第83話 りりすの想いと、イヴの想い
第83話 りりすの想いと、イヴの想い
視点 凪紗南イヴ
場所 クイーン王国 ナナクサ村 宿屋 兼 食事屋 ブランティエ
日時 2033年 4月4日 午後 8時10分
今、予は最高に人生を謳歌していると言えるだろう。
美味な煙が鼻孔をくつぐり、「食べろや、ねえちゃん♪」と誘っているが…………予にその誘いは通用しない。
テーブル7卓を連結させたテーブル達の上にナナクサ村 名産魚ピグミルの刺身、フランスパン、野いちごジャム、各種てんぷら(フキ、よもぎ、アザミ、スミレ)、豚肉の生姜焼き、麻婆豆腐、熊の骨付きチキン、おにぎり、ホットドッグ、たこ焼き、ピザ、キャビアと大トロイクラ丼、寿司(たまご、かんぴょう、いなり、きゅうり、ウニ、イクラ、イカ、サーモン、ホタテ、アカガイ、エビ、ヒラメ、タイ、マグロ)、サラダ、ケーキ(苺のショートケーキ、チョコケーキ、チーズケーキ)、北海道牛乳クッキー、金箔をまぶしたパフェ、トルコアイスが所狭しと並べられている。それが美味いの元だが……予は屈しない。遅い夕食だとしても屈しない。人類の摂理すら越えてみせる。
そして、予は妹 りりすを構い続ける!
りりすの夜空よりも神秘的な髪を予は櫛で梳く。
櫛に1度も引っかかることなく、サラサラと櫛の歯からりりすの髪の毛が1本1本、離れてゆく。その髪さえも予は可愛く、愛しく思えた。
セリカがマリアを猫可愛がりするのも納得だ。
予の膝の上に座るりりすをぎゅーっと背後から抱きしめた。りりすの体温がほんわかと予の体温と混ざり合い…………優しい気持ちにさせてくれる。
イヴ「りりすは可愛いのだぁー。さすが、予の妹。りりすぅ、予はLilithのシングル、アルバムを全て、所有しているのだ。保存用、布教用、観賞用と3点、ばっちり!」
りりす「我の凜々しく高貴なイヴお姉様が……こんなの我のお姉様ではないぞ」
りりすの口調は常に棒読みだが、照れているのであろうことは”お姉ちゃん”である予が解っている。
りりすの胴体に絡まる予の指を必死にりりすが引き離そうとしている。あまりにその動作が激しいので椅子がガタガタと音を立てていた。
予はその音さえも嬉しかった。
”予はこれで妹を殺さずに済む”
その想いを知っているからなのか、普段は皇族としての姿勢にうるさい未来お姉様も日本茶を飲みながら、たまに、予とりりすの様子を窺っているだけだった。
予の視線は処狭しと並ぶ料理を次々と胃袋の中に納めている真央の視線とぶつかる。真央は料理が山のように積まれた大皿をセリカの座るテーブルの傍に置く。
そして、そっと、予とりりすに近寄ると……予の指をりりすの胴体から、竜族の腕力を持ってして引き離した。
一仕事、終えたわとばかりに真央は溜息を吐く。
真央「妹に引かれているぞ、姉。もう、ちょっと……周りの反応を見てはしゃぎなさい。凪紗南イヴ皇女様、ああ……異世界 リンテリアではイヴ・クイーン女王様。クイーンの意味って――――」
イヴ「真央、しーなのだ!」
真央がこんな公の場所でクイーン王家が元々はヴァンパイア族の王族だったことよりも秘中の秘であるクイーンの意味 ”天上に至る人の身 天の女王”を言いそうになったので、予は真央の口を咄嗟に塞いだ。
真央の竜の尻尾が「もう、解ったから」と予の左足を叩いた。
それに従って、予はゆっくりと真央の口を解放した。
イヴ「それよりも、それよりも聞いてくれなのだ! 真央。りりすが、りりすがラブリーなのだぁー」
りりす「我はラブリーではないぞ。棒読み、無表情のつまらない闇よりも深き闇のプリンセスぞ」
真央「何故、イヴ妹、殊更に黒い色を……ああ……」
真央はりりすの衣装であるゴスロリを眺めて納得したように頷く。
真央「厨二病か。12歳で発症なんてなかなか、優秀なオタクになりそうだわ」
りりす「厨二病ではない。古代魔法を主に唱える我はイヴお姉様の妹ぞ」
真央「やべぇ、自覚のない本物だ」
真央のエメラルド色の瞳が輝いている。
何か、真央にりりすが取られそうで嫌だと予は思い、りりすの頬に自分の頬を寄せて再び、後ろから抱きついた。
イヴ「りりすは予の妹なのだ」
りりす「真実であるが、過激なスキンシップすぎるぞ」
真央「別にとらねぇーって、イヴ」
予とりりす、真央とでやりとりしていたら、セリカが妹のマリアを引き連れて、予達に近寄ってきた。
セリカ「照れていますね、りりすちゃん。きっと、胸の内はお姉ちゃんが自分の歌手活動を応援してくれたことに感動しているんですわ。妹はそういうものです、ねぇ、マリアちゃん」
