お嬢様で、優しい副会長は女王さま(疑問)4
「ここです」
三階まで上り、案内された扉にはアニメ研究会と書かれている。
卓也は躊躇わずその扉を開いた。
中は思っていたよりも広く、棚や机の上には漫画やDVD、フィギュアなどが華麗に陳列されている。
各々で自由に過ごしていた部員達は突然の訪問者に動揺している様子だった。
「み、三島君。何でせ、生徒会長様が」
黒縁メガネをかけた気弱そうな先輩が代表して卓也に尋ねた。
「視察をしてるみたいで。あ、こちらはアニメ研究会部長の竹村篤郎先輩です」
恐縮して頭を下げる竹村先輩。それに返すように俺達も頭を下げた。
「突然で申し訳ない。この部がどんな事をしているのか見に来たのだ。出来れば私たちに構わずいつも通りにしてくれればいい」
と綾先輩が言うのだが、流石に全校生徒の注目の的である生徒会長が目の前に現れたらいつも通りなど出来ない。
部員達全員の動きがぎこちなくなっている。
「ん? それは何かな?」
綾先輩は何か気になったようで机の上に置いてある紙の束を指差す。
「これは、その、部員が描いた漫画でして、あのその、ここはアニメ研究会と言っていますが、アニメだけじゃなくて、漫画とかもその、受け入れてるんで」
声色から伝わってくるほど緊張している。
「どれ、見してもらっても構わないか?」
作者である人物に竹村先輩がアイコンタクトをとるとそれらしき女子部員から許可が下りた。
「大丈夫みたいです」
「では」
丁寧に作品を扱い、一枚一枚目に焼き付けるようにじっくりと見ていく。
未完成なのかページ数が少なく、時間にして十分が経つと綾先輩は作品を静かに置いた。
漫画など綾先輩には関わりがなさそうに見えるが、果たして講評はどうなのか。
「あ、あの、どうでしょうか」
長い沈黙に堪らず聞く作者。
「一言で言おう……中々面白かった」
とても短い感想。しかし、それだけで彼女の顔はパァーッと晴れた。
「あまり漫画を読まないのでそんな事しか言えないのだが」
「いえ! 十分です! ありがとうございました!」
何度もお辞儀をして感謝している作者。
やはり自分が描いたものが評価されれば嬉しいものなのか。
「今後も活動に励むように。では私達はこれで失礼します」
もう視察を終えるらしく、綾先輩は一度お辞儀をして退出しようとしている。
しかし、引っかかりを覚えていた俺はその後を追わない。
「綾先輩。この後って生徒会室で何か話ってあります?」
「いや、この後はもう解散だが」
俺の質問を不思議そうに答える。
「ちょっと卓也に用事あるんで先に戻ってもらっていいですか? そんなに時間はかからないと思うんで」
「いいだろう。十分でも二十分でも一時間でも私は待とう。終わったら生徒会室に来るように」
そう言って雫達を引き連れ改めてアニメ研究会を後にした。
俺を除く生徒会が去った事でようやく気を緩めた部員達は各々の作業や会話に戻る。
残った俺は引っかかりを解消するべく卓也に近づき、他の部員には聞こえないボリュームで囁く。
「どういう事だ? 前あんな事言ってたからてっきり部員達に嫌われてるのかと思ったけど、見てる限り良好に思えるんだけど」
綾先輩がいたから緊張はしていたが、綾先輩が作品を読んでいる最中は部長や他の部員から耳打ちで卓也に話しかけているのを俺は見逃さなかった。
それに態度から部員達に後ろめたさのようなものも感じられなかったのも一つの理由だ。
「いや、ここの人達とは良好なんだ。むしろみんなから積極的に話しかけてくれる。ただ、問題はーー」
卓也の声を遮って乱暴に扉が開く。
唐突な音に思わず体が跳ね上がった。
一瞬生徒会の誰かが戻ってきたのかとも思ったが、あまりにも乱暴すぎる。
