第79話 生きることの難しさ
第79話 生きることの難しさ
視点 メイヤ
場所 クイーン王国 ナナクサ村
日時 2033年 4月4日 午後 6時00分
馬車から顔を出して状況を確認しようとする。
怖くて、現実を知るのが恐ろしくて、私は咄嗟に眼を閉じてしまった。
私の信仰するイヴ神様の叔母様 未来様は私がナナクサ村の状況を確認するのを反対していた。
でも、私は満足に盗みを働いていない下っ端6歳幼女とはいえ、盗賊団の一員だ。
現実を受け入れて罪を償う術を探さなければ……と暗闇の中、唇を噛みしめる。唾液で濡れた唇を緩やかな夜風がくすぐる。その夜風の音に混じって多くの危険種動物の雄叫びと、それに負けるか! と危険種動物の群れに挑む人々の声と、武器と危険種動物達の肉が鬩ぎ合う生々しい戦いの音が聞こえた。
若い男性の村人1「ここを通すな! この先にはナナクサ小学校がある! そこには多くの小学生や力の無い人々が避難しているんだ! 絶対死守!」
若い女性の村人「ナリス! あんたなんで来るの! 弱いのに!」
ナリス「大丈夫です。これでも私、逃げることに関しては神懸かってます!」
ウィル「こういうやつだ。しかし、たまにクリティカルヒット級の攻撃をまぐれで危険種動物に与える……。侮れないドジで」
ナリス「やってやるんです! 私、戦えるメイドさんでしたから!」
若い男性の村人2「よし! ナリスさんを護りつつ、みんな、危険種動物と戦うんだ!」
村人達「おう!」
怖い、怖い、怖いと声に出さずに、私は口ずさむ。
眼を開けなくては!
何故ならば、私はイクサの森を根城に女や子どもを犯して、その死体から衣服、宝石等を盗み、売り捌く心根の腐った盗賊団の一員だ。
眼を開けなければ!
歯を食いしばる……。
未来「やはり、自分の罪とは向き合えないか。しかし、メイヤはまだ、若い。更正の機会もある。りりすがメイヤの面倒を見るのだろう?」
未来様の言葉に黒猫 リルは「そうだにゃん」とばかりに一声鳴いて、勝手に私の右肩に上がってくる。そこが黒猫 リルのりりす様と一緒にいる時の定位置だから自然と昇ったのかもしれない。
未来「アイシャ、馬車を止めろ!」
アイシャ「はい、未来天皇代理様」
未来様の言葉にすぐさま、クールな印象で有名なリンテリア教の聖女 アイシャ様が操っていた馬の手綱を引いて馬車を停止させた。
怖い、怖い、怖いと声を出さずにまた、私は口ずさむ。
眼を開けなくては!
盗賊団としての罪悪すら、許しがたいのにイクサの森で人間を大量に殺害した為、イクサの森周辺の村々に危険種動物氾濫寸前の事態を起こした盗賊団の一員だ。
見届ける義務と、罪を償う責任がある。
ボロ布を繋ぎ合わせた大人向けのTシャツと肌の間を揺れる貴金属――――イヴ神様の姿を形取った首飾りが揺れる。肌に首飾りの冷たさを感じる度に、私は自分の信じるイヴ神様に贖罪を求められている気がした。
私にとって信仰は絶対だ。
私が盗みをせずに、盗賊団で過ごせて来られたのはこの首飾りをくれたニルエ様というリンテリア教の司祭のおかげだ。
その司祭 ニルエ様との出逢いは幸運だった。両親を3歳の頃、病気で亡くして浮浪児になって以来のターニングポイントと言ってもいい。
*
私が4歳の頃、盗賊団に入団して1年が経っていた。家事がメインの仕事だったが…………当時の盗賊の頭にそろそろ、生存税を支払ってもらわなければ、と言われて、私は身体を売るのがいやだったので初めての盗みをすることにした。
リンテリア教会 クイーン王国城下街支部に蒸し暑い夜、盗みに入った。
すぐに私は忘れ物を取りに教会へ戻ってきた司祭 ニルエ様に見つかった。
当時は足音を消す技術にまだ、乏しかったからだ。
ニルエ様は私の事を地方騎士団に引き渡さずに、私の事情を聴くと、しわくちゃの顔に笑みを浮かべて「ちょっと、待っていて」と10分程、奧の部屋に消えた。
