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創世する世界のイヴ # Genesis to the world's Eve  作者: 遍駆羽御
本編―――― 第1章 凪紗南イヴ皇女様と、愉快な仲間達
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第4話 嵐の前の静けさと、聖女様の淀みのない戦闘

 第4話 嵐の前の静けさと、聖女様の淀みのない戦闘


 視点:凪紗南なぎさなイヴ

 場所:地球 旧世界 静岡県 伊東市 桜の里、地球 新世界 静岡大スラム 伊東村開拓予定地 桜の里

 日時:2033年 4月2日 午前 11時15分


 覇道プリムラの別荘より、当主であるプリムラの許可を得て、覇道財閥所属軍用ヘリ 5機で東京都から静岡大スラムまでやってきたは数十分ぶりの地上の空気を吸い込む。

 うむ、空気が美味しい。

 どうも、閉所の空気は淀んでしまう。


 ソメイヨシノのミルク色が予の銀糸の如き髪達と同化しようと、風に煽られ、こちらを目指してくる。そんなふらふらした動きがハイハイを卒業したばかりの赤ちゃんに見えて、思わず、微笑む。

 両手を広げ、くるり、と一回転し、桜の花びら達の社交ダンスに参加する。

 参加者はソメイヨシノちゃん、伊東桜さん、枝垂桜婦人だ。みんな、パーティー慣れしている予よりも純粋に舞っている。これが終わるモノの美学なのだろうか。ならば、予も終わる時は――――


 イヴ「ふぅー」


 一息、吐く。まだ、四月が始まったばかりか、予同様にここにいる皆もめいめい、白い息を吐いている。


 これから、戦場が待っている。恐怖はある。

 上空に大室山が見えてきた辺りで予の身体を一瞬、思わず叫びたくなる程の寒気が包んだ。そして、予ではない予の声が「死んだら転生宮てんせいきゅうに赴き、二度と、アイシャ達と行動を共にできない。今ならば、伊東村にいる恭二や、恋歌、桜花を捨て置くことも可能。たった、15歳の皇女である予を咎めることは誰もできない」と予の心に囁くのだ。

 今も囁いている。


 首を歴史の教科書の写真で見た扇風機の如く、左右に振る。

 沢山のソメイヨシノの花びらがぬかるんだ地面に落ちた。白かった色は徐々に…………茶色く濁ってゆく。

 恐怖が、予の――――


 すると何かを察したのか、年若いメイド長 リイーシャ・ローラントが予の銀色の髪をくしで梳かす。気持ちの良い優しい手つきに思わず、あくびが出る。

 不思議と、恐怖も、囁きも、蜃気楼のように消えた。


 イヴ「リイーシャお姉ちゃん、気分が良いのだ」


 リイーシャ「ありがとうございます、イヴ・クイーン様」


 その間に予の護衛にどうしても、ついて行く! ついて行けなければ、自害する! と我が儘を言った予の私設軍隊 蒼薔薇の騎士隊が予を囲むように護衛体制に入る。


 蒼薔薇の騎士隊は全て、元は親から様々な理由で離れざるをえなかった者達だ。凪紗南イヴ個人の財産で賄っている運営はセリカの慈善団体【子猫の鳴き声】で義務教育から希望する者は大学まで行かせ、就職先も世話をした。故に皆、予に命を捧げ、国ではなく、予にのみ、仕える不滅の騎士となると言ってくれた。だからこそ、悲しいのだ。お前達が命を賭して守るのは、お前達の恋人、友人、家族であるべきだ。

 思わず、涙が零れた。


 リイーシャ「イヴ・クイーン様、世界は理不尽なのです。彼らや、私達はイヴ・クイーン様という庇護者に出会えました。それは1%の確立もないのですよ。忘れないで下さい。本来、ここにいる人間は身体的に死ぬか? 精神的に死ぬか? その両方で死ぬか? それしかない者だったのです」