マリア「はい、そうですわ!」
りりす「ち、違う……。だが、我はイヴお姉様と一緒に暮らせることは良かったと思う……ぞ」
そう喋るりりすの発言を聞いた予、真央、セリカ、マリア、アイシャ、咲良、未来お姉様、英さん、らら、テスラ、レイお兄様、ナリスさん、メイシェ、ウィルさん、幼子、りりすの下僕として紹介されたメイヤがそれぞれの思い思いの微笑みを浮かべた。それは野に咲く花々の如き美しさに溢れていた。
この美しさ――――世界に祝福されている感覚があるからこそ、予は頑張れる。これからはりりすと共に頑張るのだと予はりりすと頬ずりをした。
それを眺めていたクールなアイシャが何やら、ぼそぼそと呟いている。
アイシャ「近親相姦希望厨二皇女。おのれ、私のイヴの頬にすりすりと………」
*
しばらく、会話と食事を楽しんでいた予達の長い長い4月4日、最後のイベントを告げる二つの足音がナナクサ村 宿屋 兼 食事屋 ブランティエの扉を開いた。
幼子達と一緒に来たまだ、紹介してもらっていない高校生くらいの男性と女性がその二つの足音――――2人の幼い少年少女を止めようと追いかける。
しかし、必死に走る幼い少年少女は予の前に近づくことに成功した。
高校生くらいの男性「ちょっと待て、何かに熱血しているようだが、ちょっと待て! イヴ様を危険に晒したら教官に殴られる!」
高校生くらいの男性がそう叫ぶが、予には目の前の少年と少女がそれほど、危ないようには思えなかった。
それに危なかったとしても、今も膝の上に乗っかっている古代魔法の使い手 予のりりすには勝てない!
…
……
………妹より弱い姉とはどうなのだろう? と一瞬、思ったが……今は考えないことにした。果てしなく落ち込みそうだ。
せめて、妹の前では凜々しくと声を張り上げる。
イヴ「良い! 幼い少年少女、発言を許す」
予が許すと少年少女は互いの顔を見て頷き合い、少年がゆっくりと口を開いた。
クッキア「グレノちゃんを治して下さい!」
イヴ「グレノちゃん?」
少年の言葉の続きを隣の少女が言う。
ナノナ「グレノちゃんはお空に行っちゃった私達と同じ8歳のパン屋の女の子なんです!」
少年と少女は予に頭を下げた。
床には少年と少女の想いの深さの表れである雨粒が降り注いでいた。
予はその想いにどう答えるべきだろうか? と顎に指を添える。
予が答える前に、りりすが無表情ながらもキツイ口調がどことなくある棒読みで回答した。
りりす「駄目よ。例え、イヴお姉様がそれを成せたとしても対価に何を差し出せる少年と少女よ? 女王が利益無しで動くことはあり得ない。その利益は莫大なモノであると知れ」
りりすの言葉は全くの真実だ。
だからこそ、予は迷うのだ。
ここで助けるのは簡単だ。
しかし、その代償として、蘇生魔法を予が唱えられることを世間に確実に知られる。
どうすれば! どうすれば!
そう、考えている時、また、扉が開かれた。
そこに立っていたのは拘束されているはずのルルリ・ミカサギという幼い獣人の少女だった。
その少女は予の顔を睨みながら、叫ぶ。
ルルリ「ルルリのママを生き返せ! 蘇生魔法を唱えられる化け物! ママを生き返せ!」
感情を爆発させたルルリは疲れて呼吸をする度に、肩が上下に揺れていた。
ルルリの入ってきた開かれた扉から多くの村人の姿が見えた。
皆が口々に……予に嘆願した。
”イヴ女王様、生き返して下さい私達の大切な人を”
視点 神の視点 ※文法の視点名です。
場所 バベルの空中庭園都市 宿願の塔 専用浴場
日時 2033年 4月4日 午後 8時10分
その状況を予測していた今回の首謀者である華井恵里は自分の本拠に戻り、傷一つない裸体を広々とした湯船に沈めていた。
ふぅーと緊張をほぐす息を吐いた後、恵里はにやりといたずらをした幼い少女のように微笑む。しかし、眼は決して笑っていなく、憎しみの炎に燃えていた。
華井恵里「いーちゃんは優しいからきっと、盗賊さんや危険種動物さん達に殺された村人を村人の家族やその大切な人間に頼まれれば、嫌とは言えないでしょ。くっはははは!」
暗い暗い、灯りさえない暗闇にあるはずのない光を求めて、恵里は手を翳す。
そして、恵里は爆笑した。
2歳の頃のイヴ『ボクはえりりんと外交努力で平和条約を結ぶことを目指すのだ! えりりんの事、ボクは大好きなのだぁ』
華井恵里『まぁ、そんなことにはならないわ。でもね、覚えておいて。世界はいーちゃんの優しさなんて通用しない場面が多いってことを』
ああ、せっかく、教えてあげたのに……と恵里は笑いの最中、思った。
だからこそ!
