第60話 失われた都市 イカロス
第60話 失われた都市 イカロス
視点 凪紗南イヴ
場所 ????
日時 2033年 4月4日 時間凍結
予の思考全てが一瞬、凍る。世界と共に……。
今まで以上に集中した脳内処理の極限? それにおける現象?
害はないようだ。
思考しよう、この凍結した世界の。
雪のように白い世界の中で。
予の武器は積み重ねてきた絆。
積み重ねてきた絆が、出来合いの力に負けるはずがない。
あえて、神化――――神の力を使わずに人間、凪紗南イヴ イヴ・クイーンとして邪神の力を使う盗賊王を打ち破る。
セリカ、アイシャ、真央を初めとした凪紗南イヴを形作る心の欠片達が予の人生。それこそが凪紗南イヴの保つ最強の祈りであり、力。
そう、自然と思考していた。
<精神成長により、フラグが立ちました。移行します……>
晴れやかな太陽。
気候は涼しい春のようだ。
そう体感できる世界に予はいつの間にか、立っていた。
テレポートのような転移魔法で移動した? と思ったが、見えないだけで真央、セリカ、ルルリ、盗賊王のSOULや魔力を近くに感じる。
イヴ「予が創りだした心象世界なのだな……。それにしても、うむ、センスが良い」
予は口笛を吹きつつ、周りの風景を眺める。
のどかな草原が広がり、その草原の向こうには石造りの家が見える。石を積み重ねた古い異世界リンテリアの建築物に似ている。お年を召した方の住む家は今も、この建築方式が利用されているのだが……夏は暑く、冬は石と石の僅かな隙間から冷たい風が侵入するのであまり、身体に良いとは言えない。
その石造りの家々が立ち並んでいる街へと予は歩を進めた。
イヴ「あれ? 誰もいないのだぁ」
道中、誰にも会わず、昆虫や動物さえいない。
召喚器 深淵の刀を呼んで、周囲の気配に気を配る。
10分くらい、そういうふうに気配を探っているのも無駄と思うようになり、観光気分で街へと行こうという気になった。
植物はあるようだと……蒲公英を摘んでくるくると手中で回してみる。
道中、四つ葉のクローバーを大量に発見して、それを腕輪にして装着する。
イヴ「何か、幸せが訪れる予感なのだ」
今からでも生活が営めそうな街の入り口で予は全員、神隠しにあってしまったのでは、と訝しむ。
遠くには古城が見える。
付近には人々が買い物するであろう出店が点在していた。肉まんが美味しそうに蒸し上がっている。白い煙がここまで漂ってきて美味しそうだ。
心象世界のはずなのにクオリティーがやけに高い。
しかも、一個 70キュリアと安い!
店主が居れば、真央、セリカ、ルルリの分も購入したいところだ。しかし、他の店もそうだが、店主の姿がない。……人間の姿が全く、見えない。
予が人間不信だと、この心象世界?(自分でそう考えていて自信がなくなった) は現したいのか。……解せぬ。
古着セールの旗が微風に揺られて、パタパタと生活の音を奏でる。
民家付近の井戸から組んだであろう水が桶にはなみなみと入っている。
その水には猫さんパンツが浸かっていた。きっと、洗濯物の最中なのだろう。だが、洗濯をしている当の本人がいない。
まるでゴーストタウン バージョン 昔の異世界 リンテリアだ。
???「こんにちは、イヴ」
イヴ「こんにちは?」
声の聞こえた方向、背後に予は振り返り、いつも、外交の時に浮かべている満面な笑みで謎の女性に対応する。
???「それでこそ、今代のヴァンパイアの姫君です。未だ、顕現しない我々の魂のしらべ ヴァンパイアの民も力をお貸ししましょう。”不敗の衣”を活性化させるお手伝いしかできませんが、それが心苦しい」
そう、微笑んだ金髪のツインテールの女性がヴァーミリオンの瞳を輝かせて、にやりと尖った歯を魅せた。不思議とその人を予は身近に感じていた。
そして、その女性の背後に幾万の気配を感じる。大小まちまちの力?
