容姿端麗、文武両道な生徒会長は俺のストーカーではない(願望)4
授業時間だというのに周りからの視線がとても痛い。
もうすぐ授業が終わり、昼休みを迎える。
どうにかして教室を出たいが四方八方が敵に囲まれているため脱出は不可能。
弁当箱を教科書で隠し、授業内容を聞くふりをして先生に近づいて出る事も可能だが、さっきまでやっていたのは保健の授業。しかも性に関する分野。担当は若い女教師。
ここで俺が行ってしまえば、性に熱心な変態紳士になってしまう。
流石にそれは嫌だ。
他に方法はないのか。
必死に策を練るが無慈悲に鐘はタイムリミットを告げた。
「はい、授業はここまでです」
鐘に気づいた先生も授業に区切りをつけ、体を俺達に向ける。
そして、学級委員長が号令をかける。
「起立」
位置について……
「礼」
よーい……
「ありがとうございました」
先生が教室を出て扉を閉める。
バンッとスターターピストルがなり、俺は鞄の中の弁当箱を掴んで扉に体を向けるが予想通りすでに封鎖され、出る事が出来ない。
「どこ行くんだ守谷」「俺達とお話ししようぜ」「心配するな。悪いようにはしない」
じわじわと俺に詰め寄ってくる奴の言葉なんか信用出来るか!
「廉。飯買いに行かないか?」
空気を読まずに誘ってくる卓也が神様のように見えた。
地獄に垂れた蜘蛛の糸のように僅かな希望。
「こいつ、弁当持ってるぞ」
「そうなのか。じゃあ、一人で行くか」
しかし、まだ掴んですらない蜘蛛の糸は切れる。
あの本でも、もう少し昇ってから切れたぞ。
「さぁ、観念するんだな」
万事休すと思われたが、近くで扉が開く音が聞こえる。
「えーと、守谷廉君いますか?」
他クラスでの交流など皆無な俺の名前が呼ばれた。
声の主はまさかの雫だった。
俺を囲んでいたクラスメイトも目を丸くして驚く。
「あの、守谷に何か?」
代表で一人が聞くとにっこり笑って答える。
「松本先生に頼まれたの。昨日先生が忘れたお弁当箱をあーー会長が拾ったみたいで。それを守谷君に頼んで渡したらしいんだけど、まだ来てないから呼んできてほしいって」
あ、そうだったんだ。でも綾先輩そんな事言ってなかったんだけど。おっちょこちょいですね、綾先輩。
あとこの弁当箱中身が詰まってるし。先生全然食べてないじゃないですか。
「そうだったんですか」
皆が目配せで合図を送り、俺を解放する。
中等部から一緒の奴はまだしも、何で入試グループの奴もそんなに連携取れるんだ。
「ついでにあなたの事も呼んでたわよ、守谷君」
「ついで、ですか」
まぁ、それも俺を助けるための先生の配慮なのだろう。
ここは大人しく雫に合わせるのが吉か。
「分かりました」
人をかき分け、雫の開けた扉から廊下に出る。
雫と共に廊下を歩き、曲がり角で曲がってから俺は大きく息を一回吐く。
「助かった〜」
気の抜けた声が出てしまったが、それぐらい俺は生きてる心地がしてなかったのを分かってほしい。
「大丈夫? 随分と詰め寄られてたわね」
「大丈夫、ありがとう」
俺は苦笑しながらそう答えた。
「松本先生が呼んでるんだっけ。何処にいる? この弁当箱渡さないと」
「あぁ、あれは全部嘘。あなたを助けるために」
え、じゃあこの人は教室に入った瞬間にあんなスラスラと嘘を並べてたの?