ニルエ様が持ってきたモノは幾ばくかの銀とお金、そして、クイーン王国の女王 イヴ様を形取った首飾りだった。
ニルエ「朱い髪のツインテールちゃん、この銀を少しずつ売って生存税を払いなさい。お金の方はあなたの生活費ね。悪い盗賊さんに取られないようにパンツの裏面にポケットを作って隠しなさいな。それでこれは……」
と言って、腰の曲がったお婆ちゃんにしては素早く、私の首に首飾りを通した。
これの意味が解らず、私は首を傾げた。
メイヤ「あ、あの、司祭様! どうして、私を助けるの! それに……これは?」
ニルエ「そうねぇ……、婆さんのあるお方への罪滅ぼしと思ってくれればいいよ。私はね、その首飾りを掛けているイヴ女王様を勝手に神として崇めているイヴ教の理念に賛同しているのさ。けど、罪深い私が今更、優しい世界の創造の手助けなんてできないだろう」
そういうニルエ様の顔はとても、沈痛な表情を浮かべていて、今にも消えそうな感じを受けた。何か、喋らないとそんな思いからヘタレであるはずの私は積極的に話しかける。
メイヤ「ニルエ様、私だって罪深いです!」
ニルエ「大丈夫よ。まだ、窃盗未遂でしょ。このまま、カモフラージュしつつ、力をつけなさい。盗賊から足を洗う為には盗賊団内の決闘に勝てねばならない。子どもでも知っている有名な話さ。そうでしょ?」
ニルエ様の言う通り、理屈はそうなのだが、とても同年代でも低身長で力のない私が決闘に勝つ確率は低いように思えた。
しょぼーんと肩を縮めて、私は長テーブルに座り込んだ……。
メイヤ「でも……私、力をつける方法なんて知らないです」
ニルエ「私の本名は”華井ニルエ”。両世界でテロを起こしているテロ組織 バベルの塔 塔主 華井恵里の姉だった婆さんだよ」
華井恵里の名前を聞いた瞬間、私の背筋はぞくりとした。まるでナイフが背中に少しだけ刺さったような痛みも同時に覚えた。
華井恵里は無差別に両世界 各地でテロを起こし、世界の意志に反逆する者としてあらゆるモノを破壊している。もはや、自然災害レベルだ。
メイヤ「でも、華井恵里ってまだ、若い」
華井恵里の年齢は新聞や人々の伝聞からは20代といっても過言ではない若さのはずだ。
ニルエ様はかつて、違う色をしていたであろう自分の長い白く老いた髪を一掴みして、私の疑問に対して頷いた。
ニルエ「そうだね。時のいたずらにやられたってところさ。私は勇者 凪紗南春明の後を追いたくて……追いたくて……禁術に手を出して異世界 リンテリアに自力で行ったけど、春明さんが召喚された時代とは違う時代に来てしまった馬鹿な元婚約者だよ」
メイヤ「…………そんな」
ニルエ様が元婚約者の凪紗南春明様とリン・クイーン様が仲良くしている姿を見てしまった時のことを思うと……他人ながら、私は可哀相に、と同情してしまった。こんな同情なんてニルエ様は嬉しくないだろうに……。
ニルエ「どうしても春明さんに会いたかった私は命の寿命を延ばすべく、道理に外れたことを数え切れないほどした。ついに破壊の魔女神と呼ばれるまでの悪党に成り下がった。本当はもう、死んでいる身なのさ。春明さんの情けで生きている。今はこの教会で子ども達に魔法や生きる技術を教えながら過ごしている。一人くらい、増えてもいいさ」
疲れたのか、ニルエ様は息を整えてから、私のどういう表情を浮かべたらいいのだろうという困惑に微笑んでくれた。
メイヤ「で、でも……」
ニルエ「それに拒否権は朱いツインテールちゃんにはないよ。もう、受け取っただろう、金銭や金目のモノ。それ、ある種の依頼料になっているからね?」
そう迫るニルエ様の黒い瞳が邪悪に帯びているような気がしてならなかった。詐欺だ、盗賊よりも酷い詐欺だと、私は思った。
直ぐさま、私は教会のステンドグラスがぶち壊れるような音量で叫んだ。
メイヤ「えー、勝手過ぎます!」
ニルエ「それがないと盗みを失敗する間抜けな朱いツインテールちゃん、いずれ盗賊達に娼館に売り飛ばされて変態さんに孕まされるけど、どうする?」
