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お嬢様で、優しい副会長は女王さま(疑問)8

 席を見つけてそこに荷物を置く。


「飲み物買ってきますけど、何がいいですか?」

「オレンジジュース」


 要望を聞き、近くの店へ。

 幸い列は出来ていなかった。すぐに注文する事が出来、五分も経たない内に注文の品が俺の前に出される。

 飲み物が入った紙コップを受け取り、席に戻るが水原先輩の姿がない。

 辺りを見回すと別の店で何か注文をしている水原先輩を見つけた。

 一応盗難防止のために俺は椅子に座って水原先輩を待つ。

 五分後。両手にクレープを持った水原先輩がやってくる。


「ゴメンゴメン。急に食べたくなっちゃって」


 と言って席に座り、俺に一個差し出す。


「適当に買って来たけど、甘いのは大丈夫?」

「えぇ、まぁ」


 それを受け取り、すぐにお金を出そうとしたが、水原先輩が手を前に出して待てのポーズをした。


「クレープは私の奢り」


 本日何度目の驚きか。まさか奢りとは。


「いや、流石に」

「なら、ジュース代は全部守谷が持つ。それでいいでしょ」


 明らかにそっちの方が値段高いと思うんですが。

 でもまぁ、お言葉に甘えさせてもらおうか。

 

「んー、おいひい」


 クレープを頬張り、顔を綻ばせ、頰に手を当てている。

 俺もクレープを一口。

 クリームのしつこくない甘さと苺の酸味がベストマッチ。


「おいしい」

「よかった」


 しばしクレープに舌鼓を打つ。あっという間にお互いクレープを平らげ、買っていたジュースで一服。余韻に浸った。

 それを見計らったかのように水原先輩が切り出す。


「あのさ、聞きたい事があるんだけど」


 俺の体がピクリと動く。


「……卓也の事なら昼休みに話しましたよね」

「じゃなくて、その……」


 言いづらそうに顔をうつむかせた水原先輩。

 卓也以外の事は見当がつかず、その続きを言うまで俺は待った。


「……花田さん、昨日どんな様子だった?」


 はなだ? はなだ、ハナダ、鼻だ……あぁ、花田さん。昨日綾先輩が読んだ漫画の作者を卓也がそう呼んでたっけ。

 ……いやいやいやいや。おかしいでしょ。なんでこの人が心配してるんだよ。


「あなたが心配するのはおかしくないですか? あんな酷い事をしておいーー」


 言い切るより先に脳裏に昨日の出来事が鮮明に映る。

 あの時水原先輩は作品に対しては何もしていなかったような。


「まぁいいです。泣いてましたよ。少なくとも俺が部室を出る時まで。そりゃ目の前であんなことされれば誰だって悔しいですよ」


 ここは後ろには下がらない。あれに関しては部外者の俺も頭にきていたんだ。

 さて、水原先輩はどんな態度を取るのか。


「だよね、やっぱり。あれはやりすぎだったな」


 消えてしまいそうな声で自分自信を責めるように呟いている。

 今日過ごしていた水原先輩と同一人物とは思えないほど弱々しい。


「部長はあたしをどうするって言ってた? 大体予想はついてるけど」


 そんなの退部だろう。そう思ったが、俺の頭の中にある疑問が浮かんだ。

 水原先輩は現部員だが途中から来なくなった。だけど、卓也が入部した事であからさまに卓也狙いで来るようになった。それによって、部室内の雰囲気は最悪なのは昨日の時点で分かっている。

 なのに何故"今まで退部させなかったのか"。

 今まで我慢していたのか? それで今回特別悪質だったから退部させようとしている? だけどそれだと矛盾が。だって竹村先輩は……


「竹村先輩は、まだ退部させないと言ってました」


 俺の答えに水原先輩は黙ってしまう。

 俺が部室を出て直後に聞いたあの言い争い。水原先輩の退部を望む声の中に一人だけ反対の声を上げていた。

 その声の主は竹村先輩。


「水原先輩、最初はみんなと仲よかったんですよね? でも、ある日から部活に来なくなったって。もしかしたら竹村先輩は、水原先輩とみんなをまた以前のような関係に戻したいとーー」


