第85話 善なることは、悪なること
第85話 善なることは、悪なること
視点 凪紗南イヴ
場所 クイーン王国 ナナクサ村 宿屋 兼 食事屋 ブランティエ
日時 2033年 4月4日 午後 9時30分
エレノア妖精副女王と妖精達が背負っているリックサックを床に置いてから、リュックサックを開いた。
開いた瞬間、魂のしらべ達や黒く濁った魂のしらべ達が室内へとふわりと浮かび上がる。
蛍のように燐光する魂のしらべ達、それに混じって黒く濁った魂のしらべ達が予の顔を見て、動揺してキョロキョロと挙動不審になった。
眩しい光を放っているのに、誰もその輝きに気づくことはなく、事情を知らない村人達は一体、何が飛び出したんだ? と怪訝な表情をしていた。
この場では妖精魔法を行使できる予と妖精族しか魂のしらべは見えないのだから仕方が無い。
エレノア副女王が予に決断を迫るように碧い瞳でキリっと見つめる。
もはや、未来お姉様が語った通り、蘇生魔法は遅かれ早かれ、公の下に晒されるならば、ここで蘇生魔法を唱えても政治的大差はない。
予は決断する。
イヴ「蘇生魔法を……唱える」
重々しく、予がそう宣言した瞬間、村人達から拍手と歓声が巻き起こった。予はここでは生き返らせた時に窮屈になると考え、歩を進める。
予を守護するように英さん、咲良が予の前を歩む。
予の右隣にはりりす、アイシャ、左隣には真央、セリカが共に歩み、背後をテスラ、らら、マリア、レイお兄様、幼子、メイヤ、メイシェ、ウィル、ナリスが後に続いた。
視点 神の視点 ※文法の視点名です。
場所 クイーン王国 ナナクサ村
日時 2033年 4月4日 午後 9時32分
幾つもの並べられた松明の赤い光だけが深淵の如き、夜空の闇を照らす……。
石壁が壊れて隙間風が吹き込む家屋や、屋根に危険種動物の爪痕がついた悲惨さを物語る現状や、遺体が片付けられても尚残る数カ所の鮮血の跡が凪紗南イヴの顔をしかめさせる。そして、厳しい銀と金のオッドアイの眼差しがそれらを映した瞬間、イヴは可能な限り、蘇生魔法で生き返してあげようと思った。Levelが急激に上がった効果もあり、蘇生魔法で体力を消耗することは無さそうだ。
それもこの光景を作る原因があったからこその事なので……素直には喜べない。
ただ、イヴは粛々と魂のしらべ達が飛び交う中心へと進む。
蘇生できると喜び勇んでいる魂のしらべ達と、自分達は蘇生できないと動きがなく漂っているだけの濁った魂のしらべ達に対して、妖精族のチビ達に囲まれているエレノア副妖精女王が厳しい口調で注意を述べる。
エレノア「私が良いと言うまで決して、言葉を発せずに! イヴ様の集中が途切れる原因になります! 貴方達のイヴ女王様への忠誠心を見せて下さい、このエレノア・ミイーサに! さぁ!」
エレノア副妖精女王の言葉にイヴ女王様への忠誠心と愛情に深い魂のしらべ達は全て、肯定の意を示す上下の運動をサインとして、エレノア副妖精女王に送る。
それに感心した妖精族の一人が4枚羽根をぴくぴくと動かして一言、口を開く。
妖精族の少女「うわぁー、さすが、イヴ女王様愛に厚いクイーンの国民。お行儀の悪い魂のしらべさんが一人もいない」
イヴが全身に魔力を流し始め、銀色の髪が風に揺らぐ度にきらきらと輝きを放つ。その後を追うように全身が輝いた。
その魔力の放出に凪紗南りりすが溜息を吐く。
りりす「イヴお姉様、素晴らしい魔力の質。しかし、コントロールが甘すぎる。要課題点」
と、イヴの強大が故に未だ、使いこなせていない様をりりすは一発で看破した。その様子を眺めていた凪紗南未来は「ほう……」と感嘆の声を思わず上げる。
アイシャはそのりりすの発言に見え隠れするりりすの有用性に少し悔しそうに思うが、セリカ、真央はさすがイヴの妹という歓迎一色の感想を胸に抱いていた。
村人達がイヴの放つ圧倒的な魔力の波動に「おお……」と畏怖の溜息を口の端から漏らす。ただ、ルルリだけ、村人達の合間からイヴを親の敵のように睨んでいた。
そんなルルリの同行を目線で雨雲英、新羅咲良は確認する。それぞれ蘇生魔法の邪魔をさせるつもりはないと意気込みに溢れていた。咲良の方は若干、眠そうにしている為、ズッ友であるイヴ以外の人物には解りにくいのだが…………。
イヴは空中に浮かぶ数多の魂のしらべのうち、一つに触れると早速、イデアワードを力強く唱える。
イヴ「蘇生魔法 リヴァイヴ!」
すると……何も無かった地面に男性の身体が再構築されて……イヴが触れていた魂のしらべが重力とは関係ない魔力の作用で再び、その身体に戻る。
直ぐさま、意識を取り戻し……その男性は硝子で身体ができているかのように「身体が動くぞ……」と呟きながら立ち上がった。
