小動物で、癒し系の書記さんには毒がある(吐血)3
次の日。
右手首に違和感があるのは昨日のせいだと断言出来る。
一応昨日は厳しくし過ぎたと雫から謝罪メールが届いたので、特に怒ってるとかはない。むしろ感謝してるんだ。
またあんな事したくない恐怖心から脳が昨日の範囲をバッチリ記憶してるんだから。
後は少し応用的な問題を解けばなんとかなりそうだ。
楽しい事よりも辛い事の方が覚えやすいって本当なんだな。
あとメールには今日は別の人に頼んでいるとの事。
俺につきっきりは流石に厳しいんだろう。
と、言うわけで。俺は現在その雫が代わりに呼んだ助っ人と図書館にいるわけで。
「あらあら、そんなに引きつった顔しないで。そんな顔されたら私……いじめたくなっちゃう」
凄く、帰りたいです。
「姫華先輩。無理して俺に付き合わなくていいですから、自分の勉強をしてください。俺は大丈夫ですから本当」
「遠慮しなくてもいいわよ」
遠慮はしてないです。俺は姫華先輩と二人きりと言う状況が綾先輩と二人きりと同じくらい怖いんですから。
「それに、私は一通りテスト範囲の問題は解けるから心配しないで」
そうですよね! 先輩は頭良いですもんね!
「昨日は数学をしたって聞いてるわよ。だから今日は英語をしましょう。まずは廉君の実力が知りたいからこれを解いてね」
そう言われて問題が印刷された紙を渡されたので、俺は黙々と解き始めた。
解ける所は解いたが、イマイチ自信がない。
出来る限り問題は埋めて提出するが、採点してる姫華先輩の表情が少し強張って見える。
「現在完了と過去完了がゴチャゴチャになっちゃう時があるみたいね。それに、習ったばかりの単語も少し危ういみたい」
そう言われて返された紙は半分近くがバツをうたれ、スペルミスがチラホラとあった。
「赤点を取る事はないと思うけど、これだとちょっと深く出題されたら一気に点が落ちちゃうわ」
現段階で赤点ではなくても気のゆるみでズルズル落ちていくのは容易に予想出来る。
もう少しぐらいは身につけておきたい所。
「うーん…………フフッ」
あ、今この人何か思いついたな。
おもむろに姫華先輩は鞄から出したスマホをいじりだす。一体何をするつもりだ。
「廉君廉君。私と遊びながら勉強しましょう」
「遊びながら?」
「うん。私とこれからゲームをするの」
ゲーム? 英単語を使って神経衰弱とかか?
「ルールは簡単よ。まず廉君には一時間程度教科書を使って勉強してもらいます。次に、私がいくつか問題を出題するからそれに答えてね」
それではただ単に俺が勉強するだけで、ゲーム要素は何処にもない気がーー
「もし答えを間違えた場合、メールの本文に一文字打っていくから」
「メール? 一体誰に送るんですか?」
「綾ちゃん」
おっとゲームはゲームでも、これはデスゲームだな。
「ちなみになんですが、送る内容は?」
「『廉君が結婚したいだって』の11文字」
「本当、冗談抜きでやめてください」
「結婚はゴールって聞いた事があるわ。きっと幸せになれるわよ」
「へーそうなんですか。俺は、結婚は墓場って聞いた事がありますよ」
「あら、そうなの?」
ニコニコと笑っている姫華先輩が恐ろしい。
姫華先輩とこれ以上一緒にいられるか! 先に俺は帰らせてもらうぞ!
「あ、帰るそぶり見せたら問答無用で送信しちゃうからね?」
ノートと教科書を開いて……よし! さ、心を入れ替えて勉強しちゃうぞ!