 為政者の予であるからこそ、リイーシャの言葉はまだ、皆の明日を充分に支えられない平坦な胸に響く。

 お母様から成人した誕生日に与えられるはずだったコ・イ・ヌール ダイヤモンドのペンダントをオペラグローブを身につけた両手でそっと、握る。金属特有の冷たさでも、予の皆に生きて欲しい! という切実な叫びは塞げなかった。


 イヴ「今は違うのだ! 救われたのならば、こんな修羅の道を進むべきではなく――――」


 男性騎士 ドーガ「違いますよ、イヴ皇女様。俺は俺のような飢餓に苦しむ人を出したくない。姉の肉を食べて生きるような人間を無くしたい。それには力がいる! その力はイヴ皇女様を中心とした光達なのです。あなただけがそこで闘うのではないのです」


 丸坊主の厳つい20歳の黒人男性が予の言葉に反論する。確かな意志を保って。

 そうだったドーガ。

 お前は確か…………4年前、アメリカの地下に存在していたスギノキ州、今はアメリカ国民同士の暴動で閉鎖された州の片隅で、半身が骨の飛び出た7歳年上の姉 ククの遺体を抱いて号泣しておった。その叫びを聞いて、予はお前に出会った。

 その後、子猫の鳴き声の手を借りながら、ドーガは騎士の道を選んだ。

 高校を卒業して、ドーガは予に言った。


 ドーガ『これで俺も念願のイヴ皇女様の騎士ですね。俺、守りますよ。この世の理不尽から、イヴ皇女様の理不尽を借りて』

 そういうお前の言葉だから、予は黙って聞いた。


 女性騎士 千里「そう、私達も闘うのです。主人公はイヴ皇女様、ヒロインはアイシャ聖女様を初めとした意志のある力。それを支えるのは私達ですよ。貴女のおかげで私は母で居続けられます。3歳の息子も、この騎士隊に入隊すると言ってますよ。名誉なことです」


 セミロングの紫髪の竜族の女性が明瞭な声で自分の主張を伝える。

 どことなく、珈琲色の角と翼、尻尾が動いていなくもないが。


 竜族の国 北庄で起こった紛争 治癒永続の陣にクーデター軍が敗れ、予の一時統治時に、名のある近浪ちかなみ家の当主 近浪秋項ちかなみあきうじは軍に不正な金を大量に廻していた罪が露見し財務大臣の任を解かれ、北庄王家の名の下に処刑され、近浪家は貴族の地位も失った。その娘 近浪千里ちかなみちりは予を殺害する為に、当時1歳の自らの子どもを使って、予に近づいたのが出会いだった。

