(他称)アニキと、(自称)姉貴の兄姉バトル3
三十分後、アニキと美鶴さんが俺のために水着を選んでくれたわけだが、結果だけ伝えよう。
「アニキの勝ちです」
「そ、そんな……」
店内で膝から崩れ落ちる美鶴さん。
正直ファッションにこだわりのない俺はシンプルなもので十分だった。
おそらくアニキも俺と似たような感性だったのか、ハーフパンツのようなシンプルなデザインの黒い水着をチョイスしてくれた。
だがさっきも言ったが、俺はファッションにこだわりはない。
つまり、大抵のデザインなら神様の言う通りで決めていた。
対抗馬が三角の赤い旗を立てた小舟のイラストが敷き詰められたデザインであれば話が別だ。
何歳を前提にしたデザインだよこれ。
と言うかよくあったなこんなデザインの大人サイズ。
「美鶴さんって、こんなにもセンスがなかったなんて」
と呟くと、それを聞いていた水原先輩は腑に落ちない様子で俺の言葉を否定する。
「そんなはずないんだけど。綾達の水着選びのアドバイスしてたし」
「しまった。れっちゃんがいるからつい『大好きな弟を無意識に子供扱いしてしまうお姉ちゃん』ムーブをしてしまった」
「あなたは姉ムーブに人生でもかけてるんですか?」
「……俺の勝ちなら、もう終わりでいいか?」
もう何も触れたくないアニキは、死んだ魚のような目を向けて終わりを催促するが、こんなことで美鶴さんが終わらせるわけもない。
「まだだよアニキさん。まだ戦いは始まったばかり。まだ九十九試合残ってるから逆転する余地は━━」
「何さらっと百本勝負しようとしてるんですか」
「美鶴ねえ、さすがにそこまでは付き合えないよ。せめて三本勝負にして」
「で、でも、これはお姉ちゃんとして譲れない戦いで」
「駄々こねるなら美鶴ねえは海に連れてかないから」
「今の勝負は私の半分の実力を見せてないですから。残りの二戦覚悟してくださいアニキさん」
この人ある意味水原先輩に強いし、弱いよな。
「わかったわかった。それで次の勝負は?」
「ふっふっ、次は場所を変えて本屋さんです。れっちゃんが漫画大好きというのはご存知ですね」
「あー、そういえば前にそんなこと言ってたな。それがどうした?」
「次の勝負はれっちゃんにささる漫画選び! 一冊ずつ漫画を選んで、れっちゃんが気に入った本を選んだ人が勝者というシンプルなものです。ですが、さっきも言った通りれっちゃんは漫画が大好きです。もし変な漫画を選べば好感度は一気に下がり、挙げ句の果てには口を聞いてもらえないほど怒り狂うでしょう」
「俺をなんだと思ってるんですか」
「とにかく、次の勝負は私がいただきます。覚悟してくださいアニキさん」
と言ったのが本屋に行く前のこと。
結果を言えばアニキの不戦勝だ。
「ねぇ、れっちゃん。おかしいよこんなの。だって漫画やアニメだったら普通ここはお互いに一本ずつ勝利して、最終戦までもつれ込む流れだよ? なのにストレート負け。しかも不戦勝っておかしいとお姉ちゃん思うの」
張り合いはなかったが、試合が決まってしまったのだからしょうがない。
「さ、アニキ、卓也。買い物の続きをしましょうか」
「あ、あぁ」
「あ、その前にこれ買ってくるから廉達は先に外に出てて」
「れ、れっちゃん? あの、聞いてる?」
「わかった。近くのベンチで座ってるからな」
拓哉を残して俺とアニキは本屋を出る。
そして近くにあった自動販売機で缶ジュースを買い、一息ついてからベンチに座ろうかと振り向くと、バスケ部顔負けのサイドステップで俺の進路を妨害する美鶴さんと対面する。
「なんでさっきから口聞いてくれないの!?」
「怒り狂ってるからですよ」
正直に答えても美鶴さんは納得がいっていない様子。
「なんでなの? 私はれっちゃんを思って、れっちゃんのことだけ考えながら、れっちゃんのためになる漫画を選んでいたのに」