 その瞬間、強く叩く音と共に机が激しく揺れ、上に乗っていたコップは倒れ、オレンジジュースの溜まりを作る。


「なんでよ……なんでなの」


 その溜まりに水の雫がいくつも落ちて波紋が浮かぶ。


「どうして、部長は、あたしなんかを……あたしさえいなくなれば、全部終わるのに。あたしを、辞めさせれば、いいじゃんか」


 どうして水原先輩は辞める事を望んでいるのか。どうして彼女はこんなにも辛そうにしているのか。

 分からない。俺には分からない。何を言えば正解なのだろう。もしかしたら正解なんてないのかも。

 なら俺に出来る事は。

 右ポケットにしまっていたハンカチを水原先輩にそっと渡す。


「ありがとう」


 それで目元を拭い、俺に返す。


「変なの。あたしは弱みを握って好き放題やってるのに、そんなあたしをあんたはなんで優しく出来るのよ」

「分かりません。でも、先輩がそこまで悪い人だと思えなくなっちゃったんで」


 だって先輩は、一度もあの写真を使ってお願いしていないから。


「何それ、ほんっとバカ」


 と言って微笑んでいる。


「あーあ……なんか泣いたら疲れた。もう帰ろっか」


 溢れたジュースをティシュで拭き取り、ゴミを片づけ、来た時と同じ形に戻して俺達は駅に向かった。

 駅に着くまで会話は一つもなかったが、水原先輩はスッキリした表情だった。

 駅に着くと、すぐに俺達の乗る電車がやって来る。

 乗車すると人はさほど多くはなく、二人が座るには十分に席が空いていたので遠慮なく座った。

 本当に昨日今日で色々あったな。体感的には一週間経ったのではと思えるくらいに内容が濃い。

 向かいの車窓から見える景色を眺めながらボーッとしていると、肩に重みを感じる。

 右を見ると疲れてしまった水原先輩の寝顔があった。

 香水をしているのか甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 可愛らしい寝顔に甘い香り。若干ドキドキしてしまった。

 宮本先輩と諸星先輩は化粧で可愛いを作っているように感じたが、水原先輩はナチュラルメイクと言うのか。元々がかなり整っている。見た目だけで競えば生徒会のメンバーとも引けを取らない。

 まぁ、あのカリスマ性は誰も超えられないよな。

 ……でも中身がなぁー。

 綾先輩はストーカーだし、姫華先輩は女王様だし、小野寺先輩は小動物だし、雫は女神だし。


「んっ……ぅん」


 俺の心情などつゆ知らずの眠り姫様は気持ち良さそうにまだ眠っていらっしゃる。

 こんな気持ち良さそうに眠っている人を起こすのは心が痛むから出来ればしたくないんだけど。

 しかし、駅のアナウンスは下車予定の駅の名前を告げている。


「水原先輩、起きて下さい」


 肩を揺すって声をかけると目をこすりながら目を覚ました。


「ん? どうしたの?」


 あくびをしてから伸びをする水原先輩。


「いや、もう降りる駅なんですけど」


 停車駅に近づいた事で再度アナウンスが停車駅の名前が上がる。


「あー、あたし次の駅だから気にしないで。起こしてくれてありがと」


 感謝されると同時に電車は停止。扉が開く。


「じゃ、また明日ね」


 手を小さく振っている。


「は、はい。また明日」


 見送られながら俺は下車して車窓の奥にいる水原先輩を見た。

 未だに俺に手を振ってくれている。

 俺も返すように気恥ずかしさを覚えながら手を振って、電車が次の駅に向かって走るのを見届けた。

 電車が見えなくなり、俺は改札口を出る。

 クレープも食べたし、今日の晩飯は軽くにしよう。

 あ、フィギュアはどうしようか。

 メールで聞いて欲しそうなら明日の帰りに寄ってもらってそれから……

 などと考えているとトントンと右肩を叩かれる。

 誰かと思い振り向くと、何かが俺の頰をムニッと刺す。


「あらあら。こんな手に引っかかっちゃうなんて、廉君は可愛いわね」


 顔はまだ見えていないが、この声、この喋り方、そしてこの「あらあら」の使い方。もしかしなくても。

 冷えていく体。嫌な汗。早鐘を打つ心臓。この三点で俺が恐怖しているのが分かる。が、振り向くしかない。

 頰に突き刺されていた指らしきものが離れてから勢いよく振り向く。

 そこには案の定ニコニコと笑った姫華先輩がいた。


「ひ、姫華先輩。奇遇ですね」

「ええ、本当に奇遇ね」

「こんな時間ですけど、生徒会で何かあったんですか?」

「ううん、生徒会は昨日と同じくらいに終わったわよ。ただ、私的な事で残ってただけ。それにしても廉君、今日はバイトがあるって聞いていたのに、なんでまだ制服なのかしら? 廉君の家、そんなに遠くないって聞いてたんだけど」


