第77話 機械の鳥
第77話 機械の鳥
視点 神の視点 ※文法の視点名です。
場所 クイーン王国 ナナクサ村上空
日時 2033年 4月4日 午後 5時49分
ステルスモードに移行してからの高速戦闘輸送機 三日月は静かに、しかし、通常の戦闘機の2倍の速度で飛行している。現在、三日月が飛んでいる高度は飛行タイプの危険種動物ではそこまで飛んでいくのは不可能な位置にある。
飛行に際して通常ならば、苦情が出る程の大きな音を周りに撒き散らすのだが、旧世界のPCと同じ法則が採用されたスーパーコンピュータが搭載されており、勿論、スペックは旧世界のモノとは比べものにならない数千万倍の高速演算を常に繰りかえしている【Id】の一部演算によって配分されているサウンドクローズシステムによって同種の音の波を同種の音の波に絡まらせ、周囲の音の波と同化させてしまう。よって、周囲に気づかれない。
では? 姿は? という疑問が当然、出てくるだろう。それもリアルタイムで三日月の機体に超リアルホログラム映像を映し出している。このメイクアップコートシステムをファクトリーと共同で作りだしたのは日本の怪獣映画などで有名な月英であり、秘密に開発協力する代わりにいつか、イヴ皇女様を怪獣映画に出演させるというとんでもない協定が結ばれていることに未来天皇代理様とテスラ・リメンバー以外、知らない。
以上の2点により、ステルスモードは従来のモノとは比較にならないくらい、化け物スペックを誇っていた。
三日月を操縦しているガッツこと、秋島大介は静かに席に座り目を瞑って、腕を組んでいる雨雲英に声をかける。
大介「英さん! ナナクサ村上空に到達しました! ですけど、そちらのホログラム ウィンドウで確認できる通り、何か……ドラゴンの首が折れて? ドラゴン、落下しました。大勢の人間が驚いているようですよ!」
雨雲英は秋島大介の声に対して、
英「解りました。僕だけが降りて様子を見ましょう」
と応えた。
そして、立ち上がって、英はその場で屈伸を軽くし始める。真面目な英らしく、戦闘中に不覚を取らないようにする為に準備に余念が無い。
汗の掻かない顔はイケメンそのもので子持ちでありながら、10代の学生達に騒がれているのが納得だ。
そのイケメン顔を眺めて、テスラは殺る気だなと感じた。自分の親友の娘の危機を助けにいくのに邪魔をされてはそうなるだろう。
さて、自分ははしゃいで今にも飛び出しそうな子ども達を何とかしようと読んでいた科学雑誌 エジソンを自分の座席の前にある本を辛うじて3冊くらい並べられそうな小さなテーブルに置く。
テスラ「エジソンってあの強欲じじい……。そこはテスラにしなさいよ」
と科学雑誌の表紙になっているエジソンのおでこにデコピンを喰らわせる。
らら「咲良お姉ちゃんだぁー。そんなんできるのぉ」
マリア「まぁ、相変わらず、お元気ですね。わたくしも早く、暴れたいですわ。魔法少女の力を見せてあげましょう、ららちゃん」
らら「もちろんだよぉー、マリアちゃん」
正面の地上の映像を映している巨大なホログラムウィンドウを食い入るように見つめていたららとマリアはすぐに迷彩柄のベルトを解いて、アニメのように悪者を退治したかった。幼い心はすぐに思ったことを直結思考で実行しようとする。
案の定、ららとマリアは迷彩柄のベルトを解いて立ち上がろうとした。ららはテスラ・リメンバーに、マリアは美麗幼子に、腕を掴まれて止められる。
当然、二人共に不服そうな顔をするが……テスラがいつも、着ている自身のトレードマークになっている背中にイヴのお印を表する蒼い薔薇がデザインされたファクトリー研究員専用白衣に手を突っ込み、疲れたOLのような溜息を吐いて、美味だ棒を幾つか、取り出した。その幾つもの美味だ棒をジャンボジェット機のように席の並ぶ一室の中央にある食事用テーブルに載せる。
テスラ「ほら、子ども達。私の大好物を分けてあげる。それ、食べて大人しく寝ていなさいな」
マリア「わーい! ありがとうございます、テスラさん」
らら「美味しそうなのぉー。どれにしようかなぁー、どれにしようかなぁー」
マリアは桃色のショートヘアを下げてから、エルフ特有の尖った耳を嬉しそうにぴくぴくさせて、食事用テーブル上の美味いだ棒を選び始める。
一方、ららはキチンとお礼を言うことができずに嬉しさ先行で犬耳をぴくぴく動かして、水色の鮮やかなテスラのセミロングを「わぁーい、わぁーい、美味だ棒ぉ!」と叫んで撫でてから、食事用テーブル上の美味だ棒を選び始めた。