「その結果笑顔でおね○ョタ本を提供しようとする姉を騙るアルバイト先の女先輩を目の前にした俺の気持ちは考えてください?」
「鴨がネギを背負ってきやがったぜ」
あまりにもくだらない発言に俺は過去最高に冷たい視線を美鶴さんに向けると、さすがの美鶴さんも動揺を見せる。
「だ、だって、疲弊した心を癒すためにはバブみが必要だって。れっちゃんも気疲れがすごいっていってたから気遣っただけなのに」
親切心でやったとかいってるけど、やってることはただのマッチポンプなんですよ。
「それに舞ちゃんを見て」
美鶴さんに促されるまま水原先輩を見る。
「お、男の子と女の人がは、裸で……」
茹で蛸みたいに真っ赤な水原先輩。
そして美鶴さんは自信満々なドヤ顔を向ける。
「めちゃくちゃ可愛いことになってる」
「それが俺との最後の会話ってことでいいですね?」
「ウェイウェイウェイ。少しは会話のキャッチボールを続けようよ」
キャッチボールしようとか言いつつ、消える玉投げてきたのはそっちなんですが。
「いいれっちゃん? 見た目はギャルな舞ちゃんが、エッチな漫画の表紙を見ただけで、ギャルとは思えないほどの初心な反応をするんだよ? めちゃくちゃ可愛いよね?」
「まぁ、それは認めますけど」
「つまり、私は漫画じゃなくて、別のところでれっちゃんの心をさしてた。これは不戦勝どころか、私の圧倒的勝利なんじゃないかとおねえちゃん思うんだけど」
「水原先輩の可愛らしい反応に免じて慈悲を与えようと思いましたが止めることにしました」
「待ってよれっちゃん! おねえちゃんを見捨てないでー!!」
公衆の面前で恥ずかしげもなく俺にしがみつく美鶴さん。
俺はそれにすら反応しないように、淡々と引き剥がそうとするが、美鶴さんも負けじと俺のズボンを握る手に力を込める。
「れっちゃんの言うことは何でも聞くからさ! 昔みたいに一緒に遊んでお風呂に入って添い寝もする! だから許してよれっちゃん!」
「あんたとそんなことした事実は一切ない!」
どんどんこちらに注目する人達が増えていく。
さらに残念なことに、俺の周りにいる女性陣は皆顔面偏差値が高く、美鶴さんも例外ではない。
そんな美鶴さんの口からお風呂だの添い寝だの何でも聞くなどの言葉が飛び交えば、女性からの冷めた目と、嫉妬に燃える熱い視線が集まるわけだ。
だから俺は一刻も早くここから立ち去りたいんだよ!
「いい加減にしてくださいよ! 年上の女性が何男子高校生に対して駄々こねてるんですか!? 早くは・な・し・て・く・だ・さ・いっ!」
「い・やっ!」
俺と美鶴さんとで攻防を続ける中、ため息を漏らす声と共に俺の肩に手が置かれた。
「え、あ、アニキ?」
「もうそれぐらいで許してやってくれないか?」
アニキの説得に思わず、引き離そうとして力んでいた腕から力が抜ける。
「たしかに百鳥さんの行動は逸脱していたかもしれん。だけど、百鳥さんの気持ちも分からなくもない。年下の兄弟がいればついつい可愛がろうとして、思いがけない行動をとっちまう。現に昨日、妹の一言で俺が狼狽えるのを見ただろ? こんな見た目で硬派気取ってるような奴がだ。それでも俺は妹達が大切だ。好きなんだ。百鳥さんもお前のことを弟……に似た何かのように思ってるから、ついこんなことしちまったんだよ。少なくとも、お前に迷惑をかけようなんて思ってないことだけは、わかってくれないか?」
「アニキさん……」
「アニキ……俺の目を見て話してくれませんか?」
話してる最中ずーっと、俺ではない何かを見て話しているアニキ。
「アニキさん、ごめんなさい」
俺と一緒に話を聞いていた美鶴さんが突然謝った。
「れっちゃんに『アニキ』って呼ばれるアニキさんに嫉妬しちゃって。アニキさんに負けたくなくて」