???「ほう、解るのですか……さすが、ね。まだ、子どもなのに。ああ、子どもって言って怒りましたか。怒りましたか? 事実ですよ、まだ、血装すら、纏えないのですから」
女性も、大小まちまちの力も、予が血装を纏わずに気配を感じ取った事に最良と感じているようだ。
それ以前に、予は血装を知らない。どうやら、ヴァンパイア族に由来するモノらしい。
???「自己紹介を、と行きたいですけど……どうやら、時間が足りないようですね。私の事は暇な時にるーちゃんに聞いてね。さぁ、次の扉へ」
忙しなく、女性が次の扉へと言った瞬間に何もない空間から、空色の扉が出現した。
女性に背を押されるままに予はその扉を開け、くぐる。
*
今度は何もない透き通った空色の通路をひたすら進んでゆく。そして、その奥に、予と似た輝きを感じた。
徐々に霧が深くなり、ついには自分の身体さえも確認できない視界不良に陥る。
それでも、何故か、進んでも大丈夫だと確信していた。
???「それで良いのだ、イヴ。SOULを使う技、魔力を使う魔法。それが戦術の全てではない。イヴ、予はお前であることを幸せに思う。”まだ”、甘い戯れ言を言える。さぁ、記憶の選別に予も少し、力を貸そう。なぁに――――」
霧が晴れて、予と似た輝き、蒼穹の両眼、銀色の髪、白いワンピースを着た小学生くらいの体格の少女は微笑み、予に手を伸ばした。
手に触れた瞬間、何かが通り抜けた。
???「――――これもお前の力なのだ。嫌ってやるな。既に神の力はイヴやその絆を創る皆に経験値吸収促進という加護を与えている。イヴを全て、イヴ自身が理解した時、最終章が奏でられる。そう、全てにとっての。なぁに、予が予であるならば、ハッピーエンドに終わるのだ!」
そう、笑って、予の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
不思議と、これから盗賊王と闘わなければならない無駄な気負いが薄くなった。それがあった箇所に優しい温もりが注がれてゆく。
???「さぁ、予同士の独り言なんて、明日葉に厨二病か! と言われるのだ。そこの扉がイヴの、予の探す記憶なのだ。予はここで予の眠る大いなる”種族達の力”のバランスを保とう。予が予であり続ける為に」
蒼穹の瞳の少女が口を閉じる。予は出現した空色の扉に自然と歩を進めていた。
逆らうつもりなど、全くしなかった……。
唐突に予の両足が動かなくなった。
???「おっと、言い忘れる処だったのだ。ここ以外にはいつでも来られる。例の魔法を使えば。先程の多くの力が眠る地を”失われた都市 イカロス”。運命に近づきすぎて、それらに弄ばれた悲しい力達の居場所なのだ。そして、ここは始まりの間 栄光の間。次にここに来る時は――――」
イヴ「――――解るのだ。神剣 エデンさえ、通用しない。ラグナロクさえ、通用しない時。絶対な孤独と引き替えに」
そういう存在が世の中にはいると、予は反論する事も無く、簡単に理解できた。背後にいる予が予であるからだろう。
実に恥ずかしい独り言だ。
???「”希望”はパンドラの箱の底。予は、イヴは、パンドラの箱から”希望”を掬えなかった。必然、絶望は予が、イヴが、引き受けるのだ」
予にとって、それは絶対な孤独を引き受ける。徐々に這い上がってくる恐怖を引き受けるに充分値する罪に思えた。例え、予が知らなくても。
再び、両足が予の意志に関わらず、空色の扉を目指し始めた。
そして、扉を開いた。
扉から、光が満ちた。
過去の記憶が鮮明に蘇ってくる。




