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真面目で、常識人の会計さんは俺の女神です(真剣)7

会計編最終話

「ガラガラガラガラ、ぺっ!」


全て吐いてしまったが何とか落ち着いた。

ぶちまけたものをトイレに受け止めてもらっている間に雫も帰ってきたようだし、みんなの所に戻ろう。


「……で、これは今どういった状況?」


正座をしている綾先輩と松本先生。そしてその後ろに他の皆が立って様子を伺っており、対面にはバツが悪そうに肩を落とした雫が視線を床に落として正座している。


「守谷か。体調はどうだ?」

「えぇまぁ、大分良くなりました」

「それはよかった」

「雫。教えてくれ。一体どうしたら紫色のパエリアが出来るんだ?」

「それは……そのー」


綾先輩の問いに言い淀む雫。

俺がいつも見ている立場とは逆の三人の姿は慣れてないせいか違和感がある。


「確かに最初は自分の実力を確かめるため一人でやりたいと言う申し出を受けて、こいつらの迎えに行ったが、まさかあんなのになっていたとは思わなかった」

「いや、何で申し出を受けちゃったんですか先生。止めてくださいよ」

「かわいい妹が努力しようとしてるんだ。全力で応援するのは姉として当たり前だ」


綾先輩の件といい、今回の件といい、松本先生が身内に甘い事はよく分かった。


「もう一度聞く。何で紫だったんだ?」

「……本当は白ワインを使わないといけないんだけど、赤ワインしかなかったからそれで代用したの」


それであんな紫色のパエリアができたのか。

米に火が通っていなかったし、アルコールも全て飛んでなかったのだろう。

しかしアルコールが残った残ってないであんな味になるとは思えない。


「なぁ雫。これに何を入れた?」

「え、栄養のあるものを入れただけだから!」


その発言は不穏な空気を感じるぞ。


「その栄養価のあるものとは何だ?」

「それはー、そのー……ナマコとか」


何でこの子パエリアにナマコを入れる冒険が出来るんだ。


「ナマコか。まだマシな方ーー確認だが、内臓はどうした?」


綾先輩がそう尋ねると雫は別の方向に目をそらした。


「もったいないなー、と思って全部入れました」


もうやだこの子、冒険家にもほどがある。

聞いた綾先輩はこの返答に頭を抱えたので、松本先生が質問を引き継ぐ。


「お前はナマコ料理を作った事があるのか?」

「……ないです」


これには後ろのみんな苦笑い。

この後、様々な食材やサプリメントの名前があがった気がしたが、自分が何を食べたのかを本能的に想像したくなかったのか、食材のほとんどを覚えていなかった。

それらを聞いた綾先輩と松本先生の説教は三十分続いた。


「前回と今回でお前の料理の才能は皆無だって事は充分理解したな」

「はい……」


弱々しい雫。可哀想だがそんな事よりも俺は腹が減っている。

食べたが結局全て出してしまったんだ。何でもいいから食べたい。

あまりに腹を空かせているせいで嗅覚が錯覚を起こして、美味しそうな匂いが……いや、錯覚じゃない。

いつの間にか誰か台所に立ってる。


「松本先生、話は終わりましたか?」


雫のエプロンを着て鍋を持った水原先輩に松本先生は少し驚いた表情を浮かべた。


「何だその鍋は」

「肉じゃがですけど」


鍋を鍋敷きの上に置く。中には水原先輩が言った通りの肉じゃがが入っている。


「杏花さんごめんなさい。雫ちゃんとお話ししてたんで、私が許可を出しました」


最後に「まともなものが食べたかったので」という言葉が聞こえたが指摘しないでおこう。


「それは構わないが、よくこんな短時間で出来たな」

「圧力鍋があったんで。はい守谷。あんたの分」


俺を労ってからか鍋からよそった肉じゃがの小皿と箸を渡された。

正直辛抱出来ない。

水原先輩に感謝を込めて「いただきます!」と言って箸でジャガイモを摘み、口に放り込む。

煮崩れせず、味が染みているジャガイモ。

何処ぞの料理店のような旨さではなく、こう……ホッとするような家庭的な味。

所謂お袋の味に俺は感動を覚える。


「これ、とても、美味しい」

「美味いですよ水原先輩」

「何だかホッとします」