「わかってる。でもどっちが上とかそんなことが重要じゃないだろ? 問題はどっちも守谷にとって大切なアニキ、アネキだってことだ。だからもう金輪際勝負なんてする必要はないんだ」
あ、これいい話風にまとめてるけど、要約するともうこんなことで俺を巻き込まないでくれってことだよな。
「……そうですね。アニキさんの言う通りです。私間違ってました。どんなことがあっても私はれっちゃんのおねえちゃん。それに変わりないんですよね!」
変わる変わらないとかじゃなく、そんな事実はないんですってば。
あと、いい加減俺のズボンから離れてくれませんか。
「……そういうことだ」
対応が面倒臭くなって適当な返事してるなアニキ。
でも、すぐにその対応やめないと、痛い目見ると思いますよ。
「アニキさん。アニキさんはとてもいい人です」
「そうか?」
「はい。れっちゃんのことでここまで考えてるなんて」
「まぁな」
「私と同じくらいれっちゃんが好きなんですよね!」
「まぁな……えっ?」
「れっちゃんが可愛すぎてついつい構っちゃうんですよね? 分かりますよ。同じれっちゃんの兄弟として」
「いや、俺は━━」
アニキが否定する前にスッと立ち上がった美鶴さんはアニキの手を両手で握る。
「これかられっちゃんのアニキ、アネキとしてよろしくお願いしますねアニキさん」
「俺は別に守谷の━━」
「あ、もうこんな時間。みんなを待たせすぎちゃった。舞ちゃん、呆けてないでみんなのところに戻るよ」
「……え? あ、うん」
言いたいことだけ言って、アニキの言葉に耳を傾けずにそそくさと立ち去っていく美鶴さん。
「……なんでこうなったんだ」
アニキは項垂れながら深いため息を吐く。
「あ、あの!」
美鶴さんについていったはずの水原先輩がアニキに声をかけた。
「水原? 百鳥さんについていかなくていいのか?」
「追いかけますけど、その前に。美鶴ねえがご迷惑をおかけしました」
深々と謝罪する水原先輩。
当然謝ってもらうつもりもなかったアニキは困惑の色を見せる。
「い、いや、たしかに圧倒はされたが、別に謝られるほどじゃ……いや、本当に、謝られるほどじゃない、と思う、ぞ?」
そこは嘘でも言い切りましょうよと思ったがアニキは何か言いたげだ。
「……前のことは、悪かったな」
今度はアニキが謝ると、水原先輩が首を横に振る。
「もういいんです。今日の美鶴ねえとやりとりを見て、飛鷹さんが本当に悪い人じゃないってわかりましたから」
笑顔で答える水原先輩からは嘘を感じられない。
本心を伝えているのだろう。
そのことが分かってか、アニキの表情が和らぐ。
「お待たせー!」
全てが終わった後にようやく買い物を済ませた卓也が合流する。
「あれ? 美鶴さんは?」
「みんなのところに戻ったよ」
「ねぇ、よかったらこの後みんなで一緒に買い物しない? どうせみんなで行くんだしさ! 相談しながら買おうよ!」
と、水原先輩が提案する。
「俺はいいですよ」
「俺も問題ない」
二人は快く提案にのる。
後は俺だけ。
正直美鶴さんがまだ若干暴走しているだろうけど……そんなことどうでもよくなった。
だって、みんなで海に行く準備をするなんて、楽しくないわけないからさ。
「もちろんいいですよ」
「舞!」
俺が首を縦に振ったタイミングで、綾先輩がみんなを引き連れてこちらにやってきた。
「綾? お茶してたんじゃ」
「もうそろそろ買い物を再開しないと間に合わないと思ってな。美鶴さんも一緒だぞ」
名前を呼ばれひょっこりと顔を出す。
「なら行こっか。あ、守谷達も一緒に買い物することになったから」
「それは助かる。アウトドア用品も買わないいけなかったからな。男手はほしいところだった」
歓迎ムードで迎えられ、綾先輩達と共に俺達は買い物を楽しんだ。
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