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小動物で、癒し系の書記さんには毒がある(吐血)2

 多くの生徒が利用されているにも関わらず、本をめくる音とシャーペンを走らせる音ぐらいしか館内から聞こえない。

 インクと紙の匂いが心を落ち着かせてくれる。

 嫌いじゃないこの雰囲気。

 生徒会に入ってからは一度も来ていなかったが、こうして日を空けて来てみると、この静けさにありがたみを感じる。

 騒々しい日常から解放されたみたいだ。

 ここを受験する時も勉強は学校の図書室だったり、近くの図書館に入り浸ってたっけ。

 だから余計に図書館にいる時が集中出来るのかもしれない。

 と、こんな所で黄昏てる場合じゃないな。

 俺のお気に入りの場所へ足を運ぶ。

 そこは館内で最も奥で、本が壁のように設置されているが、窓があるため気分転換に外を眺めたり出来る。

 奥すぎてあまり人が使わない事も知っているので、ここに来た時はいつも使っていた。


「ん?」


 珍しい先客だ。

 このまま別の場所で勉強しても良いかと思っていたのだが、座っている人物が知っている顔では無意識に足を止めてしまう。

 そこにいる女生徒は教科書を開いてノートに数式を書き込み、時折シャーペンを止めて空いた左手でウェーブのかかったクリーム色の髪をいじっている。


「……ん? 守谷じゃない」


 そこにいたのは別れてから数十分しか経っていない水原先輩。


「もしかしなくても勉強?」

「まぁ、そうです。席いいですか?」

「どうぞどうぞ」


 向かいの席に腰をかけて、俺も数学の教科書を開く。


「あんたも数学なの?」

「今持ってる教科書の中で一番ヤバいのが数学なんで」


 中学の時は得意分野の方だったのにな。高校の数学に対してはどうも理解が遅い。


「あー、こんなのやったね。……そうだ。よかったらあたしが教えてあげようか?」

「いいんですか?」


 こちらとしてはその申し出は願ったり叶ったりだ。


「いいよ。どうせこの辺の式は二年になっても使うし、教えた方が頭に入りやすいって言うしさ」

「じゃあ、お言葉に甘えて。ここの因数分解なんですけど」

「ああ、ここ? 私はパッと見で大体分かるけど、こういう時はたすき掛けで……」


 しばらく水原先輩の指導を受けた。

 水原先輩の教え方はとても丁寧で、分からなかった所が理解して自然と入ってくる。

 解けなかった問題があっという間に解けてしまった。


「出来ました!」


 感動で思わず声を出してしまい、慌てて口を噤む。


「へー、理解は出来るみたいね。てっきり勉強出来ないのかと思ってた」

「いや、さっきまでは出来なかったんですけど」

「もしかしたら一人でやるよりも、誰かに教わりながらの方があんた出来るんじゃない?」


 確かに。中学ではひたすら一人で勉強して、自分が理解出来るまでひたすら本とにらめっこしてたな。下手したら一日使って。

 今思えば受験に取り組む姿勢が早かったからこそ出来た力技なのかもしれない。


「そうですね。もしかしたらそうかもしれないです」

「なら、綾とかに頼んでみたら?」


 綾先輩か。

 変に暴走はすれど、成績優秀者である事は揺るぎない事実。

 それに綾先輩だけじゃない。

 姫華先輩も小鞠先輩も雫も成績が良いと周りから言われている。

 しかし、問題は性格。

 さっきも言ったけど、綾先輩は暴走する可能性がある。

 姫華先輩はドSだ。何を企んでいる分からない。

 小鞠先輩は今日の事がなければ、悩まずに頼めるのだが。

 残ってるのは雫しかいないが……


「……水原先輩じゃ、ダメですか?」

「え……あたし!?」


 そんなに驚かなくても。

 実際教えるの上手でしたし。


「いや、その、あたしは無理かな。……あ、別に守谷と勉強するのが嫌なわけじゃないからね? どちらかと言うと……じゃなくて! 今回は同じような範囲だったから教えたけど、少しでも点伸ばしたいから自分の勉強したいと思ってるの。だから、守谷が嫌とかじゃないから」


