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創世する世界のイヴ # Genesis to the world's Eve  作者: 遍駆羽御
本編―――― 第2章 1000キュリアの祈り
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第81話 午後 6:35 人災に立ち向かう命達

 

 第81話 午後 6:35 人災に立ち向かう命達


 視点 メイシェ・ブラン

 場所 クイーン王国 ナナクサ村

 日時 2033年 4月4日 午後 6時35分



 今朝、ナナクサ村を出た時は違っていた。


 左右を輪っかのように水色のリボンで繕ったにせの銀髪を指差して、「おはよう、メイシェちゃん。こんな朝早くから食材探しかい? 今日も何カ所か回るんだろう。いいねー、竜族は体力があるから」と挨拶して売り物の花に水やりをしていたおじさんが木の棒と布を繋ぎ合わせた担架に運ばれてゆく。

 あんなに腰痛がきついよ! と毎日、笑っていた近所のおじさんの顔は血の通っていない白い顔をしていた。自分の元気印の小麦色の肌とは別物に思える。

 私は担架の棒を持っている八百屋さんと村会議の書記を務めている作家さんに声を掛けた。


 メイシェ「花屋のおじさんは? もう、助からない?」


 そんなの解っていることだった。一緒にここまで歩いてきたレイ様は悲痛な表情を浮かべて、花屋のおじさんの腹部に注目していた。牙で引き裂かれたような傷口から腸が飛び出して、その周辺が未消化の林檎の欠片とパンの欠片、血が混ざり合った液体で汚れていた。周囲につーんとした悪臭を放っている。


 レイ「メイシェ。残念だが……もう、死んでいる」


 八百屋さん「ああ、死んでるよ。綺麗な顔してるのが幸いさ。ここへ来る前に何人も見ただろう、死体を……」


 確かにまだ、花屋のおじさんは腹部の傷だけでちゃんとした死体があり、家族の下で葬式を滞りなく、行える。それは異世界 リンテリアでは幸福な最期の部類に当たるだろう。

 だからこそ、無理矢理、私は笑った。

 笑おうとしたが無理だった……。


 小さな村であるナナクサ村はほとんどの村民が親しい者同士だった。ここまで歩いてくる際に見た村人の死に顔はみんな、面識のある人達ばかりだった。

 涙が零れないように私はぎゅっと、目を瞑った。


 しかし、涙で目が痛くなり、私は紫色の色彩が綺麗だよと村人のみんなから言われていた目を開いた。

 ぽつ、ぽつ、と涙が地面に零れた。


 メイシェ「こんなことなら、アイリーンクリスタルの効果が切れたことを母のいいつけを破ってでも、イヴ女王様に私が伝えにいけば、良かった」


 レイ「全く、その通りだな。何故? 妹君に言わなかった? ホウレンソウは集団活動における鉄則だ。それとも………」


 レイ様の握り締めた拳は震えていた。これは明らかに防げた”人災”だ。


 もし、レイ様の言う通りに私を含む村人の誰かがイヴ女王様に危険種動物の侵入を防ぐ結界喪失を知らせていたら…………。


 今も比較的傷の浅い村人達が協力して、倒壊した家屋の下敷きになって圧死した獣人族の中学生や、石壁の崩落に巻き込まれて脚の千切れたエルフ族の魔法塾の教師、屋根のはりの一部に頭部を貫かれて絶命したアリス族の食事処 ミサンガ従業員女性や多くの方々が運ばれてゆく。


 人災がなければ、彼らは今も平和に日々の幸福を享受していただろう。そして、この私、メイシェ・ブランも明日の日本出発に向けて村人達に意気揚々と挨拶をして回っただろう。

 超有名難関校 皇立桜花学園 高等部の偏差値は78。

 そこに入るのは勿論、ナナクサ村初であり、充分に自慢できる経歴なのだ。


 レイ様のいつもと変わらない真摯な理性に光る碧い瞳が私や救出作業を続ける村人を順々に観察するように眺める。

 溜息を中空に吐いた後、重々しい口調で私や救出作業を続ける村人に諭す。そこには私達、ナナクサ村の者を糾弾してやろうという姿勢はない。本当は怒りたいはずだ。私達がアイリーンクリスタルの状況を伝えなかった杜撰さに…………。


