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真面目で、常識人の会計さんは俺の女神です(真剣)6

「よし着いたぞ。降りろ」


 ボーッとしているといつの間にか松本先生の自宅に着いたようだ。

 車から降りると、真っ白なマンションが目に飛び込んできた。

 建ってから十年も経っていないであろうそのマンションの三階へと上り、305号室の『松本杏花』と書かれた札が備え付けられた扉の前に今俺達は立っている。

 松本先生は鍵を取り出し鍵穴に差し込むと時計回りに捻った。

 ガチャンと音を立てた扉の取っ手を掴んで開ける。


「ただいまー」

「おかえり」


 廊下の奥から顔をヒョコッと出す雫。


「料理は順調に進んでるか?」

「ばっちり」


 にっこり笑顔で返事をする。

 しかし昨日の被害者でもある俺は料理に関する雫の言葉は一切信用出来ない。


「さぁ、上がれ。スリッパはないが我慢してくれ」


 靴を脱ぎ松本先生の後ろに付いて、部屋へと入る。

 部屋は広々、最新のテレビやテーブルなど置かれ、綺麗に整理整頓されていた。

 松本先生だからきっとぐっちゃぐちゃに散乱した部屋だと思っていたが、そうでもないらしい。


「今変な事考えなかったか?」

「な、何の事でしょう」


 苦笑いを浮かべながら、話をそらそうとずっと視界に入っていたが触れたくなかった話題に触れた。


「……あそこにいるのは綾先輩、ですよ、ね?」

「綾以外に誰に見える」


 分かってますよ。俺だって綾先輩って分かっているんですよ。

 ですけど……あんな虚空をじっと見つめながら乾いた笑みを浮かべている姿を一度も見た事がない。


「ほーら綾。守谷が来てくれたぞー」

「れ、ん君?」


 ようやく俺に気がつくと、ゆっくり立ち上がってフラフラと近寄って来たかと思ったら、そのまましなだれかかられた。


「ふふっ、廉君の匂いだ。嬉しいなー。廉君がいれば死ぬのも怖くないなー」

「先生! 綾先輩がおかしい事言ってます! 何より抱きしめ方がすっごくソフトなんですけど!」


 綾先輩がここまで変わるって相当だぞ!

 本当に雫の料理はどうなってんだ!?


「ふふっ、大丈夫よ姫華。お友達のため。お友達のためよ」

「仲間のため……雫のため……こ、こ……ごわぐ、ない」

「廉君廉君廉君廉君」


 美少女三人にガッチリ掴まれたら普通羨ましいと思うだろ?

