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創世する世界のイヴ # Genesis to the world's Eve  作者: 遍駆羽御
本編―――― 第2章 1000キュリアの祈り
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第84話 勝者は華井恵里

 

 第84話 勝者は華井恵里


 視点 凪紗南りりす

 場所 クイーン王国 ナナクサ村 宿屋 兼 食事屋 ブランティエ

 日時 2033年 4月4日 午後 9時25分



 我のイヴお姉様の震える身体を感じた。暖かい温もりは変わらないのに……急速に冷えてゆく感じがする……。

 我の耳にはイヴお姉様が唾を飲む音が微かに聞こえた。


 イヴお姉様が迷っている間にも民達が近づいてくる。口々に勝手な願いを口ずさんで。


 クッキア「お願いします。蘇生魔法でグレノちゃんを助けて下さい」


 ナノナ「お願いします」


 村人達「お願い致します!」


 ルルリ「治せ! 化け物!」


 全く、頼めば何でもやってくれると勘違いしている者はどうして、こんなにも愚かなのだろうか。我のお母様 華井恵里がこんな人間を見たらきっと、虫けらのように踏みつぶすであろう。

 緩んだイヴお姉様の指から我の胴体を離して、我はイヴお姉様の横に立つ。イヴお姉様を護るようにアイシャ、真央、セリカがイヴお姉様の周りに集合する。


 英さんはさり気なく、腰に帯刀した左右4本の刀のうち、一振り 銀縁ぎんえんに触れて、いつでも……イヴお姉様が村人達に危害を加えられる前に対処可能だとわざと知らせていた。


 一方、幼子(イヴお姉様も呼び捨てをしていたからいいだろう)は料理には手をつけず、用意された酒を片っ端から飲んでいる。こちらの状況に不安を感じていないようだ。


 幼子よりもっと、酷いのはイヴお姉様の事をズッ友と称して先程までイヴお姉様と楽しく会話をしていたはずの咲良がテーブルに額を当てたまま、眠りこけている日本の皇家に関係する守護十家の当主としてはあまりにも相応しくない姿だ。ああ、涎まで真っ白なテーブルクロスにつけている。テスラ、らら、マリアが何とか、起こそうとしているが無意味のようだ。レイさんは無駄だと商売人らしい判断でスルーを決め込んでいる。


 イヴお姉様の民達にこんな無様を晒している新羅咲良には本来ならば、罰が必要だが……イヴお姉様が「咲良は羊さんみたいで和むのだ!」という謎の理由で咲良の居眠りに関してはお咎めがないと、あまりに眠そうな姿を見て、我は英さんに尋ねたらそう教えてくれた。

 その甘さと優しさを思い出して、我は笑顔を作れない代わりに丁度、肩に乗ってきた黒猫リルを両手でぎゅっと抱きしめた。


 黒猫 リル「にゃーん、にゃー」


 古代魔法 バベルスペルを使用していないので解らないが……きっと、リルは我の寵愛を受けて喜んでいるに違いない。

 その証拠にバタバタと手足を動かしていたが、我がさらにぎゅっと抱きしめたら大人しくなった。甘え上手になったものだ、漆黒のキャット。


 横目でイヴお姉様を観察する。

 真剣な民達の視線を一身に受けた我にはない優しさと甘さを織り交ぜたイヴお姉様は銀と金のオッドアイを伏せて、いずれ……我も口づけするであろう柔らかな桃色の唇に自らの拳を当てて思案する。


 イヴ「予は……」


 と、何かを言いそうになっていた唇は再び、固く閉ざされる。


 民に意見を言ってみよと言ったイヴお姉様の凜々しさとは違う少女の弱さを我は垣間見た。その弱さは銀髪が美しい小学生のような体型の少女という容姿も合わさっていっそう、我の心に強く儚く印象づける。


 お母様は我に――――

 恵里『良い? 絶対に私の堪忍袋の緒が切れるまでにいーちゃんを、貴女のお姉様を殺しなさい。それが出来損ないのりーちゃんの唯一の存在理由。忘れないで貴女が選別した80人の子ども達を私はいつでも赤子をブッチ殺すよりも楽に殺せる。そう言えば、勇者の春明君のお人好しな血が半分、入っているりーちゃんならば何を優先すべきか? 解るよね……』

 ――――警告と生きる意味を諭されている。


 だが、我はイヴお姉様を愛したい!

