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淑女で、紳士な二人は生徒会長の両親です(絶望)8

 気遣って綾先輩の家まで持ってきたのが間違えだったのか。

 綾先輩の「全部家で預かる」って提案に乗らなきゃよかった。

 面倒くさがらず、半分俺が家に持ち帰って、月曜日に学校に持ってくればよかった。


「まぁ! 綾の彼氏だなんて」


 違います。彼氏ではないですし、予定すらないです。

 といつもの調子でツッコミを入れたいところだが二人の前ではやりづらい。


「母の東雲明美(あけみ)です。こっちは旦那の東雲元次さん」


 朗らかに自己紹介する明美さんだが、一方の元次さんは口をへの字にしたまま俺を睨みつけている。

 どこの馬の骨かもわからない男がやってきて、娘の彼氏として紹介されて憤慨しているのだろう。


「あ、あの! ち、違いますから! 俺と綾先輩はただの生徒会の仲間であって……」


 なんとしてでも誤解を解こうとするが、


「ふふっ、恥ずかしがらなくてもいいのに。ちゃんと知ってるわよ。綾があなたのためにお弁当作ってること。そのお弁当を残さず食べてることも」


 全然解ける気配がしねぇ!

 確かに綾先輩にお弁当を渡されたらちゃんと食べてますよ!

 でもそれは断ると罪悪感で俺の胃が荒れるからであって。

 でも結局食べ始めたらめちゃくちゃ美味しくて箸が止まりませんけどね!


「綾に弁当を作ってもらってるのか?」


 部屋に入ってから無言だった元次さんが口を開く。

 心なしか先ほどよりも二割り増しの殺気を放っている気がして怖いんですけど!

 あまりの鋭さに目の前に剣先を突きつけられている感じがする。


「いやその! 確かに作ってもらってるんですけど……」


 なんて言えばいいんだ。

 正直に「いやー、頼んでもないのに作ってくるんですよねー」なんて言ったら無責任な男だと思われる。

 かといって「俺が綾先輩に頼んでるんですよ!」と言えば、綾先輩に寄生するダメ男にしか思われない。

 緊張を紛らわせるために目の前の紅茶を飲み干す。


「お父さん。勘違いしないで。廉君は作らなくてもいいって言ってるのに、私が勝手に作ってるの」


 綾先輩のフォローが入るがどうだ?


「……そうか」


 とりあえず剣を収めてくれたことに安堵する。


「それで、どこまでお互いのことを知ってるの?」

「誕生日、好きな食べ物はもちろん、お互いの下着の色を教えあう仲だ」


 ストップストップ! 綾先輩!

 今すぐあなたのお父さんの顔を見てください!

 目がまん丸になってますよ!

 それとその情報はお互いじゃなくて、一方的に綾先輩が知ってるだけですよね!?

 下着に関してはそっちが勝手に伝えてくるじゃないですか!


「ただ残念なことに、性癖までは知らない。ごめん廉君」


 俺じゃなくて、あなたのお父さんに謝ってください! 

 ほら! 娘の発言に耐えられなくて、ズボンにシワが出来るほど力一杯握ってますから! ついでに重苦しいオーラを放ってますから!


「……すまない。少し席を外す」


 これ以上聞きたくないのか離籍する元次さん。

 やばいよ。あれ絶対怒ってるよ。娘に変な虫が付いてご立腹だよ。

 生きて帰ってこれるかな……流石にこれは言い過ぎだな。


「もう、お父さんは。すまないな廉君」

「元次さんがあんな態度で申し訳ないけど、気にせずゆっくりしていってね」


 気にしなくていいのであれば今すぐにでも帰らせてほしいんですけど。

 ……待てよ。綾先輩だけならともかく、明美さんがいるなら案外俺の要望が通るのでは?

 家に誘ってきた元次さんがいないこのタイミングしかない!


「あの」

「どうしたの?」


 微笑む明美さんに意を決して口を開く。


「夕飯の準備をしないといけないのでそろそろ帰ります」


 俺の申し出に明美さんは目を細めてさらに微笑む。


「……守谷君、紅茶のおかわりはいかがしら?」


 あれ? 俺の声聞こえなかった?

 じゃあ次は聞こえやすいようにはっきりと。


「夕飯の準備をしないと――」

「それともコーヒーがいいかしら?」

「いや、そろそろ――」

「それとも緑茶がいいかしら?」

「……あ――」

「どれがいい? 守谷君」

「……紅茶でお願いします」


 すぐに俺のティーカップを寄せて、紅茶を注ぐ明美さん。

 流石綾先輩の母親だ。娘さんと同じようなやり取りをした覚えがありますよ。


「あの、綾先輩。もう俺帰ります」

「何か言ったかな廉君?」


 明美さんに聞こえないように耳打ちしたけど、絶対聞こえてたでしょ!