 その後、紆余曲折あり、千里はメイドに、と薦める予の意見を蹴って、自分は武術の才ある近浪家の娘だから、と蒼薔薇騎士隊に志願した。


 千里『今度こそ、この子を守ってあげる立派な母になりたいんです。そんなささやかな幸せを貴女の人を幸福にする引力…………主人公の傍で叶えたいんです』

 そういう母親の言葉だから、予は黙って聞いた。


 お母様が存命していたら、お母様が被っていたであろうクイーン王国 女王の証 空の自由色の如き輝きを放つプリンセス エルフストーンのティアラに、意識を傾ける。

 ………

 ……………

 …………………


 イヴ「ドーガさん、千里さん、主人公は自分自身なのだ。だから、命は尊いのだ。それを奪う者は」


 左右のオッドアイに力を込めた視線を送る。

 予の大切な者は多い。それを全て守る為に不幸な過去を射貫こう銀雪色の右眼――――イデアの魔眼で。

 予の敬愛する世界。それは人々が互いに笑い合う世界、導く天金色の左眼――――魔王の魔眼で。


 蒼薔薇の騎士達「「「許さない。無辜の命を屠る者に正しき正義を!」」」


 アイシャ「それがイヴの意志なら、振るおう聖剣を」


 騎士達は数キロ先の戦場の炎を掻き消すが如く、武器を掲げて、決意の檄声を天に轟かせる。その声は風となって、桜を舞い散らせる。

 ふわり、と桜の花びらが目の前に舞い降りる。

 そっと、お椀を手で作り、そこに桜の花びらを到着させた。

 少し、魔力を桜の花びらに込めて、ふぅーと息で吹き飛ばす。

 その桜の花びらは地面に到着すると、小さな桜の木に変化した。

 予は心理詠唱で治癒魔法 リーフヒールを唱え、桜の花びらは桜の木に変化させた。


 リイーシャがそれを窘めるような視線を向ける。

 ごめんなさい、と予はぺろりと、舌を出した。ついでにウィンク♪


 しょうがないわねぇーと、リイーシャは予と同じように、桜の花びらをふぅーと飛ばす。

 そして、妹である自分と同じ金色の長髪の15歳の少女 アイシャに声を掛ける。


 リイーシャ「存分にイヴ・クイーン様の為に振るいなさい。ご褒美に巨大お握りを握るわ」


 アイシャ「姉上、恥ずかしいですよ」


 イヴ「良いではないか! ボクは巨大照り焼きバーガーを所望するのだ!」


 巨大照り焼きバーガー、想像するだけで口内に唾液が充満する甘美な響きではないか。

 予は思わず、お腹を擦る。

 大丈夫だ。予のお腹ならば、やり遂げるであろう巨大照り焼きバーガー攻略戦を!


 リイーシャ「怒られますよ♪ 凪紗南未来天皇代理様に」


 噂をすれば影、とはよく言ったもので、着信拒否設定したはずの腕時計型携帯電話から、Garden of the Godsの新曲 地獄メリーゴーランドが鳴り響く。

 ハードな曲調がまた、Lilithの美声と合う。思わず、ここで唄いたくなるのだが、そういう気分にはなれそうにない。


 特別製の着信拒否を突破可能なプログラマーなんて、テスラ・リメンバーしかいないのだが、テスラがやったということは芋づる式に、あのお方の影がちらつく訳で。

 時計型携帯電話の画面を恐る恐る確認する。

 ………

 …………

 鬼未来様♪ と、表示されている?

 ………………

 ……………………

 鬼未来様♪

 …………………

 ………………………


 イヴ「うげ、その代理様、なのだぁー」


 真央が前にフ〇ーザと呼称していた姿がホログラムとして現れる。あれ? 予は押していないぞ。テスラが予に諦めろ、フ〇ーザからは逃げられない、と無言で述べているか、のようだ。

 凪紗南未来天皇代理様は予の顔を見ると、一瞬、童女のような可憐な微笑みを魅せると、すぐに堅い表情になった。顔の筋肉が鋼鉄の如く、動かない。

 鬼未来様の愛刀である夢幻の鞘をずっと、撫でている。まるで旧世界の漫画にあった悪役の親玉がペルシャ猫を撫でるが如く。

 ゆっくり、と冷厳な声を発する唇が開かれる。この場にいる誰もが鬼未来様のお言葉に耳を傾けるべく、静寂を保っている。

 ただ、騒ぐのは風のみ。


 未来『イヴ、私だ。貴様、カードをわざと忘れたな? 応えなくて良い。お前はお尻ペンペンの刑だ』


 予の保護という名目で予の居場所を知らせるイヴカードなるモノが凪紗南天皇家、クイーン王国の同意で発行されている。世界連合と異世界連合共同で予に与えた権利なので、拒否れない。なんでも、英雄の娘に対する褒美だそうで。

 忌々しいことにクレジットカードの機能を保っており、これ以外のクレジットカードの発行をことごとく、味方戦力が妨害してくれる。

 そんな訳で予の行動が筒抜けなのは、凪紗南天皇家 執事 アルテイア・ミスリル、凪紗南未来、世界連合議長 橘慎太たちばなしんた、異世界連合議長 アイシャ・ローラントだけであり、旧世界のスマホのような端末で予の位置を特定できる。