 今はほっそりとした腹部を我とイヴお姉様の子で膨らませたい。

 誰も喋らない静かな空間はイヴお姉様の発する答えの為に用意されている。

 我はその空間を胸に渦巻く愛したいと護りたいという気持ちだけで引き裂いた。


 りりす「先程、我が言ったことを聞いていなかったようだイヴお姉様の民よ。もう1度、言おう。駄目よ。例え、イヴお姉様がそれを成せたとしても対価に何を差し出せる民よ? 女王が利益無しで動くことはあり得ない。その利益は莫大なモノであると知れ」


 我の言葉はイヴお姉様がイエスと言わなければ、何をするか解らないという熱に帯びた瞳でイヴお姉様を強く見つめていた村人達に突き刺さった。

 そう、文字通り、突き刺したのだ。


 我の言葉の対象ではなかったナリスやウィル、メイシェ、我の下僕のメイヤも空になった皿を片付ける作業を止めて、我の方に怯えた視線を送っていた…………。


 我は全身にとんでもない量の魔力を循環させていた。これはステータスを戦闘時だけSTRENGTH、DEFENCE、SPEED、MAGIC ATTACK、MAGIC DEFENCE、CONCENTRATIONを2倍にする古代魔法 ケルベロスのイデアワードを口ずさむ前の状態だ。

 その圧倒的な魔力威圧を受ければ、村人達が黙るのも当然だった。


 イヴ「りりす」


 我の名前をイヴお姉様はまるで名曲の一節のように奏でた。

 我はそれだけで気が緩んでしまい、全身に流れていた魔力は霧散した。

 しかし、我の憤りに待ったをかけたイヴお姉様に反論する。妹の我に対して、すまないという情けない表情を浮かべて、我を天上に住まう宝石の如き金と銀のオッドアイで見つめているのが……不服だった。


 りりす「イヴお姉様は少し優しすぎる。日本の頂点とクイーンの頂点を兼ね備えたイヴお姉様が本来、民と気安く接することはない。民が遙か天上にいる者に望みを願う……。イヴお姉様、それは優しさではなく、甘やかし」


 しゅんと縮こまったイヴお姉様の銀色の髪をテーブルに置かれたままだった櫛を手にして、我はイヴお姉様がしてくれたようにお尻の辺りまで伸びる髪を梳かす。

 そうすると、イヴお姉様の顔色が良くなった。赤く充血した顔は元来の雪の如き白い肌と相まって目立つ。


 そんな姉と妹の恋色模様空間をさり気なく、ぶち壊すように……未来お姉様が白銀のツインテールを揺らして、我とイヴお姉様の近くまで歩み寄ってきた。

 そして、我とイヴお姉様のそれぞれ、金と銀のオッドアイ、銀色の両眼を眺めると、ふっと微笑んだ。わずかなその笑みは消えて、真剣な保護者の表情を見せる。


 その表情に我とイヴお姉様の背筋が伸びる……。


 未来「全く、りりす第二皇女の言う通りだ。しかし、それを修正するには後手に回りすぎた。頭が切れるな、華井恵里は……」


 イヴ「まさか、この状況を生み出すことが狙い?」


 であろうと我もイヴお姉様に同意するように頷く。


 未来「そうだ。蘇生魔法を世に知らしめて混乱を引き起こす。きっと、多くの人間が望むだろう、自分の大切な人間をどんなことをしても生き返らせたいと……」


 その未来お姉様の言葉を聞いていた村人は餌を求める燕の雛のようにぴぃーちくぱぁーちくと囀り始める。


 女性村人1「お願いです! 私の命と引き換えでも良いです。私の子どもを!」


 男性村人1「俺もそれでお願いします。弟を生き返らせて下さい!」


 女性村人達「私も、私も! お願いします……」


 男性村人達「俺も! お願いです」


 その声にイヴお姉様はどうすべきか? 再び、女王の顔になって固い表情のまま、目を瞑り、思考を巡らせる。


 未来「そうことだ、イヴ。この戦いは華井恵里の勝ちだ。蘇生魔法が広がれば、救済と憎悪の連鎖が始まる。治癒魔法と同じように……盗賊王 マーク・リバーのような憎悪が表れ続ける」