 不思議だ。一切喜べない。


「さてお前ら大人しく座って待ってろよ。私は水原を迎えに行ってくる」


 そう言えば水原先輩の姿がない。

 どうしたのかと思っていると、俺のスマホがメールを受信した。


『ごっめ〜ん。今日は家の用事で来れなくなっちゃった(・ω<) 先生に伝えておいてー』


 あぁ、逃げたな。いや、本当に用事かもしれないから一応伝えておこう。


「水原先輩は家の用事で来れないそうです」

「嘘だな。水原の家に電話したが、母親の話だと朝早くに何処かに出かけたと言っていた。まぁ、何処にいるか予想はついているがな」


 水原先輩。松本先生からは逃げられないみたいです。


「トイレは出て直ぐ右だ。勝手に使ってもいいが、間違っても私の部屋には入るなよ」


 松本先生が水原先輩を迎えに行き、残された俺達。

 システムキッチンの奥では雫が鼻歌交じりに料理している姿が見える。

 とりあえず三人には離れてもらい、座らせようとしたが、何故か抵抗されて無駄に時間がかかってしまった。


「ちょっとトイレ行ってきますね」


 念のため声をかけるがみんな自分の世界に入り込んでしまって反応がない。

 返事をされる事なく俺はトイレへと入る。

 別にトイレに行きたかったわけではない。水原先輩と連絡を取るためだ。

 電話かけてみるが繋がらない。


「やっぱりダメか」


 だけど想定内。

 松本先生と同様に俺も水原先輩が行く場所に心当たりがある。

 俺は別の電話番号にかけた。


『……廉か。どうした?』


 出たのは親友の卓也。水原先輩がいるとしたらアニメ研究会だろう。


「水原先輩いるか?」

『いるぞ。なんか角っこで生まれたての子鹿みたいにプルプル震えてるけど』


 やっぱりいたか。


「代わってもらえるか」

『分かった』


 卓也が水原先輩に代わってもらおうと話をしているが、微かに水原先輩の声で「逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ」と連呼していた。


『ダメだ。話を聞いてくれない』

「そうか。なら、そっちに松本先生が向かってることだけでもーー」

『水原いるな!』


 どうやら到着してしまったらしい。


『ひぃ! ま、松本先生! 待って、離してください!』

『離すか。今日は生徒会で親睦を深めるいい機会なのにお前が参加しなくてどうする。そもそも私の監視下のお前に拒否権はない』

『いやああぁぁぁぁ!』


 卓也も焦ったのだろう。そこでぶつりと通話が切れた。

 水原先輩を哀れに思いながら俺はトイレから出てみんなのいる部屋で松本先生と水原先輩が来るのを待つ。

 あれから十分ほど経つと、鍵が開けられる音がする。


「ただいまー」


 松本先生が帰って来た。後ろには水原先輩の姿が。

 半袖の白い羽織物の下には、久しぶりだなクマチャンジャーのリーダークマチャンレッド。

後ろにいる卓也と花田さんは制服のよう待て待て待て待て!


「なんで卓也達がいるんだ!?」

「よっ、廉。なんか松本先生を止めに行ったら飯をご馳走してくれるって言うから付いて来た」

「私も流れで」


 ギロリと松本先生を睨むが「何か言いたい事でもあるのか?」と言わんばかりに睨み返され、俺は視線をそらした。だって怖いもん。


「会計さんの手作りなんだってな。楽しみだな」

「ソウダナ」


 呑気に机に手をついて床に座る卓也とその隣に座る花田さん。

 今から何が起こるかも知らないなんて可哀想だ。いや、知らない方が救われているのかも。


「出来たよーって、いつの間にやら大勢になってるね」


 笑顔で鍋敷きに載せたフライパンを持って来るエプロン姿の雫。

 皿に盛ってない時点でもう嫌な予感しかしない。


「お邪魔してます会計さん」

「お邪魔してます」


 無関係な二人が行儀よくペコリと頭を下げる。


「こんにちは三島君に花田さん。遠慮しないで食べてね」


 隙間なく俺達が囲むテーブルの上にそのフライパンが置かれた。

 蓋をしているため中身が分からない。

 恐怖心は煽られ、この場から逃げ出したい気持ちが大きくなる。


「今回は黄色4号とか使ってないから安心して」


 雫の言葉に引っかかりを覚えた二人だったがもう遅い。

 フライパンの蓋が外された。

 モワッと白い湯気が立ち、すぐにサッと消えるとフライパンの中身とご対面。

 俺は絶句した。

 米粒が紫色に変色し、エビやイカ、パプリカなどの色鮮やかな食材を台無しにしている。

 俺が知っている限りで該当する料理がない。

 気分転換にこれを共に食べる勇者達の顔を拝もう。

 右を見てみる。

 次に左。

 最後に正面。

 ……うん! 総じて綺麗な青色だ!


「見た目がちょっと違うけど。大丈夫だと思うから」


 ちょっと見た目が違うだけで料理が判別できなくなるわけねぇ!