だからこそ!
だからこそ!
華井恵里「くっははあははははあははははははあはっはははははははあははははっはははっはははっはあはっはははっははははあっははははははあはっはははっはははははははあはははははははっはあっはっは――――」
――――笑いが止まらない。
*
華井恵里は裸体を闇に晒す。
その身体は女性的な柔らかさを備えた人間の限界を超えた美と威力の芸術だ。
程よく実った胸に雫が垂れる。
その雫は華井恵里がこれまで奪ってきた命と同じくらい、儚く…………華井恵里にとってはどうでもいいモノだった。
「我らは、凪紗南イヴ、世界の意志に反逆する者なり。イヴを道しるべに進む者達よ、命を頂こう! それが我がバベルの塔 リーダー 華井恵里の意志だ!」というのは華井恵里がリーダーを務めるバベルの塔の創設理念であるが……それさえ、華井恵里にはどうでも良かった。
ただ、愚かで馬鹿で自分の世界でしか物語(人生)を語れない者に世界を否定する為の言いわけを作ってやり、利用する為の箱庭に過ぎない。
開かれた窓からは上空 31000mに住まう暴風が吹き荒れてくる。その暴風は華井恵里の身体を傷つけることはできなかった。
何故ならば、華井恵里のLevelは全人類未踏の値に到達しているからだ。凄まじい防御力がそれを成しているからである。
微風となった風が支配者に許しを請うように、華井恵里の娘 りりすと同じ烏色の長い髪を揺らす。揺れ動く度に引き締まった美しい形のお尻に触れ、離れる。それはりりすの産まれる原因となった逢瀬を思い起こさせる。
形の良い唇が歪む…………。
華井恵里「あの女から、お兄ちゃんを奪ったのに、最期までお兄ちゃんは私を愛さなかった。子どもまで産んだんだよ、お兄ちゃん。でもね、お兄ちゃんを振り向かせる道具としてあれは失敗作だったよ。満たされないよ、満たされないよ。あの女を許せない!」
華井恵里はあの女――――リン・クイーンの幻影をリンの娘 イヴに求めていた。
だからこそ、銀色の髪が憎い!
だからこそ、銀と金のオッドアイが憎い!
だからこそ、尊大に微笑み、民に絶対の支持を受ける言葉を紡ぐ小さな唇が憎い!
だからこそ、子どものような無邪気さの象徴の如き胸が憎い!
だからこそ、全ての人間が愛らしいと感じる小学生のような身長が憎い!
だからこそ、凪紗南イヴに繋がる全てが憎い。
だからこそ、銀色の瞳を保つ娘 華井りりすが憎い。
古代魔法 アイテム キーパーを心理詠唱式で唱えて、何もない空間から”犠牲者の血で黒く染めた”白衣を取り出して羽織る。
華井恵里「ねぇ、いーちゃん? 果たしてあなたの蘇生魔法は濁った魂のしらべも生き返らせることが可能かしら?」
答えを華井恵里は知っていた。
華井恵里「無理よね。ここで問題です優しい優しいいーちゃん? では、大切な人を蘇生してもらった遺族には文句がありません。でもでもぉ、大切な人を蘇生してもらえない遺族はどう思うでしょう? それで蘇生魔法の秘密は守られるのでしょうか?」
華井恵里は苦悩するいーちゃん こと、イヴの姿を妄想し、それだけで性的な快楽を覚えていた。
その快楽に溺れる前に華井恵里は呟く。
華井恵里「ふふっ、善意を善意と取らない愚か者どもが私の真の目的 あの女よりも私の方が上ってことをお兄ちゃん、春明お兄ちゃんに解らせてくれる。未来ちゃんは諦めたみたいだけど、私は本当の妹じゃあないもの」
かつて、勇者 凪紗南春明に妹として可愛がられていた華井恵里にはその面影はなく、皮肉にも華井りりすにその面影は引き継がれていることに恵里は気づかなかった。
ただ、憎しみの成就とあり得ない再びの愛する者との逢瀬を望み続ける。
華井恵里の足下には、華井恵里の裸体から滑り降りてきた雫達が水たまりを形成していた…………。




