容姿端麗、文武両道な生徒会長は俺のストーカーではない(願望)2
全生徒憧れの生徒会長と二人きり。他の生徒からして見れば羨ましい事この上ないが、俺からして見ればなんとも思わない。
「そ、それじゃあ、何か手伝う事ってありますか?」
「いいや、結構。別に君は先に帰ってくれても構わないぞ」
俺が問うとそう返ってきた。
確かに帰れるのなら帰りたいが、ここまで来てしまったら手伝わないのも何か違う。
「いえ、やらせてください」
「なら、ついてきたまえ」
生徒会長は俺を連れて生徒会室を出る。そして、階段を降り外に出て、見るからに人がこなさそうな場所に設置された倉庫の前で立ち止まった。
ポケットから鍵を取り出し、南京錠を解錠する。
扉が開くと、椅子や机、壊れた人体模型などが乱雑に置かれていた。
「ここの整理を学校から頼まれている。出来れば今日中にだ」
「え、今日中、ですか?」
もう一度倉庫の中を確認する。
どう見たって一人で片付く案件ではない。
「他の人は手伝わないんですか?」
思わず口が開く。
「別の仕事があって、私だけだ。勘違いするな。これは私が進んで受けたんだ」
生徒会長は早速作業を始める。部外者の俺が口を出す権利などない。俺は黙ってその作業を手伝った。
作業が始まって一時間。一向に片付けが進まない。
手を抜いてるつもりはなく、単純に物が多すぎて二人では対処しきれないのだ。
横目で生徒会長を盗み見る。
涼しい顔で物を運んでいた。すでに俺は疲れを見せはじめているというのに。
やっぱり生徒会長凄い、と感心をしていた時だった。一瞬、生徒会長の足元がふらついたように見えた。
「生徒会長! 大丈夫ですか!?」
慌てて近づき、声をかけるが、生徒会長は顔色一つ変えずに平然としている。
「どうした、そんなに慌てて」
「あれ、さっき」
ふらついたように見えたから体調が悪いのかと思ったが……気のせいか?
「早く終わらせてしまおう。そうだ、終わったらお礼に何か飲み物でも奢らせてくれ」
「いえ、そんな。悪いですよ」
「遠慮するな。それとも、私が買った飲み物は飲めーー」
脚立を使って、物を上にあげようとしていた生徒会長は足元から崩れるように倒れ始めた。
「危ない!」
咄嗟に生徒会長を抱きとめ、落ちてくるものから生徒会長を守るため身を呈す。
幸いにも軽いものばかりで、ちょっとした打撲で済んだ。
それよりも生徒会長だ。明らかにあの倒れ方はバランスを崩した事が原因ではない。それに、顔が赤い。
「失礼します」
生徒会長の額に手を当てる。
俺のと比べるまでもない。健康と判断出来ないほど熱かった。
「保健室に行きましょう」
「へ、平気だ」
俺から離れて立ち上がるが、足元がふらつき、平静を装えていない。
「これ以上は無理です」
「大丈夫だ!」
声を荒げる生徒会長に俺は絶句した。
「私は生徒会長だ。責任感があって、頼りになるんだ。だから、私のこんな姿を見られるわけにはいかない」
体に鞭を打って動かす生徒会長の後ろ姿を見た俺は頭の中に生徒会長の評判がよぎる。
生徒会長は容姿端麗、文武両道。責任感があって、世話好きで、男よりも男らしい。非の打ち所がない完璧人間。それが、この学校の全員が持つ、生徒会長のイメージ。
しかし、そのイメージが生徒会長本人を押しつぶそうとしていた。
皆の期待に応えようと必死になる生徒会長を俺は見ていられない。
「あー、もう!」
俺は生徒会長を捕まえ、無理やりお姫様抱っこをする。
「な、何をしている! 離せ! これ以上醜態を晒させるな!」
「そんな事知りません! 皆が生徒会長の事をどう思おうが、それに対して生徒会長が必死に応えようとしようが、俺から見たら生徒会長はただの女の子です! 辛そうにしてる女の子を放っておく奴がいるわけないでしょ!」
口をパクパクとさせている生徒会長。何か言おうとしているが、そんな時間すら惜しみたかった。
下駄箱に来たが、上履きに履き替える事せず、靴だけ脱いで保健室に向かう。
途中何人かが見ていた。おそらく次の日にはこの事が知れ渡り、男女とわず好奇な目と嫉妬の目が注がれるだろう。しかし、そんな事をいちいち気にしていられない。
