第65話 戦慄の鬼未来ごっこ 記憶編
第65話 戦慄の鬼未来ごっこ 記憶編
視点 凪紗南イヴ
場所 地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時 2032年 8月17日 午後 8時43分
どうやって未来お姉様から逃げればいいのか?
そんな不可能に等しい問いが頭の中でリピートされる度に、予の幼女並みにか弱い心臓が和太鼓のように激しく心音を刻む。その和太鼓の一撃、一撃が予にクリティカルヒット級のダメージを与えてくれるので早く打開策を考えなければならない。
いつの間にやら、予、セリカ、真央、アイシャは予を先頭に竹林に逃げ込んでいた。美味しそうなタケノコは時季外れの為、今は昼間でもここへと踏み入れるものはいなく、当然、手入れなどされていない。
走りにくい下駄で走っているので大胆にもじめじめとした土に下駄の歯を突き刺す勢いで踏み締めなければ、未来お姉様から逃れることは不可能だ。
ならば、何故? 予達はここまで10分以上も逃げられたのか?
未来「皇女! お前を疲れさせてその上でお尻ペンペンの刑だ! 逃げられると思うなよ!」
何処から聞こえてきた危険種動物達の遠吠えよりも恐ろしい宣言が温い風に乗って予の耳にまで届いた。
真央「嬉しくねぇー。舐めプー!」
セリカ「舐めプ? って何ですか?」
セリカの質問を聞かずに、ヴァーミリオン色の髪を風に任せたまま、直さず、予を抜いて真央は走る。真央はいつも、言葉遣いで説教されているからもはや、反射的な足運びなのだろう。体育の授業よりも尚、真剣だ。
代わりにまだ、予の横で予のペース配分と合わせている息を切らせていないアイシャがクールに答える。
アイシャ「舐めプーとは愚かな豚がイヴを暗殺しにやって来た時、私が一撃で殺さずに豚の腕を切り落とし、脚を切り落とし、生かす生かす殺すをする。わざと苦しみを与えるドSプレイです」
セリカ「まぁ、恐ろしいですわ」
驚きに目を丸くしたのと同じくして、セリカのちょっと尖った耳がぴくぴく動いている。
イヴ「間違ってはいないのだ。しかし、ここは手加減後に本気で殴るに変えておくのだ。表現が柔らかくなる」
セリカ「ですが、真央ちゃんの本気の竜の拳でしたら、人間さんはミ・ン・チです♪」
アイシャ「竜族は脳筋ですから力を押さえるのには不向きな種族です」
イヴ「そんなことないのだ。真央だってたまにツッコミに力が入りすぎて自爆するけど、手加減できる賢い竜族なのだ」
アイシャ「あれを見て、イヴ。あの雌竜、竹林を破壊する気?」
真央が予達が話している間に、
真央「直線が結局は最短なのよ!」
と、竹を拳で押し倒して、
真央「最短を行けば、お尻ペンペンの刑から逃れられる!」
竹を尻尾で押し倒していた。
既に20本程、真央の攻撃で竹は見るも無惨に横たわっていた。おかげで真央が20本、竹を押し倒した際の砂埃が舞い上がり、視界不良に陥る。
そればかりか、砂埃を吸いそうになるが、アイシャの手のひらが予の口を塞ぎ、砂埃の口内への侵入を防いでくれていた。
セリカは思いっきり、砂埃を吸って盛大に咳き込んでいた。
砂埃が舞い上がり、白いカーテンのように揺らめく煙の中をアイシャが予の腕を引っ張ってエスコートしてくれる。
イヴ「アイシャ、大丈夫?」
アイシャ「私は元は貧民。貧民は過酷な環境下で過ごしています。泥水を飲んだ経験もあります。埃を吸うくらい、平気です。飢えて死んだ村人の死臭だって平気になってしまいましたから」
平然とショッキングな事をアイシャが予に言うのだが、アイシャの表情は平静のまま、保たれていた。その動じない姿は異世界リンテリアの美術館に飾ってある崇高で孤高な女騎士の石像のようだ。
イヴ「当時、予がしっかりと政局の手綱を握っていれば……」