「なんで俺を?」
「頼まれたのよ、お姉ちゃんに。なるべく助けてやってくれって」
雫はスマホを取り出し、何やら文を書いているようだ。
一通り書き終えたのかスマホをしまいまた歩き出す。
「行こっか」
「何処に?」
俺はその後を追う。
「お姉ちゃんの所。別の場所にいる所見られたら言い訳しづらいでしょ?」
「確かに。でも、先生のいる場所知らないんだど」
その時、スマホのバイブ音がかすかに聞こえる。
ポケットのスマホに手を当てるが、振動はしていない。と言う事は雫のスマホからだ。
「大丈夫。場所は今分かったから」
そう言って画面を俺に見せる。
送り主に「お姉ちゃん」と書かれ、今から俺と一緒に生徒指導室に来るようにと書かれていた。
どうやらさっき打っていた文は姉である松本先生へのメールらしい。
でなければ、現状を知らない松本先生がこのタイミングに都合よくは送れないだろう。
抜け目のない人だ。
「と言う事で、あなたには生徒指導室まで来てもらうけどいいわよね」
首を縦に振る前提での聞き方。
とは言ってもこの誘いに乗らずにこの昼休みを無事に過ごす事など出来ないだろう。
「俺には選ぶ余地なんてないよ」
俺の言葉を聞いて微笑んだ雫は俺を連れて生徒指導室に向かう。
途中、すれ違う生徒達は思わず雫に目を向けていた。
流石生徒会メンバーと言うべきか。綾先輩ほどではないにしろ、人の目を引きつけるほどの人物である事が分かる。
対して俺に向けられるのは好奇の目ばかり。
「やっぱ雫も人気なんだ」
「綾ちゃんほどではないけど、悪い気はしない」
後ろ姿はとても堂々としている。やはりそれだけの度量がなければ務まらないのだろう。
あの時の誘いを断っといてよかった。こんな視線が常に向けられては胃がボロボロになりそうだ。
そうこうしていると、生徒指導室の前まで来た。
一般の生徒がこんな短期間にここに来る事などそうそうないはずなのだが。
「お姉ちゃん、いる?」
扉をノックしてから声をかける雫。
中から「いるぞー」と松本先生の声が聞こえ、遠慮なく扉を開けた。
「おぉ、守谷。無事だったか?」
からかうように笑った松本先生は目の前のカップ麺を啜る。
「お姉ちゃん! またそんなの食べて。栄養偏るよ」
「近年のカップ麺が美味すぎるのが悪い」
悪びれた様子もなく、食事を続けていく松本先生に呆れながら対面に座る雫。
俺を見て、隣の椅子をポンポンと叩く。
「あなたも座ったら? 積もる話もあるだろうし」
素直にその椅子に座る。そして、綾先輩手作りの弁当箱を机の上に置く。
「もしかしてだが、綾の手作りか?」
「察しがいいですね。その通りです」
「えぇ!? また綾ちゃんが作ったの!?」
どうやら雫は何も知らないようだ。
「事情知っててわざと弁当に触れたんじゃ」
「綾ちゃん関係でまた絡まれてるとは思ったわよ。それで助けようと思って、たまたまお弁当を持ってたからあんな事言っただけなんだけど。まさか二日続けてとは」
この人機転が利きすぎじゃないかな。
「なんで綾がまたお前に?」
「お礼じゃない? 綾ちゃんたまに少し大げさに捉える事あるし」
「個人的にはお金が浮くんでいいんですが」
俺は弁当箱の蓋を開けてすぐに閉めた。
昨日から色々周りに騒がれたせいで疲れているのだろうか。
ご飯の上にピンク色の何かが乗っていた。いやここでの問題は、何が乗っているのではなく、どんな配置なのかだ。
「……廉、今お弁当に」
「気のせいです」
「守谷、蓋を開けろ」
「嫌です」
松本先生に凄まれても俺は意志を曲げない。どんな事をされようとも俺は蓋を開けないぞ!
「数学の評価最低にするぞ」
「はい」
権力には勝てないよ。と言うか職権乱用だよねこれ。
俺は蓋をゆっくりと開ける。
ご飯の上は桜でんぶが乗っている。しかしさっきも言ったが、問題なのはその配置だ。
……何故、ハート型なんだ。
「こ、これってどういう事?」
雫さん。俺に聞かれても分かるわけないでしょ。
「あ、あはは。綾先輩も可愛い所あるんですね」
二段目を開ける。
なんでおかずが全てハートに再構築されてるんだ。
ウィンナーは勿論の事。ご丁寧にサラダのキュウリもハート型に切り取られている。
「ほ、本当に綾ちゃんが作ったの?」
「本人の手から渡されました」
「守谷。目が死にかかってるぞ」
「目が死ぬくらいいいじゃないですか」
これが教室で開けられてたら物理的に死んでたんだから。
「そ、それにしても。綾ちゃん急にどうしたんだろう。こんなお弁当作って。お姉ちゃんは何か知らないの?」
「い、いや! 皆目見当もつかないな」
明らかに知っているようなそぶりを見せた松本先生はカップ麺を口に含んで誤魔化す。
「流石にこれ以上はお礼の度を超えるんで、今日の帰りに伝えますよ。あ、美味しい」
昨日と引けを取らないくらいの出来の弁当に舌鼓を打っていると、
「……どうにかして守谷をーー」
松本先生の口からボソッと何か不吉な事が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
「……最悪、拉致るか?」
うん、ごめん。流石にこれは聞き逃せないな。
「今拉致って言いませんでしたか!?」
「ら、拉致!?」
「うぇ!? い、いい言ってないぞ!」
確かに言ったはず。
いや待てよ。小さかったから聞き間違えた可能性も……でもこの動揺は。うーん。
「ほら! 時間もない事だし、早く食べな!」
言うほど時間が迫っているわけではないが余裕があるとも言い難い。今すぐに言及する事もないか。
しっかりと弁当のおかずを味わい、全てを平らげ、食材と綾先輩に感謝を込めて手を合わせた。