 レイ「妹君のことを小さな銀色の可愛い少女と感情論だけで観察していたようだな。経営者は理性が一番、必要だ。どんなことでも感情で対処せず、理性で対等に他の同業者と渡り合う。それが成功の秘訣だ。その鉄則を破る愚行をここの村人は侵した。決定権は王の仕事だ。領分を知らなすぎる」


 レイ様の言葉をしんみりとした雰囲気で真摯に受け止めている空気を醸し出しつつ、村人達の同胞を一刻も早く、助け出してやろうと汗水垂らして筋肉が疲労で痙攣している者もいるのに関わらず、その手を止めない。


 レイ様はペロペロキャンディーを黒いスーツの裏ポケットから無造作に取り出すと、包装紙を剥がし、一囓りする。


 レイ「しかし……失った命と傷ついた命には敬意を保ち、俺もナナクサ村の復興には協力をしよう」


 レイ様はペロペロキャンディーが無くなった棒を唇に挟んだまま、目を閉じて月の光だけが満たす夜空を仰ぐ。

 その仰ぎ、目を瞑る祈りはリンテリア教の死者に敬意を保って転生宮へと送る作法だ。だからこそ、私も同じように夜空を仰ぎ見て……レイ様に続いて祈りの、亡くなった人との思い出を過去にする為の聖句を唱える。


 レイ「失われた命に少女神 リンテリアの加護があらんことを」


 メイシェ「失われた命に少女神 リンテリアの加護があらんことを」


 大きな声で祈りを捧げた訳ではないのにその声は救出作業を続ける村人の「助け出せるんだ」と自分を叱咤する声や、意識のある救出された村人の「ありがとう」と感謝する声、亡くなった村人を惜しむ声に混じらず、ナナクサ村に響いた。

 救出作業を止めずに傷の浅い村人達は異口同音に祈りの聖句を呟く。


 傷の浅い村人達「失われた命に少女神 リンテリアの加護があらんことを」


 救出されて担架の上で休む意識が朦朧としている村人達までも、自分達の親しい人を思い、涙を流しながらせめて、祈りだけでも、と目を閉じて異口同音に弱々しく呟く。


 救出された村人達「失われた命に少女神 リンテリアの加護があらんことを………」


 優しく、穏やかな空へと上昇してゆく風に乗って祈りは少女神 リンテリア様に届いたような気がした……。


 メイシェ「これでリンテリア様が死者の魂のしらべを尊んで下さいますね……」


 しんみりと言う私の横でレイ様はスーツの袖を上に捲りながら……何やら微妙な表情を浮かべていた。


 レイ「………あれでも神様なのだから、その時だけはロリコン心を脇に置いといてくれるはずだ……」


 レイ様はそう呟いた後、数カ所の救出作業のうち、一箇所へと駆け足で近寄る。

 倒壊した家に脚を挟まれている意識不明の女の子を助け出そうと、「うー、うー」と巨大な柱をなんとかしようと両手に力を入れて持ち上げようとしている竜族の少女の背後に回る。そして、レイ様は竜族の少女と同じく、柱を持ち上げるべく、両手で柱を持ち……持ち上げようとする。


 レイ「俺も手伝おう。男手の多い方が良い」


 竜族の少女「ありがとうございます!」


 その光景は多くの救助で見受けられていた。

 それを私はとても美しく、何よりも異世界 リンテリアの遺産であることを知っている。


 イヴ女王様のお父様である勇者 凪紗南春明様がハーフエルフの差別や、エルフとアリス族(人族)の互いを同じ種と認めない泥沼状態の戦争、身体障害者と身体非障害者の底にある互いを見下した感情論、獣人と竜族間の奴隷に関する戦争など多くの問題におかしいと叫んできた、多くの問題に幸福にお互い暮らす努力をするべきだ! と叫んできた勇者の残した決して消えることのない絆の光が見える……。その光はイヴ女王様を初めとした異世界 リンテリア人に受け継がれている。


 勇者 凪紗南春明様の有名な言葉がある。


 春明『君達は同じリンテリア人です! アリス族、エルフ、獣人、妖精族、竜族、ドワーフ等の人種や王族、貴族、平民、貧民、奴隷等の身分で自分達の絆を知ろうとしないなんて……それは人生、損してるじゃないですか。共に楽しく生きよう、この危機を乗り越えて!』


