第72話 両世界最凶の悪と、勇者の血を受け継ぐ厨二病少女
第72話 両世界最凶の悪と、勇者の血を受け継ぐ厨二病少女
視点 北庄真央
場所 クイーン王国 イクサの森
日時 2033年 4月4日 午後 7時07分
イクサの森は先程のイヴVS盗賊王 マーク・リバーの激しい一戦が嘘のように静まりかえり、クイーン王国特有の身体に適温な優しい風がさらさらと木の葉と木の葉同士をじゃれつかせる。その夜の森の社交会はあちらこちらの木(会場)で開かれていた。
葉が木から独り立ちする光景を横目で流れながら、自分が呼吸をするのを忘れてしまいそうな急展開を見守る。この場面の対処法を考える為に。
ああ、現実世界にも、あたしがイラストレーター 西折真昼として原画を手がけたエロゲ 銀髪少女はヘタレ嫌い!(銀髪だと、大抵イヴ似の二次元キャラが受ける)みたく選択肢のウィンドウが出ればいいんだけどな……。
ルルリの掲げたミスリルナイフを素手で掴むと、あたし達の知らない存在しないはずのりりす第二皇女がそれを素手で破壊した………。
素手で掴んだというのにあたし達の目の前で開いた手の平には傷一つなかった。
ルルリとは隔絶した高Levelの為に起こる現象 レベルギャップフィールド現象。注意力さえ、保っていれば、Levelが5倍以上、開いた者の攻撃は人間の肉体強度限界さえも超える。しかし、カラス色の髪と凪紗南天皇家の血筋を示す銀色の瞳が特徴な凪紗南りりすの身体中から溢れる魔力の威圧からして、りりすのLevelはあたしやセリカのどんな攻撃さえ、耐え抜く人間の肉体限界を保持しているだろう。
あたしとセリカは未だ、ミスリルのナイフがほとんど、柄のみになってしまっても掲げているルルリに注意を払いながら、イヴの元へと走り寄った。
エレノア副妖精女王様はりりすの挙動に注意深く、見守っている。
粉々になったミスリル製の刃が開いたりりすの手のひらから零れて、夜風に乗り…………きらきらと月の光によって輝いて飛んでゆく。
それを無表情でりりすは見送った。
ルルリはいきなり現れたりりすの思わぬ行動に驚いて固まっていたが、イヴへと続く道をあたしやセリカが塞いでいるというのにイヴに歩み寄ろうと足を動かした。
その一歩が地面を踏むか、踏まないか? の瞬間、りりすが素早く、ルルリの細い首を両手で握り締めて、そのまま、浮かした。
ルルリを見る銀色の瞳はまるで何も映していないようだ……。
ルルリ「うぐぅ……かぁ………」
苦しそうに両足をばたつかせて、両手でルルリの首を絞めるりりすの両手を何とかしようとする。
しかし、あまり息が吸えないようでただ、涎を口の端から垂らしているだけだった。
りりす「チャンスは一度だけしか与えん。我はイヴお姉様よりドSでなぁ……。なるべく、断ってくれ。自分の人生を他人のせいにする輩は好かん。そういうの程、むしるように……」
りりす第二皇女の瞳に宿る殺すという行為がまるで生活の一部であるかのような冷たい光にはあたしは何処かで見たことがあるような気がする。
思い出せない。
それよりも、イヴの部屋に貼ってあるGarden of the GodsのLilithに瞳の色彩以外、全て似ている。漆黒の黒髪、厨二病台詞、低身長………Lilithそのものだ。
笑顔で喋る時のLilithは今、思えば、イヴの真似だったような気もする。
イヴ『笑顔がお母様に似ていてボクは大好きなのだ! 一生、Lilithのファンでいると決めた。音楽DVDは実用、保存用、布教用の3枚なのだ!』
真央『どうでもいいけどー。いちいち、あたしの家に来て、ライブBlu-ray鑑賞を始めるな! あたしは忙しい…………』
イヴ『いやいやいやぁー、ボクはこの感動を誰かと分かち合うのだぁ。何故か、みんな、今日は忙しいって誰もボクと共にLilithを応援してくれないのだぁ、寂しいのだぁ、だぁ、だぁ、だぁー』
真央『あんた! 皇女様でしょ。ごろごろ、床に転がって駄々をこねるな。歌が下手なのにホログラム ウィンドウ上のLilithを邪魔するな。あんたのは応援ではなく、破壊よ』
イヴ『ぷぅー、ボクは歌下手じゃないし。アイシャが褒めてくれるのだぁ』
そのイヴが褒めた笑顔の時以外は全て、Lilithは無表情、棒読みの西洋人形のような印象だった。