「ちわーっす」
扉の近くにはイケイケ系の女生徒が三人、ニヤニヤしながら立っていた。
誰かの友人か何かか? いや、明らかにここにいる人と系統が違うしな。
「あ、卓也君いるよ!」
呼ばれた卓也を盗み見ると、笑みが引きつっている。
考える必要もない。これが元凶なのは一目瞭然。
「卓也君、この後遊びに行かない?」
「いや、その」
助け舟を出してと言わんばかり俺をチラチラ見る。
俺にどうしろと。
「水原さん。三島君はこの後は自分と約束があるので遠慮してもらいたい」
三人が一斉に竹村先輩をキッと睨みつけるが、一瞬怯むも竹村先輩も睨み返す。
「ふーん、あ、そう」
とりあえず誘う事はやめたが、今度は俺を押しのけて卓也を囲む。
「ならお話しよ。この部らしくアニメの話で」
そう言ってイケイケ三人組は卓也を囲って話を始める。
が、アニメや漫画を原作としたドラマの話や、広く世間知られた漫画の話。
別にそれが悪だと全く思はない。好きであるなら。
しかし、彼女達の言動は明らかにアニメや漫画を小馬鹿にしたような口ぶりであり、ドラマ化されてないもの。あるいは世間一般で評価されていないものは認めないといったスタンス。
なんでそんな人物がこうして部室に出向くのか。
目の前の光景が答えだ。
「あ、あの。水原先輩。出来れば、もうちょっと声を静かにしていただけると」
綾先輩に作品を見てもらった女子部員がおずおずと頼む。
しかし、三人の視線が注ぎ込まれると体を固めてしまう。
「あら、誰かと思ったら地味子ちゃんじゃない」
「もしかして、『仲良しの卓也君を取らないでー』って言いたいの?」
仲間の二人が不愉快な笑い声を上げながらその子を蔑む。
「わ、私はそんな事ーー」
「そうだよねー。あんたみたいな地味で根暗そうな子なんて、卓也君に話しかける事自体間違ってるわよ」
にっこりと笑う水原先輩。
「水原さん、やめないか!」
竹村先輩が割って入った事でしらけたのか、素直に引き下がった。
「君達はここに用はないだろ。ならもう帰ってくれないか」
「竹村先輩。あたしもここの部員ですよ? なら、いても構わないでしょ」
そう反論すると水原先輩は何かに気がついたのか、足早に竹村先輩を通り過ぎる。
そして、机の上に置いてあった作品に手を伸ばした。
「あら、地味子ちゃんの漫画?」
「返してください!」
自分の作品を無作法に触られ、顔を赤くする。
水原先輩が眺めていた作品を他の二人がかっぱらい、回し読みをして小馬鹿にし始めた。
「うわっ、こんな展開普通ありえないでしょ」
「てか、目デカすぎ。こんなの平然と描くなんて、相当の勇気だね」
いい加減我慢の限界だ。それは卓也も同じだった。
「それは花田さんが一生懸命描いた作品です! それを酷く言うなんておかしいです!」
「えー、私達はー、読者として意見を言ってるだけだよ。だ・か・ら」
作品をわざと床に落とす。
「つまらないものはこうするの」
そしてそれをもう一方が足で踏みつけた。
目の前で起きた出来事にただ呆然と眺める事しかできない。
「ひどい……」
目を真っ赤にし、涙が溜まっていく花田さん。
本当に同じ人間が出来る行動なのか。
生徒会の一員として、一人の人間として居ても立ってもいられるわけがない。
「それ以上はやめてください!」
大声を急に出したせいで声が裏返った。恥ずかしい死にたい。
「うわっ、声裏返ってる。ダサっ」
それ以上は触れないで。
「廉……」
卓也そこは部員じゃない俺が守ろうとしている姿に感動する場面なわけで、かわいそうな子を見る場面ではないぞ。
「さ、流石にこれはやりすぎです! 生徒会として見過ごすわけにはいきません!」