アイシャ「仕方ありません。あの時代はイヴの両親が暗殺されたのですから……多少の歪みは出てきます……。それにもう、済んだこと。この事はイヴともう、何度も話をしましたよ?」
イヴ「そうか、そうだな」
白い煙の先を越えると、ライトが照らされた予専用の24時間グラウンドがあった。正直、誰もいないのに……とは思うが近くにあるやはり、電気が煌煌と付いたスポーツジムの防犯にも繋がるらしく、24時間、誰も走っていないグラウンドが照らされている。
その風景はとても、シュールだ。
目の前で真央が息を切らせて、土下座の体勢で待ち受けていた。
予、セリカ、アイシャの姿を見上げて確認すると、直ぐさま、頭を下げた。
真央「イヴ、セリカ、アイシャ、ごめん! 未来様の恐怖に暴走しました」
それは解る。
今も背後で未来お姉様の本当は予達の居場所をSOULの気配で察知しているのに、「何処だ! 何処にいる! 馬鹿皇女!」というナマハゲ様と見紛うような怒声にちびりそうにならない者は人間ではない。その人物はきっと、鋼鉄の心臓の持ち主だろう……。
誰もが真央を――――
イヴ「それならば仕方が無い」
アイシャ「あれには逆らえません」
セリカ「無理ですわ」
――――と許した。
許された真央はすぐに立ち上がり、周囲を見まわして「ここまでか……」と呟いた。
グラウンドに逃げ場などあるはずはなく、予、アイシャ、セリカ、真央は肩を落としてとりあえず、眩しいくらいにライトで照らされたグラウンド中心部まで歩を進める。
一歩、一歩が実に重い。
イヴ「鬼未来に、鬼さんに捕まってしまうのだ……」
アイシャ「安心して下さい。最後まで私がイヴを護ります…………くっ、無理か、無念だ。力不足……」
真央「ああ、明日はイヴの治癒魔法禁止のお尻痛い状態で過ごすのかぁ……」
口々に予、アイシャ、真央が諦めの言葉を口にする。
すると、いきなり、何か思いついたようにセリカが「あっ!」と声を上げた。
代表で真央が明るい表情のセリカに問う。
真央「セリカ、どうした? いつもの天然発言は受け付けない。ツッコミの余裕がない」
未来お姉様の足音、怒声が近づいて来る。
それをモノともしない気力に溢れた声でセリカが口を開く。
セリカ「イヴちゃんのシャドウミストと、真央ちゃんの竜族の腕力があればこそ成せる光速穴掘りで未来様を落とし穴にインするんですわ!」
真央「やべぇー、セリカ天才!」
アイシャ「いけるな。さらにイヴが落とし穴の背後で未来様を挑発すれば……」
イヴ「いけ………るのか?」
真央「平気よ。案外、あの方、イヴには甘いのだから」
興奮する真央、セリカに、思案顔で顎に指を添えて考えるアイシャ……。
3人は予の決断を待っている。このまま、何もしないのは……悪手だ! 一か八かの大勝負に出ようと予は3人を見まわして肯いた。
早速、真央はアリス族(人間)には不可能な速さで両手をショベルカーのように動かして、人間が3人分も入れる高さの大穴を構築する。
土で真っ黒になった真央の両腕を予は心理詠唱式でのヒールリフレッシュで綺麗にする。真央はやり遂げた! と爽やかに笑った後、「ありがとう」と呟いた。予はそれに対して、肩を優しく叩いた。
真央「犬の真似をした甲斐があったわ。完成よ、これが鬼未来を落とす大穴よ……。疲れた……」
予、アイシャ、真央、セリカは真央の構築した大穴の背後に位置取りすると、予は心理詠唱式でシャドウミストを唱えた。
直ぐさま、闇魔法 シャドウミストの効果でグラウンドが漆黒の霧に染まる。視界が全て、黒色一色に変化した。
黒闇の中、未来お姉様の足音が聞こえる。どうやら、グラウンドに入ってきたようだ。
早速、予は挑発を始める。
イヴ「未来お姉様! 予はここにいるぞ。もう、未来お姉様のお尻ペンペンには屈しないのだ! 反逆なのだ!」