 その言葉は今、ナナクサ村のような複数の人種が暮らす状態を生みだし、互いに助け合い、暮らしている。

 その証拠が救助活動をしている村人――――アリス族、エルフ、獣人族、竜族の汗と身体中に付着した泥、埃だ。

 私がその光景を眺めているとレイ様が別の障害物を退かしながら……私に叫ぶ。


 レイ「俺はここで救助を続ける! メイシェはナリスさんやウィルさん、両親の下へゆくんだ。顔を見せてやれ」


 メイシェ「はい! 頑張って下さい、レイ様」


 レイ「任せろ。妹君に叱られないよう尽くそう」


 私は両親と再会すべく、走り出した。

 朱いローブのスカート部位をはためかせて、革靴の底で土を蹴りながら。



 *



 しばらくして、私は記憶とは変わらない木造3階建ての宿屋 兼 料理屋 ブランティエの前でナリス・ブラン――――母を見つけて駈け寄り、お互いの胸に飛び込んだ。

 ぎゅっと、抱きしめ合う。


 ナリス「大丈夫だと思っていました。だけど、メイシェのことは心配……でしたぁあああ」


 母は30代とは思えないほど、大口を開けて、鼻水を垂らしながら……泣き叫んだ。

 私も感動のあまりに泣きそうになったが……母のぐちゃぐちゃの顔を見て、少しドン引きした……。おかげで涙が出て来ず、相変わらずの母の純朴ぶりに苦笑した。


 メイシェ「あーえーと。ぶっちゃけ、恥ずかしいかな。えーと」


 私は母の隣にいる立ち姿の凜々しい凪紗南未来様と、それとは相反する立ったままで静かに寝息を上げている新羅咲良様の方向に視線を向けた。

 母にがっちりと腰を掴まれているので……身分が雲の上の二人に挨拶さえできない。昔だったら、こんな無礼は打ち首にされるかもしれない。


 慣習をある程度、ぶち壊した勇者 凪紗南春明様にここは感謝だ。


 未来「メイシェ・ブラン。お前の家の地下通路を避難所に使わせてもらっている」


 メイシェ「母がその判断をしたなら良いですけど、イヴ女王様に許可を得ていませんし……ぶっちゃけ、マジ固いですよ、妖精金属でできた地下通路に続く扉」


 未来「ああ、あれか。二つに斬った」


 メイシェ「え? 本当ですか? マジ凄い……」


 異世界 リンテリアに存在する金属の中で希少価値が高く、その硬度は最高レベルであり、よくライトノベルの主人公の最強武器の素材として登場する妖精金属を斬ったというのに……未来様の顔は平然としていて、それを重要視していない。

 私はただ、ただ、目の前の白銀ツインテール少女の可憐な容姿とは似つかわしくない鬼の如き剣技に思わず、唸った。


 メイシェ「母、いい加減にマジ離れて。ローブに鼻水が大量についた……」


 ナリス「後10分」


 メイシェ「えー」




 視点 美麗幼子

 場所 クイーン王国 ナナクサ村~クイーン王城へと続く地下通路にある講堂

 日時 2033年 4月4日 午後 6時35分



 本当ならば、イヴの声を待たずしてナナクサ村にあるクイーン王家が緊急避難通路として利用している丁度、中間に位置している大勢が収容できるような開けた講堂使用は反逆罪に問われる重罪だろう。しかし、イヴの叔母である未来がそれを命じたのならば、イヴが反対することはない。

 逆に未来に感謝するだろう。自分の国民を考えての迅速な判断なのだから。未来がいなければ、傷口の感染症を起こすかもしれない野外での手術を敢行しなければならない。


 幼子「まさに大助かりだぜ。後はりりす様が連れてくるイヴの治癒魔法で完治させれば、ほぼ救えるだろう。それまではあたしの腕でなんとか、患者を保たせてやんぜ」


 あたしは長椅子を退けた空間で重傷者を先に緊急の処置をする。


 ガキの頃から人様の臓器を見ているので、潰れた臓器の修復は目を逸らさずにガン見でできる。不謹慎だが、酒を飲みながらだって可能だ。その相棒たる酒は全て、仕事前に英に没収された。

