小動物で、癒し系の書記さんには毒がある(吐血)1
今回から書記編に突入します。
五月の半ば頃、朝のホームルームで松本先生からの連絡によって、当分の間俺の気分はだだ下がりな事が確定された。
「今日から一週間、テスト準備期間だ。皆、赤点は絶対に取るなよ。取った場合は授業後に補習を受けてもらう事になるからな」
あーあー、聞きたくありませーん。
「いいか守谷。絶対赤点は取るなよ」
いくら生徒会の面子的に悪い点は取れないとは言え、名指しはやめましょうよ。
確かにたまに居眠り(主に数学)しちゃってますが、これでも試験に合格してこの学校に通ってるんですから。
そして今までの授業の内容と俺の今までの生活から考えてこれだけは確信して言えます。
赤点ギリギリでやべぇっす。誇張なしでやべぇっす。
だって最近の俺の起こった出来事を思いだしてよ。
綾先輩のストーカー化だったり、卓也の事だったりで忙しかったんだからしょうがないだろ。
周りとは比べて内容の濃い生活を送ってたんだ。
俺だってみんなと同じぐらいに何一つ変哲もなく、友達と遊んだり、バイトしたりしてればこんな心配しなくても済んでたと思ってた時期が今さっきまでありました。
「廉、大丈夫か? オワターな顔してるぞ」
卓也は振り向いて心配してくれている。おそらくそのオワター正しい意味の方なのだろう。
「変だな。まだテストやってないんだけど、俺の未来の姿が見える」
体が真っ白になって椅子に腰を掛ける俺の姿が。
「いざとなったら俺が教えてやるよ。授業のノートも全部取ってあるし、内容もそんなに難しいとも思ってないし」
俺の偏見だと思うんだけど、オタクな人ってなんでかハイスペックだったりするよな。
俺もアニメとか見ているはずなんだが、まだ俺ではにわかと言う事か。
「テストまで家にいる時はずーっとアニメ見るか」
「冷静になれ廉! その勉強は俺的には嬉しいけど、今やると確実にお前が破滅する!」
卓也に止められてようやく冷静になった。
現実逃避をしている暇はない。今からでも勉強すれば何とかなるはずだ。それに授業の中にはテスト範囲が終われば自習にする授業が出てくる。
「よし! 卓也。俺、頑張るよ!」
と言ったのが今朝の事。
結果から言うと、やってしまった。
結局数学の時間は眠ってしまって、松本先生の垂直チョップが脳天直撃。
他の授業は起きていたが、有意義な時間となったかと聞かれれば首を縦には振りづらかったり。
全ての授業を終って思い返してみると、決意と態度に差が出来ている。
肩を落として溜息を吐きながら俺は生徒会室に向かう。
一応生徒会もテスト前と言う事で活動を減らす、と朝早くに雫からメールが来ていた。
しかし、それに気がついたのが今さっき。
原因は何十通にも及ぶ綾先輩からメールだ。俺が起きたと同時にメールの猛送信。
最初は「おはよう」から始まり、「朝食は何を食べている?」や「今日のお弁当はサンドイッチだ」とか、etc……
教えてから数日しかたってないが、すでに綾先輩からのメールが3桁に届いてる。
これは雫に相談だな。
「お疲れ様です」
扉を開けると、すでに他のメンバー(水原先輩を含め)は集まっていた。
「廉君か。お疲れ様」
綾先輩に続いて他の皆から挨拶をしてもらい、庶務の席に座った。
「さて、テスト準備期間に入った事はみんな知ってるな。それに伴い、生徒会の活動も減る事になる。今日も少しだけ作業をしてもらったら解散にしようと思ってる」
「学生なんだから勉学が疎かになったら元も子もないし」
雫の言葉が痛い。
「舞もわざわざ来てもらって申し訳ないがそう言う事だ」
「別に気にしないで。どうせあたしもこの後は図書館で勉強するつもりだったし」
「え!? 水原先輩勉強するんですか!?」
「どういう意味かしら?」
つい口に出してしまった。
謝りますからニッコリ笑って俺の耳を引っ張っちゃだめ!
「あ、ズルい! 私も耳を――」
「あ・や・ちゃ・ん?」
無言で自重しろと訴えている雫に口を噤む綾先輩。
「舞さん。そこまでにしてあげて」
姫華さんは両手を合わせてお願いのポーズをすると、水原先輩はようやく俺の耳を離してくれた。
「ま、いいわ。あたしはもう行くから」
軽く手を振ってから生徒会を去る水原先輩を見送り、俺は背もたれに身を預けた。
「廉君もそんなに作業はないから、帰っても大丈夫よ」
「授業でちょっと疲れたんで少しここで休憩します」
いつもよりかは集中していたためか、今日は気疲れがいつもよりひどい。
今からすぐに勉強したとしても効率は良くないだろうと、もっともらしい意見を出して勉強から逃げた。
……なんかすごく見られてる気がして落ち着かない。
どうせ綾先輩だろ。
綾先輩を盗み見るが真剣な面持ちでペン先を紙の上で滑らせている。
姫華先輩が何か企んでいるのか?