Lilithの西洋人形さがダブるりりすが苦しむルルリに対して、面白いと感想を述べるようにわざとらしく、ルルリの身体を揺らす。
ルルリ「うがぁ………」
ルルリの顔が青くなるのを気にせず、あたしの方に顔を向けて、イヴと同じ人を警戒させない幼子のような天真爛漫の笑顔を浮かべる。
りりす「……虐めたくなる? そんな事、ないかな? 我と同じくイヴお姉様の子を孕む予定のツンデレ竜姫?」
笑顔に反して、りりすの口調は棒読みだった。
あたしはその差に少し戸惑い、遅れて言葉を紡ぐ。
真央「その子はイヴの国民。そのイヴが今、した事をなかった事にって言ってるんだから。もう、見たくないくらい大嫌いだけど……暴力はなしよ」
本当だったら、我が儘を暴力で表現したルルリを半殺しにしたかった。だからこそ、あたしも、多分、セリカも……今、ルルリが首を絞められていることを静かに容認している。エレノア副妖精女王様はいまいち、解らないけど……。
りりす「同じくイヴお姉様の子を孕む予定のボランティアエルフ姫?」
あたしの言葉に頷いた後、りりすは同じ質問をイヴの真似笑顔を浮かべて、セリカの方へと投げる。
イヴの妹を歓迎するようにセリカは微笑んだ後、外交をする時のきりっとした表情に切り替わり、セリカは答える。
セリカ「真央ちゃんと同じですわ。それに色んな事がありましたから錯乱しているのかもしれません」
セリカは静かに怒っているようで、ルルリの様子を見ようともしなかった。あたし、イヴ、アイシャ、セリカの仲良しグループの中で一番、優しく平和主義のセリカが珍しい。
りりす「ほう、錯乱? そこのエレノア副妖精女王様は?」
あたし達とは違い、りりすは無表情に戻り、エレノア副妖精女王に目を向けて質問をする。
エレノア「その子はイヴ様の言う通りの処置になりますが、一応、心愛さんの下に連れて行き、事情聴取をしなければなりません。身勝手に殺さないで下さいりりす第二皇女様。貴女の生い立ちや立ち位置はレア妖精女王様や未来さんから聞いています。随分、イヴ様と違って容赦のない方ですね?」
批難されたと捉えたりりすはぞんざいにルルリの首から両手を離すと、ルルリの足を払った。
ルルリ「うわぁ!」
と、尻餅を着くルルリに対して、りりすは天叢雲剣の柄で軽く喉を叩く。
ルルリ「かはぁ……」
軽く、咳をして、ルルリは喉を押さえ、よろよろと立ち上がる。
りりすの表情を変えないで暴行を加えた姿を恐れたのか……。その場で失禁してしまい、静かな夜の虫音に交じり、放尿の音がやたら、響く。
アンモニア臭があたしのところまで漂ってきたが、バイトで酷いトイレ掃除をしたこともあったので気にはならなかった。
むしろ、ざまぁーみろ! と叫びたいくらいだ。
りりす「イヴお姉様は平和ボケ病を患っているようだから仕方ない。それとそのイヴお姉様を早く、病院に搬送しなければならん。古代魔法 テレポートで運ぼう。我の身体に触れていれば、全員運べる」
淡々と言い、セリカとあたしを押しのけると、りりすは腹部の傷を無意識に押さえ、もう片方の手のひらには1000キュリア星の硬貨を握り締めているイヴを背負った。
りりす「………イヴお姉様、重いぞ」
いや、体格が同じロリ体型だからだろう! とツッコミを入れたかったがもっと、気になる発言をりりすはさも、当たり前にしていた。
真央「え! テレポートって詩卯学園長以外に使える人、いたの? その年で。チート過ぎ」
と感想を言って、あたしはりりすの右腕に掴まる。
セリカ「まぁ、さすが、イヴちゃんの妹ちゃん! 優秀です。それより、りりすちゃんのお母様は? イヴちゃんの年下ですわよね?」
とセリカがぴょんぴょん、はしゃぎながら、りりすの左腕に掴まった。
何気なく、りりすの横顔を眺めているとあたしの脳がある出来事を思い出した。
あの女だ。
あの昔、北庄に現れた黒髪の黒い白衣を着た女性。
恵里『壊しなさいな、ほら、華井恵里の! いーちゃんの怨敵の心臓はここよ。ああ、いーちゃんのお父様は私が散々、逆レイプした後、殺したわ。私の胸を無理矢理、吸わせたわ』
と、イヴを2年前に挑発してきたテロリストグループ バベルの塔 頭首 華井恵里。
似てる雰囲気も、髪の色も、死んだような静けさの瞳も。ただ、違うのはあたし達の味方であることと、凪紗南天皇家の血が混血している証 銀色の瞳。
あたしは自然と掴んだりりすの右腕に力を入れてしまう。