 イヴ「ノー」


 未来『だーめ☆』


 イヴ「うわぁー」

 思わず、頭を抱えて、しゃがみ込む。


 アイシャが予の頭を撫でて、両脇を抱えて、持ち上げる。だらん、と地面から離れる両足。


 未来『状況は真央に聞いた。セリカ、テスラにも聞いた。アイシャ、プリムラも含め、後で春のお尻ペンペン祭りだ』


 イヴ「うわぁー、うわぁー」


 アイシャの両腕の中で暴れる予。そのお祭り、パン祭りに変わりません? 変わらないよね。


 未来『幼生ようせいのイヴ。天皇代理としての頼みだ。伊東村の住民を治癒魔法で救ってくれ。皇女は戦闘をするな。訓練が充分ではない』


 幼生のイヴという少女神 リンテリアに付けられた神名は認めていないのだが、抗議している時間はない。ただ、頷く。


 イヴ「心得た」


 未来『万が一の場合に”神剣 エデン”の使用を許可する。相手はバベルの連中だ』


 バベルの名を聞いて、予は上歯と下歯を押しつけ合わせる。ただの自虐だが、そうしなければ、憎しみでどうにか、なりそうだ。ここまで自分の心を律するのに数年、かかった。


 イヴ「心得た」


 未来『聖女様、聞いての通りだ。存分に振るえ』


 アイシャが頷いたのを確認すると、凪紗南未来のホログラムは消えてゆく。


 *


 魔法ギルド、ハンターギルドの一部の人間や道路を整備していた何人かが桜の里周辺 コテージに避難している。その情報はステラ・リメンバーより、軍用ヘリ内で報告を受けていた。その人達から敵戦力の情報を引き出し、戦力になる者達はこちらと合流してもらう。

 敵戦力の情報については、とため息を吐き、昼前のゆったりとした雲を仰ぎ見る。


 イヴ「望み薄か」


 事態は常に流動している。


 蒼薔薇の騎士達やリイーシャに指示を出し、戦力に使える者を既に迎えに行ってもらっている。故にここにいるのは予、アイシャ、プリムラのみ。ここで予達はしばし、休憩だ。と言ってもほんの数分ほどだが。


 やはり、気がついたのか、覇道はどうプリムラのあー! という絶叫が聞こえる。

 プリムラの光属性を魂の底から継ぐ美しい金色の長いウェーブヘアが風に揺れる。予の下へとプリムラは詰め寄る。

 戦闘を重視した物理防御、魔法防御共にあるミスリルドレスに隠れた豊かな胸が揺れる。


 予のは? と、予のプリンセスドレスに隠れた平坦な胸を見る。

 ぐぬぬぬぅー!


 プリムラ「イヴ、初めからわたくしも被害を受けるのも想定済みでしたね!」


 イヴ「観ろ、プリムラ。桜がこんなにも鮮やかに咲いているではないか。花見がしたい。お昼を食べるのだ」


 再び、ソメイヨシノちゃんとダンスを踊ろうと、桜の木の前までステップする。あきらかな誤魔化しの姿勢にプリムラはため息を吐いた。


 プリムラ「わたくしの分のハンバーガーはあるのですよね?」


 イヴ「ほい」


 クイーンリングから、プリムラにはチーズバーガーを、予には照り焼きバーガーを、と取り出そう。それらは紅い閃光と共に、何もなかった予の両手に乗っかっている。

 プリムラにチーズバーガーを手渡す。

 さて、予も、と照り焼きバーガーの包装紙をむきとろうとする。それをプリムラの声が待った! をかける。


 プリムラ「そっちの照り焼きを寄越しなさい。お肉の気分ですわ」


 イヴ「ボクの、照り焼き」

 と、言葉を口にしていて、そうだ! とひらめき、素早く、包装紙をむきとり、パンズにかぶり付いた。


 パンズはふわふわ。うららかな日差し差し込むバルコニーに干してある未来叔母様のお布団を勝手に持ち出し、その場でダイブした時のふわりとしたあの安心感にも似たマクドファルドへの信頼性。それがこのふわふわに存在しているのだぁー。