生徒会の単語に三人がピクリと反応した。
「生徒会なんだー」
そう言って仲間の一人が俺に近づく。
「そうです。これ以上何かするなら生徒会として行動を起こさないといけません」
と、言って強気になっているものの、足は自然と後ろに下がった。
「ふーん、そう」
目の前で足を止めて、舐め回すように俺の顔を観察する。
「もういい。二人共帰ろ」
水原先輩がそう言うと素直に聞き入れ、三人で扉へ向かう。
「今日はこの辺で帰ってあげる。またね」
その言葉を残して三人はこの場を去った。
「すまない。君にまで迷惑をかけてしまって」
竹村先輩が深々と頭を下げているが飽くまでこれは俺が勝手にやった事で、謝る必要などない。
「いいえ、気にしないでください。それより、あの人達は一体」
「水原さんは一応ここの部員なんだよ」
確かに『ここの部員』とは言っていたが明らかに系統が違う。
「去年まで彼女もここの部員達とは仲が良かったし、共通の話もした。でもある日を境に、ここに訪れる事はなくなった。そんな彼女が三週間ほど前にさっきの二人を連れてここを訪れたんだ」
水原先輩がここの人と仲が良かったのかと驚くが、そこは言及しない。
「おそらく三島君が目的だったんだろう。それからずーっとこうして部室を訪れては彼を誘うんだ」
流石にそんな状況じゃ卓也はいづらいわな。卓也の事だ。ここが好きだからこそ退部したいと考えたのだろう。
「すいません竹村先輩。俺がもっとしっかりと断っていれば」
「君のせいじゃないよ」
そうやって卓也の罪悪感を減らそうとはしているが、それだけで罪悪感が晴れる事はない。
「君もこれ以上関わらない方がいい。そもそもここの問題なんだから。さ、生徒会長さんが待っているよ」
「……失礼しました」
頭を下げて俺は彼らの顔を見ないように扉を閉めた。
協力しますとは言えなかった。部外者の俺が下手に首を突っ込んで、あの部に迷惑をかけてしまう可能性があるからだ。
頭では理解していた。しかし、少しでも卓也のために、あの部のためになるのであれば。
「いい加減に水原を辞めさせてください!」
「いや、まだだ……」
「まだってなんですか!? もう十分に退部させる理由になります!」
部員達の言い争いが聞こえてしまった。早くここから去ろう。
「あ、出てきた出てきた」
部室棟を出てすぐに、またあの三人と遭遇した。いや、これは明らかに俺を待ち伏せていた。
「何の用ですか?」
「そんな怖い顔しないで」
「ちょっと君とお話ししたいだけだからさ」
名も知らない二人の先輩が詰め寄り、水原先輩が遠くでその様子を眺めている。
ついて行っていいのか? しかし、卓也のためにも一日でも早く解決したい。
「ちょうどよかったです。俺も先輩達と話がしたかったんです」
「そっか。なら人目に付かないところに行こうか」
素直に受け入れた俺は三人に囲まれながら誘導されるように校舎裏に連れていかれる。
昼間でも陽が当たっていないのか、この季節にしては少し肌寒く感じた。
「この辺でいっか」
先頭を歩いていた二人が立ち止まるとくるりと半回転してニヤリと笑う。
「さ、早く話を――」
と、早急に話を進めようとしたが二人は思いっきり俺を後ろに突き飛ばした。不意を突かれた事で対応出来ず、後ろにいた水原先輩を巻き込んで転んでしまった。
そして運悪く俺が水原先輩を押し倒すような形になり、目尻に若干の涙を溜めた水原先輩に睨みつけられた。
「す! すいませ――」
俺の謝罪はシャッター音にかき消される。
「奴隷かっくて~い」
「あーあ、生徒会の子が女の子を襲うなんて」
こんな事は少し考えればは予想出来たはずなのに。どうやら俺は冷静ではなかったようだ。でなければこんな安易な罠にはまるはずがない。