「どうぞ守谷君」


 紅茶が入ったカップが再び俺の前に差し出され、若干波紋が残る琥珀色の水面を眺めながらどうやって家に帰るか考える。


「綾、もっと守谷君のことを聞かせてちょうだい」

「なら私と廉君の出会いから」


 え、嘘ですよね? そんなこっぱずかしいことしませんよね?


「杏花姉さんが廉君を連れてきて――」


 いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!


 ~五分経過~


「『そんな事知りません! 皆が生徒会長の事をどう思おうが、それに対して生徒会長が必死に応えようとしようが、俺から見たら生徒会長はただの女の子です! 辛そうにしてる女の子を放っておく奴がいるわけないでしょ!』と言って、無理矢理お姫様抱っこして保健室に連れていったんだ。その時私は廉君に惚れたんだ」


 やめて! お願い! 一字一句寸分の狂いなしに当時のセリフを言うのはやめてええええぇぇぇぇ!


 ~十五分後~


「いつも男らしくしようとしてるのに、こそこそイチゴミルクを飲んでいる姿はとても愛らしく――」


 以前にストーキングで手に入れたその話はいらないですよね!?


 ~三十分後~


「先日の球技大会も大活躍。惜しかったが、学年で二位の成績を残したんだ」

「そうなの。守谷君凄いわねー」


 もう許して、俺をイジメないで。


「……あの、ちょっといいですか?」

「どうしたんだ廉君?」


 ようやく話を切ってくれた。


「ちょっと、お手洗い貸してください」

「なら私が案内しよう」


 案内ついでに居座られそうだな。


「いえ、場所だけ教えてもらえれば」

「そうか……場所は階段のすぐ隣の部屋だ。自由に使ってくれ」

「ありがとうございます」


 場所を聞き出し、そそくさと部屋を出る。

 扉を閉める間際、「この後守谷君とお食事しましょうか」「それはいい案だ!」と仲睦まじい親子の会話が聞こえた。

 ゾッとしながら確実に扉を閉め、聞いた通りに階段の隣の扉を開けて中に入る。

 アパートと違って少し広いが、閉鎖された空間のトイレで一息ついて心を落ち着かせた。

 さっきの話ではこのまま一緒に食事をすることになるらしい。

 俺が遠慮したとしてもおそらく食事は確定事項。なら急いでこの家を出る必要がある。

 だからといって何も言わずに出ていくのは失礼だろうし。


「はぁ……」


 自分の状況に思わずため息を漏らす。

 トイレに長居してしまうと変に思われるだろうし、もうそろそろ部屋に戻るか。

 念のため用を足し、手を洗って扉を開ける。

 扉の先には見下げた元次さんが立っていた。

 なんで元次さんが。どっかにいったんじゃ。いやそもそもなんでトイレの目の前? 

 疑問点が山ほど出てくれるが、どれも口からは出てこない。


「守谷君……だったな」


 威圧感のある低い声に俺はせわしなく首を縦に振る。


「このあと二人で話そうじゃないか」


 そう言って元次さんは踵を返し、綾先輩達のいる部屋へ向かう。

 今の状況に頭が追い付いていない俺は後を追うように部屋に入った。


「元次さん。あら守谷君もどうかしたの?」


 俺達が一緒にいるのを不思議がっている明美がさんが尋ねると、元次さんがその質問に答える。


「今から守谷君を家まで送っていく」


 そう言って近くの棚から鍵を取り出す。


「付いてきなさい」


 先に部屋を出る元次さん。


「あの、お邪魔しました」


 お辞儀をして二人に挨拶を済ませて、後を追う。

 玄関ではちょうど靴を履いて立ち上がる元次さんの後ろ姿があった。

 慌てて俺も靴に履き替えていると、背後から足音が聞こえる。


「待って元次さん。後ろの襟元が立ってるわ」

「そうか」


 明美さんが手を伸ばそうとしたが、元次さんは自分で襟元を直す。

 少し夫婦間にズレがあるように感じてしまった。


「先に車を出してくる。守谷君もすぐに来なさい」


 元次さんは俺を置いて外へ。

 まだ履けていない俺は急いで靴ひもを結び、立ち上がる。


「待って守谷君」


 呼び止められ振り向くと、スッと首元に手が添えられた。


「服にゴミが付いていたわよ」

「あ、ありがとうございます」


 明美さんにお礼を言ってから俺も外へと出た。

 すでに家の前に真っ黒な自動車が止められている。

 ボーっと眺めていると、運転手側の窓が開く。


「乗りなさい」


 元次さんに促され、助手席に乗ると車はゆっくりと発進した。

読んでくださりありがとうござい!

感想・誤字等ありましたら気軽に書いてください!


7月25日に集英社ダッシュエックス文庫から書籍化されました!

詳しくは活動報告等で確認してください!

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