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少女の箱庭  作者: 言葉綴
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プロローグ

 


 私は、いつものように空を見上げていた。

 見上げている空はいつもの様に冴えわたっていた。いわゆる、快晴というやつだ。そんな空模様の中、私の心はひどくくすんでいた。代わり映えのしない日常。色の付いていない日常。そんな日常に私は―――うんざりしていた。卒業するまでこんな日常を繰り返していくのかと考えただけでも鬱になってしまいそうだ。まぁ―――幸いなことに、ここはよく陽が当たる窓際だから、少しは気も紛れるというものだ。

 こうして考えに耽っている間にも授業は粛々と進められているが、正直な話、それらの話が頭に入ってくることはなかった。

 このような言い方をしてしまうと顰蹙を買うことになってしまいそうなのだが―――私は、授業というものがどうでもよかった。確かに「学ぶ」という行為は、人間である以上、とても大切なことだ。だが、それは授業でなくてもいいということだ。授業というものは無駄が多すぎるように思う。これは個人的な意見だが、教科書と参考書さえ読んでおけば、大抵の試験問題は半分以上正解できるだろう。

 決められた答えがあるものは嫌いではないけれど、答えの無い問題のほうが好きだ。だから―――小説を読むのは好きなのだ。出された課題を解いている時よりも、本を読んでいる方が頭が回転している気がする。

 兎にも角にも、このようなことを考えていたからなのか、久しぶりに図書室に行きたくなってしまったのであった。


 放課後、私は図書室へと向かった。朝早くに起床して学校へと向かったためか、いささか足取りは重たいが、本を読みたいという欲求には逆らえなかった。

 私はどうも、一度「こうする」と決めたことは、他の何を差し置いても、その決めたことをしなければ気が済まない人間らしい。らしい―――というのは、友人にそう言われたためである。

 そう―――自分の評価は、あくまでも他人が決めることだ。つまり自己分析など、他人から評価を貰うまでできようはずもない。だからこそ私は、他人に「貴女はこういう人間だ」と言われるまで気づかないほど、鈍感なのだ。


 そうして、木でできた、今となっては珍しいであろう扉を開ける。

「あ、アリス。図書室に来るなんて珍しいね」

 そこには私のクラスメイトでもあり、唯一といってもいいであろう友人の白居遊佐(しらいゆさ)が、カウンターに元々置かれている椅子に腰を掛けていた。

「―――確かに珍しいかもね。それで、遊佐はなんでまた図書室なんかに?」

「私は委員会の仕事で、ね」

「そっか。委員会の仕事は忙しい?」

「ううん。そうでもないよ。ほら、今日のお客さんはアリスだけだよ」

 辺りを見渡す。幾つかある机のどれにも人は座っておらず、確かに私一人だけのようであった。まぁ―――少なくとも、この図書室に来た人、でいえば二人になるのだけれど。

「それよりもアリス。見てほしい本があるんだ」

 そう言うと遊佐は、カウンターを出て本棚へと向かい、一冊の本を手にこちらへと戻ってきた。私はその本を手に取って表紙をめくったが、そこには何も書かれてはいなかった。そこからパラパラとページを流し見たりしたが、やはりその本には何も書かれてはいなかった。唯一文字が書かれていたのは、この本のタイトルだけであった。

 その本のタイトルとして『彼女は此処に』とだけ書かれている。

 何故作者は何も書かれていない本にタイトルを付けたのだろうか。これは大衆向けではない―――きっと、個人に向けて作られた物だろう。しかし―――何も書かれていない時点で、それは『本』とは言えないのではないだろうか。そうすると、今手にしているコレは、只の紙束だ。本ではない。

 物語の無い本があっていいはずがない。この紙束には、少しばかりの虚しさを感じる。

「―――これはまた、凄いね。何も書かれていない」

「そうなんだよ。これを創った人は何を考えてこれを創ったんだろうね」

「さァ―――。きっと私たちの考えも及ばないだろうさ」

「―――なんか、アリスのために創られたものみたい―――」

「―――なんで、そう思うの?」

「いや―――なんとなく。他意は無いよ」

 遊佐は笑いながらそう言ったが、遊佐が何故そんなことを口にしたのか、私には理解できなかった。赤の他人よりは遊佐のことを理解している(と思っている)私でも、このときばかりは理解しあぐねたけれど、深く聞くのも億劫であった。

「それじゃあ、私は帰るけど―――アリスはどうする?」

 本棚から引っ張り出してきた件の本を、元の場所へと戻しながら遊佐は私に問いかけてくる。

「私はまだここに居たいんだけど―――」

 まだ一冊も本を読んではいないし、持って帰って読みたいという気分でもない。私は帰り路で読んだ本の内容を頭の中で加味するのが好きなのだ。私の周囲にいる人は、遊佐を除いて誰一人として共感してくれる人は居なかったが。