「雫、この料理は、な、なななんだ?」


 綾先輩は震える指先で料理に指差すと首を傾げながら雫はこう答える。


「色は違うけど……パエリアよ」


 ……よく聞こえなかったな。


「パードゥン?」

「パエリア」


 聞き返してみたが、聞き間違いじゃなかった。

 パエリアってもっと色鮮やかで、見るだけでテンションが上がる料理だったはずなんだけど。

 今目の前にあるパエリアはテンションを削ぎ落としにかかってきてるんですが。


「後で感想聞かせて。材料が少なくなってきたから買い物してくる」


 エプロンを取り、俺達と料理を残して買い物へ出かけた雫。

 取り残された俺達は沈黙が続く。

 すると何処からか着信音が鳴り響いた。


「……あ、電話だ。ちょっと外で出てきます」


 立ち上がろうとした卓也の腕を掴んだ。


「待て、それはフェイクだろ」


 ちゃんと見てたからな操作してる所を。

 渋々座り直す卓也。


「……まずは姉である杏花姉さんから食べるべきだと私は思います」

「それなら次は従姉妹のお前が食べるんだな?」

「小鞠ちゃん。お腹すいてるでしょ? 少し多く貰ったら」

「ここに来る前にお菓子食べたからあんまり」

「花田さん。大丈夫?」


 おいおい口を開いたかと思ったら押しつけ合いが始まったぞ。


「廉。これって食べてもいいのか?」


 おずおずと俺に聞く卓也に笑顔でこう答える。


「遠慮するな。雫は食べて欲しいんだから」

「いや、そういう意味じゃなくて……これは食べて問題はないか?」


 あぁ、食べたら何か起こるかって事か。


「それ言ったらお前食べないだろ」

「言ったら食べられないような事があるんだな」


 ただ意識を失う可能性があるだけだぞ。


「えーと、皆さん。雫さんが帰って来る前に少しでもこれを食べないといけないと思うんですが」


 花田さんの一言で皆が再び口を閉ざす。

 今この場に雫が帰ってきて、今の現状を見たらどう思うか。

 まずいと思っていても、一口も食べてもらえない料理を見て微笑んで「しょうがないよね」と言ってくれるだろう。

 しかし内心は辛いはずだ。

 ……男だろ! 覚悟決めろ! 俺!


 用意されていた小皿を左手で持ち、右手にスプーンを持つ。


「おい守谷。まさかお前」

「いただきます」


 フライパンにスプーンを突っ込む。

 ザクッと音がスプーンに伝わってきた。どうやら半分近くが生米のようだ。

 せめて米として成立している部分だけを取り、具材も全て俺の皿に盛った。

 元々少ない量であったが、小皿は山盛りになっている。


「廉君。無理しちゃだめだ」

「守谷。あんたが無理する必要なんてないよ」


 周りは俺の奇行を心配そうに見つめている。しかし盛った皿はもう戻せない。

 俺は大きな口を開けてパエリアを口に運ぶ。

 その瞬間酷いアルコール臭と共に強烈な渋みが口内を襲う。

 立て続けに酸っぱさと気分を害する甘みが襲う。

 一口でこれなら、全て平らげたら俺はどうなってしまうのか。


「もういいわ廉君! それ以上食べなくても雫ちゃんは分かってくれるわ!」

「廉! ストップ! それ以上は、ダメ!」

「何言ってるんですか。まだ残ってるじゃないですか」


 俺は一気に皿の上のもの全てを胃の中に流し込んだ。


「守谷君……」

「守谷、トイレ行ったらどうだ。あと、洗面台はトイレのすぐ隣の扉だ」

「あり、が、とうご、ざいます」


 口を押さえながらヨロヨロとトイレに向かうが、うまく前に進まない。


「まったく、世話がやけるな」


 俺の体を支える卓也。


「運んでやるよ。今俺に出来るのはそれだけだからな」


 卓也の助けもあって数メートル先のトイレにようやくたどり着く事が出来た。


「ありがとう、たく、や」


 達成感から扉を閉めたと同時に溜めたものを全て吐き出した。

読んで下さり、ありがとうございます。

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