小動物で、癒し系の書記さんには毒がある(吐血)5
今日は土曜日のため、学校は休み。
なので、俺は少し離れた図書館へ行く事に。
白蘭学園より距離が遠く、着いてみればシャツにじんわりと汗が染みていた。
いっその事、自転車を買ってしまおうかと思っている。買い物の時も大きな荷物を運べるし、移動が楽だ。
と、一旦この話は置いておこう。
今は勉強のためにここに来たんだ。
今日は誰にも頼まずに一人で勉強しよう。
これ以上、心身共に苦痛を与えられるのは嫌なんで(流石にこれ以上は頼り過ぎな気がして)。
……なんか建前と本音が逆になった気がしたが、まぁいいか。
自動ドアをくぐり、館内に入る。
今日は少し暑いからか、エアコンが効いてて涼しい。
入り口の近くでは人が入ってくる音に気を取られそうなので、なるべく奥に向かう。
長テーブルがいくつも並べられ、図書館の本な夢中な人や参考書を広げて勉強をする人の姿がチラホラと窺えた。
なるべく人のいない長机の角を取って、鞄の中の物を出す。
今回は世界史。ひたすら教科書を読んで、重要そうな単語を抜き出す作業に取り掛かる。
なんでわざわざ過去の事を勉強しなければいけないのだろう。と言ってしまえば、間違いなく世界史の先生に怒られると思うが、俺が納得のいくような答えは返ってこないだろうな。
「えーと、確かこの辺りからだったよな」
ひたすら教科書とノートを交互に見て、ノートに書き写していく。
必死に文字と睨めっこしている俺の隣に誰かが座る音がした。
他に空席があると言うのにわざわざ隣に人がいるような所に座るとは物好きがいたものだ。
気にせず、勉強を進めよう。
……何故か勉強しづらい。まるで誰かに見られてるような。
おもむろに隣の席に目をやる。
そこには薄ピンク色のスカートと、白い半袖シャツに青色の薄手の上着を着ている子供ーーじゃねぇ!?
「小鞠先輩!?」
「廉、図書館は……静かに」
「あ、はい。そう、ですね」
なんで小鞠先輩がここに。
「勉強?」
「は、はい。世界史をやってて。でも、中々上手く覚えられなくて。なんで昔の事を学ばないといけないんですかね」
と、思わずそんな質問をしてしまった。
なんでそんな事を小鞠先輩聞くんだ俺。
「……廉、過去は、大事。過去があるから、今があるの。また、過去の過ちを、繰り返さないためにも、学ぶべき、と思う」
伏し目がちの小鞠先輩の口から「過去の過ち」が発せられた瞬間、俺の心に重い枷がはめられたように感じた。
同時に、普段無表情の小鞠先輩の顔に影がさしたように見えた。
「と、所で、先輩も勉強をしに?」
空気を変えようと当たり障りのない問いを投げかけると、無言でコクリとうなづく小鞠先輩。
「流石ですね。綾先輩と姫華先輩、それに雫も。皆さん成績がいいなんて」
「……本当に、みんな、凄い。私なんて……」
「何言ってるんですか。小鞠先輩は学年3位って聞いてますよ。十分凄いです。出来れば勉強教えて欲しいぐらいです」
「……なら、勉強、教えてあげる」
「……えっ」
ここ最近の勉強会が頭の中を巡り、サーっと血の気が引くのを感じる。
この後の展開も全て手に取るように分かるのが辛い。
「そ、そのー、ですね」
「いや?」
眉をハの字に垂らして不安そうに小首を傾げている小鞠先輩。
そんな姿を見せられては断れるはずもなく。
「……お願いします」
俺の胃が持ちこたえてくれる事を祈った。
「うん、任せて」
こうして俺は小鞠先輩に勉強を教えてもらう事になった。
「ここが、重要だから、覚えて」
最初は丁寧に何処が重要な所かを分かりやすく教えてくれたが、
「本文じゃないけど、余白に書いてある、内容も重要。なんで線引いてないの?」
次第に毒が塗られ始め、
「これを覚えられないなんて、バカじゃない?」
現在は小鞠先輩の毒で死にそうです。
「もっと丁寧に字を書いて。覚える気あるの?」
「じ、自分の勉強なんですから、字が汚くても」
「字の汚さじゃなくて、丁寧に書いて欲しいの。その違いも分からない? 廉の頭に脳みそないの?」
すいません。脳みそあるのに分からなくてすいません。
俺はクズです。ゴミです。虫けらです。酸素吸って二酸化炭素吐くだけの役立たずです。
「……あ、ごめん。廉」
急に弱々しい口調になった小鞠先輩。
経緯はどうあれ、もう少しで心がポキッと折れそうだったから、やめてくれたのはありがたい。
