第74話 俺達の故郷(ふるさと) 中編
第74話 俺達の故郷 中編
視点 神の視点 ※文法の視点名です。
場所 クイーン王国 ナナクサ村
日時 2033年 4月4日 午後 5時05分
ナリス・ブランはイヴ女王様が誕生日にプレゼントしてくれたクイーン王国専用のメイド服を着て今日も物干し竿に干していた洗濯物を取り込む。
物干し竿とは便利なものだ。
16年ほど前にナリスが夏場の暑い日に異世界 リンテリアでは当たり前な炎魔法 ファイアで集めた枝や葉に火をつけ、その熱で洗濯物を乾かす。そんな汗まみれ必死の作業を行っていた時、物干し竿に洗濯物を吊るして、太陽の光に当てる方法を教えてくれたのは勇者 凪紗南春明様だった。
その時、春明様は言った。
春明『いつか、君が母親になった時に太陽の匂いがした暖かいお洋服を着せてあげると良い。僕もそうしようと思っている』
ナリス『気が早いですね』
春明『人は1秒前の過去には居られない。常に流れてゆく。そういう意味では気は早くないと考えているよ』
ドジばかりしていたナリス、リン様、春明様、春明様のお友達 英様が主な16年程前の旅の仲間だった。その仲間達はナリスの失敗を許容してくれた……しょうがないなぁーと。そんな日々をここ最近、思い出すのは娘 メイシェ・ブランが日本にある皇立桜花学園に入学して、イヴ皇女様の料理人の一人として、イヴ皇女様の住む女王の館に住み込みで働く日が迫っているからだろうと、少し洗濯物を取り込む手を止めつつ、感慨にふけていた。
ナリス「7歳の頃からイヴ様の料理人になるんだぁ! って張りきっていたんだもんね」
少し涙が出てきた。
思えば、料理なんてするよりも、村の男の子とちゃんばらをするような娘だった。よく、近所の井戸端会議仲間から、あの伝説の料理人 ナリス・ブランの娘がやんちゃなものだと茶化された。
今でも肌を小麦色に焼くまで、食材集めにあっちこっちに出掛けていると思うと含み笑いをしてしまう。
そんな嬉しそうなナリスの下にいつもの井戸端会議仲間がそれぞれ、子どもを引き連れて集まる。
今日はイヴ女王様に任された接待客がいないので、宿屋としてのブランティエはお休みだ。その代わり、通常の村人を相手にした料理屋としてのブランティエの営業中である。尤も、今は夕食時間の営業 午後7時までしばしの休憩中。
従って、この時間帯に井戸端会議が行われることが多い。
木造3階建てのこじんまりとした宿屋 兼 料理屋 ブランティエのご休憩中と書かれた札の掛かっているドアノブを開けて、井戸端会議仲間達とその子ども達に手招きする。
ナリス「丁度、みんなが来るって思ったから、イヴ女王様から頂いた食材で新しいメニューを考え中なんですよ。その試作をみんなで美味しく食べましょう♪」
自分が一足先にブランティエの入り口をくぐろうとしたが、残念ながら、ナリスはブランティエへと無事に入ることはできなかった。
扉の開閉部に足を器用にも引っ掛けて転がり、「ふにゃん」と竜族なのに猫系のキュートな叫びを上げつつ、転んだ勢いを止められぬまま、床に顔を強打する。
アリス族ならば、大事故にもなりかけない衝撃だと物語るように店内に響き渡る。
ナリスの夫 竜族のウィル・ブランが店のテーブルをタオルで拭く手を止めて確認するが、「またか……」と呟くと作業を再開する。
そんな夫の姿を酷いとは思う人々はここにはいなかった。
リン前女王様とナリスの主人と従者のドジコンビは異世界 リンテリアでは有名だった。
100人いれば、ああ、1日10回はギャグか? って思うくらいのドジっぷりだよね。よく、娘に遺伝しなかったよね、と言われるレベルだ。
何事もなかったかのように、ナリスは立ち上がるとメイド服のスカート部位を両手ではたく。ちょっと、恥ずかしいと思っていたのか……手の動きが素早かった。
しかし、顔は何故か、え? 何かありましたか? っていう真顔。
それを目撃した今回の井戸端会議仲間達は――――
駄菓子屋の女性「ナリスちゃん、竜族で本当に良かったね。竜族、頑丈だから」