「舞さんは料理上手なのね」

「そんなに褒めないでよ」


みんなに褒められて照れている水原先輩。

でもお世辞抜きで綾先輩といい勝負が出来るほどに料理は上手いと思う。

空腹のスパイスも合わさっている事もあり、箸の動きが止まらない。

あっという間に鍋の中身が空になってしまった。


「ごちそうさまでした! 水原先輩、美味しかったです!」

「そ、そう」


平然としているつもりなのだろうが、口角が釣りあがっているので喜んでいるのがバレバレである。


「水原先輩。お願いがあります」


正座し改まった態度で水原先輩と向き合う雫は唐突に頭を下げた。


「私に料理を教えてください!」

「え、私!?」


頼まれた本人は驚いているが、俺達からしてみれば雫の頼みは何ら不思議はない。


「でも、綾も上手じゃ」

「料理するなら水原先輩のような味付けが理想だったんです。だからお願いします」


ここまで頼み込まれてしまったら水原先輩は断る事も出来ず、大きくため息を吐いた。


「わかった。でも厳しくいくよ」

「ありがとうございます!」


こうして水原先輩の指導の元、雫の料理修行が始まった。


「これが弱火、中火、強火の火力。しっかり覚えてね」

「はい!」


熱心に必要な所はメモを取る雫。


「なるべく大きさは統一した方がいいけど、気にしすぎる必要はないから」

「は、はい!」


時には水原先輩に手を取られながら食材を切った。


「最初は強火だけど、ある程度したら弱火にする」

「こんなぐらいですか?」

「そうそう」


恐る恐る俺達は台所の様子を伺っていたが、水原先輩が一緒に立つだけでここまで安心出来るとは。

なんだかんだ水原先輩は女子力が高いな(服のセンスは皆無だけど)。


「もういいかな。蓋を取って」


緊張した様子の雫。

傍観者の俺達まで妙に緊張している。


「開けます」


雫が蓋を開ける。同時に白い湯気とあの肉じゃがのいい匂いがこちらに漂ってきた。


「どれどれ」


水原先輩が肉じゃがを一口食べる。

その姿を俺達が見守る。


「……うん、美味しく出来てるよ雫」

「本当ですか!」


水原先輩から美味しいと言われて嬉しそうな雫。


「じゃあ、これ運ぼっか」


雫作の肉じゃがが俺達の前に運ばれてきた。

だが水原先輩のお墨付きもらった肉じゃがだ。安心して食べられる。

全員でいただきますと言って肉じゃがに箸をつける。


「お、美味しい」

「本当に私の妹が作ったものなのか」


従姉妹の綾先輩と姉の松本先生もあまりの上達に驚きを隠せないようだ。

指導者がいるだけでここまで上手くなるとは俺も思っていなかった。


「よかったね雫。これなら肉じゃがはもう大丈夫よね」

「はい! 水原先輩ありがとうございました!」


これでようやく雫の致命的な料理下手は解消された。

もう雫の料理に恐怖する必要はなくなった。






「なくなった……はずなのに」


休日が過ぎ、改めて雫があの肉じゃがを作ってきたと言う事でみんなで食べたのだが……


「な、生臭い。肉じゃがなのに何故だ」

「な、何で、どう、して、こんな、味に」

「姫華しっかりするのよ。前もこんな味だったはずよ。なら平然と食べられるはずなのよ」

「嘘よ。雫はあの時ちゃんとした肉じゃがを完成させたはずーーうっ」


肉じゃがを食した生徒会メンバーが口を押さえて蹲っていた。

俺もその中の一人。


「あ、あれー? ちゃんと順番通りに作ったんだけど」


順番通りやってこんな料理が出来るはずがない。

考えられる可能性は。


「雫。これに何入れた?」

「何って、サプリメントとナマコとかetc……」


通りで生臭かったり、ラムネみたいなカリッとした食感があったり、肉じゃがじゃない味がするはずだよ!


「雫」

「な、何?」


少し怯えているがそんなの関係ない。

ここははっきりと言わせてもらおう。


「他の食材をバンバン入れている時点で、それは肉じゃがじゃねぇ!」


雫の料理下手はまだまだ改善しそうにない。

読んでくださりありがとうございました。

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