「ちょっと休憩しましょう」
気がつけば、ここに来てから二時間ばかり経過していた。
心を癒すためにも休憩は必須。
「一度外に出ませんか?」
「うん」
荷物は……まぁ、貴重品だけでいいか。
誰も筆記用具ぐらいで盗もうとはーー
「小鞠先輩」
「何?」
「綾先輩は今日ここにいませんよね?」
「いない、はず」
それならよかった。
少なくともここに盗む可能性がある人はいないな。
改めて小鞠先輩と一緒に外に出て、近くの自動販売機で飲み物を買って一息つく。
両手で缶を傾けて飲む小鞠先輩の姿と昔の妹の姿が重なる。
そう言えば、白蘭学園に入ってから連絡は数回したけど、家には帰ってないな。
まぁ、中々遠いし、バイトの都合だったりで帰る時間がなかったからな。
あと一ヶ月半ぐらいで夏休みに入るから、帰省も視野に入れてみるか。
「廉……さっきは、ごめん」
小鞠先輩に話しかけられ、他所の事を考えていた俺は缶を落としそうになるが、ギリギリでぶちまけるのを阻止。
缶でわちゃわちゃしていたせいで、何に対して謝っているのか分からなかったが、すぐに理解した。
さっきの口調の事だろう。
「別にいいですよ」
「でも、私、ひどい事、言った」
確かに心の傷が増えたのは事実ですけど。
「でも、教え方は上手でしたし、小鞠先輩には感謝してますよ」
「廉……そうやっていつも女子を落とそうとしてるの? 最低なナンパ野郎だね」
グフッ……そ、そんなつもりで言ったわけじゃないのに、また新しい傷が。
「あ、ごめん」
「い、いえ、本当に、大丈夫ですから」
また小鞠先輩の表情を曇ってしまった。
耐えろ! 耐えるんだ俺! 膝から崩れ落ちるな!
何か話題を変えよう。
「そう言えば、小鞠先輩と綾先輩達は生徒会に入る前から知り合いだったんですよね。いつから知り合ったんですか?」
「小学三年生の時。お父さんの都合で、私が、引っ越して、きたの」
「じゃあ、その時同じクラスに」
首を横に降る小鞠先輩。
「違うクラス、だった。私、クラスに馴染めなくて。いつも、一人」
苦しそうに話す姿に、俺は質問した事を後悔する。
「私、元々あんな口調、だから、引っ越す前の学校でも、ひどい事、言っちゃって。それで、仲間外れに、されてた。引っ越してからは、少しでも抑えようと、こんな風に、喋ってる」
今の口調にそんな背景があるとは思わなかった。ただの口下手か何かと軽く考えていた。
「今は、慣れたけど……ついこの口調が、でちゃった時が、あったの。そしたら、色々な子から、『ひどい』、『可哀想だよ』って、責められて、それで」
孤立していたように話しているが、もしかしたらいじめられていたのではと、嫌でも想像してしまう。
「それからは、誰にも、関わらないように、いつも、教室から出てた。また、ひどい事、言っちゃいそうだったから。でも……」
小鞠先輩の表情が自然と柔らかくなる。
「綾は、そんな私にも、話しかけてくれた。最初は、突き放そうとして、元の口調で話した。でも、綾は、それでも、私の友達になりたいって」
俺は言葉を失った。
小鞠先輩がポロポロと涙を流していたから。
「嬉しかった。でも、私が、一緒にいて、いいのかな? 頑張って……がんばって……がんばっで……綾と姫華、雫に釣り合うように、必死に……ヒクッ……べんぎょうじでるげど……本当は、私なんか」
決壊したダムは水をせき止める事など出来るはずもなく、小鞠先輩の目から溢れ出す。
何度も何度も、手で拭っているけれど、ただ手が濡れていくだけ。
「あのーー」
「ごめん、廉。私、帰るね」
「小鞠先輩!?」
足早に館内に戻る小鞠先輩。小鞠先輩の手から離れた空き缶が寂しげな音を立てながら地面を転がり、俺の足先を小突く。
小鞠先輩の缶を拾い上げ、俺のと一緒にゴミ箱に捨ててから後を追う。
席に戻ったが、そこには小鞠先輩はおろか、荷物もない。
念のため図書館の隅々を探したけど、小毬先輩は何処にもいなかった。
俺に見つからないように帰ったらしく、すぐに小毬先輩を探す事をやめて、席に戻る。
だけど、席に着いた瞬間に「さぁ、頑張って勉強するぞ!」と変えられるほど器用なはずもないし、非情にもなれない。なりたくもない。
小鞠先輩の表情と言葉が脳内で反復し、膨張して、脳内を埋める。
モヤモヤは膨らんでいき、勉強は手につかず、五分も経たない内に立ち上がった。
あー、もうダメだ! あんなの放っておけるわけがない!