 そうだよな。水原先輩にだって自分の事を最優先にしないといけないのだから。

 とりあえずは雫に頼んでみるか。


「お願い! 信じて!」


 あれー? 特に俺何も言ってないんだけど。しかもこの流れは前にも体験した覚えがあるな。


「そうだ! 嫌いじゃない証拠に抱きつけばーー」

「ウェイトウェイトウェイト。プリーズビークワイエット」


 こんな所で暴走は予想してなかった。おかげでたまたま通りかかった生徒達にガン見されてるんですけど。

 やめて見ないで! ちょっとそこの男子生徒、「リア充死ね!」って言わない!


「落ち着いてください水原先輩! ほら、周り周り!」


 他には聞こえないように小声で教えると、水原先輩は辺りを見回してボンッと顔が真っ赤に燃える。


「も、もうこんな時間なんだ」


 自分の醜態をごまかしたいのか、備え付けの時計を大げさに確認する水原先輩。

 時計の針は十八時少し前を指していた。

 水原先輩は慌てて机の上を片付けて、鞄の中に勉強用具をしまう。


「あたしは帰るから。じゃあね!」


 そう言って水原先輩は逃げるように帰っていった。いや、どちらかと言うと、帰るように逃げただなあれは。

 俺もその後数問解いてから帰宅した。

 帰ってからは水原先輩のアドバイスを参考に雫へメールを送ると、すぐに返事が。

 返信メールには「いいよ。明日の帰りに図書館の前に集合ね」と書かれていた。

 流石女神雫。俺のピンチをいつも助けてくれるから大好き。

 これで怖いものなしだと、俺は眠りにつく。

 自分が怖いものに向かって歩いている事にも気づかずに。



 メール通り、現在図書館の前で待機しています。


「ごめん、遅くなっちゃって」

「気にするな。こっちが誘ったんだから、むしろ礼を言いたいぐらいだ。さ、行こうぜ」


 昨日と同じ場所へ雫を案内する


「へぇー、こんな所あったんだ」

「雫はあまり利用しないのか?」

「してるにはしてるんだけど、すぐ近くの席で済ませちゃうからここまで奥にはあまり来ないの。でも、こんなに集中出来る場所ならもっと早く来たかったな」


 こんな最奥に来る奴は少ないからな。

 対面になるように俺と雫は席に座る。

 そして今日も数学の勉強をする事に。雫の得意分野らしい。流石会計。

 きっと優しく分かりやすく教えてくれるはず。


「じゃあ、まずはこれを解いてね」


 と言って出したのは何冊もの問題集。


「……あの、雫さん? これは一体」

「え? 問題集だけど」


 小首を傾げてるとこ悪いんですけど、そうじゃないんです。


「俺数学が苦手で」

「だからよ。数をこなせば身につくはずだから。安心して、ちゃんと公式通りやれば解ける問題だから」


 数やればそうかもしれないけど、これどう見ても過剰ですよね。使用方法はあってるけど量は間違えてますよねこれ。


「さ、始めましょうか。大丈夫。この後予定はないからみっちり勉強しましょ」

「いや、その」


 おそらく俺を思っての事なんだろうけど、これはやり過ぎでは。


「まずはこの辺りの問題を十分以内に解いてね。途中式なかったら問答無用でバツにするから。全問正解するまで今日は帰さないからね」


 あ、ちょっと最後の言葉にはドキッとした。もちろんマイナス的感情の方で。


「ちょっと用事を思い出したみたいだ。それじゃ」

「何処に行くのかしら廉?」


 肩をガシッと掴まれて逃げれない。


「廉の成績についてはお姉ちゃんからお願いされてるの。私も生徒会のメンバーが赤点になるなんて事させたくないからね」


 どうやら俺は頼む相手を間違えたようだ。


「いい加減始めましょうか。ちゃんと反復学習で、脳に植え付けるように、今日中に公式を叩き込んで、ア・ゲ・ル」