 よはしゃーわぁせー。

 レタスのさくっぅぅーん。ああ、思い出す。未来叔母様に民の気持ちを知る為には、民の仕事を体験することだと、農業体験をした後に食べた新鮮な野性味溢れた瑞々しい野菜の味。このレタスは大地の命の一部なのだぁー。

 よはしゃーわぁせー。

 照り焼きソースのじゅー、キタったぁああああ、来ましたよぉ。幼い頃、未来叔母様と始めて行ったマクドファルドの――――


 はっ、意識が飛んでいた。たった、一囓りで、なんて恐ろしい子なの!

 それよりも…………予は一囓りした照り焼きバーガーの包装紙のまだ、むいていないとこを両手で持ち直し、宣言する。


 イヴ「はい、囓った。無理」


 プリムラ「子ども、ですか……」


 何やら、無礼な視線が予の身体を上から下へ、下から上へ、そして、胸へと向けられる。


 139cm AA ですが、何か!

 ぷぅーと予は頬を膨らませる。


 プリムラ「子ども、か」


 プリムラに膨れた頬を人差し指で優しく突かれる。


 イヴ「子ども料金で地下鉄に乗れるのだ! 映画も子ども料金なのだ!」


 プリムラ「皇女様、地下鉄をご乗車なさらないでしょうに。映画も個人シアターでしょ」


 さらに、プリムラに膨れた頬を人差し指で優しく突かれる。


 イヴ「ぷぅー、真央から借りた漫画の受け売りなのだ」


 アイシャ「その漫画、検閲させていただきます。イヴに卑猥な漫画なんかを読ませるわけにはいきません。性的表現はキスまでです」


 いつものクールビューティーな顔立ちが予と、プリムラの間に入り、予の膨らんだ頬の空気を人差し指で片頬順番に抜き取る。

 それと同時に、プリムラに気づかれないようにアイシャは予の貞操帯の鍵を予に手渡す。


 イヴ「だ、大丈夫なのだ。えっちぃのは苦手! 痛いのいやぁ!」


 予の身体には意識せずに、全身に治癒魔法の効果が微量に回っている為、しょ、しょ、女の子の大事なあれは1日で元に戻ってしまう。予は想像上の痛みに思わず、叫んでしまった。