そう思った俺は勉強道具を片付け、急いで図書館を出る。
もちろん、小鞠先輩を探すためだ。
だが、小鞠先輩の行き先など分かるはずもなく、電話をかけても出てくれない。
当然、メールを送っても返ってくるわけもない。
ひたすら周辺を走って探す。
いない……いない……何処だ……何処にいるんだ。
人にも聞いてみたが、誰も知らないと答えるばかり。
次の場所へ。と、角を曲がる。
と、同時に誰かとぶつかって、押し倒すように倒れてしまった。
しかも幸か不幸か、女性らしい。色々と柔らかいので。
「す、すいません! すぐにどきますから!」
退こうとしたが、足が絡まって動けーー違う! 絡まってるんじゃなくて、絡められてる!?
「ふふっ、まさかこんな所で押し倒されるとは夢にも思わなかったよ」
おぉ、運命の神様。今はシリアスな場面だと分かっての、綾先輩との遭遇ですか。
「でも流石にここでは……」
「頰を赤らめてそう言うなら、今すぐに脚の力を抜いてください」
「優しく、してくれ」
「誤解しか生まない言葉は控えてください」
もうそろそろ、綾先輩と書いて、綾先輩と読んでもいいのではないだろうか。
「冗談だ。所で廉君。何故肩で息をするほど、走っていたんだ?」
「真面目に話すなら早く脚を解いてください!」
「はぁー……仕方ないな、廉君は」
何故か渋々了承してだったが、綾先輩は解放してくれる。
でも、俺が駄々をこねた感じにされたのには納得がいかない。
まぁ、一旦俺の気持ちは置いておこう。
まずは周りの確認。人は……いない。殺気は……感じないな。運が良かった。
立ち上がる綾先輩改めて見るが、服装は長袖のシャツにジーパンだけのラフな格好をしている。
「人がいるか心配しているようだが、安心してくれ。ちゃんと人がいない所を選んでぶつかったから」
それは安心しました。ですが、その言い方からすると、いつから綾先輩は俺をストーキングしてたんでしょうかねー。
「君が図書館を出てすぐだ」
「当然の如く心の中を読まないでください」
「いやいや、廉君は結構顔に出ているぞ」
あれ、そうなの? それは失礼しました。
「話を戻そう。何故そんなに走っているんだ?」
「その、小鞠先輩と話がしたくて」
「小鞠に? そんなの、連絡を取ればいいではないか」
「いや、それが、全く繋がらなくて」
「急ぎでなければ、学校で話せばいいのでは?」
そうだけど……あんな状態の小鞠先輩をどうしても放ってはおけない。
「訳ありのようだな」
「……綾先輩。小鞠先輩と初めて会った時の事、覚えてますか?」
「当たり前だ。私の数少ない親友だぞ」
綾先輩の瞳は真っ直ぐに俺の目を捉え、その言葉に嘘も誇張もない事がひしひしと伝わってくる。
「詳しく聞いてもいいですか」
「いいだろう。ここではなんだ。近くの喫茶店でお茶でも飲もう」
綾先輩は俺に背中を向けてツカツカと歩く。
俺はその後ろを追った。
周りは住宅が多いが、その中で開いている、こぢんまりしたと喫茶店の前で綾先輩は脚を止める。
横文字を延々と呪文のように並べるようなオシャレな喫茶店ではなく、アンティークな喫茶店と言うのが俺の第一印象だった。
「さ、入ろうか」
扉を開けると、カランカランとベルが鳴る。
黒いエプロンを着た白髪の混じりのダンディな男性が一言「いらっしゃいませ」とお辞儀をして言うと、バイトらしき人物に目で指示を送っている。
「こちらの席にどうぞ」
促された俺達は角のテーブル席に案内された。
「注文がお決まりでしたら、伺いますが」
「私はブラック。廉君は」
「俺はカフェオレで」
「かしこまりました」
注文票に書き込んで、一旦退がった店員。
数分してから注文通りの品をテーブルに置いて「ごゆっくり」と一言添えてからその場から離れた。