ようやく保健室までたどり着き、生徒会長を落とさないように注意を払って保健室の扉をスライドさせた。
俺達の訪問に驚いた白衣を着た先生が目を丸くしながらも、俺の腕の中の生徒会長が目に入ると、険しい表情に変わった。
「東雲さん、一体どうしたの!? 顔が真っ赤じゃない」
「無理をしてたみたいで」
先生が手で熱を測ると、直ぐさま生徒会長をベッドに下ろすように促す。
俺はガラス製品を扱うのと同等にゆっくりと生徒会長をベッドに寝かせた。
「少し汗をかいてるわね。体を拭かないと」
とは言ったが、一向に拭こうとせず、チラチラと何度も俺を見てくる。
「一応、服を脱がすから」
「す、すいません! あとよろしくお願いします!」
ようやく、意味を理解した俺は脱兎のごとく保健室を出て、扉を勢いよく閉めた。
自分の顔が少し熱いが、これは生徒会長とは別の理由だろう。
「さて、どうしようか」
生徒会長が倒れてしまったんだ、これ以上は進める必要はない。
しかし、俺の心にはモヤがかかり、帰宅する事を拒んでいた。
俺は大きくため息を吐くと、とぼとぼと倉庫に戻る。
自分でも何故こんな事をしようと思ったのかは分からない。でも、倉庫を片付ければこのモヤも晴れる事は理解していた。
再び倉庫に入った俺はまだ終わりの兆しが見えそうにない光景に辟易しつつも、手を動かして整理をする。
十分……二十分……三十分……。
時間が進むにつれて倉庫内は片付いていくが、まだ終わらない。
カラスの鳴き声はとうに止み、虫達の声が薄暗い空に響く。
「よいしょっと」
ようやく、半分以上片付いた。もう三十分ぐらいあれば、すべて片付くだろう。
気合いを入れるため両手で両頬を思いっきり叩く。
ジンジンと痛むが、気合いは十分だ。
「よし!」
作業を再開しようと床に置かれた箱に手を伸ばそうとした。
背後から三度扉を叩く音が聞こえ、反射的に振り返ると、松本先生が扉にもたれかかっている。
「守谷。順調か?」
「まぁまぁです」
「そうか……すまないな」
目線を俺から下に落とし、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「養護教諭の清水先生から話は聞いている。まさかこんな事になるなんて。お前には迷惑をかけた」
覇気のない松本先生に俺はむずがゆさを覚える。
「別にいいですよ。元々これは居眠りの罰なんですから。と言うか、先生がいつもと違って気持ち悪いです」
「誰が気持ち悪いって?」
両手を握り、俺のコメカミをグリグリと痛ぶる。
痛みで叫び、ジタバタする俺をしばらく眺めると、パッと手を離す。
「なぁ……少し話をしようじゃないか」
「まだ作業が残ってるんですけど」
「そんなのいい。そもそも怠惰な教師が御託を並べて生徒会に押し付けた仕事だ。やる必要がないのに勝手に綾がやっただけだ」
近くに置いてあったパイプ椅子を立てて座る松本先生。
俺も同様にパイプ椅子に座った。
「生徒会長の事、下の名前で呼んでるみたいですけど、担任とかだったんですか?」
「ん? いや、そういうわけじゃない。私と綾は従姉妹なんだよ。あ、この事は誰にも言うなよ」
「言いませんけど、何でそんな事を?」
俺が聞くと何故か遠くを見つめる。
「最初は優遇してるんじゃないかって疑われるのを避けるためだったんだが、今では綾の人気がありすぎて伏せてる感じだな」
「そこら辺の神様より崇拝されてるんじゃないですか?」
「確かに」
フッと笑う松本先生。
「綾は小さい頃から責任感があって、男の子と対等に喧嘩出来るほど強かった。勉強も誰かにやれと言われるまでもなく成績をぐんぐん伸ばして。歳を重ねる毎に人の前に立つ器が大きくなった。まるであいつは人を導くために生まれたような存在だよ」
懐かしんで話す松本先生の瞳はとても優しく感じる。
「でも、私はこのままじゃいけないと思ってる」
「どうしてですか? 聞いてる限りだと何も問題はないと思うんですが?」
俺の問い松本先生は首を横に振る。
