高校生で、一人暮らししている俺のアルバイト生活(疲弊)7
死ぬ気で走った甲斐あってなんとか出勤時間には間に合った。
ただし体力をほとんど使い切った中で休憩時間までの時間を考えると立ちくらみがしそうだ。
「ほられっちゃん。シャキッとする」
ボーッと店の奥の壁を眺めていると、滝本さんに叩かれ緩んでいた体を引き締める。
「さっき取り置きの電話があったかられっちゃん対応してね。すぐに来るから」
「は、はい……それで名前は」
「山本さん。本はこれね」
指をさした先には数冊のスポーツ関連の本が重なっている。
タイトルを見る限りでは柔道関係と身体についての本なのだろう。
「それじゃあ、私はデスクワークしてるからトラブったらすぐに報告する事」
「分かりました」
俺の返事を聞くと滝本さんは裏へと下がる。
レジをそこそこにこなしながら溢れそうになった不要レジシート入れを処理している時だった。
「すいません。電話した山本ですが」
野太い声で山本と名乗られたので振り向く。
そこには俺の太ももと同じぐらいの太さの腕を持ち、体も顔もゴツゴツとした180をゆうに超えた短髪の漢が堂々と立っていた。
その巨体と線のように細い瞼の隙間から見下ろす瞳は力強く、威圧された俺は思わず足が一歩下がる。
「ん? 庶務君?」
庶務君って、俺をそんな風に呼ぶのは記憶の中でただ一人。
「山本先輩」
威圧で気づかなかったが、よく見れば山本先輩だった。
コンビニのビニール袋をぶら下げ、半ズボンに黒のTシャツとラフな格好ではあるが、鍛えられた肉体は服の上からでも浮き彫りになっているため漢らしさが増している。
「君はここで働いているのか。いやー、気づかなかった」
がっはっはっと高笑う姿はまさに漢だなこの人。
「山本先輩は今日は部活じゃないんですか?」
「顧問が体調を崩してしまってな。儂らだけでやってもよかったが、それで怪我をしてしまったら顧問がどやされるからな。今日は休みだ。その代わり怪我をしない程度に自主練はしっかりするように言っておる」
あの柔道部員達なら誰一人としてサボらずに家で自主練していると容易に想像出来る。
「庶務君は部活はしとらんのか?」
「アルバイトしてますし、生徒会の仕事をしてますから」
ほぼパシリみたいな仕事だけど。
「ぬー、確かにそれでは部活をする暇はないな。中学では何か部活はやっていたのだろ?」
「一応バスケをやってましたよ。でも色々あって二年の途中で辞めちゃいました」
「そうか。だが運動しないと健康的な体は作れないぞ! そうだ! これから毎日儂とランニングをしようではないか!」
「そ、それはちょっと遠慮します」
体力の違いを見せつけられて、その後数日間筋肉痛に悩まされる日々を過ごす姿が容易に浮かぶ。
「残念だ。ところで庶務君。儂には君が疲れてるように見えるのだが」
「ちょっと朝寝坊を」
「朝食はちゃんと取ったのだろうな」
「えぇ、それはしっかりと」
色々なものを犠牲にする代わりに綾先輩が作ってくれたので。
「ならばいい! 朝から飯を食わなきゃ力が出んからな! となると、今君に必要なのは……」
ビニール袋中に手を入れゴソゴソと何かを引っ張り出す。
赤い何かが入ったタッパーと飴の入った袋?
「これは?」
「梅干しと塩飴だ。梅干しは疲労回復の効果があるから今の君にぴったりだ! 塩飴は熱中症対策。屋内とはいえ最近は熱くなってきているからな。対策しておいた方がいい。水分もこまめに取れ。喉が渇いてからでは遅いぞ。少しでも渇いたら飲むのが理想だ! ん? どうした庶務君。目が潤んでいるぞ?」
すいません。体育会系のノリでちょっと面倒臭そうな人だなんて思って本当すいません。
気遣いの出来るただの優しい先輩でした。
「ちょっと目にゴミが入ったみたいです」
「そうか。ちょっと待ってろ。今から濡れたハンカチを用意してくる」
「大丈夫です。もう取れましたから」
目にゴミが入ったのは嘘ですけど、もし本当にゴミが入ってても山本先輩の優しさで涙が溢れてるんですぐ取れちゃいますよ。
「ならよかった……おぉ! 忘れるところだった。電話で取り置きしてもらっていた本を買いたいんだが」
「この本ですね。念のため確認してください」
そう言って取り置きの本を山本先輩に渡すと、全ての本の題名を確認する。
「うむ。間違いない。確かにこれで足りるな」
お代を受け取り、本を袋に入れて両手で渡す。
「ありがとうございます。山本先輩は帰ったら自主練ですか?」
「いや、折角本屋まで来たんだ。少し本を物色するつもりだ」
「わかりました。何かあれば俺に聞いてください」
「そうさせてもらおう。では業務に励むようにな」
「はい!」
俺が元気よく返事をすると、ニカッと笑って山本先輩はレジを離れた。
ファーストコンタクトがあれだったから少し敬遠していたけど、常識人でよかった。
これを機にもっと山本先輩と話しでもしよう。
「……先にこれ置いてくるか」
一旦裏は下がり、滝本さんに一言声をかけてから自分のロッカーの中へとしまう。
山本先輩の気遣いで少しだけ疲れが飛んだ俺は機嫌よくレジに立つ。
が、見覚えのある爽やかイケメンを目撃した俺の中で何かが崩れ落ちる音がした。
「……あ、守谷君!」
俺を見つけるや否や本も持たずにレジへ直行。
逃げ遅れた俺は犬井先輩に捕まってしまったのだった。
「犬井、先輩。なんで、ここに」
「噂で君がここにいると聞いて遊びにきたんだよ」
花かキラキラの演出が出そうな良い笑顔。
せめて本を買いにきたのが目的であってほしかった。
俺目当てだったら絶対俺の身に何かしらの不幸が降りかかるじゃん!