綾先輩はカップを慣れた手つきで持つと、香りを楽しんでから、口をつけた。
俺もカフェオレを口に含む。
「……おいしい」
「それはよかった」
今度はカップを置いて、俺を見つめる綾先輩。
俺もつられてカップを置く。
「で、小鞠の事だったな」
俺は大きくはっきりと首を縦に振る。
「小鞠と会ったのは小学三年の時だ。親の都合で引っ越してきた小鞠が隣のクラスに来たと言う事で興味半分で隣のクラスに見に行った」
コーヒーに再び口を付ける綾先輩。
カップを揺らして水面の様子を眺めながら話を続ける。
「最初はとても大人しそうな女の子と思った。ただそれだけ」
「え、それだけですか?」
てっきり綾先輩は仲良くしようとしていたと思っていた。
「でも、今仲良くなっているって事は、何かしら距離が縮まるような事があったと思うんですけど」
「そうだな……廉君は何処まで話を聞いてるんだ」
「……小鞠先輩があの口調が出てしまった所まで」
「そうか。なら話が早い。私はその時小鞠を気に入ったんだ」
……え、あの口調を聞いて気に入ったって事は、綾先輩ってそう言う趣味が。
「おっと、何か勘違いしてそうだな。どうせ小鞠は詳細に話してないから、仕方ないと思うが」
「それはどう言う意味ですか?」
カフェオレを飲みながら俺は綾先輩の回答を待った。
少し時間を置いてから綾先輩の口が開く。
「掃除の時間の時だ。私は教室のすぐ前の廊下担当で掃除していた。だから隣のクラスの様子がはっきりと見えていたんだ。しかし、隣のクラスの担当の子達は掃除に非協力的だった。みんなお喋りに夢中。先生が来れば、ちゃんとやっているような風を装っていた。でも、一人だけ違った」
それが誰だか容易に想像出来た。
小鞠先輩だ。
「それから私はどうもその子の事が気になってな。掃除の合間に何度も様子を見に行ったものだ。そしてある日、隣の教室から女の子が怒る声がした。覗いてみるといつも喋っている子達にきつく言う小鞠がいたんだ。確かに言い方は悪かったと思うが、小鞠は真剣に取り組んでいたからこそ、あんなに怒る事が出来たんだと私は思っている。しかし、その現場を見ていなかった教師は小鞠を叱り、その他の子は何も言わなかった。見当違いも甚だしい」
先ほどまで懐かしむよう微笑んでいた綾先輩だったが、今は静かに怒りを見せている
「私はそれが許せなくて、その教師に全てを話した。しかし、教師は真剣には聞いてくれなかった。『終わった事だ。引っ張りだしてはクラスが揉めてしまう』と言われてな」
本当にそれが教師なのか? 松本先生は俺を変にいじったり、乱暴だったりするが、それでも俺の事を気にしてくれている。いや、俺だけじゃない。おそらく生徒全員だろう。
なのに、その教師は小鞠先輩を切り捨てるような事をした。
その教師に憤りを感じ、自然と腕に力が入る。
「優しいな廉君は。小鞠のために怒ってくれるんだな」
「……その後、綾先輩は」
「小鞠に会いに行ったさ。色々と言われたけど、私は小鞠を気に入ってしまったからな。自分が嫌われる事など分かりきっているのに、それでもクラスメイトに怒る事の出来る者など、そうそういないからな」
微笑みながら、コーヒーを啜る綾先輩。
小鞠先輩は引け目を感じているようだが、俺には十分釣り合いが取れていると思った。
そもそも、友達ってそう言うのじゃないと思う。
だったら、小鞠先輩にかけるべき言葉は……
「私が話せるのはここまでだ。今日は小鞠は諦めて、月曜日に話をするんだな」
「……綾先輩」
「なんだ?」
いつの間にか飲み干したカップを置く綾先輩の目をじっと見つめる。
「あのですねーー」
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