「素直な廉君も好きだけど、もうちょっと抵抗してもいいのよ?」
「いいですから早く勉強をしましょう」
それから俺は姫華先輩の指導の元、勉学に励み、一時間みっちりと詰め込んだ。
これも俺の人生のため。
「一時間が経ったわ。問題を出題するわね」
そう言って俺の教科書とノートを閉じる。
「じゃあ問題。『失敗する』の綴りは?」
俺は素早く白紙の紙に「feil」と答えを書いて姫華先輩に見せる。
まるで聖母のような微笑みで姫華先輩はメールの本文に『廉』と打ち込む。
「ス・ペ・ル・ミ・ス」
「え……あっ!」
しまった。『e』じゃなくて『a』だ。
「綾ちゃんのウェディングドレス姿が楽しみね」
「勝手に話を進めないでください」
「そうね。綾ちゃんは綺麗な黒髪だから和装の方が似合うかも」
「結婚する前提で話を進めないでほしいと言う意味です!」
絶対に、絶対に阻止してやる!
「じゃあ、次の問題。今から言う言葉を英単語一つで答えて」
「はい!」
「1問目は『お願いします』」
お願いしますは確か……
「プリーズ」
「正解」
これは楽勝。
「じゃあ、『結婚』」
これも分かるぞ。よくCMや雑誌で見かけるからな。
「マリー」
「正解よ。凄いは廉君! やれば出来るじゃない!」
そんなに褒められると少し照れちゃいますよ姫華先輩。
「最後『私に』」
「分からないんで不正解でいいです」
「しょうがないわね。ヒントは『m』から始まって『e』で終わる二文字の単語」
「じゃあ答えるんで、いつの間にか手に持ってるICレコーダーを切ってください」
「あらやだ。私ったらなんでこんなもの持ってるのかしら」
電源を切って鞄の中にしまうのを確認。
何故この人は当然のように持っていたのかは気になるが、怖いので聞くのはやめておこう。
まだ隠し持ってる可能性を考えて、なるべく小さな声で「ミー」と答える俺。
仕方ないと言った様子で姫華先輩からは丸をもらった。
それにしても『please marry me(結婚してください)』と言わせようとするなんて。
綾先輩の耳に届いたらと思うと背筋が凍りそうだ。
その後も数十問の問題をこなした。
結果は……
「……残念。あと一文字だったのに」
勝った……俺は勝ったんだ!
「でも、これで少しは覚えられたかしら?」
「死ぬ気で覚えましたからね」
答えを出すために、死に物狂いで頭の中の隅々まで探したんですから。
「そう。じゃあご褒美をあげないとね。優しく踏んであげーーあ、これは廉君のご褒美じゃないわね」
聞いてない聞いてない。俺は何も聞いてない。
サッカー部エースの真島先輩の顔が浮かぶけど、何も関係ないんだ。
「うーん……あ、思いついた」
どうしよう。嫌な予感がする。
「姫華先輩。今すぐに考えついた事を俺に教えてください」
「フフッ、内緒よ。明日のお楽しみ」
やったー。明日の事を考えると(不安で)ドキドキして眠れないよー。
「あらあら。もうこんな時間」
時間は大分遅くなってしまった。昨日よりかは早いが外は薄暗い。
女性が外を歩くには少しばかり心もとない明るさだった。
「よかったら途中まで送りますが」
「あら、そうやって女の子を気遣えるのは素敵よ。でも大丈夫。今日は迎えが来る予定だからもう少し学校で待つわ」
「そうですか。なら迎えが来るまでつまらないでしょうから話し相手になりますよ」
「あらあら。優しいわね。流石、私自慢の可愛い後輩ね」
Sっ気のない微笑みを浮かべられた俺は照れ臭くて姫華先輩から視線を外した。
迎えが来るまでの十分ほど、勉強とは関係のない、たわいもない話をした。
姫華先輩が無事に迎えの人と合流するのを見届けてから俺は家路につく。
さて、明日は一体何をされるのであろうか。そもそも明日は姫華先輩なのか? それとも雫か?
どちらにしても、少しは手加減してほしいものだ。
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