「綾にはもう少し高校生らしく生きて欲しいんだ。このまま出来る女で高校生活を終わってほしくない。青春を謳歌して欲しいんだ。そう、例えば……恋、とか」
「恋、ですか」
一瞬、俺の頭に過去の映像が浮かび上がった。
「今まで綾から浮いた話を聞いた覚えがない。せめて一度は経験して欲しいんだ。そのためなら私は綾を全力で応援する」
松本先生は本気のようだ。それだけ生徒会長の事が好きなのだろう。
しかし何故。
「なんで俺にそんな話を?」
満足そうな顔でパイプ椅子から立ち上がった松本先生は俺を見下ろす。
「初めてだったんだよ。綾の事を心配して、無理矢理でも休ませた奴なんて。皆、綾の事を超人か何かと勘違いしてやがる。あいつはただの女だってのに」
そして、ニカッと俺に笑いかけた。
「そんなお前だったら。もしかしたら綾の灰色の高校生活に何かしらの色を加えてくれると思った。だから話した」
松本先生はツカツカと外に向かって歩き始め、後ろ姿のまま手をフリフリし、
「もう帰れよ。それ以上作業する必要ないから」
と言い残すと、扉の奥へ姿を消した。
一人残された俺。これ以上はしなくても良いとお達しもあった事だし、帰るとしよう。
倉庫にしっかりと鍵をかけ、職員室にいた教師に渡し、明日はクラスに色々聞かれるなと憂鬱に歩いているといつの間にかアパートに着いていた。
いつ見ても古き良き木造のボロアパートだな。
鍵を差し込み、ガチャリと捻る。
「ただいま」
返事がない。当たり前か。
白蘭学園は実家から通うにはあまりに遠すぎる。そのためアパートを借りてこうして通っている。
学生寮のという手もあったが、色々と規則に拘束される事が嫌だった。
なので、生活の足しにするため仕送りとは別に週に数日バイトをしている。
「何かあったかな」
小さな冷蔵庫に手を伸ばし、中身を確認するがロクなものがない。
コンロでお湯を沸かし、カップ麺にそのお湯を注ぐ。
三分経ったので、蓋を取って割り箸で麺を啜る。
数分もしないうちに平らげた俺はスマホをいじりながら敷きっぱなしの布団に身を預けた。
ネットで明日の天気予報を確認する。明日は晴れのようだから溜まった衣服を洗濯するか、などと考え、その後もネットサーフィンして時間は夜の十時。少し早いが寝るとしよう。
願わくば、今日の事がなかった事になっていてほしい。
次の日。
俺はいつものように通学をしていた。昨日の事を忘れていればこんなに気が重くなっていないのに。
今思えば、大胆な事をしたものだ。
教室に着いても扉を開ける勇気もなく、少しの間立ち止まっていた。
一旦落ち着いて、心の準備をしよーー
「何やってんだ廉?」
俺の事情など知らない卓也がガラッと扉を開けた。
クラスの奴らは俺を視界に入れた途端に詰め寄ってくる。
「昨日見たんだけど、あれなんだったの!?」
「お前、生徒会長をお姫様だっこしたんだってな! 羨ましすぎんぞ!」
「俺もしてぇし、生徒会長にされてぇ!」
騒ぎに駆けつけた他のクラスも加わり、いよいよ収拾がつかない事態に。
その時、教卓からバンッと叩く音が立つ。
その音で全員が教卓に注目をする。
いつの間にか教室にいた松本先生が教卓に手を置きながらギロリとこちらを睨む。
「まだ授業が始まってないからって、騒がしすぎるぞ」
ドスの効いた声で凄む姿はヤクザ顔負け。
おそらく、先生なりの俺への助け舟であると思うけど、正直怖すぎて俺はちびりそうだった。
あれ、心なしかパンツが少し湿気ってーー
「他のクラスの連中も、さっさと教室に戻れ!」
松本先生の号令に軍隊の如く反応を示す他クラスの生徒は、一斉に自分の教室に戻っていく。
ようやく人の壁に解放された。
その後も授業と授業の間の休憩時間に何人かが事情を聞いてきたが、事実だけを述べると納得してくれた(大半の男子生徒にはまだ嫉妬の眼差しは消えないけど)。
そんなこんなで今四時限目の授業が終わり、昼休み。
早く購買に行かなければ俺の昼飯がなくなってしまう。
財布を持って飛び出そうとした同じタイミングでピンポンパンポーンと音がなった。
昼休みに誰か呼び出しか?