間違いなく、りりすの母親はイヴの両親を殺害した華井恵里だ。
確かめなければいけないと震える唇の震えを何とか、止めろ! と脳に命令を出した。
声を出す。
真央「…………その髪の色はまさか………」
しかし、喉が渇いてしまい、上手く喋れない。
唾を飲む。
再び、口を開こうとした。それよりも早く、りりすが何ともないというかのように棒読みで喋る。
りりす「我の父親は凪紗南春明。母親は華井恵里。ツンデレ竜姫、正解。我は深き闇から産まれた。所詮、我も闇よ」
その発言を聞いたあたし、セリカは黙った。何とも言えない………。
ルルリはただ、固まったまま、嘔吐した。
ルルリは思ったに違いない。なんて、次元の違う相手に絡んでしまったのか、と。それをあたしはイヴやセリカみたいな甘い人間ではないので自業自得だと思っていた。
エレノア副女王はその事実を知っていたのか、表情に変化はなく、りりすの背の布を握り締めた。
真央「……イヴ……」
意識がなく、人形のようなイヴに語りかけようとしたがその後の言葉が続かない。
これが運命の用意したシナリオだとするならば、残酷だ。
真央「今はあんたの力を借りるしか、イヴを救う手立てはなさそうね」
セリカ「あの方のお子でもちょっぴし、厨二病だけで良い子そうですわ」
セリカの言葉はりりすに念を押すかのように力強かった。
りりすはその言葉に静かに頷く。
りりす「そこの雑魚。ここで危険種動物の餌になるか? それとも、我に触れてここを出るか? 選択しろ」
生まれ立ての鹿のような足取りで3度、転びながら、ルルリはりりすの脇腹に触れる。
りりす「ならば、行こう。未来”叔母様”の下へ」
すると信じられないことに、りりすは古代魔法 テレポートを心理詠唱式で唱えた。
それが完璧だった証拠にあたしの目にしている景色は一瞬、白く染まった。
1秒後、あたしの目にしている景色はナナクサ村にあるクイーン王家が緊急避難通路として使用する地下通路に備え付けられた広い講堂だった。
その講堂にある長椅子を退けて、敷かれた布にはナナクサ村の村人と思われる人間の死体と重傷を負った村人達だった。
一般の地球の小学校の運動場と広さが同じくらいの場所に見渡す限り、総勢 200名以上は犠牲者が出ているようだ。
傷が疼くのか、講堂内に…………悲痛な声が響いていた。
女性村人1「痛い。腕がない………殺して……」
男性村人1「馬鹿を言うな! イヴ女王様が来てくれれば、こんな傷、なんとかなる。女王様は俺達、国民を見捨てない。だから、この村を死守するんだ。盗賊なんかに渡すか! ここは俺達の故郷でイヴ女王様の土地なんだ!」
老男性村人2「諦めるか! 子どもが死んだんだ、何人も! あいつらに危険種動物に食い殺されるものか! 傷が痛むがもう一度、わしは戦場に立つ!」
男性村人3「やってやるぜ! けどよぉ、じいさん。あんたはその手じゃあ、武器は握れないぜ」
子ども1「イヴ様のお仲間がみーんな、やっつけてくれるよ!」
子ども2「やっつけてくれるよ!」
子ども3「勇者様の娘なんだから、ちょー強いんだよ、イヴ様も」
イヴの国民にイヴに代わり、あたしが状況確認に回ろうとした。
しようと思ったが……銀髪のツインテールを揺らしながら堂々とこちらへと歩いてくる凪紗南未来天皇代理様の姿に気づく。
アイシャが未来様の隣を歩いていた。
未来「よく、馬鹿皇女を連れてきた。さっそく、治療して村人の治療にあたらせる」
真央「ちょっ……それしかないか……くそっ」
と、未来様の言葉に反論しようとしてしまった自分を恥じた。
りりす「りりす第二皇女! 我の姉 イヴ女王を連れて来たぞ、未来お姉様!」
りりすはわざと、ナナクサ村の村人達に聞こえる声で棒読みの台詞を叫んだ。
叫ぶと何かしらの感情は発露されるモノなのだが、それがないりりすはさすが、プロの歌手であり、しっかりとボイストレーニングを積んでいるのであろう。変なところにプロ魂を感じた。
真央「さっさとイヴの治療!」
セリカ「ですわね。誰がここへと来ているのか、気になるところですわ」
そんなあたし達を尻目に村人達は囁き声で周囲の人間と会話を始める。みんな、存在しないはずのりりすについて、様々な憶測を述べていた。
ルルリ「ルルリの故郷がなんで……こんなに……どうして? 力がないからですか……」