 姫華先輩が一歩前に出すので、俺は一歩後ろに下がる。


「いや、その。言いづらいんですけど、ま、前々から友人との約束があって。本当はそれに付き合ってて」

「そうね、お友達との約束は大事よね。で、お友達は何処に?」


 見回す事すらせず直接俺に聞いてくる辺り疑っているのだろう。


「そいつ電車通いなんで、そのまま電車に乗って帰りました」


 嘘は言ってない分スラスラと質問に返せる。少しは疑念はなくなったか?


「そうなの……。その子は男の子?」

「もちろん」


 この時の俺に何でここで性別を誤魔化す必要があったのか聞きたい。


「……ふーん」


 購買でしていたあの冷たい視線が再び俺に注がれている。


「ねぇ、廉君。何であなたの右肩からだけ香水の香りがするの?」


 あぁ、浮気の証拠を突きつけられていく男性ってこんな気持ちなんだ。


「そ、それは多分友人がつけてたやつで」

「ううん。この香りは女の子がつけるような甘い香りよ」

「じ、女子も一緒だったんで」

「さっき『そいつ』って言ってたんだから一人だけよね? 他の人が帰ったとも言ってないし」


 一つずつ嘘を潰され、姫華先輩の表情から笑みが失われていく。


「え、いや、その」


 ここで「分からない」「隣の女性がウトウトしていた」などと返していればもしかしたら疑われなかったのかもしれないが、それほど俺の頭にキレはなかった。

 もう何を言っても疑念しか生まれないだろう。


「廉君。もしかしてだけど、私達に何か隠し事でもしてるの?」


 とうとう避けたかった質問が投げかけられた。


「オレガカクシゴトナンカスルワケナイデスヨ」


 動揺しすぎて悲しいほど抑揚のない棒読みっぷり。

 これは流石に自分でも笑ってしまいそう。


「……そうよね。廉君が隠し事をするわけないわよね」


 と、大根役者も甚だしい誤魔化しであっさりと信じてしまった。

 笑顔になった姫華先輩を見ると良心が痛い。

 昨日もそうだが、この人は人を信じすぎなのでは?


「そ、そうですよ。俺がそんな隠し事なんて」

「でも、もし嘘ついてたら……」

「ついてたら?」

「お仕置きとして私のお願い一つ聞いてもらおうかしら」


 あら可愛いですね。出来れば生徒の前で公開躾をするほどドSな事を知る前に聞きたかったです。

 この状況でのお仕置きの内容がお願いなんて、悪魔の甘い囁きと変わらない。


「あ、心配しなくてもいいわよ。金品は要求しないから」


 むしろそっちの方がありがたーーいや、俺の嘘にヘリを飛ばそうとしていた人だ。

 要求されれば、「サッカーやろうぜ!」と言いながら交代含めた人数俺の財布から諭吉さんが出かけてしまう。

 マネージャーの一葉さんと後輩の英夫くんもついて行くに違いない。


「ち、ちなみに何ですが。お願いの内容は」

「……あらー」


 そんな万能返答みたいに「あらー」を使っちゃダメです。


「そんなに怖い顔しないで。あら? もうこんな時間。ごめんなさい、私この後用事があるので」


 時計を確認してからペコリと頭を下げて、駆け足で帰っていく姫華先輩。

 嵐は去った。今までの緊張を表すほど大きな息を吐く。


「助かった」


 自然と肩を落とし、主に精神的な疲れを感じながら俺も帰路につく。

 自宅に到着してすぐに荷物を置き、卓也宛にメールで「フィギュア欲しいか?」と、写真を添付して送信。

 五分も経たない内に卓也から「あなたは神か!」と崇拝メールが届いたので、「明日帰りに取りに来い」と素っ気なく返す。

 今度は一分もしないで「OK」の二文字と腹だたしい顔文字のメールが送られてきた。

 これでフィギュアは消化。

 この後はただ軽く飯を食って、淡々と時間を潰しただけなので省略。

 時間は夜の十一時。もうそろそろ寝るかと、電気を消して布団に潜る。

 明日もまた脅されるのだろうけど、水原先輩がいるなら少しは気持ちが楽だ。

 そんな事を考えて瞼を閉じた。

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