「そっか―――じゃあ、鍵だけお願いしてもいい?」

 遊佐は図書室の鍵を自分の鞄の中から取り出すと、私に手渡してきた。

「それと、下校時間だけは守りなよ―――先生に怒られちゃうから」

 遊佐はそう、注意を促してくれた。こういうお節介なところも、なんだかんだで、私は気に入っている。

「うん。わかったよ」

 なので、そう言う私の口元は少しばかり口角が上がっていた気がした。しかし―――実際に自分で見たわけではないから、それを知るのは遊佐だけだが。

 ともかく、鍵を受け取った私は帰路に着く遊佐を見送った。


 それからどれくらい経っただろうか。

 窓の外を見れば、もう家の窓から漏れる光が綺麗に映るくらいには、外は暗くなっていた。時間が経つのも早いものだ。

 もう帰ろうか―――私は読んでいた本を棚に戻し、遊佐に言われた通り鍵を閉め、図書室を後にした。

 そういえば、この鍵はどこに返せばいいのだろうか。肝心なとこを聞きそびれてしまったが―――とりあえず職員室まで持っていけばいいか。そう思い至って職員室まで向かったが、電気は点いておらず、鍵も閉められていた。少し―――遅くなりすぎてしまっただろうか―――。

 仕方なく、私は守衛室まで鍵を届ける事にした。守衛室には、まだ灯が点いていた。早く家に帰りたかった私は、足早で守衛室に向かった。だが、その守衛室には誰も居らず、電気だけが点灯している。

 はて、これは一体どうしたのだろうか。コンコン、と窓を叩いてみるも、返事は一向に帰ってはこなかった。おかしい―――。私はもう一度守衛室の中を見やる。何度見たところで状況は変わらないだろうが、もしかしたら、と思ったのだ。

 私は途方に暮れてしまった。仕方がない。こうなったら、教室にある遊佐の机に入れておくか。そう考えるや否や、私はすぐさま行動に移した。


 教室へと辿りついた私は、教室のドアをやや勢いよく開け放った。その際に、ガラガラ、と使用感溢れる音がした。普段の私であったのなら、こんな扉を開ける音など気にも留めないのだが、周りが静寂故に私の気に留まり、同時に気に障った。なんて煩わしい音なのだろう。毎日こんな音と生活を共にしているのか、と考えるだけでも気分が沈む。まあ―――今更なのだが。

 教室の敷居を跨いで、遊佐の机へと歩を進める。そして遊佐の机を見やれば―――はて。何故、図書室で見た、内容の無い白紙の本が置いてあるのだろうか。確かそれは、遊佐が図書室を去る際に本棚へと戻していたはずなのだが―――それは私もしっかりと、この目で目視して、確認している。

 不思議に思い、遊佐の机にある白紙の本を手に取った。すると、どうだろう。本が光を帯びだし、ひとりでにページが捲れだした。そして、一枚の頁でその動きを止めた。同時に、放たれていた光は、本の中へと収束する。その止まった頁は依然として空白のままだったが、これには何か意味があるのではないか―――そう思い、そのページをじっと眺めていたが、変化が起こることはなかった。

 ふぅ―――こんな不思議な体験も、いざ体験してみれば、そう悪いものでもなかった気がする。軽い気持ちで本を閉じようとしたその時、またもやページがひとりでに動き出し、本の一番初めの頁、本来であれば目次が綴られたはずであろうその頁に、文字が浮かび上がった。

 そこには『貴女の人生に色彩を』と記されていた。


 その奇妙な現象に、私は再び驚かされた。頁が勝手に動く、なんていうことは、今に至るまで一度も体験したことはなかったのだが、ポルターガイスト、という言葉で片づけてしまえる。しかし白紙の頁に、勝手に文字が浮かび上がるなんて、まるでファンタジーではないか。

 驚くと同時に、嬉しさが込み上げた。日常、というものに心底うんざりしていた私にとってこれは、いわば神様からの贈り物だ―――なんて思ってしまう私は、どこかおかしいのだろう。普通であれば、狼狽えたり、取り乱したりするのだろうが、なぜ私はこんなにも気持ちが高揚しているのだろうか。

