高校生で、一人暮らししている俺のアルバイト生活(疲弊)9
新たな悩みのタネがやってきたのはその数分後だ。
カウンターから店内を見回している最中に入店した女性が一人。
「おう守谷。ちゃんとアルバイトに励んでるか?」
そう言って美人な女教師がカウンターに肘を付いてニカッと笑っている。
ただ缶ビールやスルメイカ、柿ピーなどのおつまみセットが入ったコンビニ袋を恥ずかしげもなく持っているために残念さが滲み出ていた。
カップ麺をソウルフードにしているのだから残念である事に間違いないのだけれど。
「……何か言いたそうだな。正直に言ってみろ。寛大な私は今ならなんでも許してやる」
「いや寛大とか許してやるって言ってますけどすでに右手が俺の頭をガッチリホールドオオォォォォ!!」
痛い痛い痛い痛い! 俺のこめかみに松本先生の親指と薬指が突き刺さってる!!
離して! 出ちゃうから!
鼻とか耳とか口から真っ赤な鉄分が出ちゃうから!!
「いつも以上にキレイな松本先生に会えて嬉しいです!」
「なんだ、照れてただけか。それならそうと早く言え」
照れてないで早くこの手を離して! なんで強めるんですか!?
情けないですけど全然解けないんですよこの手!
「今日は気分がいい。近くのコンビニでカップ麺を奢ってやろう」
「ショボ!? いやそんな事どうでもいいですから早く手をーー」
「そんな事とはなんだ! 守谷もカップ麺を愛する同士だと思っていたんだがな。カップ麺をバカにするとその内痛い目に遭うぞ!」
「バカにするよりも先に痛い目に遭ってるんですけど!? いい加減離してくださ痛い痛い痛い痛い!」
だからなんで強めるんですか!?
「この辺で勘弁してやろう」
ようやくパッと手を離してくれた。
すごく痛かった。あのまま続けてたら頭の形が変形して、クラスメイトからあだ名で落花生と呼ばれてただろう。
「それで松本先生は何の用ですか」
「生徒がアルバイトをしているんだ。監視として私がここに来るのは当然だと思うが?」
オフを前面に押し出した姿でよくそんな事が言えたもんだ。
と、口に出してしまえば今度は本当に顔が変形されてしまうので飲み込もう。
「そうですか。ところで昨日この店、今朝は俺の部屋に綾先輩が出没したんですけど、まさか……」
俺のようにアルバイトをしたい生徒は白蘭学園にも多くおり、生徒が不正なアルバイトをしていないか、その店は信用出来るかなど確認するために白蘭学園の在校生はアルバイトする際には担任にアルバイト先の住所を紙に書いて提出する。
義務ではないが、アルバイト先でトラブルに出くわした際には教師も協力してくれる事もあり、ほとんどの生徒が紙を提出していた。
俺もその中の一人で、アルバイト先の住所を松本先生に提出していたわけで。
もしかしたらここから漏れたのではと思ったが、
「前に約束しただろ。住所を教えない。もちろんアルバイト先だってこうやって見に来るためだけで、教えたりなんてしとらん」
と、言うのだからそうなのだろう。
一応この人も教師だし、約束は守ってくれているはずだ。
……そう考えると綾先輩は自力で俺の家を探し当てたのか。
アルバイト先に関しては運よく見つけた感じだけど。
運よく……か。
そう言えばあいつも運がめちゃくちゃよかったな。
あいつは何処かで元気にやっているのだろうか。
「ボーッとしてどうした?」
いつの間にか考え込んでしまっていたらしい。
松本先生が俺の顔を覗き込んでいる。
「いえ別に」
「れっちゃん。さっき大声が聞こえたんだけど何かあった?」
気になって売り場に戻ってきた滝本さんと松本先生の目が合う。
「杏ちゃん!? 久しぶり!」
「おぉ! 翔子か! 久しぶりだな」
見た事もない盛り上がりをする二人に俺は戸惑いを隠せずにいると、滝本さんが気を遣って話しかけてきた。
「ごめんねれっちゃん。置いてきぼりにしちゃって。何が何だかって感じだよね」
「まぁ、はい」
「私と翔子は高校時代の同級生で、一番仲が良かったんだ」
「うんうん。いやー、懐かしいな」
確かに仲は良さそうだった事は先ほどの再会を見れば分かる。
