第64話 儚きを知る命と、永遠を知る命 記憶編
第64話 儚きを知る命と、永遠を知る命 記憶編
視点 凪紗南イヴ
場所 地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時 2032年 8月17日 午後 8時20分
花火の淡い光が予、アイシャ、真央、セリカを照らす。
その淡い光が落ちては、消える度に姫屋敷の石塀を越えて、水堀付近に生息する蛍達が遊びに来ていた。
もし、蛍と会話する魔法があったとしたら、蛍達は何を言うのだろうか?
そんなメルヘンな事を考えつつ、予は打ち上げ花火に魔法 ファイアを心理詠唱式で唱えて、点火した。
ヒューヒューと勇ましい戦の声を響かせて、天上の満月へと出兵してゆく。
しばらくして、中空に緑色の光の大輪を咲かせた。
真央「うーん! 卑弥呼ばあちゃんも粋なことをするなぁー。花火セット 2010円、やっぱり、このくらいの規模が正しい小学生の夏よ。ねぇ、イヴ!」
イヴ「真央よ。予は中学生なのだぁー。しかも、中3で受験を控えているのだぞ」
予、アイシャ、セリカと同じく、花柄模様の着物を着た真央に予は反論した。予、アイシャ、セリカはマクドファルドで食べたので、真央の為に用意された夕食のピグミルの刺身を食べたら、不機嫌だった顔がこんなにも晴れやかに花火を楽しむまでに回復したのだ。
予はありがとうの意味を込めて、縁側で涼んでいる常夏色の肌の小柄な女性 時雪卑弥呼お婆様に手を振る。
すると、卑弥呼お婆様は手を振り替えしてくれた。今日は予がプレゼントしたヘアバンドを長い黒髪に飾り付けてくれている。
卑弥呼お婆様は60歳という年齢ながら若々しく、今も八咫鏡を継承している時雪の巫女として頑張ってくれている。
孫である予と同じ学校に通う委員長こと、時雪眞夜に役目を譲るのはまだまだとばかりにしぶといなぁーと周囲に苦笑されながらも頑張っているのだ。
そんな卑弥呼お婆様が小さな時分から大好きで何かあるとお婆様の膝の上に眞夜と共に乗っかりながら3時のおやつの報告会をしたものだ。
予はその時、卑弥呼お婆様に言った台詞を今でも思い出せる。卑弥呼お婆様は産まれながらにして、言葉を喋れないので一生懸命にプラカードで答えてくれた。
イヴ『むぅー、眞夜ちゃん。予は絶対にカンニングなんぞしてないのだ? 証言してくれ』
眞夜『ええ、当たり前です(眞夜ちゃんのおでこが光ったような気が…………)。いーちゃんの算数の満点は日頃から予習・復習しているから。馬鹿な男子なんて気にしないで。やっぱり、男子は獣! ああ、触れられるだけで蕁麻疹が』
イヴ『英さんとかは格好いいのだ!』
眞夜『ええ、あの方は男という性別ではなく、性別が紳士なのです。しかし、結婚するならば、百合婚かなぁー』
イヴ『予はセリカとアイシャ。後は武道大会で決められるはずの婚約者、凪紗南皇家の予の次の天皇を産むべく、家から用意される婚約者とも百合婚するのだ』
卑弥呼『【ませた子ら。私も女学生の頃を思い出す。よく、朝顔とここの縁側で羊羹をおやつにお喋りしたものだわ】』
イヴ『聞かせて欲しいのだ! 朝顔お婆様の事!』
眞夜『私も聞きたい。朝顔様の事!』
予が茫然と立ち尽くしていると、目の前に縁側にいたはずの卑弥呼お婆様が予の肩に優しく触れてくれていた。
プラカードをいつものように掲げる。
卑弥呼【どうしたの、いーちゃん?】
イヴ「なんだか、予だけ時間に置いてかれているのだ……。ほら、昔はあの犬小屋にシロがいたのだ」
予は小学2年生の頃、眞夜がペットショップで購入してきたラブラドールレトリバーのシロの住処だった犬小屋を指差して言った。
シロが死にそうな時、予は治癒魔法 ヒールで癒やそうとした。しかし、未来お姉様と卑弥呼お婆様はそれを許してくれなかった。
本来、命は自然であるべき……儚きべき、だと……。
あの時は解らずに予と眞夜は姫屋敷の蔵に隠れて泣いた。だんだんと冷たくなってゆくシロはきつね色で賢い愛嬌のある奴だった。
あれで今は正解だと思っている。
シロに教えてもらったのだ。命は本来、儚きモノでそこに神たる予は本来、介入するべきだはないのだと確かな疎外感と共に。
しかし、未来お姉様はそんな予に孤高に生きろ、と平気な顔して厳しく言う。