蘇生魔法の行使の後、次の蘇生魔法の為に気持ちを切り替えるべく、息を整え終えたイヴに蘇生した男性は頭を下げる。
蘇生した男性村人「ありがとうございます! イヴ女王様、このご恩は生涯、忘れません」
話している間に無骨な男の両眼からポロポロと涙が零れた。
嬉しさに肩を上下に激しく揺らす程の涙を流す男性の肩をイヴは優しく、一叩きすると……男性を待っている村人達の合間から抜け出た一人の幼い少女に目を向けて諭す。
イヴ「娘さんの処に帰ってあげるのだ。良いか? 本来、命は一つなのだ。それを忘れずにこれからの幸福な人生の思い出を……10年、20年、30年、40年……それよりも長く刻んでゆくのだ。それが予に対する一番の礼となるのだ。ゆけ、新たな人生を駆けよ!」
イヴの声に触発されて、男性は太い腕で何度も嬉し涙を擦りながら走り続けた。
そして、自分の胸に飛び込んでくる娘を優しく、両腕で抱きしめた。
男性の娘「パパ!」
蘇生した男性村人「あーたん!」
頬擦り合い、笑う娘と父。
その傍で母が暗い夜道を照らす街灯の明かりのように微笑んでいた。
例え、誰であろうともこの光景を蘇らせた行為を否定されたくないとイヴは遠い遠い自分とお母様、お父様との暮らしを思いにながら微笑んだ。
だからこそ、この村にもっと、人のぬくもりの明かりを!
*
何度目かの蘇生魔法の行使でクッキアとナノナが言っていた8歳のパン屋の娘 グレノが蘇る。
グレノは一目散に三つ編みを揺らしながら、自分の友達であるクッキアとナノナの傍に駈け寄ると……輪になって踊り出した。
その光景が伝播し、村人達は周囲の大切な人と手を繋いで輪になって踊り出す。
だが、イヴはその楽しげな光景を見てもまだ、休まず……蘇生魔法を行使し続ける。途中、あれだけ嫌っていたミドル エーテル ライト 300㎖(成分のほとんどが少女神 リンテリアの唾液)を飲んでまで。
そのイヴを応援するようにりりすが教会の聖歌を歌い出す。それは厳かに夜の闇に飲まれずに……腹の底から発せられた声は何処までも行ける祈りのようだった。
その声に負けじとアイシャ、真央、セリカも歌い出した。プロのりりすとは雲泥の差の出来ではあるが、イヴにとって婚約者達の聖歌は何よりの力となった。
その光景を良かったと思いつつも、凪紗南未来は隣で警戒を続ける雨雲英に注意を促す。
未来「これは失われた命がイヴという小学生のような身長の少女が奇跡を起こしているから成り立っている。この奇跡の恩恵に与れる人間が全てではないと知ったら……その与れない人間は騒ぎを起こすぞ」
プルプルと怒りに震えて、地面のただ一点を見つめ、そこに丁度やってきた子ネズミを踏みつぶした幼い少女 ルルリに未来はさり気なく、視線を合わせた。
銀縁の鞘を愛おしげに撫でた後、雨雲英は未来の言葉に頷く。
英「人間は自分の都合で動く我が儘な生き物ですから仕方がありませんね。こればかりは如何に文明が豊かになろうとバグのように表れる問題なのかもしれません」
未来「いや、英さん。これは人間が人間である証……。愛すれば愛する程、その愛が人間の正常な理性を侵す愛の病だ」
幼子「………てめぇはいつから詩人に鞍替えしたんだよ。だがな、未来天皇代理様の言葉は間違えじゃない。まだ、生きる為の選択肢が残されているうちは患者も患者の周囲も医者を神のように扱う。その手段が無くなると……医者は神の地位を剥奪され、お前が悪いだの、と罵倒を受ける。…………悲しいけど、これも人間の顔。ああ~、酒飲みてぇー」
美麗幼子は腰に括り付けた酒壷を揺らし、酒壷の存在を未来、英に強調する。
それに対して、珍しく……未来は怒らず、ただ、悲しい眼差しで今も人々の生命を現世に呼び戻し続ける銀髪の少女 イヴを見つめる。
英「同感です、これからの事を思えば……」
未来「珍しい。酒を飲まない英さんが……。しかし、これからの事を思えば同感です」
幼子「見守ろうぜ。我が主君 小さな御姫様がこの試練を乗り越えられるように祈りながらな。自分の忠誠心に」
英「いいですね、僕の忠誠心に」
未来「私の愛情心に」
英「似合いませんね」 幼子「似合わねぇー」
そんな三人の言葉の意味が現実となるのは時間が掛からなかった。
蘇生魔法の恩恵に与れない村人達の大切な人を愛するが故の憎しみは……蘇生魔法を行使している間も燻っているのだから。ルルリの態度を見て、予測を立てていたのだ。
ひょっとしたら、蘇生魔法は万能ではない? と。
蘇生魔法で大切な人が生き返れば、それを直ぐさま忘れ……それ以外の者は憎悪の炎として、自分の心の蝋燭にそれを灯し始める。