 プリムラ「純朴ね、歪みがない人柄は好印象」


 なにやら、勘違いされた。まぁ、いいか。


 プリムラはこの話題はおしまいというように、腰に帯剣した貴族儀礼剣の調子を確かめるように少し抜いて、すぐ、鞘に戻す。

 さすがに、覇道家の宝剣は持ってこなかったようだ。


 プリムラ「さて、と。貴女は食事は?」


 アイシャ「いらない。激しく動くから、動きが窮屈になるだけです」


 アイシャ「イヴ、動きたいのは解りますが少し、落ち着いて下さい」


 プリムラ「確か、ご友人がいるでしょう。でも、ここですぐ助けに行くと選択したら、貴女には本当にポーション製造だけやっていただくわ」


 それでも、貴女は充実した生活を送ることができるのだから、とじゃれつくような言葉に予は苦笑いを浮かべる。

 見透かしたような台詞だ。

 気持ちだけではなく、プリンセスブーツを履いた両足がむずむずしている。進みたい、と。進むべきだ、と。しかし、それは下策だ。


 アイシャ「プリムラ、イヴにその物言いは止めて頂きたい。幾ら、覇道財閥が医療分野で成功を納めているから、とはいえ、たかだか、第二種貴族。王族、いや、それさえも」


 イヴ「アイシャ、良い。プリムラはボクの親戚になる予定の者。ならば、じゃれつく程度、良いだろう」


 アイシャ「はっ、イヴ皇女様」


 イヴ「そう――――」

 予が喋ろうとするのをアイシャの右手が制する。


 プリムラが鞘から音を立てずにそっと、貴族儀礼剣を抜き、片手で構える。そして、薄暗い桜の木群に鋭い目線を向ける。


 プリムラ「危険種動物の気配。アイシャ、戦闘――――」


 アイシャ「言われずとも! プリムラ殿はイヴ皇女様のガードを。イヴ皇女様は――――」


 アイシャの言葉に導かれるように、アイシャの方を見ると既にアイシャは両手で聖剣 ローラントを構えていた。

 聖剣 ローラント。振るうは、およそ300年ぶりに現れた少女神 リンテリアに選ばれし、神の命に従う者――――リンテリア教の象徴である聖女様 アイシャ・ローラント。

 武の龍として知られるアーサー王の記憶を保つ掛川家女性当主 掛川龍胆かけがわりゅうたんに師事して研ぎ澄まされた剣気がアイシャの全身から溢れ出る。

 その剣気だけで一般人を退けるだろう。

 しかし、その剣気は常に予の前では予を傷つけず、ただ、囁くのだ。

 ”幼い頃、両親の喪失に心を失い、食を受け付けず、神の力のみが生かし続ける痩せ細ったイヴを見た時から、貴女を守護する騎士はわたしだ、と”

 故に予は――――


 イヴ「補助系魔法で補佐する」


 信じるのだ。予の一番の守護騎士の力を。


 桜の木の群集から、一体、影が飛び出した。

 その影がなんなのか、予が確認する前に、肉を捌く鈍い音が響く。


 アイシャ「まずは、一匹」


 全身緑色の身体で鼻の高いのが特徴のスモール ゴブリンの上半身と下半身が分かたれて、地面に横たわっていた。背骨が露出していて、無意識にそれをなんとかしようと手を伸ばす。

 手を動かせず、スモール ゴブリンは痙攣し始めた。

 しかし、すぐに事切れた。


 アイシャ「討伐証明部位は――――」

 喋りながらも、アイシャは素早く走り、白い息を弾ませつつ、桜の木と木の間から、剣を乱暴に振るって現れたスモール ゴブリンに目を向ける。


 プリムラはもう、自分の出番はないとばかりに貴族儀礼剣を鞘に収め、魔法をいつでも詠唱できるように身構える。


 予は1週間前に起きた予の経営するマクドファルドの支店の一つ 東京都 大和支店に25歳の男性を中心とした男女 20人が起こした人質立てこもり事件で、下手を打ったのを後悔していた。予達が解決に乗り出して解決したのは良いが、未来叔母様に、予が強力な光魔法 セイントランスを撃ちまくったことを知られ、みんなのエルフストーンのアクセサリーが反省するまで没収させられてしまった。