真横を見るが同様に姫華先輩も作業をしていて俺の視線にすら気がついていない。
じゃあ、俺の態度に呆れてる雫が見ているのか?
正面に目を向けるが、やっぱり作業に集中している。
もしかしてと思い、視線を左にずらしてみると、小野寺先輩がポテチをかじって俺をじーっと見ていた。
「あの、小野寺先輩。どうしましたか?」
「廉、いい加減、私も下の名前で呼んで」
え、それを今言うんですか?
いや、他の三人が下の名前で呼ばれている事に仲間外れにされていると感じ始めたのかもしれない。
「はぁ……それで小毬先輩。じっと俺を見てどうかしました」
「うん、ちょっとお願い、いい?」
小毬先輩がお願い?
「別にいいですが」
俺の返答を確認すると、ポテチの袋を抱えて椅子から降り、俺のそばに寄ってきた。
少し小走りで走ってくる姿がハムスターのように可愛らしくて、思わず頬が緩む。
俺のすぐ横で止まるとジッと俺を見つめる。
「廉の膝の上に、座って、いい?」
はいそこ、急に立ち上がらない。作業を続けてください。
雫からの無言の威圧で静かに座る綾先輩。
小毬先輩の意図は分からないが断る必要もない。
「いいですよ。どうぞ」
「うん、ありがとう」
そう言ってちょこんと座る小毬先輩。
可愛いなー。前々から一回でいいから膝に座ってほしいなとは思っていたんだよ。
実際にこうして膝に乗せると小動物を愛でてるみたいで癒される。
これって、頭とか撫でていいかな? いいよね?
軽い気持ちで頭を撫でてみる。
少し短めに切りそろえられた髪はサラサラで、触り御心地が良い。癒される。いつまでも撫でていたいなー。
「勝手に頭撫でんな。無能庶務」
…………誰ですか。今小毬先輩で腹話術した人。怒らないから出てきなさい。
と言っても、こんな事するのは姫華先輩しかいないのだろうけど。
「姫華先輩。変な腹話術するのやめてください」
「え? 私は何も言ってないけど?」
あなたじゃなかったら誰なんですか。
「調子に乗るなよ愚図」
視線を前に戻すと、振り返った小毬先輩が無表情の顔が。
「こ、小毬先輩?」
「まぁ、気持ちよかったから許すけど、次はないから」
何この小毬先輩。俺の知ってる小毬先輩は物静かで、小動物のような人だったはずなんだけど。
「手が止まってる。さっさと撫で続けて。廉の能力じゃそれぐらいしか出来る事ないでしょ」
グフッ! 癒されていた心に槍的なものが刺さったんですけど。
「あ、そうそう。何かは分からないけど私のお尻に硬いものを感じたら……私はそれを叩き潰して、なんとなく廉の事を『変態ロリコン野郎』って呼んでやる」
小毬せんぱーい。なんでワントーン低い声を出したんですか? いつもよりもスラスラと言葉が出てくるあたりが本気っぽく聞こえるんですけど、本気じゃないですよね? そうですよね!?
「小毬! いい加減にしないか!」
我慢の限界だった綾先輩が立ち上がって、こちらにやって来る。
「叩き潰したら私との子供が出来なくなるだろ!」
「何を心配してるんですか!?」
「ナニだが?」
俺の聞き方も悪かったですけど、無知な人が検索をしちゃうんでその返答はいけない。
「安心しろ廉君。私の時に硬いものを感じても優しくなでてあげよう」
「そんな配慮はノーセンキューです」
「…………あ」
ちょっと待ってください小毬先輩。なんで拳を握って高々と上げてるんですか!?
反応してないですから! 硬いのは俺のポケットに入ってるボールペンですから本当に!
「二人共。それ以上イジメたらだめよ」
姫華先輩からの救いの手で事態は収拾したが、俺をイジメる筆頭のような人に助けられると素直に感謝しづらい。
「ほらほら小毬ちゃん。廉君からどいてあげないとだめでしょ?」
メッとお姉さんぽく叱ると、こくりと頷いてスッと立ち上がった。
「ごめん、廉。それと、ありがとう」
いつものおとなしくて口数の少ない小毬先輩に戻ってくれた。
「それにしても、あんな饒舌な小毬ちゃんは学校では久しぶりね」
「え、そうなんですか?」
「ええ、さっきみたいに少しキツイ事言っちゃうから普段は意識して口数少なくしてるのよ。でも、廉君にもその姿を見せたって事は少なからず心を許してるって事ね」
「そうなんですか……」
心を許してくれているのは嬉しいです。お世辞抜きで。
でもそれが毒ってのはどうかと思うんですけど。
皆さん分からないと思いますが、さっきの言葉がまだ俺の心に残ってますからね。気を抜くと泣きますからね。
「あの……俺、帰りますね」
ここにいては精神がゴリゴリ削られそうだ。図書館に避難しよう。
行けば少しは勉強する気にもなれるはずだ。
読んで下さりありがとうございます。
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