今日のチケット消失事件も、未来お姉様はしれっとした顔で「ああ、すまなかった。しかし、イヴ。その日は緊急に米国との会談が決定した。我が国と米国は敵同士。しかし、無闇にドンパチをするのは愚かだ。互いに雪解けムードを演出しようと言うわけだ。我が国の無人島に悔し紛れに一発 原爆を落とした大罪があの国にはある。決して許すな。本土が原爆に晒されなかったとはいえ……。お前の役割は米国大統領の娘 パティーと仲良く遊ぶことだ」と日本刀を手入れしながら言うのだ……。
何か、むかついてきたので未来お姉様の事はとりあえず、心の片隅に置いておく。
それよりも……と予はシロが存命だった頃はピンク色だった犬小屋を見つめた。その犬小屋は今や、くすんだピンク色に変わっていた。
イヴ「時間は流れる。しかし、予の時間は……」
予は中学3年生には思えない小さな薄い色素の手の平を再び、今度は真央が打ち上げた花火の灯りの下に翳した。
真央、アイシャ、セリカがはしゃいでいるのを裏腹に予の気持ちは沈んでゆく。
イヴ「ほら、変わらないのだ」
卑弥呼【でもね、いーちゃん。貴女の心は成長しているのよ? 未来ちゃんに家出する宣言したのに……いーちゃんならば、転生宮にだって逃げ込めるでしょ、その気になれば……。あそこは転生神 ローナ様に許可された者か、許可された神しか立ち入れない聖域。けど、いーちゃんは未来ちゃんの捜しやすいように日本の凪紗南市に留まったじゃない。成長したわ、いーちゃん】
しかし、予が言いたいのはその先なのだと蛍の光が乱舞する中、踊るセリカとそれを呆れた表情で優しく見守る真央、こちらをクールな瞳を保って観察するアイシャを眺める。
その真央達のいる場所が遠い気がした。
イヴ「予は寿命で死なない。神以外に傷つけられてそれが元で死亡しても神は1000年程、経てば、意識を取り戻し、完全な身体で活動を再開する。神に傷つけられてそれが元で死なない限り寿命は永遠。つまり、事実上、神は死なないのだ。予は神……。みんなは年を経てやがて、死ぬ」
少女神 リンテリアにこの事実を告げられたのは予が小学3年生の頃だった。夏の暑い日 リンテリアにいつものように雑用(神様関係のお仕事)をやらされる為に呼び出されて、いつものように帰ろうとした時、世間話のようにゲロった。
少女神 リンテリア『あれ? 最初に言わなかったっけ? いーちゃん、忘れてるんじゃないん。健忘症? 私が忘れるわけないしーん』
清々しい駄目っぷりだった…………。
神様寿命永遠の事実を初めて予は人に喋った。
反応が怖かったので誰にも言えなかったが、この幻想的な儚い光達が後押ししてくれた。
蛍は小さくて可愛い頑張り屋の天使ちゃん達のペットなのかもしれない。
イヴ「予は…………家族と結局は居られない宿命なのかもしれない」
涙が溢れた。
あれほど、慕ってくれている剣の腕が同年代では最強クラスのアイシャが消えてゆく。
頬に涙が伝う。
お金には厳しく、生活管理能力も抜群のちょっと、ツッコミ芸人風な真央が消えてゆく。
涙が顎まで伝う。
みんなの後ろで柔やかに笑っていてくれた天然さんなセリカが消えてゆく。
涙が顎まで伝い…………地面に墜ちた。
未来お姉様が昔、冗談のように話してくれた。未来お姉様がもし、死んだ後の事。
未来『私がいつも、着用している着物は本来、凪紗南天皇家の頂点 天皇が着る由緒ある着物だ。着る物の体格に合わせて着物のサイズが変わる。今にして思えば、こいつはアーティファクトだったという話だ』
イヴ『……未来お姉様。予はその皇家に連なる者。赤子の時より知っているのだ』
未来『話の前置きだ。私がもし、死んだらこの着物はお前が着ろ。そして、天皇としての職務を全うするんだ。今は私が代理として本来のイヴの業務を引き受けている。国民はお前の事を皇女と呼びつつも、既にお前は実質上、お兄ちゃんに次ぐイヴ天皇様だ』
イヴ『うむ、未来お姉様は死ぬ感じがしないのだ。まだ、まだ先の事なのだ』
未来『ふっふふっ。その場合はイヴ、高校3年生 春に天皇としての日々が始まるだろう。その時にこの着物を継承しよう』
どちらにしても、未来お姉様はやがて、予から去ってゆく……。
予の知る者は予から去ってゆく。
だから、日々を大切にしなきゃいけないのに……予は未来お姉様に家出宣言をしてしまった。何もLilithのコンサートはこれが最後というわけではないのに。
イヴ「予は……家族といる資格などないのかもしれぬ」
卑弥呼【あれを見て、イヴは資格がないと言える?】
プラカードを涙をごしごしと擦る予の目の前に卑弥呼お婆様は掲げた。