「はぁー」


 あれさえ、あればアイシャの力になれるのに。

 エルフストーンの魔法の性能を高める力。

 それがなければ、予には凪紗南流と治癒魔法、蘇生魔法、融合魔法、旧時代のリボルバー拳銃しかない。


 予が憂う間にも、アイシャの加速は止まらずにそのままの勢いを保ったまま、スモール ゴブリンの脚部を切断する。

 スモール ゴブリンは片足を失い、平衡感覚を失い、地面に鈍い音を立てて転がった。

 ただ、転がっただけではなく、心臓を押さえて、激しく転がり回る。

 痛々しい声が聞こえる。

 HPが0になった者は激しい心臓発作に見舞われて、何もできずに、ただ、この世に在り続けたいと必死に生きたいと叫ぶ。

 その姿に予は同情してしまいそうになる。蘇生魔法をかけたくなる。

 しかし、予は為政者でなければならない。高潔な血筋である王に弓を引く者に死が待っているのは、自然の摂理と同等の当然なことだ。

 その暗黙のルールがあってこそ、貴族社会の青い血の循環は滞りなく、進み続ける。


 予は甘いなと目を一瞬、閉じ、見知らぬ命にただ、安らかな眠りを、と祈る。


 アイシャは心臓を押さえ、白い泡と鼻水を垂らしているスモール ゴブリンの首を感慨もなくかっ斬った。

 頭が吹き飛び、予の処へ飛んだ。

 アイシャが聖剣 ローラントを豪奢な鞘に収めた。

 そして、鞘でスモール ゴブリンの頭をフルスィングする。

 スモール ゴブリンの頭は凹み、鮮血を中空に撒き散らしつつ、桜の木群に消えてゆく。それにアイシャは意識を向けることはない。ただ、予を見て、言いかけた言葉のやり直しをする。


 アイシャ「討伐証明部位はどうしますか?」


 別方向から、スモール ゴブリンが一匹、予を目掛けて、突きを放つ姿勢で突貫してくる。スモール ゴブリンの声量に一瞬、召喚器をこの時空に呼び寄せるタイミングを逸する。


 しかし――――

 プリムラや、予が何かする前に突貫してきたはずのスモール ゴブリンが右手、左手を斬られて、吹き飛ばされた。


 それをやったのは、と考える前に、

 イヴ「あっ、よし! 予が」

 と的外れな言葉が口から出た。まさしく、出たのである。状況はもう、変わっているのに。


 それくらいアイシャの攻撃は速く、level 1の予では、level 66のアイシャの動きを捉えられるわけがない。

 level 48のプリムラには少しは見えているようで、「――――癖が出てるイ――――無しのアイシャだわ」と何やら呟いている。


 アイシャ「イヴ皇女様に触れようとするな! この豚めが!」


 アイシャの体内から、白い光がもれる。SOULの光。

 その光が聖剣 ローラントの剣先に集約される。


 一方、スモール ゴブリンは吹っ飛び、巨石に背中を叩き付けられ、ぐったりしている。もしかしたら、息が既にないのかもしれない。

 その有無に構わず、アイシャは技名を言い放つ。


 アイシャ「凪紗南流 葉波はなみ


 アイシャは聖剣 ローラントを上段に一振りした。

 剣先に在った白い光の塊はその瞬間、聖剣から離れ、スモール ゴブリンの頭部にぶつかる。

 弾け飛んだ頭部の肉片を気にすることもなく、今のはいまいちだったと息を整え直し、アイシャは上段に構え直す。


 アイシャ「凪紗南流 葉波」


 今度は単調に気張ることなく、”ゴミ掃除”のように白い光の塊をスモール ゴブリンの脚部に炸裂させる。

 爆撒した肉は雑草にこびれつく。

 野生の動物が啄み、片付けるまで、異臭が漂うであろう。

 仕上げとアイシャは今までの攻撃に耐え抜いた? スモール ゴブリンの胴体の方向を向けて掌を開く。


 アイシャ「…………豚ゴミ。イヴの目が汚れます。セイントランス」


 そのイデアワードと共に掌に発現する光の槍。それをやる気なく、投げ捨てる。無論、スモール ゴブリンに向かって。


 イヴ「アイシャ」


 アイシャ「可哀想ですか? 相容れない存在にそんな感情を示しても利益にはなりませんよ、イヴ」


 聖剣 ローラントを鞘に収めて、そう予に諭す。

 アイシャのいうとおりだ。

 尤もなので、反論はない。

 かつて、日本は平和ボケな国だったという。その状況が今も続いていたらきっと、可哀想と口にしていたのだろう。だが、それは死のリスクのないぬるま湯に浸かった者の意見。到底、王族たる予が賛同するモノではない。