「杏ちゃんと一緒に生徒会やってた頃が一番充実してた気がするよ」
「二人共生徒会に入ってたんですか?」
「ああそうだぞ。私が生徒会長で翔子は副会長。しかも私達は白蘭学園の卒業生だ」
それってつまり……
「俺達の数代前の生徒会長と副会長?」
「そうなるね」
意外だ……と思ったが、二人を考えればそうでもないな。
綾先輩の親戚で、雫の姉である松本先生なら生徒会長でもおかしくはない。
日頃はダルそうにしている姿をたびたび目撃しているけど、なんやかんやで優秀な人だ。
能力面で言えば、綾先輩をそのまま成人させたら松本先生と言っても過言ではない。
一方の滝本さんだが、能力は松本先生に一歩劣る。
でも仕事の合間に滝本さんの仕事ぶりを目の当たりにする機会があるが、テキパキと要領よくこなしている。
それに加えてのあの気さくさ。人望は下手したら松本先生よりもあったんじゃないか。
「ありゃ? あんまり驚かないね」
「なんだか納得出来ちゃったんで。でも二人が白蘭学園のOBだったとは思いませんでしたよ」
「守谷。OBじゃオールドボーイだ。私達の場合はOG、オールドガールだ。その辺は気をつけろ、な?」
と言って鋭い眼光を俺に注ぐので、さっと視線をそらす俺。
松本先生の横では滝本さんが俺達のやり取りを見て笑っている。
「あはは! でも確かに杏ちゃん高校時代は女ってよりかは男だ。て、それは今もか」
その発言と同時にその場の空気が変わった気がした。
おもむろに松本先生に視線を戻すと、眉が痙攣したような動きをし、ぎこちない笑みを浮かべている。
「……そうだな。確かに私は今も昔も男勝りだな。はははは……でも、翔子もある意味OBが正しいんじゃないか?」
「ん? 私はそこまで男勝りでもなかったと思うけど」
「いやいや、OBってのはオールドボーイじゃなくて、オールドビッチって意味だよ」
この瞬間、この場の空気が完全に凍りついた。
恐る恐る滝本さんに目をやる。
顔には笑顔が張り付いているが、瞳からは煮えたぎる怒りのようなものが見え隠れしていた。
「私が……ビッチ?」
「あぁ、そうだ。お前彼氏がたびたび変わっていただろ」
「別に好きで変わってたわけじゃないし」
「そうだったな。告白して付き合っても、すぐに振られるんだもんな」
さっき高校時代は一番仲良しだとか言ってませんでした? 言ってましたよね!?
なのになんでお互い敵意むき出しなんです!
「高校時代に異性と付き合った事もない杏ちゃんに言われたって、ひがんでるようにしか聞こえないよ」
反撃をする滝本さんに、松本先生はにらみつける。
が、一歩も動じない。
「ま、いくら凛々しくてかっこいい生徒会長でも、教室で堂々とスルメ噛み締めながら椅子の上で胡座かいてたら女らしさのかけらも感じないよ」
うわぁ、それは男通り越しておっさんだな。
そんな事を綾先輩がやったらと考えるが、目も当てられないのでとても想像したくない。
「なっ! ち、ちゃんと女として恥じらいを持って、下着が見えないように下はジャージをはいてただろ!」
ないわー。女子力皆無だわー。
せめてスパッツだったら可愛げあったのにジャージはないわー。さらにおっさん感が加速するわー。
「そもそも私はお前みたいにガツガツとしてないからな。作るつもりもなかった」
「へぇー……じゃあ、今はいるんだね」
そう返されると松本先生の口が噤んだ。
その様子からするといないんですね。
「ま、まだ私に彼氏などいらない」
「あと数年後には結婚適齢期なのに、まだそんな事言ってるんだ」
「人の勝手だろ!」
鼻で笑う滝本さん。しかし、松本先生をやられっぱなしではない。
「大体お前私の事散々言ってはいるが、自分はどうなんだ!? そんなに言うんだから結婚の約束をした彼氏がいるんだろうな?」
返答はなく、ただ口を固く閉ざす滝本さんを今度は松本先生が鼻で笑う。
「なんだ。結局お前も同類じゃないか。ま、それもそうか。高校時代に付き合った奴らはみんな口を揃えて言ってたぞ。翔子が重すぎるって」
重いって、つまり愛がって事だよな?