卑弥呼お婆様の先に困ったように微笑むアイシャ、真央、セリカがいた。アイシャ達の傍には使用済みの花火が浸けられたバケツがあった。
アイシャが花火セットを振り、予を誘う。
アイシャ「みんなで実は盗み聴きをしていました、さり気なく。イヴ、神が永遠の命なんてよく、物語にはありますよ。ただ、悲しむのは別れの時にしませんか? 未来の私達がより良い悲しみを迎えられるように今は私達だけの花火大会です」
真央が手招きをして、予を誘う。
真央「アイシャ、あんたはこういう時でも表情がクールなのね。まぁ、あたし達に向けられるエターナルブリザード級フェイスよりマシだけど幾らか。イヴ、アイシャなりの最上級の言葉よ。つまらない心配なんてせず、死んだ後も無理矢理、ローナ様をボコボコにしても生き返ってイヴんとこにこれまで通り、お世話しに行ってやるわ。古来、人間は神に反逆する生き物なのよ」
セリカが何やら、閃いたと右手の平と左手の平を合わせてパン! と鳴らした後、予を誘う。
セリカ「真央ちゃん、真央ちゃん。イヴちゃんなら、なんとかしてくれますよ。わたくし達の愛はイヴちゃんの神様パワーの後押し有りなのですわ。種の限界一つや二つ……。ですので、今は花火です。只今、眞夜ちゃんがお水入りの新しいバケツを取りに行っています。あっ、戻ってきましたね」
卑弥呼【さぁ、今は悩まずに若者は突っ走るのは若者の特権ですよ。生きなさい、イヴ。貴女のありのままに。運命は自分を貫き通す者に味方する】
卑弥呼お婆様のプラカードに書かれた言葉に予は強く頷いた。そして、そうあって欲しいと強く願った。
丁度、剥き出しのおでこがトレードマークな毎年、委員長職に就いている時雪眞夜が新しいバケツを持って予達のいる庭に辿り着いた。
眞夜「やっぱり、夏は花火ね。よし、午後11時まで盛り上がりましょう。地下都市と違って色々、制約はないし、ご近所もいないし」
真央「えーい! この際だ!」
眞夜の持っていたバケツを真央が受け取り、真央はそのバケツを持っているのにも関わらず、何故か、バンザイした。
真央「コミケの入稿なんて忘れてやんよ! let's fireworks party time! やほーい!」
バケツが真央の手からすっぽ抜けて遙か、上空へと飛んでゆく。
そのバケツは塀を跳び越えて消えていった。
眞夜「真央、また、汲み直し……。近いから良いけど……」
真央「ごめん、ごめん、少し調子に乗った」
そう笑い合う眞夜と真央。
しかし、予、アイシャ、セリカ、卑弥呼お婆様は気づいていた。異様なSOULの強い波動を……。
その波動の持ち主が表門を開けて確かな足音を刻んでいる。
これってヤバイのだ。なんか、これ、あのお方の戦闘モード。
未来「あれ? おかしい。家出したのに悲壮な顔一つせず、遊びほうけている馬鹿な皇女の姿が見える」
イヴ「えーと、怒ってるのだ? let's fireworks party time?」
未来お姉様は先程のバケツを持っていた。
ずぶ濡れた銀色のツインテールは垂れていた。
銀色の瞳が月よりも静寂な冷たさに満ちていた。
代々、凪紗南家に伝わる着物もびしょ濡れていた。
唇付近の水滴を一舐めした未来お姉様はバケツの取っ手を破壊する。手の握る圧力だけで。
おかしいのだ。あのバケツ、金属。
カランと音を立てて転がるバケツが予の不幸な時間の合図に思えた……。
未来「let's punishment time…………」
その言葉を合図に予、アイシャ、真央、セリカは一目散に姫屋敷から逃げ出した。
言葉などいらない。
あれには、
たたかう
まほう
あいてむ
にげる
が脳内に表示される前に逃げるを選択した方が1%の確率で不幸な時間が少しの間だけ遠ざかるのだ。
自分自身の悲鳴をBGMに予達は未だかつてない強敵との遭遇戦に突入する。
真央「勝てるか! こんなの! やっぱり、家出に付き合うんじゃなかった。あんたの話って必ず、どうしようもないオチがつくのよ!」
セリカ「真央ちゃん、騒いでも何も解決にはなりませんわ、ここは一つ――――」
アイシャ「――――そうですね、真央を犠牲にイヴを逃がしましょう」
真央「ふ、ふざけるな。確実に棺逝きよ、あれ」
イヴ「悲しいことを言うでない。真央、アイシャ、セリカ! 共に逃げ延びるのだ」
真央「イヴ、あんた、良い奴ね。愛してる、イヴ」
イヴ「予もなのだ」
真央はチョロいから可愛いのだ。