 プリムラ「さすが、としか、言えないわ。イヴ以外、人間ではない豚を見る目で見る聖女 アイシャ様」


 アイシャ「…………」


 プリムラ「怒らないでほしいわ、ちょっとしたお茶目よ」


 イヴ「ん? アイシャは怒ってないのだ。考え中なのだ」


 アイシャ「はぐれのようですね。通常、アイリーンクリスタルの配置してある場所に危険種動物達は集まりません。アイリーンクリスタルに特定の人物のノエシス情報をインストールすることでその人のlevelに応じて集まらなくなります。例えば、日本、なにせ――――」


 プリムラ「なにせ、凪紗南未来。白銀の女帝。物理の通用しない特級機械兵を一刀で斬り伏せた化け物ですわ。そんな人に誰が近寄りますか」


 歴史の教科書にて、未来お姉様の戦いぶりは余すところなく、人々に伝えられている。

 その白銀の女帝が最近、予の研究成果である召喚器を装備してくれた。

 それが嬉しくて、プリムラの右腕に抱きつき、自慢をする。


 イヴ「装備が決して折れない武装 夢幻になったのだ!」


 プリムラ「リーサルウェポンを何、生きる伝説に与えているんですか。過剰摂取でその辺の危険種が死に絶えますよ」


 プリムラは青い顔をして、予の頭をぐらぐら、と揺らす。

 スピードが程よい。

 程よいので現実逃避できる。とんでもないターミ〇ーターを誕生させてしまった、と。


 アイシャ「…………」


 イヴ「…………」


 プリムラ「え。本当?」


 プリムラが気づいた。

 東京都 凪紗南市周辺の危険種動物が1種類、減った。しかも、他の危険種動物達も強力な個体は間引きしてある。


 やったのは、未来お姉様だけではなく、ジョーカーも夜な夜な、間引きしていたらしい。ジョーカーという存在に会う度に予は思うが、あの格好は真央の言っていたコスプレ? なのだろうか、予は疑問に思う。

 何にしても、妖精族を統べる妖精女王 レア・ミィールの推薦で予が幼い頃から、予に尽くしてくれる忠義者だ。変な格好くらい、良いだろう。


 *


 アイシャは予とプリムラをおいて、わずかな時間で討伐の証明に必要なゴブリンの舌を採ってきてくれた。舌のみは気持ち悪い。それを配慮してくれたようで、アイシャの手には小さな黒いビニール袋が握りしめられている。


 イヴ「そのゴブリンの舌はこちらに向かっているハンターギルド職員に渡すといいのだ。アイシャのお小遣いにするのだ」


 アイシャ「そのようにしましょう。イヴ、それでマクドファルドです」


 イヴ「約束なのだ」


 アイシャ「約束です」


 アイシャ「それにしてもアイリーンクリスタル強化の為に、早急に、イヴ女王様にはお強くなって頂く必要がありますね。リン・クイーン様の情報は日々、劣化しています。他国からの支援の申し出が来ていますが」


 イヴ「それに乗るのは下策です。お母様が死して何年も経っていません。クーデターも幾つか、画策されているようなのだ、鼠ちゃんが。いざとなったら、未来お姉様か、ひーちゃんに!」


 ……

 …………

 ………………

 未来お姉様に頼んだ場合――――未来「皇女よ、自分の国は自分で防衛する。この意識は王族に最も、必要な心構えだ。そもそも、お前は、(2時間経過)、なんだ。理解したか? 愚か者」

 ひーちゃんに頼んだ場合――――心「良いですよ。ふふふっ、大好きな心お姉たんのお目々の代わりになって、イヴたんがサポートしてくれるなら、ね。一生涯」

 うわぁー、なんだか、うわぁー。


 アイシャ「心にもないことを言わないで下さい。アイリーンクリスタルの価値を考えれば、無駄な影響力が生じます。それを解らないイヴ皇女様では?」


 イヴ「いないのだ!」


挿絵(By みてみん)



描いてくれたイラストレーターはトシさん。イラストはアイシャ・ローラントです。ゴブリン相手にも一切、手加減しない。というか、この人に手加減って言葉はあるのか? という聖女様でした。

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