 嗚呼、そうか。人と関わることを今まで避けてきたから、きっと人として必要な感情が欠落してしまったのだ。好く言えば、変人。悪く言えば、狂人。

「ふふっ」

 言い得て妙だな。自問自答し、自己完結する。確かにそんな人間など、変人以外の何者でもないな。

 そんな―――言ってしまえばどうでもいいことを頭の中で馳せている内に、ふと―――この不思議な本のタイトルは何だったかと思い、本の表面を見た。『アリスは何処に?』と書かれている。この本はこのようなタイトルをしていただろうか。しかし、記憶はアテにならない事が大半だ。多分、こういうタイトルだったに違いない。

 そう考えていた、その時。勢いよく、黒板に近い扉が開け放たれた。不意なことに私は驚き、そちらを振り向くが、そこには誰も居なかった。何が起こっているのか、私の考えが追い付くことはなかったが、超常現象が起きている、ということだけは分かった。

 そして、いつの間にか、黒板に文字が書かれていた。


『やあ、アリス。見つけたよ』


 その文字は赤黒く、言い換えるなら―――そう―――擦り付けられた血、のようであった。もちろんそんなことは無いだろうし、私がネガティブ思考なだけだけかもしれない―――だがしかし、そんな表現がなんとなくだが、とてもしっくりくる。雰囲気の所為もあるだろう。この緊張感に心臓が高鳴る。

 しかしこれは―――私に向けられた文章なのだろうか―――。一応、私は周囲を見渡すが、私以外には誰も居なかった。それに―――有栖(ありす)、なんて名前―――私以外には、この学校には居ないだろう。

「やあ、アリス」

 背後からの突然の声に、少し肩が跳ねる。恐る恐る後ろを振り返るとそこには、今では全くと言っていいほど見なくなった燕尾服に蝶ネクタイ、シルクハットを被った青年がそこには佇んでいた。

「す、すみません。どちら様で?」

「どうしたんだい、アリス。そんなに怯えて。僕だよ、僕」

 はてさて―――こんな、時代錯誤も甚だしい人物、私の知り合いに居ただろうか―――いや、居なかったはずだ。

「弱ったな―――もしかしてアイツに記憶を持っていかれちゃったのかなぁ―――」

 さっきからこの人は何を言っているのだろうか。やっぱり―――関わらない方がいいかな。触らぬ神に祟りなし、ってよく言うし。青年がこちらを見ていない隙に、忍び足で近くの扉へと向かう。

「あれ―――どこへ行くんだい、アリス」

「―――いえ、なんか忙しそうだったので、私は退散しようかと」

「うーん、確かに忙しいかな。あ、僕の名前言ってなかったね」

「あ、いえ―――名前とかいいです。私はもう帰るので」

 一応、礼儀としてお辞儀をし、床に転がってた鞄を拾い上げ、教室を出ようとする。結局この人は何だったのだろう。憶測だが、きっと卒業生の類であろう。

「―――また逃げるのかい、アリス」

 そんな、物語でも出てきそうな三文台詞が彼の口から―――声帯から発せられる。

「逃げるも何も、私は家に帰りたいだけで―――」

「嗚呼―――君はあの時もそうだ―――僕を、僕たちをまた、見捨てるのか!」

 青年は声を荒げながらそう言った。もうこちらとしては、思考が停止するくらいには、青年の言っている意味を理解することは不可能だった。

「―――はぁ。じゃあ、まぁ―――話だけなら」

 幸い、急ぎの用事があるという訳ではないし、話を聞いてあげれば青年も満足するだろう。

 しかし―――「また」とはどういうことだろう。彼とは今、この瞬間に出逢ったはずなのだけれど。世間でいう、「向こうは知っているけれど、こちらは知らない」というやつだろうか。

 ストーカーとかだったら嫌だなぁ―――。

「ありがとう、アリス!」

 私が話を聞く姿勢をみせた途端に青年は、まるで人が変わったかのようにはしゃぎ出した。情緒不安定な方なのだろうか―――早速不安になる。

「それじゃあ、まず僕の名前。ウィルソンと云う。ウィルでいい」

 ウィルソン―――外国の人なのかな―――少しばかり青年の顔を覗き込む。確かに肌は透き通るような白さをしていた。不覚にもその肌の綺麗さに、羨ましさを抱いてしまう。それに、髪の毛で目元まで隠れてはいるものの、よく見ると中々どうして、美形だった。

「どうしたの、アリス?」

「あ、いや―――何でもない」

 ウィルを観察する際、少し顔を近づけすぎた私は、ウィルと距離を取った。

「それで、ウィル。さっき忙しいって言っていたけれど、その用事って何なの?」

「そうだった! 急いでいたんだった!」

 何かを思い出したのか、ウィルは慌てだした。そして私の手を取り、

「行こうか、アリス。シロウサギを殺しにね!」

 そう、言い放つのだった―――。



最後まで読んでいただいて本当にありがとうございます。

楽しんでいただけたのなら、幸いです。

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