メイヤ「は、はい、いやなので他の子ども達と仲良く――――」
所詮、ヘタレなのですぐに私は反論を翻した。清々しいヘタレっぷりの上、ニルエ様に良い印象を抱いてもらう為に頑張りますと言おうとしたが、その言葉はニルエ様の血管の浮かんだ細い手の平により防がれる。
ニルエ「何を言っているの? 朱いき〇ねちゃん。他の子ども達が受けるにはドS過ぎる仕様の日本語習得、英語習得、イヴ教の宗教観念、勉強、格闘術、魔法、サバイバル術等を課すんだ。せっかくの下僕を逃がすわけないだろうさ。元来、華井家の人間はみな、ドSよ」
そう宣言したニルエ様の声は先程までの老人特有の喉の詰まったような声ではなく、少女のような瑞々しい声に溢れていた。
メイヤ「……む、むり、むり、そんな人間のできることじゃない!」
ニルエ「やるの。そして、あなたにはいつか、私の姪 華井りりすを助ける為のメンバーとしてイヴ女王様の下で戦力として闘ってもらわねばならないわ。最終的に破壊の魔女神 最強の古代魔法 ゼロを習得してもらわなければならないわ」
真剣な表情で私の眼を見つめるが……もう、騙されない。聞いておかなければ。
メイヤ「え……。だ、誰と闘うんでしょうか?」
ニルエ「私の姉 華井恵里」
メイヤ「………あぅ~」
そのラスボス級の名を聞いた瞬間、私の視界は黒く塗りつぶされた。
次に目覚めた時、早速、イヴ教の宗教観念が叩き込まれた。
そのイヴ教の宗教観念の一つ、世界に住む人々は互いに優しい世界を築く為に協力し合い、愛しみを保って接しなければならない、は私が未だ、半分しか達成できない人生の指標になっている。
*
私はこれから正しい真のイヴ教信者になる為に意を決して眼を開いた。
目に映る光景はまさに命懸けの戦いそのものだった。
老若男女を問わない村人達が剣、斧、槍、ナイフなどの思い思いの武器を装備して、危険種動物の群れに果敢に戦闘を挑んでいた。
戦場のあちらこちらで命の叫びが聞こえる。
私達のここまでの足である馬車の横には羊達が大人しく、待機していて、その羊達をめいめいに羊飼い達が撫でながら、「大丈夫だよ」と羊達に話しかけていた。そんな気丈さを保ちながらも、多くの羊飼いが自分の故郷であるナナクサ村の明日に不安を抱いて、涙を零している。
メイヤ「これが私のいる盗賊団の罪」
未来「いや、正しくはいた。もう、お前は凪紗南りりす第二皇女の下僕だ」
私の肩を励ます意を込めて一叩きした後、白銀のツインテールを靡かせて、両世界最強の呼び声が高い凪紗南未来様は馬車から跳躍する。
軽やかな跳躍の後、人間の性質に従って地面に着地するはずだが………姿が見えなくなった。
1秒後、遠くから………危険種動物 スモールゴブリンの断末魔の叫びが聞こえた。それを皮切りに数え切れない危険種動物達の怨嗟に満ちた叫びが上がり始める。
あれが…………私のご主人様? 華井りりす様 こと、凪紗南りりす様に流れる血の半分 凪紗南天皇家の血の才なのだろうか。そうだとしたら、人間、アリス族を超越している……。
アイシャ「変態厨二近親相姦希望第二皇女(笑)の下僕豚、この馬車から出るな。一番弱そうなので忠告します」
そう、突き放すように冷たく言うと聖女 アイシャ様は聖剣 ローラントを構えて、馬車に近づこうとする危険種動物達を斬りに行ってしまった。
あれ? と私は首を傾げる。
メイヤ「私の知っているクールなお姉様人物像の聖女 アイシャ様は何処に……」
*
後にりりす第二皇女様の忠実なる下僕 メイヤは知る。
聖女 アイシャ様のクールな瞳は出荷されてゆく食用の鳥さんを眺める業者の眼だと。
つまりは仕事だから、必要だから、話をしてるのよという意があることを。
ほぼ、イヴ皇女様を中心とした仲良しグループとしかまともな人間関係を結べない性格破綻者なのだと知るまで、メイヤは6歳の身で胃をきりきりさせるのであった。
わたし、嫌われているのか、と。




