を瞑っているようだが、何をしているのだろう。綾先輩も真似してるし。
視線を雫に戻し、俺は首を縦に振る。
「やっぱりそうなのね」
雫は溜息をもらして、頭に手を添えた。
「まぁ、悪い子ではなさそうだし、まだ実害が出たわけじゃないからいいけど。でも対策するのに越したことはないわ」
「そうだな」
「もうそろそろ下校する時間だからこれ以上話は出来ないわね。また今度彼女について話を──ひっ!」
また盗み見た雫は怪物でも見たかのように大袈裟に驚いているけど一体何が──ひっ!
「どうしたの廉?」
「どうしてそんなに怯えてるんだい廉君」
そりゃ怯えますよ!
振り向いたら光を感じさせないドロッと濁った瞳で、にっこりと笑っている人が二人もいたら誰だって声上げますよ!
「どんな目で俺を見てるんですか!」
「いや、今朝の沙耶未の瞳が印象的でな。聞けば君はそういう瞳の子が好きだとか。ならば是非私もと」
沙耶未、話聞いてた? ヤンデレはそんなに好きじゃないって言ったよな!
「ただこれをすると、廉君に他の女が寄ってきているんじゃないかと心がざわついてしまい、君を保護したくなる」
綾先輩それ以上ヤンデレの素質を開花させないでください!
ただでさえ現状でも充分危険なのに!
「おーい、お前ら。もうそろそろ帰る時間──何やってるんだ?」
松本先生の登場で気がそれた二人の瞳に輝きが蘇る。
「おっ、そこにいるのが佐竹沙耶未って子か。私は生徒会顧問をしている松本杏花だ」
「佐竹沙耶未です!」
沙耶未の元気のある挨拶を聞くと、今度は俺達に向けて話す。
「外は明るいがもう遅い時間だ。今日はもう解散にしろ。沙耶未は私が送ろう。他に希望者がいれば私が送るが」
「じゃあ私が乗る」
雫だけが手を挙げる。
「なら他は速やかに帰るんだ。二人は私についてこい」
先生の指示で今日は解散。沙耶未と雫は松本先生についていった。
他は各々で帰り支度を済ませ、帰路につく。
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