駄菓子屋の娘(8歳児)「よく、旅に勇者様達と同行して……ミンチにならなかったね」
美容師の女性「話に聞くと、リン前女王様とナリスの二人で船の上から海へ落ちたらしいわよ。空猫が珍しかったらしくて……確かにあれは可愛いわ」
美容師の娘(18歳)「空猫って今じゃあ、イヴ女王様主導の下、日本の各地の動物園で見られるようになったわね。あたし、美容師専門学校の修学旅行で日本の動物園に行ったもの」
と、ナリスを心配するものはいない。
日常的風景なのだ。
いつものお約束を終えた後、井戸端会議仲間とその子ども達は近場の席に着く。すぐにウィルが日本茶の入った湯飲みを井戸場会議仲間とその子ども達に配る。
無料で日本茶が飲めるのはここ、ブランティエくらいだろう。
大スラムになる前の旧静岡県のお茶の苗を幾つか、高沙成密という人物が救出して、日本の地下都市に広めたそうだ。第三次世界大戦の戦火の最中で日本茶という文化を守り抜いた彼をお茶殿と呼称し、日本では慕っているようだ。その高密の血縁が栽培しているお茶の葉をナリスの人脈を駆使して手に入れた。
日本茶が目の前で美味そうな湯気を上げている。
駄菓子屋の娘(8歳児)「身体に良くて風邪になりにくいから飲めってお国で推奨されてるけど、これじゃないと苦くて飲めない」
生意気なことを言った後、ふーふー、息を吹きかけてから、小さな手で湯飲みを持って一口、飲む。
透き通ったグリーンの泉を見つめて、駄菓子屋の女性は疑問を口にする。
駄菓子屋の女性「この仄かに甘い苦みにうちが仕入れているリンテリア向けの駄菓子と合うんだからびっくりするよ。これ、考えた人、天才だよ。尊敬する」
美容師の娘(18歳)「じゃあ、今、ライトノベルで流行の異世界転生したら、あたしが日本茶を世界に広めてやんよ」
美容師の女性「それって……なんか、狡くない。考える苦労をしていない訳だから」
そこへ、ナリスがお盆に何やら、デザートを載せてやってくる。
みんなはこのタイミングでナリスがお得意のドジスキルを発揮しないか? 緊張を強いられるのだが、不思議と料理に関する時のナリスはドジをしない。
魔法研究で有名なジャウカーンのプリミティブイデア研究所の所長 ヒビキ・クルセイド博士に「ナリスのドジは魔法かもしれない! ぜひ、ナリスの解剖をイヴ女王様の解剖の次に……」と言われたこともある不思議な現象 ナリスのドジの法則だ。
ナリス「茶葉の栽培にはノウハウが必要だからそんな素人には無理。同じように料理にも言えるし、あらゆる事柄にそれは共通している。天才なんて人種はただ、人よりもモノの本筋を捉えるのが上手いだけ。その天才でもやっぱり、試行錯誤は必要」
ナリスはそう喋りながら、それぞれの目の前に今回の試作品 お茶の粉が振りかけられたチョコレートケーキを並べる。
駄菓子屋の女性「確かに綺麗な三角形のケーキだけど、料理の天才 ナリスにしては今回、大人しくない?」
ナリス「まぁ、食べてみて。感想はそれからよ」
井戸端会議仲間とその子ども達は目を瞑って、食に対する感謝を神に捧げる。
井戸端会議仲間とその子ども達「偉大なる全能の神 この世界を創りし神 リンテリア様。今日も生きる糧を我らにお与え下さり、ありがとうございます。いただきます」
そして、目を開いて、目の前のチョコレートケーキを口に含んだ。
美容師の娘(18歳)「ナリスさん、中に蜜柑を入れたんだね……。丁度良い酸味とチョコの甘さ、お茶の粉の苦みがバランス良くて、一体となった美味を産みだしてる……。美味しい」
美容師の女性「長年の技の勝利だね、これは……」
駄菓子屋の娘(8歳児)「これ、美味しいね! おかわりはある。あるよね、いつもどおりなら、あるもん」
駄菓子屋の娘が頬にチョコケーキの欠片をくっつけながら、にやりと笑う。歯にもチョコケーキの欠片がくっついていた。
駄菓子屋の女性が我が儘を言った娘の頭を軽く小突く。
しかし、娘はその行為に愛情を感じて、母親の髪の毛で遊び始める。