マリアの「これにしますわ! これに! パイナップル味ですわ!」や、ららの「うー、うー、迷うなぁ、迷うなぁ。んじゃあ、これこれ、幻のイヴお姉ちゃんの圧力で企画廃止になった照り焼きバーガー味!」という元気溌剌とした声が聞こえる中、テスラはイヴが搭乗する際に使用する特別室のクローゼットから柔らかい掛け布団を2枚、持ってきて席を幾つか倒してららとマリアが夜寝する場所を整えていたが、2人の言葉に気になるワードが入っていたので作業の手が止まる。
テスラ「え? もう、二度と手に入らないテリヤキバーガー味が入っていた。私、テスラ・リメンバーにあるまじき、ミス。最近、寝てなかったし、どうしようもない愚者にも会っていないし……はぁー、疲れている」
そんなテスラを慰めるように美麗幼子が肩を叩く。
なんか、酒臭いとテスラは鼻を摘まんだ。それに構わず、幼子は陽気に笑う。
幼子「まぁ、まぁ、いいじゃねぇーか。時として大人は諦めが重要だよ、テスラ君」
テスラ君と幼子が雨雲英の爽やかボイスを真似た口調で言った後、すぐに幼子は自分の本領 応急処置が上手く行くように集中治療室へと歩を進める。
その幼子の後ろ姿にテスラはささやかな口撃を加える。
テスラ「んじゃあさ、幼子さんはお酒を止めないと。大人は分別をつけるのが重要だ」
集中治療室で痛み止めの薬や麻酔薬の種類の再確認を行おうとしていた幼子はその作業を止めずにテスラに反論する。
幼子「酒は元気の源。これは薬、薬!」
凄い言い方だが実際、幼子はストレスを解消する為の薬として、酒を過去に飲んでいた。現在はイヴに格好いいと言われたのを免罪符に楽しく飲んでいる。酔っていないので問題ないと幼子は結論づけていた。
その間に雨雲英はウォーミングアップを終了して、さも外へと普通に散歩するような感覚で戦闘員降下室の降下扉を開く。
開かれた扉から外の強風が入り込んでくる。
英のお気に入りの桜の花が印象的な赴きのあるデザインのネクタイが激しく上下に揺れる。
息もできなさそうな強風に動じることなく、英は仁王立ちのまま、下を覗き込む。
英「大介君、このまま、ここに留まってくれ。ここまで飛行タイプの危険種動物達が飛んでくることはない。彼らの翼では限界を越えている。もし、魔法が飛んできたら避けるように。君の戦闘データを見た限り、そのくらいは簡単ですよね。頼みますよ、ガッツ君」
大介「あ、はい! 英さん! 熱血 999%で実行してやりますよ!」
英「威勢の良い返事です。どうやら、その元気さが君の美点らしい。秋島縁君もサブパイロットとしてガッツ君を助けてくださいね」
縁「了解です! 英さん。稲を育てるのと同じくらい真剣にいきます!」
コクピットのパイロット席の隣にあるサブパイロット席にいるであろう縁から、女性の大和撫子な雰囲気にはほど遠い思春期まっただ中な声が英のいる戦闘員降下室まで聞こえてくる。
戦闘員降下室は基本、人間の基礎力を高める軽量化宇宙服、パワースーツ、フェンリルスーツのどれかを装備して降下するか、風魔法を応用して降下するか? の選択肢である。雨雲英のように生身で降下できる人間は勇者や勇者の仲間の英雄達と後少数だ。
だからこそ、英はにこやかに笑うと、ららやマリアに聞こえるように注意する。
英「今から僕がするような空を飛ぶ乗り物からの降り方をしてはいけませんよ、らら、マリア第二エルフ王女様」
そして、何の躊躇いもなく、高速戦闘輸送機 三日月から降下してゆく。
空中で英は右腰 竜水翔、軌跡の剣、左腰 ディスゴット、銀縁のうち、イヴ皇女様から下賜された刀身、柄等が全て銀色に輝いている日本刀 銀縁を握り締めて構える。
英「手加減はしません。民間人に手を出すようなゲスは同じ人間として認めたくはありませんから。僕はそこまでのお人好しにはなれませんよ」
高速戦闘輸送機 三日月の現代武力すら越える裏の日本の武力で盗賊達を瞬殺したい気持ちで英はいっぱいだったが……できない理由がある。
世界天秤条約により、異世界 リンテリアに伝う全ての技術は中世レベルの文明であるリンテリア世界に適合したモノしか伝うことを許されない。
その決まり事を破ったら困るのは異世界 リンテリアの人々だ。
経済基盤が狂って……文明が崩壊してしまう恐れすらある。だからこそ、文明を劇的に変えるかもしれない発想が生まれるような超兵器の姿を見せるのはあまり、よろしくない。
この不必要な高度も目撃者を減らす為だ。
日本刀 銀縁を構えながら英は思う。
歪んだ両世界の関係は一触即発だ。両世界に影響のある親友 ハルの娘 イヴを必ず、守り通さなければ、と。
その為だけに今宵、地球で2番目に強いと言われる男 雨雲英の慈愛の雨が降り注ぐ。