『あー、生徒の呼び出し。一年三組の守谷廉。至急生徒会室に向かえ。繰り返す。一年三組の守谷廉。至急生徒会室に向かえ』
気だるそうな松本先生の声が校内中に響き渡る。
と言うか、呼び出しがまさかの俺だった。
「廉、お前生徒会に何かしたのか? ごめん、したんだったな」
「おい、変な言い方するな」
心の中で大きく息を吐く。
今日は昼飯抜きだな。
急いで階段を使って俺は生徒会室まで駆け上がった。
目的地に着いたが、生徒会室は扉が閉まってるため中の様子が分からない。
妙な緊張感から震える手を前に出して、三度ノックする。
「はい」
中から生徒会長の声が聞こえたので、俺は声を出した。
「守谷廉です」
すると、扉が勝手に開き、生徒会長が目の前に現れる。
「来てくれたか!」
若干俺を見下ろす生徒会長は俺の手を引っ張り、中へと促した。
昨日の今日でここまで元気になるものなのか。
中には他に三人の美少女達がいたが、生徒会長とは違い、少しだけ警戒しているように感じる。
「あらあら、綾ちゃん。その子は?」
副会長の席に座るゆるふわなお嬢様がそう声をかけた。
「話しただろ? 昨日仕事を手伝ってくれた男子生徒だ」
三人は俺を品定めするように足先から頭までをじっくり観察している。
「なんだか……頼りなさそう……」
書記の席に座るショートヘアーの小動物系女子がポテチを齧りながらそう呟いた。
「確かその人、教室の前で大勢に囲まれていましたね」
会計の席に座る眼鏡っ子がクイッと眼鏡の位置を正して、吊り上がった目を光らせる。
生徒会全員集合なのかよ。
「そうだ。念のため自己紹介をしておこう」
俺の手を離し、張った豊満な胸に手のひらを添える。
「私は生徒会長。二年、東雲綾だ」
副会長が立ち上がって微笑む。
「私は副会長の南条姫華です。綾ちゃんと同じ二年よ」
書記は視線を合わせずポテチ頬張りながら声を出す。
「書記……小野寺、小毬……二年」
会計は立ち上がり、俺を睨む。しかし、その姿を以前に何処かで見た覚えがある。
「あなたと同じ一年。会計の松本雫です」
「ん? 松本?」
「雫は君の担任、松本杏花先生の実の妹だ」
「え、そうなんですか!?」
「何か問題でも」
松本さんにギロリと睨みつけられ、思わず背筋が伸びた。
確かにこの眼光は先生クリソツだ。
「そ、そうだ。放送で呼び出しがあったんですけど」
本来の目的を完遂させてさっさとこの場から去りたい。
「あぁ、その事なんだが、その……」
モジモジとして、何かためらっている様子。
「き、君は昼を済ませてしまったか?」
終わってすぐに呼び出されたんだ。済ませているはずがない。
「いえ、まだです。買って食べようかと」
「そうか! それは良かった」
生徒会長はカバンの中から弁当箱を取り出して、俺に差し出す。
「昨日のお礼だ。口に合うか分からないが」
「いいんですか!?」
一人暮らしの俺にとって昼代が浮くのはとても喜ばしい。
ありがたく弁当を受け取った。
「用件はそれだけだったんだが、わざわざ呼び出してすまないな」
「気にしないでください。俺は貰えてすげぇ嬉しいですから」
「そ、そうか」
頬を朱色に染めると、生徒会長は一度だけ咳払いをする。
「貴重な昼休みが終わってしまうぞ。早く戻りたまえ」
「はい! 弁当ありがとうございます!」
俺は深々とお辞儀をしてから生徒会室を後にし、自分のクラスに戻ろうとしたが、この弁当を誤魔化すいい案が思いつかず、人がいなさそうな校舎裏に向かい、そこで弁当箱を開けた。
「うわっ、すごいな」
一段目にご飯が敷き詰められ、二段目には卵焼きや唐揚げ、サラダが混ざる事なく並んでいる。
ここまで彩りと栄養が考えられた弁当を目にするのは遠足以来な気がする。
「いただきます」
唐揚げを箸で摘み、口に放り込む。
鶏肉にしみた醤油がなんとも言えない。この美味さは間違いなく手作り。
「卵焼きは……」
焦げ目のない綺麗な黄金卵に胸躍らせて、頬張った。
口一杯に広がる甘めの卵。俺の好きな味付けだ。
「入学以来だな。こんな誰かが作ってくれたご飯を食べるなんて」
思わず涙が滲み出し、袖で拭う。
もっと味わって食べたい所だが。そんな時間はない。弁当の中身を掻き込む。
食べ終えると同時に手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
弁当は洗って明日にでも返そう。
教室に戻った俺は、誰にも気づかれないように弁当箱をカバンの中に入れた。