その光景が自分の通ってきた道と同じだと感じて、ナリスは自然と笑みを浮かべた。
こんな暖かな時間が流れ続けると良いなと心からナリスは思った。
そんな幸せな光景に割って入るように鎧を着込んだ若い地方騎士が店内へと入ってきた。地方騎士「ナリスさん! ウィルさん! みなさん! 紫色の狼煙が上がりました!」
そう叫んだ地方騎士の言葉に初めに反応したのが、剣術道場で村の子どもに教えているウィルだった。
ウィルは即座に自分がハンターギルドで稼いでいた時代の鎧と剣を装備して、地方騎士に叫んだ。
ウィル「ナナクサ村にいる騎士だけでは投石機を即座に運べんだろう! 俺と力のある若い連中を連れて応援にゆく。その後、俺達もナナクサ村防衛の為に危険種動物狩りに参加する!」
地方騎士「ウィルさん、投石機の件はご協力ありがとうございます。しかし、村人を闘わせるわけにはいきません! 騎士としての誇りがあります。誰も俺の故郷の人間を殺させませんよ」
ウィル「死ぬつもりはない。しかしな、若造! 俺の故郷でもあるんだ。リン前女王様の時代にこの村はできた。難民を主に生活させる為にな。その難民だった俺だから解る! 故郷は人間にとって必要なものだ。だから、護る!」
ナリスはその夫の勇敢な言葉を感心して聴きながら、別の事を考えていた。
この宿屋 兼 食事屋 ブランティエは何もそれだけが目的で建てられた建物ではない。地下には開かずの扉があり、村ではナリス達の家族しか知らないクイーン王国の王族が城より緊急に脱出する為の地下避難通路へと繋がっている。
万が一、危険種動物がナナクサ村まで進行してしてきてブランティエ地下の開かずの扉を発見し、王城へと侵入される心配をしたが……それはない。
扉は異世界リンテリア最高の硬度を保つ妖精金属でできている。生半可な魔法や物理攻撃では決して敗れない。
後はナリス達家族が死んでも開かずの扉を死守すれば良いだけだ。
ふと、幼い頃のイヴ女王様の言葉を思い出す。
イヴ『ナリス。お前は死んでは駄目だ。予の城へと続く扉をどうしても守り切れない時は逃げろ。妖精金属を破れる攻撃を放つ存在など、それこそ、Level 15000オーバーの連中くらいだ。家族は幸福であるべきなのだ……』
あの時はまだ、幼く王としての資質に目覚めていなかった。
今のイヴ女王様ならば、迷わず、それが自分の本心でなくとも、女王として命ずるだろう。
”ナリスよ、王城へ至る道を死守せよ”、と。
望まなくても悲しい表情に顔を歪ませながら、イヴ女王様は優しい世界を創る為にそうするだろう。
だからこそ、ナリスは地方騎士と話している夫 ウィルに励ましの言葉を贈る。
ナリス「ウィル、暴れて来て下さい! 私達、非力な者は小学校や中学校に避難することにします。あそこは数年前にイヴ女王様の命でブルーム伯爵様が建ってて下さった場所です。数十分ならば、防衛戦だって可能ですよ」
ウィル「言うじゃないか。だが、防衛戦は必要無いぞ。俺達がナナクサ村に危険種動物を入れさせないからな! なっ! 洟垂れジョージ!」
地方騎士「止めて下さいよ、ウィルさん。そんなガキの頃の渾名ぁー」
情けない声で反論する地方騎士の肩を豪快に叩きながら、ウィルは戦場へと向かう。それに地方騎士は続く。
ナリス「さぁ、生きましょう。私達にできることは結構、あるんですよ」
駄菓子屋の女性「ナリス、あんた、本当にナリス?」
美容師の女性「肝が据わりすぎよ」
ナリス「あら? みなさん、お忘れですか? 私、ナリスはリン前女王様の専属メイド兼専属料理人として、勇者様パーティーに同行していたんですよ」
逃げること、身を守ることにおいては一線級だとナリスは自負している。
その彼女は怯えることなく、泣きそうな子ども達の頭をあやすようにゆっくりと撫でた。
内心では娘 メイシェ・ブランの身の事を考えていたが、そこらの地方騎士よりも強いので心配ないという結論を出した。
母親が行方不明のメイシェの妹分 ルルリちゃんも今、その件で城下街へと出かけているはずだ。