それぐらいなら男としては嬉しいーーごめんなさい嘘です。綾先輩は別です。
「わ、私の何処が重いっての!?」
「じゃあ聞くが、お前はどう言う付き合いがしたいんだ?」
「そんなに多くは求めてないよ。ただメールは見たらすぐに返してほしいし、会えない時は毎回電話したい。デートの時は奢らなくてもいい。むしろこっちが払うから。それで結婚したら一軒家で暮らしながら白い犬を飼って、ゆくゆくは男の子と女の子を生んで楽しく暮らしたい。それだけ」
「それを高校時代から付き合った相手全員に言ってるんだろ?」
「もちろん」
重いわー。綾先輩と別ベクトルで重いわー。
心の中で止めるならまだしも、付き合ってすぐに言われたら逃げるわー。男に色々期待しすぎだわー。
「そんなだから男にすぐ逃げられるんだ!」
「そ、そんな事ないし! れっちゃんもそのぐらいの方がいいよね?」
今までの話とあの結婚に執着した本の陳列する姿が頭に浮かび、たまらず無言で俺は視線をそらした。
「……れっちゃん?」
顔を覗き込んでくるが、俺は顔を明後日の方向へ。
さらに回り込んできたのでこっちも顔を背ける。
「……れっちゃん、私みたいな人がいいよね?」
両手で俺の顔を挟んまれ滝本さんとバッチリ目が合う。
笑ってはいるが、瞳からは女の意地だったり、結婚出来ない事への焦燥感が伝わってくる。
「いや、そのー……」
「はっ! やめておけ翔子。もし守谷が『はいそうです』と言っても、それは本心じゃない。余計惨めなだけだぞ」
「うるさい!」
意識が松本先生に向いてくれたおかげで解放された。
それにしても焦っている女性がここまで恐ろしいものだとは思わなかった。
綾先輩もこんな状態になったら、ばったり会った瞬間に父親にされそうだ。
と、大げさに考えたが、流石の綾先輩もそこまでするはずない……と言い切れないのが悲しい。
やはり早々に俺の事を諦めてもらう必要があるな。
「れっちゃん、これはどうゆう状況?」
昨日と同じく途中から出勤していた美鶴さんが自分の作業を終えてカウンターに戻ってくると、二人のやり取りを見つめながら俺はと尋ねる。
「旧友との戯れ?」
「なんで疑問形?」
だって本当に仲よかったか怪しいところですもん。
「あっ、みっちゃん。ちょうどよかった。みっちゃんが男ならどっちの方がマシだとおもう?」
「そんな事聞かなくても私の方に決まってる」
「……れっちゃん。説明よろ」
本人達ではなく、なんで俺に聞くんですか。でも賢明な判断です。
という訳で、手短に美鶴さんへ経緯を話す。
「ね! 私の方がいいよね?」
「何言ってるんだ! 私の方が断然いいだろ!」
もうその辺どうでもいいから早く終わらせてくれ。本買いたいお客さんが困ってるんですよ。
「……正直にいいます」
いつものように顔色ひとつ変えないで淡々と話す。
美鶴さんの中で答えが出たようだ。
「滝本さん」
「やっぱり! 杏ちゃんなんかより私の方がーー」
「女の私でも引きます。付き合ってすぐに自分の理想を押し付けられたら誰だって逃げます」
おおっ、臆する事なく言ったよ。
これには滝本さんもたまらず地に膝をつける
。
「やはり、私の方がーー」
「何言ってるんですか。五十歩百歩もいいとこです。女として終わってますよ」
初対面の松本先生にも容赦ない。
松本先生も地に手をつける。
「そ、そんな……」
「お、女として、終わってるだと」
「お釣りと商品です。あとこの度ご迷惑をおかけしましたのでこちらサービス券になります。ご利用ください。ありがとうございました」
二人は無視して列を解消。
ちゃんとマニュアル通りに迷惑をかけてしまったお客さんにはサービス券も渡したし大丈夫だろう。
「れっちゃん。ごめんね一人でまかせて」
「いいですよ。あ、サービス券を渡す時って判子を押せばいいんですよね?」
「うん、それで大丈夫」
初めてだったから処理を間違えてないか心配だったけど、合っててよかった。
「それじゃあ、二人を裏に連れていこっか。このままにしておくと、お客さん怖がっちゃう」
「そうですね」
美鶴さんの意見に賛成し、俺は松本先生、美鶴さんが滝本さんを支えて休憩室に運んで二人を座らせた。
「逃げる……男が、逃げる」
「終わってる……女として」
未だに放心状態の二人を置いて、俺と美鶴さんは売り場に戻る。
読んでくださり、ありがとうございます。
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次回でアルバイト編終了(予定)