「あの、流石に俺も仕事してますので」
「ああ、気にしないで。邪魔しないように僕は守谷君の働く姿をしかーーしっかりと見届けるから!」
今視姦って言いかけませんでしたか? ねぇ? 言いかけましたよね? ねぇ!?
「犬井?」
対応に困っているとちょうど山本先輩が戻ってきてくれた。
犬井先輩も山本先輩に気がつき、フレンドリーに挨拶を交わす。
「やぁ山本君。奇遇だね」
「お前も本を買いに来たのか?」
「守谷君がここで働いてるって聞いて遊びに来ただけだよ」
部長同士で顔合わせる機会があるのか。はたまた前から知り合いなのかは分からないが、二人はそれなりに仲がいいようだ。
「庶務君は見ての通り業務中だ。迷惑をかけてはいかん」
「見てるだけだよ」
「それだと庶務君が集中出来ないだろ」
意図してなのか、俺を守ろうとしてくれる山本先輩。
流石の犬井先輩も山本先輩と言われたとなったらゴネようとはしないらしく、深いため息を吐いた。
「仕方ない。今日はすぐに帰るよ。それにしても、山本君。君はいつ見ても良い体をしているな。本当に……逞しい」
犬井先輩の手が山本先輩の鍛え上げられた太い腕に触れる。
その瞬間山本先輩の顔が強張った。
「お前の言葉はどうもゾッとする」
「そんな警戒しないでよ。僕傷ついちゃう」
「す、すまん」
謝らなくていいですよ。それが正しい反応ですから。
「それじゃあ僕はもう帰るね」
「もうか? 儂が言うのもなんだが、来たばかりだろ?」
「これから部活があるから。元々ちょろっと顔出しするつもりだったし」
それが嘘か真か分からないが、犬井先輩がいなくなってくれるのは素直にありがたい。
「じゃあね守谷君。今度ゆっくりじっくりねっとりとお話しようね」
さっくり以外認めません。
犬井先輩は軽い足取りで店の外へ。
台風の目が去ってくれて本当によかった。
「ありがとうございます山本先輩。自分じゃどうにも言いづらくて」
「気にするな」
「犬井先輩と面識あるみたいですけど、仲いいんですか?」
俺が問いを投げると山本先輩は拳を握る。
「いや、俺が一方的に好敵手として見てるだけだ」
「好敵手?」
山本先輩って柔道部だよな。
それで犬井先輩が野球部。
どう考えても部活関連のライバルとは思えない。
「あぁ、犬井は俺と同等かそれ以上の武術家に違いない!」
んー? 話が見えないぞ。
犬井先輩の何処を見て武術家と判断したんだ?
「犬井先輩って、野球部ですよね」
「儂もただの野球部員のだと思っておった。だが見方が変わったのはある早朝の時だ。儂は朝練前に学校の周りを走っておった。不意に背後からプレッシャーを感じたんだ。振り向くとそこにいたのが」
「犬井先輩、ですか」
山本先輩は深く頷く。
「長い間柔道をしておったが、あそこまでプレッシャーを感じたのは数えるほどしかない。だから儂は思ったやつは武術家であると。その証拠に犬井の目は獲物を狩る野獣の如き眼光を宿していた」
……真剣に話してる所は悪いんですけど、それはただ山本先輩を(性的に)狙ってただけです。間違いない。
流石野球部。守備範囲が広いな。
「おっとすまん。長話をしてしまって。儂も帰るとしよう。それでは庶務君、また学校で会ったら気軽に話しかけてくれ」
そう言い残し、高らかに笑いながら退店していった。
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