「どうするつもりですか」
立ち上がって精一杯睨むが、今の俺の立場では相手をひるませる事すら出来ない。
「だから奴隷だって。私達の言う事をなんでも聞く」
「そうそう」
「そんな事するわけ――」
そっとさっきの光景が映ったスマホの画面を見せびらかされる。
「いいのかなー。写真ばらまいちゃうよ?」
「そんな写真誰が信じるもんか!」
「そう思うなら勝手にすれば? 全校生徒が皆あんたの味方って言えるならさ。それにこの角度だとあんたの顔は見えないけど、舞の嫌そうな顔は見えそうだったり、見えそうでなかったり」
皆絶対信じてくれる。信じてくれる……信、じて……。
俺は奥歯で噛み潰した苦虫と共に言葉を飲み込んだ。
そんな勇気は俺にはない。ならせめてこれ以上被害がないように、そして生徒会に迷惑が掛からないように彼女達に従うしかない。
「そうそう、そうやって素直にね」
「それとケータイ出して、もちろんパスワード解除してよ」
言われた通りにすると何かを手際よく打ち込んでいく。
「ほら、舞も打ち込みなよ」
スカートに着いた土を払っていた水原先輩に渡すと、二人と同様に水原先輩も打ち込んだ。
「はい」
水原先輩から受け取ると、連絡先に新しく「水原舞」「諸星綺羅々」「宮本秋葉」の三人の名前が追加されている。
「私達が連絡したらすぐに来る事。分かった?」
「これからよろしくね。庶務君」
奴隷を手に入れた事で気分を良くしたのか、今日はそれだけで三人は帰った。
残された俺は自分の失態に失望していた。勇気のない臆病者の俺のせいで生徒会の肩書を自ら足枷に変えてしまったのだから。
少しの間放心状態になった俺は綾先輩達がまだ生徒会室で待っている事を思い出し、重い足取りで校舎に入る。
どうすればいいのか。どんな顔で行けばいいのか。などと考えているといつの間にか生徒会室の前で立ったまま入ろうとしない。
「廉君。入らないの?」
お手洗いに行っていたのか廊下からやってきた姫華先輩に不意を突かれ、体が大袈裟に反応してしまった。
そんな俺の姿に不思議そうに小首を傾げる。
「どうしたの? 少し顔が優れないように見えるけど」
「い、いえ! 初仕事で少し疲れが出ちゃっただけですから」
もちろん嘘だ。
「大丈夫!? すぐに休んだ方がいいわ。今から迎えのリムジンを。いえ、渋滞する恐れがりますからヘリの方が」
「そこまでしなくてもいいです! 少し疲れただけですから!」
そんな俺の身の丈に合わない事をされては明日から大家さんから変な目で見られるに違いない。
「そう?」
「二人共。何を生徒会室の前で話してるんだ?」
流石に俺達の会話が聞こえた綾先輩が扉を開けて、俺と姫華先輩を交互に見つめる。
「廉君、疲れてるみたいだから送っていこうかと思ってるの」
「何!? 大丈夫か廉君! 仕方ない。ここは私が責任を持って君を送り届けよう。だから君の住所を教えてくれ。流石の私もまだ君の家を把握していないんだ」
「俺の住所をゲットとして何するつもりですか」
そこは俺の最終防衛ラインだ。今までもなるべく綾先輩に警戒しながら回り道をする事でその情報が流出する事を防いでる。必死こいて隠しているものをやすやすと教えてたまるか。
「別に、送ってもらう必要はありませんから。俺はすぐに帰って休みますから心配しないでください」
生徒会室に置いてあった鞄を持って逃げるように帰った。
宣言通り、家に着いた俺は夕食を済ませてそのまま布団にくるまる。単に隠すためについた嘘だったが疲れは溜まっていたらしく、すんなりと眠りについた。
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