未来「そうか……反逆か……。反抗期が訪れないので心配したが………少し遅いが反抗期が来たようだな。良いだろう、そこを動くな。修正してやる」
ゆっくりと近づいてくる足音。
その足音が鈍い音と共に――――消えた。
イヴ「や、やったのか?」
アイシャ「やった……。初めてです、イヴ」
イヴ「ああ……」
感慨に浸る予とアイシャに真央は疑問を投げかける。
真央「ねぇ……この後、どうすんの?」
イヴ「え……」
アイシャ「あっ」
セリカ「ん? どうするんでしょうか?」
……
…………
その瞬間、世界が凍り付いたような気がした。途方もない恐怖の明日に……。
予の魔法の精神集中が切れた為、漆黒の霧が晴れてゆく中、白い女性の指が大穴の縁をがしっりと掴んでいた。
朧ながらに見えていたその光景が完全に霧が晴れた時には……グラウンドのライトに照らされた頭部から土で汚れた未来お姉様が顔を見せていた。
数年ぶりの頬を引き攣らせた未来お姉様の顔がただ、ただ、怖い。
予達はぶるぶると肩を寄せ合い、予が代表で未来お姉様に尋ねた。
イヴ「ゲームオーバー?」
未来お姉様は予の言葉を無視して、予の胴体を掴まえると、お尻を叩きやすい位置へと予の身体の位置を調整した。
未来「皇女、捕まえた」
イヴ「うっ……怖いのだぁー」
未来お姉様は震える予を無視して、縮こまるセリカ、真央、アイシャに視線を向ける。
未来「ああ、お前達は帰宅しろ。もう、遅い時間だ。女の子が出歩いて良い時間ではない。気をつけて帰れ」
真央「え?」
アイシャ「はっ?」
セリカ「まぁ?」
未来「何を驚いた顔をしている。お前らは馬鹿な皇女に家出に付き合わされただけだろう。すまんな、イヴの面倒を見させて。こいつはしっかりとお仕置きしておく」
未来お姉様が早速、予の黒いショーツを膝下まで下ろしてお尻を一叩きする。
イヴ「うぐぅあー!」
未来「皇女? イヴ、どんな理由があろうともお前は皇女。軽率にも家出なんぞするな。多くの人員を地球、異世界 リンテリア双方で動かした為、お前をこの機に暗殺しようとする組織も多数、動いていたのだぞ、馬鹿者が。………心配したぞ」
未来お姉様が優しくお尻を撫でながら、じーんとくる言葉を最後に付け足すが……予は騙されない。この後、予のお尻が物理的にじーんとするのだ。
真央「んじゃあ、あたし達はこれで失礼しますぅー」
セリカ「失礼しますわー」
アイシャ「頑張って下さい、イヴならば耐えられます。お尻防御力の熟練度は高いです、イヴは。では、失礼します」
と、薄情にもそそくさとセリカ達は帰ってゆく。早足で……。
その夜、予のお尻は何度も、何度も、叩かれて真っ赤になった。悲鳴を上げすぎて、のど飴が必要になった。
翌日、予の枕の下にLilithの新しいプレミアムコンサートチケットと共にLilithのまだ、発売されていない写真集が置かれていた。
未来お姉様の”すまん”という一文のお手紙と共に。
視点 凪紗南イヴ
場所 クイーン王国 イクサの森 洞窟内部
日時 2033年 4月4日 午後 6時27分
薄暗い洞窟内部に予の思考の全ては戻り、無属性魔法 インテレクト オーバーは効果を失う。
欲しい思考、作戦情報は手に入れた。過去から。
これより、予の記憶の経験の力を盗賊王の偽りの力にぶつける。
盗賊王 マーク・リバーは触手で構築した大剣を予達へと構える。
マーク「苦しんで、苦しんで死んでもらわなければ、気が収まらない」
苛立つマークの言葉には応えず、予は小声でセリカ、真央に呟く。
イヴ「……作戦は以上のマリア落下事件と鬼未来ごっこの組み合わせなのだ」
予の言葉にセリカ、真央は理解の色を示し、肯いた。
さぁ、予達のターンだ! 命を盗みすぎたただの人間 マーク・リバーよ。