 その言葉は真実であり……我に反論することはできない。だが、胃の辺りがムカムカした。

 そのムカムカが何であるか? はすぐに判明した。


 真央「未来様! そんな言い方はないでしょ!」


 そう、未来お姉様に対して、竜族の証である尻尾を揺らして、床を何度も叩き、羽根をその場で羽ばたかせるという子供じみた怒りを真央は爆発させる。


 セリカ「そうですわ! それにイヴちゃんは傷が癒えたばかりですわ」


 そう、セリカは未来お姉様の氷のように冷静な銀色の両眼と目を合わせて、怯えずに……言い切った。


 ああ、これが我のムカムカの原因、イヴお姉様に対する甘さの高鳴りか……。

 だが……それでは……と我は首を横に振る。この感情はイヴお姉様を駄目にしてしまう。


 未来「いつまで腰巾着を続ける! イヴの弱さ、甘さに繋がる」


 我が考えた思いと違わずに未来お姉様はそのまま、口に出して、真央、セリカを叱る。


 真央、セリカの近くで聖剣 ローラントを握り締めて、アイシャは己のうちに沸きあがる甘さに耐えていた。聖剣を握り締めた指先は赤く充血していた。

 耳をすませば、微かに……「豚……」という単語がアイシャの口から繰りかえされているのが聞こえる。


 アイシャについては及第点だというように、アイシャのクールな視線=アイシャの売られてゆく家畜を見る視線を眺めて、未来お姉様はすぐに視線を逸らせた。

 イヴお姉様の顔に両手を添えて、幼い子どもに教えるようにゆっくりと未来お姉様は喋る。


 未来「命を軽々しく考えて、どうにかできると驕るな。イヴ、感謝だけを受け入れるな、憎しみも受け止めろ」


 イヴ「……はい、未来お姉様」


 イヴお姉様が頷くと、よくやったと未来お姉様はサラサラな銀色の髪を撫でた。それに、イヴお姉様はちょっぴり、はにかんだ笑みを浮かべる。


 未来「ならば、感謝と憎悪をその身に味わえ。エレノア副妖精女王よ。魂のしらべと、濁った魂のしらべは集め終えたんだろう?」


 その声は震えていた。悔しさに震えていた……。

 それは誰にでも解ることだった。だからこそ、誰もが黙った。


 未来お姉様が言った通り、この戦いはイヴお姉様の負けで華井恵里――――我のお母様の完全な勝利なのだから……。こうすること事態がもはや、敗北の象徴なのだ……。


 未来お姉様の言葉に我にさえ、感知できない妖精魔法 クリアで隠れていたエレノア副妖精女王を始め、小柄な妖精達がそれぞれ、魂のしらべと、濁った魂のしらべの入っているであろうリュックサックを背負って姿を見せた。

 どの妖精も皆、悲痛な表情を浮かべて、これから起こることに対して、”イヴお姉様を同情の目で見つめていた……”。


 憎しみに駆られた遺族の暴挙を止めなければならない。その遺族を殺してでも……と黒猫 リルを抱きしめる腕にもっと、強く力を入れた。

 漆黒のキャットも我の気持ちを理解しているようなにゃーん! という勇ましい叫びを上げる。


 真央「あんた、黒猫、苦しがってるよ」


 りりす「修行が足らんぞ……漆黒のキャットよ」


 そう言って、我は漆黒のキャット リルを解放する。


 すると、リルはあろう事か、我が先程まで堪能していたイヴお姉様の膝の上に寝転がった。


 りりす「………一週間、最低ランクのキャットフードの刑」


 我の聖域に侵入した下僕を許せるほど、我の心は広くなかった。







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