「反復学習は間隔を空けてするものであって、短時間でやるものじゃないと思うですが」

「問答無用。もし逃げるような事したら、お姉ちゃんに報告するから」


 つまりここを逃げ切れたら、松本先生からご褒美でアイアンクローをプレゼントされると。ふむ……


「お願いします」


 勉強の協力と先生への報告は勘弁してほしいの両方に対して、俺は机の上に両手をついて頭を下げる。


「よろしい。じゃあ、この問題から」


 その後、俺は必死に数学問題を解いた。


「ここ間違ってる。やり直し」


 雫の熱心な(スパルタ)授業は、


「同じ間違いしない。もう一回」


 日が沈むまで続き、


「間違いは少なくなったけど、まだ遅い!」


 やがて他の生徒は帰り、


「これじゃ七割取れないわよ!」


 目標がいつの間にか高く設定され、


「残念。五秒遅いからone more time(もう一度)」


 閉館時間ギリギリまで残された。

 そして現在は雫の採点待ち。

 これ以上書いたら腱鞘炎を起こしそうだ。頼むから終わってくれ。


「うん、全問正解。お疲れ様」


 終わったー。ようやく解放される。

 動かし続けていた手にようやく休息が。

 いや本当ね、辛かったのよ。帰ってから何もしたくないぐらいに。


「いつの間にかこんな時間になっちゃったね」

「原因は雫が手加減してくれなかったからなんだけど」

「お前らこんな所にいたのか」


 棚の陰から松本先生が顔をニュッと出していた。


「あ、お姉ちゃん」

「もう遅い時間だ。仕事も終わったから車で乗せてやるが」

「じゃあ家の前までお願い。廉はどうする?」

「俺はいいや。てか、松本先生と雫は一緒に住んでないのか?」

「私は大学の時に一人暮らししてたし、別に実家で暮らす必要はないからな。何より自由だ」

「だからってカップ麺で済ませるのは良くないからね。廉もそう思うでしょ?」


 すんません。俺もたまに頼ってるんで何も言えないんです。


「廉?」


 まずい、これは俺にも飛び火が。


「雫、そんなにカップ麺を邪険にするな。守谷だって好きでそうしてるわけじゃないんだ。バイトで疲れてるのに、ご飯を作らないといけないと思うと絶望するんだ。しかも食べたら洗わないといけない。その点カップ麺はお湯さえあれば簡単に出来るし、すぐ食べられる。さらに容器は捨てられるから後片付けも楽ちん。何より最近のカップ麺は美味いのなんの。守谷と私にとっては切っても切り離せないものなんだよ」


 言ってる事はただの面倒臭がり屋の言い訳です。

 ここまで力説するほど先生がだらしないなんて思いませんでした。雫を見習ってください。

 俺は先生と固い握手を交わしながらそう思った。


「何握手してるのよ廉」

「いや、同士がいたもので」


 正論だからって、実行するとは限らないよね!

 だって疲れて帰ってきてからご飯作るの超面倒臭いんだもん。


「ちなみに守谷。今日は帰ったら飯はどうするんだ」

「とりあえずお湯を沸かしてですね」

「れーんー!」


 もう右手を使いたくないんですよ。簡単に済ませて寝たいんですよ。


「まぁまぁ、そこまでにしておけ。これ以上は司書の方の迷惑になるから早く片付けろ」


 との事なので急いでノートをしまって、椅子を元の位置に戻した。

 図書館を出てすぐに俺は二人と別れて真っ直ぐ自宅へ歩いた。

 空を見上げればすでに太陽の代わりに月が照らし、星がキラキラ輝いている。

 自宅に着いた俺は宣言通り湯を沸かして、夜はカップ麺で済ませて眠った。

読んでくださり、ありがとうございます。

感想などありましたら気軽に書いてください。

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