 まぁ、どうあれ……メスが狂うことは決してない。


 第三次世界大戦時中、あたしは多くの患者と、多くの死に向き合ってきた。総勢 140名以上の患者がいるが……これくらいは修羅場に入らない。

 手が踊るように動く。


 手術に必要な痛み止めとなるペミルル草を英が真面目なオーラ全開(普段は80%。今は100%中の100%)の手さばきで器内のペミルル草を煎じている。


 幼子「おい、インポ野郎。早く、ペミルル草を潰せや。早くしないとお前のド〇ゴンボールを掴もうぜ☆ 潰そうぜ☆ するぞ!」


 英「幼子君は……こんな状況でも恐ろしいくらい下品ですね。らら、マリア第二エルフ王女様の教育に悪いです。止めていただきたい」


 幼子「ばぁか、てめぇ。女はエロ可愛い方がアホな金持ちにもてるんだよ!」


 英「はぁー、でしたら、ららやマリア第二エルフ王女様には必要ないヤンキーの知恵ですね」


 英は完成したペミルル草の液体を瓶に詰めて、あたしの鞄の近くに置く。既にこれで30瓶目だ。


 幼子「サンキュー、英! これで痛み止めになる。これをこの異世界 リンテリアで採れる材料で作った注射器で打つ。持ってきてよかったぜ」


 英「世界天秤条約のグレーゾーンですが……仕方ないですね。バレなければ問題ありません」


 幼子「真面目君にしては良いことを言ったぁ。そうだな、幼子大先生の治療知識はグレーゾーンだろうが、道具自体は普及が始まっている点滴や注射などしか使っていない。材料も異世界 リンテリア製。問題ないね」


 まぁ、問題と言ってきても、イヴの権力の前ではゴミだろう。我が日本と冷戦状態の米の国も今度、文句を言ってきたら未来に斬り伏せられるので……口を出さないだろう。出すとしたらもっと、ほとぼりの冷めた恒例の靖国神社に参拝に行くな! の時だろう。


 未来『かの国は朝、昼、夜と永遠に鳴く不良品のようなニワトリを飼っているようだ。実にお似合いだ』

 と地味に怒り心頭の未来の顔が思い浮かぶ。


 ガキ達、二人は患者の汗を清潔な布で拭いて回っている


 らら「がんばるぉー、良い子、良い子をぉ」


 マリア「頑張って下さいですわ。イヴお姉様ならばきっと……救ってくれます」


 その様子を見るとどうやら、あたし達の次の世代の未来みらいは明るいと確信できる。


 あたしは人助けに張り切る二人の声をBGMに106回目の手術を続ける。

 その手術を手伝ってくれている村の医者 3名はもはや、使い物にならない。みんな、精神力が切れてへばっている。


 若い医師「くそっ、何の為に異世界留学までして知識を学んだんだ」


 若い女医「早すぎるわ。神業よ。処置すべき箇所がまるで最初から解っているみたい」


 年老いた医師「わしにもう、少し体力があれば……」


 幼子「気にすんな。あたしは人の身体を知り尽くしているだけさ。それこそ、脳内にこびりつくほどに」


 親しい戦友などいなかったが……あの時、あの戦乱に生きた日本人をあたしは全て、神の腕と言われた医術で全て救いたかった。そう、後悔するから村の医師が賞賛するほどのステージに上がった。


 あたしの師匠『命を全て、救うなんてあんたに似合わない驕り。いつか、あんたはそれに押しつぶされる』


 ああ、師匠、そうだろうさ。けれども、”まだ”、あたしは天上に届かない。


 唇を噛みしめて患者の腹部にある傷口を縫合し終えた。

 あたしはセンチメンタルな過去の想いに囚われている馬鹿な自分を嘲笑う。

 何事だとこちらを向く英に対して、首を横に振る。


 幼子「全て救ってやるぜなんてイヴが言いそうな事を考えちぃまった。しかし、イヴの奴、これ見たら本当に”あれ”を唱えずにいられるか?」


 呻く数え切れないほどの患者をあたしは厳しい視線に治める。


 英「無理でしょう。何かしらの騒ぎが起こることを覚悟しなければなりませんね」


 それはイヴにとって、きっと……痛い思い出になるだろうな……。

 医者だって患者を救えると神様扱いで、救えないと人殺し扱いだ。

 ステージが高くなれば、なるほど、周囲の人間は勘違いする。その先には絶対の神がいるのだろうと……。







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